豹変
「待ってくれよミナミ。何だよ急に別れるって。冗談だろ。」
アツシは必死の形相で頭を下げた。
「ごめんね、気持ちが冷めちゃったの。さよならアツシさん。」
無表情で淡々と別れを告げるミナミ。
２人は付き合って半年になる。
アツシはミナミが通う病院の小児科医。直接ミナミと接点は無かったが定期的に通うミナミを見かけてアツシが一目惚れした。
ミナミも最初は「こんな身体の私で良いのか」と戸惑ったがアツシの猛アタックの甲斐あって心を許していった。過去にお付き合いした経験はあるが自分の足の事を気にし過ぎて心を許す事が出来なかった。それでも、告白してくる男は後を絶たない。それ程ミナミは容姿端麗であり魅力的であった。
この日は久々に２人の休暇が合いデートを楽しみにしていたのだが、急患が入って少し遅れるとアツシから連絡が入った。「急患なら仕方ない」とミナミは大好きなcafé「ＡＩ７」で時間を潰す事にした。このcaféは最近流行りのＡＩロボがスタッフを務め流暢な日本語で注文を聞いてくる。当然、世界中の全ての言葉を網羅しており、ミナミが大学で覚えた初級フランス語にも応えてくれる。
「Bonjour」
「Bienvenue」
「Café chaud」
「Certainement」
「ほんとフランス語が上手なロボットさん。専属の先生になってくれないかしら。」
３０秒待たずに注文したホットコーヒーがテーブルの上に置かれた。
「Merci」
４５度のお辞儀をしてＡＩロボがカウンターに戻って行く。
売りはAIロボだけではない。フロアの広さもミナミは気に入っている。バリアフリーはもちろんの事、フロアは完全自動システム。好きな椅子を選択するとテーブルまで自動的に運んでくれる。足が不自由に感じる事も無いし、誰もそのことに気づかないし気にもしない。その辺りも心地いいと感じる点であった。
「さすがＳ・ＡＢＥね」が口癖になるくらい、この店全てがお気に入りだ。Ｓ・ＡＢＥは世界で有名な建築家兼デザイナーでミナミの今一番注目の有名人である。
今日は真っ赤なソファーを選んで大好きな建築雑誌を読みながら時間を費やしてると、30分程でアツシから携帯に連絡が入った。
「ごめん、今着いた。遅くなっちゃった。」
「ご苦労様です。急患の方は大丈夫だったの。」
「う、うん、なんとかね。」
「よかった。ホットコーヒーでいい。頼んでおくね。」
「いや、いいよ。店変えようか。なんかロボットがいっぱいで落ち着かないんだ。」
「え・・・。」
「店の前で待ってるから。」
「うん、わかった。すぐ出るね。」
精算を終え車椅子に乗り換えたミナミはゆっくりとアツシに近付いて声をかけた。
「アツシさんこの店嫌いだっけ。」
「嫌いって訳ではないけど、なんか落ち着かないんだよね。ロボットに監視されてるみたいだし、どうせなら人型ロボットで足の長い女性がいいな。」
アツシは笑ってペロリと舌を出した。
しかし次の瞬間その事を後悔した。先程まで笑顔が眩しいミナミの顔が血の気が引いた蒼白い無表情の顔になっていた。
「どうしたミナミ。気分でも悪いのか。」
しかしミナミはアツシの質問に答える気は無く、乗りかけた車の扉を閉めた。
「ありがとう。今日は電車で帰る。」
「どうしたんだよ。なんか気に触ること言ったか。」
「わからないならしょうがないね。今日でお別れね。」
「待ってくれよミナミ。何だよ急に別れるって。冗談だろ。」
「ごめんね、気持ちが冷めちゃったの。さよならアツシさん。」
「さっきのロボットの話が悪かったのか。ミナミの事言った訳じゃ無いよ。」
アツシは確信に触れた。足の事を気にしているのは知っていたが、ここまで豹変されると思っていなかった。
「そういうところ大嫌い。私の事じゃなければ何言ってもいい訳。」
「わかった、もう２度と言わない。だから許してくれよ。考え直してくれよ。」
半泣きで土下座しそうなアツシにミナミは冷静に言った。
「これ以上私の気分を損なわせないで。本当に私の気持ちを理解したいなら貴方も両足を不自由にしてみたら。次会うときは、車椅子の話で盛り上がりましょう。」
その後振り返る事なくミナミはステーションへ向かった。
アツシは崩れさり土下座の状態から暫く動かなかった。
３ヶ月後、アツシは命を絶った。
