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人魚に恋したモンキー  作者: shinpanzees
16/21

後悔

「トシコを呼んできなさい。」


 助手に指示して、手元の湯呑みに手を伸ばした。だがすぐに元通りの場所に戻して頭をかいた。朝から何十回同じ事をしただろう。お湯を急須に入れ直すか、冷蔵庫に行けば他の飲み物がある。それすら煩わしく、1秒たりとも持ち場を離れたくなかった。

 研究室に閉じこもって1週間になるだろうか。髪はボサボサ、髭はボウボウ、身体中から異臭がする事にやっと気づいた。だがその後は気にする事もなかった。


 自宅の隣に建てられた研究室。研究を行なってきた開発品が、たった今完成した。

「あとは副作用が出ない事を祈ろう。」

 商品を専用ケースに入替、無菌室へ運んだ。

 少ししてから、助手と女性が現れた。


「シュウゾウさん、ついに完成したんですか。」


「あぁ、やっと完成したよ。あとは商品化に向けて認可が必要だが、まあ大丈夫だろう。後は専門家に任せよう。」


「そうなんですね。あの子も天国で喜んでますよ。」


「この薬は風邪薬と同じだ。一時的には効果があるが、薬の効果が無くなったら、あとは服用した本人次第。正しく利用すれば未来が開けるかもしれないが、悪用すれば、地獄行きだ。」


 手にした1センチ程の錠剤は、未来を照らす大きな希望。文明が進化し、生活が豊かになればなるほど人間の闇は深まるばかり。老若男女問わず、自殺者数が10年前に比べ10倍増えていた。人間関係、DV、病気からくる精神的病み、自殺者の中には「生きる事が地獄 助かるには死ぬしかない」と遺書を残す者もいた。その行為を止めるすべも無く、各団体が頭を悩ませていた。シュウゾウは分野を問わず、興味を持った物しか作らない。気に要らなければ何十億費やした完成間際の作品も、途中で止めてしまう程の変わり者で知られている。


 他と違うのは性格だけではない。同業者からは、作品を作る速さが尋常では無く「音速の手」と称賛されている。普通10年かかると言われている商品を1年で作り上げてしまう。発想・閃き・行動力・財力が他とは不破抜けて違っていた。今回の新薬も業界内では2世紀先まで無理だろうと言われていた。これまでも記憶を消すだけの薬であれば、科学者達が作りあげている。だが、全ての記憶を消し去ってしまい廃人になる患者が続出し禁止薬物として登録されてしまった。


「悩みの種の記憶を部分だけ消す事が出来れば、もっと救える命があるのに。」


 行政やメーカーが挙ってシュウゾウのもとに新薬開発の要請を出した。しかし、シュウゾウはそれを断った。人間は喜怒哀楽があってこそ楽しい。それが本来の人間の姿であり、苦しみから逃げる輩は好きではなかった。自身がこの地位に辿り着けたのも、苦しみがあったからこそ。新薬を開発する事はそれを否定しまう。そんな意思を曲げてまで新薬を開発したのには理由があった。

 シュウゾウとトシコの間には子供が1人いた。子供と言っても妻1人子1人を持ったいい大人だが、シュウゾウは年齢関係無く息子を溺愛していた。研究以外の時は息子の事が気になって仕方無く、休日には「あいつはなにしてる」「あいつは休みか」「あいつは来ないのか」と、トシコが呆れる位確認していた。孫を連れて遊びに来た時も、少し窶れている事に気付き「栄養が有るものを持って帰らせなさい」とシェフに用意させた。会社の繁忙期と重なり、息子抜きでシュウゾウの家に来る事が多くなり、その愛情は自然に孫に移っていった。

