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人魚に恋したモンキー  作者: shinpanzees
15/21

神泳

  1ヶ月前にフリーダイビングの初心者講習を受講した。日本代表が集まるフリーダイビング記録会に見学に来ないかと連絡があったのは3日前。いまだ日本フリーダイビング協会からは公式戦出場の許可は出ていない。


 出場許可の電話を毎日していたミナミを見兼ねて、現実をわからせれば諦めてくれるだろうと協会側は考えていた。そんな事を協会側が考えている事くらいミナミにもわかっていたし、あえてそれを利用してやろうと考えていた。


 記録会は午前の部と午後の部に分かれており、午前の部が終わると3時間程時間が空く。空いた時間は、素人向けのフリーダイビング体験会がある。ミナミは見学に行く返事をした際、体験会にも参加させて欲しいと依頼していた。協会もそれで気が済むなら問題無いだろうと判断し、ミナミを参加させる事を許可した。当然、何かあっても自己責任という条件付きではあったが、何の問題も無いと返答した。


 記録会は都内で開催される。ミナミは記録会に向け、独自のトレーニングを開始していた。頂点に立つ為には、一長一短で成し遂げれるものではない事くらいわかっていた。もともと運動神経が抜群に良く、泳ぐ事に関しては世界レベルのミナミであったが、車椅子生活が長かった為、下半身の筋肉が衰えていた。トレーニングでの筋肉強化以外では、出来る限り車椅子を利用せず過ごすようにした。

 専属トレーナーを雇っても良かったが、記録会まで時間が無いのと、ミナミ自身が人から指示さるのが苦手だった。自分のペースで自分を追い込むのが1番楽しく、結果が出なくても責任は全て自分自身、甘える理由を作りたくなかった。

 時間がたっぷりある訳ではなく、潜水した回数も2回しかなく不安要素は多々あるが、陸で可能なトレーニング、食事制限、今出来る事は全てした。並々ならぬ努力のお陰で記録会3日前には身体のキレはここ最近に感じた事がない位良い仕上がりになっていた。


 記録会前日、ホテルに到着し従業員に荷物を部屋迄運んでもらった。ホテルへは事前に「足が不自由なので」と伝えると快く応じてくれた。いつもならホテルには頼まず、全てツカサに任せてたなと甘えてた姿を思い出して1人笑った。


 チェックインを済ませてから携帯に目をやると、ツカサからの着信が残っていた。「いっけない」ミナミは鞄をベットの横に置いて車椅子から移ると、携帯を操作しだした。


「ツカサ。ごめんなさい電話くれてたの気付かなかった。うん、さっき着いたよ。今日は練習休みだよね。わかった、じゃあ2時間後連絡するね。」


 2時間後に改めてツカサに連絡をする約束をして電話を切った。もちろんミナミは記録会に参加出来ない。日本フリーダイビング協会に相手にされていない現状を打破する為には、策を練らなければならない。ツカサにはその案があるという。不安はあったが、ツカサが自身満々に「大丈夫」というので少し気が楽になった。



 記録会当日、少し寝不足だがコンディションは100点満点。後は昨夜遅くまでツカサと打合せした策を実行するだけ。ホテルから記録会の会場迄は徒歩5分。ミナミは車椅子の為、荷物を車に積み込み遠回りして会場に到着した。

 記録会は朝7時からスタートしており、終えた選手達は帰宅準備をしていた。右手にはめた黄色の腕時計は10時を示していた。

 あと1時間程で午前の部が終わり、ミナミが参加する体験会が始まる。ミナミが参加するのはBコースだ。



 Aコース・・・初心者(10歳以上)


 Bコース・・・経験者(10歳以上 1回以上経験有)


 Cコース・・・上級者(経験多数者)



 ミナミは実践での経験は無い為Bコースに参加する。本当はCコース参加を希望したが、経験が少なすぎる理由でBコースに回された。

 受付を済まして、インストラクターの説明を20分程聞いてから潜水の準備を始めた。


 Aコースの小中学生達が無邪気にフリーダイビングを楽しんでいる。体験会で殺気立っているのはミナミくらいだろう。


「それではBコースの方、スタートします。」

 ミナミの参加するコースが呼ばれた。


「ではゼッケン番号1番から5番の方、係の指示に従って潜水を開始して下さい。」


 インストラクターが参加者全員に1人ずつ付き、記録を取ったり水中での指示を出す。Cコースの上級者は別として、AコースとBコースの参加者のレベルは素潜りレベルで、スタートして1分も経たず海面に顔を出す者が多い。体験会自体が記録会の余興で、フリーダイビングを身近に感じてもらい興味を持ってもらう。10代前半の子が、フリーダイビングに興味を持ち、競技を始めてくれれば幸運くらいの気持ちで協会は考えている。


 JOCマリーナ国際科学センターは、国が100兆円を投資し手掛けた最新科学を用いて建設した潜水施設である。環境に左右されやすいダイビングだが、季節や天候を気にせず1年中実施出来る。参加者の潜水状況は海中に設置された1000台以上の最新水中カメラと水中カメラマンが捉えた映像が大型スクリーン に映し出される。本戦出場の選手達は90メートル前後の記録を出す。海底300メートル迄常時カメラで選手達の潜水を追うことができるAI設備が整っている。


