秘密
「待たせたな。広報の話が長くて。」
めんどくさそうな仕草をしたツカサが近づいてくる。
「いや俺も今来たところ。久しぶりだな、会うのは1年ぶりか。」
心友との再会に満遍の笑みのシンジ。
「こちらも色々忙しいんでね。主役が居なくなったお陰で自動繰上げ主役。CMやら撮影やら本業以外にやる事多くて。なんか腑に落ちねえ。」
「凄いな、スーパースターは。」
「ほんとはこれお前の仕事な。お前が辞めなけりゃマスコミはお前の方に殺到して、俺はもっと集中して練習に打ち込めてたのに。」
そう言ってツカサは不機嫌そうな顔をして見せた。
「いやいや、入団1年目で新人賞からMVP、毎年各賞総ナメ、今年からは海外移籍だろ。来年から始まるオリンピック予選会メンバーも確定らしいし。そりゃ世間は放っておかないさ。ファンクラブ発足時は俺が第1号な。」
「なんか上から目線で気にいらねえ。」
今度は本当に不機嫌な顔をしていた。
2人はホテルの近くにある居酒屋に場所を移し、先程店員が持ってきた3杯目の生ビールに手をかけた。
「で、そろそろ言う気になったかバレーを辞めた理由。」
ツカサは決勝戦以来、繰り返しこの質問をしていた。
「辞めた奴の話に良い話なんてあるかよ。それに国体からもう何年経ってると思う。5年だぞ5年。そんな事より良い酒が呑める話しろよ。」
「お前はそうやっていつも話を誤魔化すだろ。そろそろ本当の理由教えろよ。永遠に言い続けてやるからな。」
「・・・。まあそれもそうだな、そろそろ言ってもいい頃かもな。」
「言えよ、そんなに秘密にすることかよ。全部話せばスッキリするぜ。」
「俺の足がな・・・。もうジャンプ出来ないんだ。」
シンジが少し言い辛らそうに話そうとした。
「痛めたのか。そんなに酷かったのか。」
「そうなんだ。たった垂直2メートル。故障持ちが通用する程、プロの世界は甘くないだろ。」
「なるほどな2メートルか、そら酷いわ。ん、2メートル。おい、2メートルって世界最高峰の奴らの数値じゃないか。どこが傷めてんだよ、また騙しかよ。そんなに引っ張るネタかよ。」
そう言って生ビールを一気に流し込んだ。
「はいはい、冗談冗談。もう俺の話は終了。ところでツカサ、プライベートはどうなんだよ。彼女は出来たのか。それとも恋人はボールちゃんですか。」
小指を立てながら真っ赤な顔をしたシンジが話し出した。
「もう酔っ払ってるのかシンジ。早過ぎるだろ、まだ2杯しか呑んでないんだろ。」
「うるさい。バレーでは負けないけど、アルコールには勝てる気がしないんだよ。それより彼女出来たのかって聞いてんの。」
「お、おう。一応な。」
ツカサは笑いながら頬を紅くさせた。
「まじかよ。バレーしか興味無いツカサに遂に彼女か。」
シンジは店内に響き渡る位の大きな声を出した。
「うるせぇ。お前はいつも茶化すから嫌なんだよ。」
「名前は。
どんな子。
写真見せろ。
何処で知り合ったんだ。
年齢は。
血液型は。
何座。
何処に住んでるんだ。
どうやって知り合った。
どっちから告った。」
「どんなけ質問責めだよ。」
「早く教えろよ・・・。」
「おいシンジ、欠伸してんじゃねぇよ、グラスが空いてるぞ。同じでいいか。すいません、おかわり2つ。」
「はやくおしえろよ・・・。まだきいて・・・ない・・・・・・。」
「おかわりきたぞ。今日はとことん呑むぞ。」
「おう、のむぞ・・・。で、なんの・・・はなしでしだっけ・・・ヒック。」
結局、シンジは4杯目を吞み干すことなく2人は居酒屋を出てホテルに向かった。
「まったくお前と呑むといつもこうだよ。」
そう言って千鳥足のシンジの肩をさっきよりもしっかり掴んだ。
「ちゃんと言いたかったんだぜミナミの事。お前なら理解してくれるよな。」
ツカサの声は酔っぱらったシンジには届いてなかった。