 この日も孫と嫁は息子抜きで遊びに来ていた。いつもと同じ様に孫と遊んでいる時に、孫から驚く言葉が出てきた。


「じいちゃま、パパ様を助けてあげて。」


「よし、じじがパパ様を助けてあげよう。パパ様はどうしたんだい。」


 突然の発言に肝を抜かれたシュウゾウであったが、小さな子が言う冗談だろうと話に付き合った。


「パパ様毎日苦しそうなの。」


「ミナミはどうしてそう思うんだい。」


「夜になるとね、悪魔がパパ様に悪さしてるの。」


「悪魔が出るのかい。」


「パパ様の魂を悪魔が吸い取って、パパ様死んだ人みたいな顔になってるの。でも、ミナミが朝起きると悪魔はいなくなってて、パパ様も元通りのなっているの。」


「そうかそうか、じゃあジジがパパ様を助けてあげるよ。」


 その瞳は本気で救いを求めていた。シュウゾウは子供のいう事だから適当に話を合わせていたが、少し気になった。最近は息子からの連絡が全く無い事と、思い込むと中々前に向けないタイプである事を理解していた。今度の休みにでも家に呼んで飯でも食べながら近況を聞いてみよう。そう考えた。


 それから5日後、警察から息子の死を聞かされた。遺書が見つかっており、自殺と断定された。会社のプロジェクトに失敗し多額の負債の全責任を負わされていた。エリートコースを着実に駆け上がっていたがそれも無くなり、今回の失敗で可愛がってくれていた上司や慕ってくれていた同僚・後輩でさえ手のひらを返した。最近では誰も彼とは目も合わさず、まるで存在が無いものとされていた。遺書にはそれらが赤裸々に記載されていた。「我慢の限界です。先に逝く勝手を許して下さい。ミナミ愛しているよ。」最後にそう綴られていた。


 シュウゾウは悔やんだ。もっと早く気付いてやるべきだった。息子を溺愛していたはずだったのに、何もわかってあげれてなかった。失敗したプロジェクトの数億円くらいシュウゾウが手をあげればなんとでもなる額だった。ただ息子はプライドが高く、自分の失敗で抱えた負債を肩代わりしてほしいなどと言ってくるタイプでは無かった。昔から何でも自分でやらないと気が済まなく、シュウゾウの溺愛加減を疎ましく思っていた。シュウゾウが何でも手を貸したがるので「父さん大丈夫、僕がやるから」が口癖になっていた。没頭していた商品発明も何の役にも立たない。息子の命すら救えない、こんな発明なら辞めてしまおう。そう思っていた頃、


「同じように苦しんしんでいる方々を、あの子みたいに最悪な結末にさせない為にも、あなたがすべき事があるんじゃないですか。」

 トシコから言われて目が覚めた。そこからシュウゾウは寝る間も惜しんで発明に没頭した。息子の為に、息子が残していった家族の為に。


 鬱病患者の多くに心的外傷後ストレス障害が確認されている。長期間ストレスを受けるとコルチゾールが分泌され脳にある海馬の神経細胞が萎縮し破壊される。βエンドルフィンを投与する事により、これらを修復する事が出来き鬱症状を軽減させる事が出来る。しかし根本的な解決策が無く、鬱患者は増える一方であった。シュウゾウは、このβエンドルフィンに着目し改良をした。発明した新薬「BMーf」は、投薬する前に消し去りたい記憶を脳に呼び起こし、投薬後その記憶を一定期間消す事が出来る。神経細胞を修繕する際に、一番真新しい裂傷が激しい細胞は、修繕しないよう「R2HM」成分が細胞にフィルターをかける。人間の細胞はすぐに自然治癒力で回復をしてしまう。投薬前に消し去りたい記憶を呼び起こす必要があるのは、一時的に神経細胞にストレスをかけ裂傷させる為。最も有効的な方法として最近では消し去りたい過去を患者からヒアリングし、それを映像化させVR-Ⅹ(仮想現実最新機器)で擬似体験させる。あまりにリアルな映像な為、トラウマになっている患者にこれを使用すると恐怖のあまり廃人になってしまう患者が出た。国はVR-Ⅹの規制を強化し特殊危険医療機器に認定し医療機関のみ使用可能となり更に使用時間は15分とした。個人差はあるが、1錠で約10年から20年効果がある。記憶を消すなんて医療を逸脱しているとの声も挙がっているが、自殺者数が激減している事実で世論を味方につけた。


 「BMーf」が世に出ると瞬く間に神薬と取り上げられた。薬の効力は絶大で自殺する数百万人の命を救った。

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