最初で最後の告白
ゆっくりと目を覚ますと、いつもの場所であった。いつもの天井、窓、壁に貼ってある映画のポスター。自分の部屋だとわかった瞬間、心が落ち着く。
「また夢の中か……」
なんとなく今、夢を見ているなとわかるような気がした。
トラオム・テールさんに会えずに家に帰り、すぐに寝た記憶があるので、今はまたいつもの夢を見ているのだろう。
もう夢だとわかっても、あまり驚かなくなってしまった。
外から鳥の鳴く声がする。カーテンを開け、強い日射しを浴びる。
「夢のくせになんでこんなに天気がいいんだよ」
起きたのはいいが、今から何をしよう。前の夢では、光希と美咲に電話をして、映画に誘ったはずだ。
今日は一日家でゆっくりと過ごすのもいいかなと思った。最近、色々なことが起こりすぎて、身体も心も疲れてるからちょうどいいかな。僕はまたベットに寝ようとしたとき、急に枕元にあるスマホの音が鳴り始めた。
美咲からの電話だった。
「あ、守君?おはよう」
「おはよう。どうしたの、こんな朝早くに」
「あのね、今日一緒に映画みない?光希君も呼んでさ」
「最近話題の映画だよ」
「映画いいね。全然いいよ。光希には俺が連絡しておくから」
「うん。ありがとう。そしたら映画館で待ち合わせね。じゃあね」
「わかった。じゃあね」
僕は嫌な予感がした。まさか前の夢で一緒に見た映画ではないだろうかと。
そんなことあるはずないと自分に訴えかる。
僕は急いで支度をして、家を出た。かなり時間が迫っていたので、寝癖は帽子で隠して出かけた。二人を待たせてはいけないので、電車の駅を降りても結構なスピードで映画館まで走った。
多くの人がいる中で走るのはやはり恥ずかしい。
映画館につくと、美咲と光希が待っていた。
「おせーよ守」
「ごめんごめん」
「私、この映画凄く観たかったんだ~。来てくれてありがとね」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
美咲が笑顔で言うので、僕は照れくさくなってしまった。
「守~。顔赤いぜ~」
「そういうのやめろって。全く赤くないし!」
いつものような光希との会話だったが、何故か少し違和感を感じていた。
前にも同じようなことを言われたような……
「はい、守の映画の券」
「お、ありがとう」
僕は光希に手渡された映画の券をもらったとき、ふと映画のタイトルが目に入った。そのとき、僕は衝撃を受けてしまった。
「あれ?この映画前に一緒に観なかったっけ?」
「観てないわよ」
「守、最近ボケてきたんじゃないのか~」
光希と美咲が満面の笑みで笑っているが、僕は笑えなかった。
なぜなら、僕が前の夢で一緒に観たものと同じ映画だったのだ……
さっきから異様な違和感を感じていたのは、やはり間違いではなかったかもしれない。
「ごめん、他の映画と勘違いしてた……」
「しっかりしろよ~」
同じ映画を二回も見るのは人生で初めてかもしれない。二回目ということだっだので余裕をもって見れた。終わりに近づいていき、一番泣ける場面が流れ始めた時、右に座っている美咲を見ると美咲が泣いていた。左を見ると、光希も少し目が潤んでいた。あまりずっと見ているとおかしいので、すぐに映画のスクリーンに目を向けた。
そんなことを何回もやっているといつの間にか映画が終わった。映画館から出るともうすっかりと夕暮れ時になっていた。
「いや~、よかったよかった~」
背伸びしながら、光希は言った。
美咲も少し落ち着いて言う。
「あの二人結局会えたのかな……」
「多分、会えたんじゃないかな」
美咲に言葉を返したとき、また嫌な感じがした。
前の夢でも同じことを言っていたような……
多分、気のせいだろうとこのときは思っていたが、ある一つの広告を見て、僕は気のせいではないことがわかった。
映画を見終わった後、美咲が皆で夕食を食べたいと言うので、近くのレストランまで歩いていくことになった。レストランに向かう途中、僕は何故かふと目の前に立つビルが目に入った。そのビルに大きな広告が貼ってあったのだった。
そのとき僕は衝撃を受けた。
『花火大会明日開催』
「うそだろ……」
これ前にも見たはずだった。
前の夢で……
なんとなく予想がついていた。
多分夢の中は時が止まっている……
そして、何故か花火大会が開催される前日の日であること。
