恋心
和太鼓の音が遠くから聴こえてくる。文化祭の練習が始まると秋の訪れを感じる。あれだけ大合唱していた蝉達もいつのまにか何処かへ引越ししたようだ。
3組は合唱に決まったようだ。
「1組は何するの。」
「演劇。」
「シンジ君、演技できるの。」
「出来るようにみえる。」
「見えない。でも、人間何でも挑戦だよ。出来の悪い子でも頑張りが評価される時代なんだから。」
「出来が悪くてわるかったな。俺だって主役ぐらい出来たけど、あいつに譲ってやったんだよ。」
「崖崩れだぞ〜!」
ミナミがシンジの演技を真似した。
「そんな間抜けな声してないし、そんな変な顔もしてない。」
シンジが腕を組んで怒って見せた。だがその組んだ腕は直ぐに解かれ、照れ隠しをする羽目になった。
「そんな(可愛い)顔でふざけるなよ。」
シンジは明日の方向を向いて言った。
「なになになに。それは褒めてるの怒ってるの。」
「勿論、後者。」
ミナミがクスクス笑った。
シンジとミナミが出会って3ヶ月が経ち2人の関係はどんどんと深まっていった。しかし、その事を良く思わない者もいる。シンジはまだ2年生だが上級生に負けないくらい高身長でスポーツ万能。顔は普通だが誰にでも裏表無く爽やかで女子から人気があった。好意を持っている女子からは「転校生のくせに」とミナミの事をよく思わない者が多数いた。事実、何度もシンジとの関係を聞かれたり、嫌味を言われていた。その中には上級生の女子もいて、その行動は次第にエスカレートしていった。
「転校生の分際で、何いい気になってんのよ。ちょっと水泳が上手で男子に人気があるからって調子に乗ってるの。」
ミナミに強く言い放ったのは4・5年生の女子3人組。6年生でも彼女達を見ると避けて通る程厄介な奴らに目を付けられていた。
「何度も言ってるじゃないですか。調子に乗ってませんし、男子に機嫌取りもしてません。何がそんなに気に入らないんですか。」
「嘘、シンジにもご機嫌取ってるくせに。あいつの横ばっかいて。あなたが独占しないでよ。」
「独占なんてしてるつもりはありません。ただ友達として一緒に居て楽しいから居るだけです。もしかして先輩シンジ君の事好きなんですか。」
「そういうのがウザいのよ。」
4年生の1人が持っていたカッターでミナミの手首辺りを切り付けた。
「痛っ。」
長袖のブラウスが薄赤く滲んだ。その時、聞き慣れた声が近付いてきた。
「ミナミ、ミナミどこだ。あ、こんな所にいたのか。取込み中悪いんだけど、昨日の宿題あとで見せてくれない。すっかり忘れててさ・・・」
ミナミと目が合うとその異変を察知した。
「キョウコ先輩、そんな物騒な物持って何してるんですか。」
シンジがキョウコを睨み付けた。
「違うの。これは違うのよシンジ君。」
シンジに片思いしていたキョウコの手からカッターが滑り落ちた。
「クミ先輩達も、こんな大勢でミナミに何する気ですか。平成じゃあるまいし、時代錯誤のかわいがりですか。」
「シンジも調子乗らないで。キョウコがあなたの事好きなの知ってるでしょ。なのにこの子とばっかり一緒にいて。」
「キョウコ先輩にはちゃんとお断りしましたよ。俺、付き合うのとか、そういうの興味無いから。」
「なによそれ。まあいいわ、今後私と目が合わないようにしなさい。次はどうなったって知らないから。」
そう言って3人はミナミを睨み付けて、帰っていった。
「ミナミ大丈夫か。」
「全然平気。もう慣れっこだよ。」
ミナミは滲んだブラウスを抑えて笑顔を作った。
「慣れっこって・・・。すぐに保健室行くぞ。」
シンジが怪我した反対の腕を優しく掴んだ。
保健室で先生に色々と怪我の理由を聞かれたが2人は本当の理由を話さなかった。ミナミから「この事は秘密にしてて」と言われシンジは黙っていた。本当の事を全て先生に話せば一時的に解決するかもしれないが、上級生達を余計に刺激してミナミへの嫌がらせが酷くなる事を回避した。
「さっきは黙ってくれてありがとう。もう大丈夫だから。」
「うん。」
「めちゃくちゃ嬉しかったよ、助けにきてくれた時。」
「たまたまだよ。」
「スーパーマンみたいだったよ。」
「俺飛べないし、あんなにゴリゴリマッチョじゃないし。」
「あはは、何それ。ほんと何とも思って無かったけど、意識しちゃうかも・・・」
「なんか言ったか。」
「うん、言った。」
「なんだよ、今日は距離近いぞ。」
「いいじゃないケガ人なんだし。あぁ、なんか急にふらふらしてきた。シンジ君おんぶして。」
「さっき大丈夫っていってなかったか。」
「さっきはさっき。駄目、やっぱりフラフラしてきた。おんぶ、おんぶ。」
「はいはい。」
「素直でよろしい。」
2人は部活を休んだ。保健の先生が「2人は帰る方角一緒だったよね」とミナミを家まで送る事になった。今までも帰る方向が一緒なので、部活終了後は一緒に帰る事があった。話す口調はいつもと変わら無いが、シンジを男として意識し出した事にミナミは気付いていた。
「ほんと、ありがとね。」
ミナミが泣いているのを背中で感じた。シンジは何も言わず頭を縦に振って、ミナミを落とさいように両腕に力を入れ直した。