 ダイビングの歴史を辿るといくつもの悲しい過去がある。レース中の死亡事故は途絶える事なく、10年前に起きたフリーダイビングのレジェンド「D・マーク」が世界記録をかけて臨んだレースで前人未到の水深188メートル地点に到達したものの、突然の爆海流にのみこまれて海底にひきずりこまれ行方不明となった。10年経った今も、彼の関係者が莫大な費用を費やして搜索しているが、発見されたのは身に付けていた指輪だけだ。関係者はこの事実を聞き、生存率がゼロに近い事を悟った。指輪だけ残るという事は、本人が意図的に外さない限り、腐食して手から抜けるか、海底の魚類の餌となり糞と一緒に排出されたかのどちらかだろう。

 この事故がきっかけで、死亡事故ゼロの挑戦に手を挙げたのが世界一安全な国「日本」である。過去200年の死亡事故や将来ありえれる事故、他競技で起きた死亡事故を分析・解明させ反映させたこの施設。水中の何処にいても事故発生と同時に目標物に向けSSACスーパーシールドエアーキャノンが発射され包み込む。SSACとは、高濃度酸素とSFGF(超多機能性細胞間シグナル因子)が大きな泡となり対象物を包み込み、救護及び裂傷した対象物の再生を開始する。性質が水よりも軽い為、水中で使用した場合はゆっくりと上昇し水面に浮かび上がる。水面に上がった後も大泡は割れず、対象者の救護を継続する。特殊な電解液を大泡にかける事により、人の力だけで簡単に割れ救助隊に引き継ぐ事が出来るのだ。既に開設してから何度も使用されており、救助された全員生存している。この施設が最新施設と呼ばれる由縁はここにある。


 スタートして刹那、地鳴りのように歓声が会場に響いた。既に息が保たず海面に浮き上がってくる参加者がいる中、猛スピードで潜水していく参加者がいる。余興と思っていた観客が、どこの選手がサプライズで参加したのかと勘違いする程、素人には思えぬ神秘的な泳ぎで潜水していく。スクリーン越しに見えるその姿はまるで人魚のようだった。あっと言う間に40メートル地点に到着した。関係者も海中カメラマンも彼女を見失わないよう必死だった。



「順調に潜水出来てる。」

 ミナミはツカサの指示通り、最初は出来るだけスピードを出して観客に注目させ、50メートル付近からはスピードを落としてカメラにしっかり自分の映像を映し出させてアピール。後は、ある程度の記録を残して限界少し前で浮上すれば上出来だろうと。

 レース前半は、打合せした昨晩の内容を思い出しながら泳いだ。今日のコンディションはとても良い。無駄な力が入っていないので全く疲れないし息も苦しく無い。何もしなくても自然と潜れている感覚。ミナミは、打ち合わせしていた70メートル付近で浮上する事を忘れ、無になって泳いでいた。気が付くと100メートルの標識を通過した。


「いけない。」

 まだまだ泳げる余力があったが、ツカサとの打ち合わせを思い出し急に浮上を始めた。

 やる事はやった。でもこれで協会は私の事を認めてくれるだろうか。ミナミは潜る時とは全く正反対な不安な気持ちになって浮上を続けた。


 陸の上では今か今かと待ちわびている観客の大歓声とカメラマンのフラッシュが水面を照らした。

 同時に関係者席とマスコミ各社が慌ただしくなっていた。「彼女は何者」マスコミ各社、彼女の情報収集に追われた。女性の日本記録は110メートル。現役日本プロ選手でも大会で100メートルを超えるのはなかなか難しい。ましてや、選手登録されていない余興参加者がこの記録を出した。慌てるのも仕方がない。



「眩しい。」

 水面に顔を出したミナミは、目を開けることが出来なかった。同時に、この割れんばかりの声援が自分のものだと気付くのに時間がかかった。


 水面から上がり車椅子に乗り、ゼッケンを返しに受付に行くと記録員から102.3メートルと言われた。同時に、記者団から質問責めにあった。


「お疲れ様でした。お名前を聞かせてもらってもいいですか。」


「凄く神秘的な泳ぎをされますよね。何処で泳ぎを学ばれたんですか。」


「すごい記録を出されましが、あなたは何者なんですか。」


「100メートル付近で急に浮上されましたが、まだまだいけたんじゃないですか。」


「この後のレースも出られる予定ですか。」


「プロ契約する考えはありますか。」


「過去のレースの記録が残っていないのですが、フリーダイビングは初めてですか。」


「何か一言ください。」


 絶えず続くフラッシュと質問責めに戸惑った。

 ミナミは暫く目を閉じて気持ちを落ち着かせた。

 そして大きな声でマスコミに訴えた。



「私に公式戦の出場機会を与えて下さい。私は世界一を獲りたいんです。」

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