僕にとって花火大会の前日が大事な日なのだったのだろうか。
これから先も夢を見るたび、美咲に映画を誘われ、何回も同じ映画を観ることになるのかとふと思った。
僕だけは現実になっても覚えている。光希と美咲と映画を観たこと。一緒に笑いながらくだらない話をしていたこと。しかし、これは僕の夢の中の出来事であって、現実に戻ったら美咲と光希は今日起きた出来事は全く知らない。今この瞬間の出来事も全て忘れてしまうのだろう。
でも、僕だけはしっかりと覚えている。
この気持ちは一体なんだろう。今まで生きてきた中で感じたことのないような気持ちになった。
光希も広告に気がついたのだろうか。
「明日は花火大会だな!いつもの場所で一緒に見ような」
「あ、そうだな……」
「私、明日楽しみだな~」
やっぱりそうだ。この会話も前の夢でやったことがある。ということは、この後レストランで食事をして、家に帰る途中の星野公園で光希と美咲の話をするのだろう。
僕が思っていたことはやはり的中した。レストランで食事をした後、今、家の近くを三人で歩いて帰っている。もうかなり暗い。
「じゃ、また明日ね!明日はわかってるわね」
「あぁ。いつもの場所で花火見ような」
光希はそう言い返すと、美咲は手を振りながら別れた。そのまま何もしなければ、前の夢と同じ出来事を今から繰り返しただろう。しかし、僕は何故かここで一言発してしまうことで、これからの出来事が一変してしまった。
「美咲!……」
何故か美咲の名前を呼んでしまったのだ。多分、今までの出来事から衝撃を受けてきて精神的におかしくなっていたのかもしれない。美咲が僕から離れていくのが不安だった。
「どうしたの?」
美咲は不思議そうに僕を見つめる。
光希は何かをさとったのか、一言いって帰る。
「あー、じゃ俺は先に帰るわ」
そういって、走って家に帰っていった。呼び止めようとしだが、声が出なかった。
「光希君帰っちゃったね。急にどうしたんだろう」
美咲がそう言った後、少し沈黙が流れる。美咲はそれを感じたのか、僕に小さな声で言う。
「ちょっとだけ公園寄っていこうよ……」
「うん……」
急に美咲が話始めたので、うんと答えることしかできなかった。
虫の鳴き声がどこからか聴こえてくる。僕らは、いつも花火大会の時に花火を見る場所で夜景を眺めていた。
前の夢では、光希と見ていたはずなのに。僕が美咲と一言言うだけで、未来がこんなに変わってしまうとは思っていてもなかった。
このとき、僕は光希に言われたことを思い出した。
『お前美咲のこと好きだろ?』
なんでこんなときにと思ってしまった。光希の顔が浮かび、眉間にしわをよせる。
「どうしたの?」
「いや、何でもない……」
美咲に声をかけられ額にかなり汗をかいてしまった。
『くそ、光希のやつめ。見てろよ光希!』
心の中でそう思い、僕は告白することを決心した。
どうせ美咲たちは今までしてきたこと、今から起こる出来事を全て忘れてしまうのだから。
「美咲……」
「どうしたの守君?」
美咲が僕の方を振りかえる。
やばい……
いざ告白するとなると緊張する。告白しても美咲は忘れてしまうのだからと思っていても、かなり緊張する。自分でも身体が震えているのがわかる。
僕は震えた声で言う。
「実はさ。美咲に大事なことを伝えたくて」
「え?大事なこと?」
美咲の表情が少し笑顔になっているのがわかる。
「うん。大事なこと。今言わなければならないんだ」
この後、緊張がなくなったのか、自分でも驚くぐらい口がうごいた。
「俺、美咲のことが好きだ」
言ってしまった。
美咲の顔を見ると、意外と驚いたような表情はせず、さきほどと変わらぬ表情であった。
「やっぱり僕は美咲のことが好きみたいなんだ……。それだけ、美咲に伝えておきたかった……」
美咲は何も返事をしてくれなかった。
ただ美咲は目を瞑ったままだった。しかし、僕には美咲の目から少し涙が溢れているように見えた。
すると、突然美咲は下を向いたまま、僕の方へと走ってきて飛び込んできた。驚いて反射的に抱きつく。
美咲は僕の耳元で言う。
「ありがとう……」
そう言うと、僕から身体を離して公園の外へと走り去っていった。
僕はそのまま美咲の走る後ろ姿をただ呆然と見ていた。
きっとこの光景は忘れないだろう。
このとき僕の目には、
美咲の走る後ろ姿と夜空に浮かぶ大きな蒼い地球の光景が映っていた……