トラオム・テール
「はっ……!」
僕は急にベットから起き上がった。
「あれ?ここは……」
周りを見渡すと自分の部屋である。僕はふと、自分の記憶を思い返す。
夢の中で光希と一緒にあの不思議な夜空を見たあと、光希が最後に何かを言いながら、急に視界が真っ暗になったのを思い出した。そのあとの記憶が全くない。
おそらく、あそこで夢が終わったのだろう。
「今、現実だよな……」
現実か夢かを確認する方法が、夜にならないとわからないのが本当に厄介だ。
確認するすべはないが、夢の中で一日が終わったので、多分今は現実であるだろう。
確信はないが……。
今日は祝日で学校もなく、予定もない。
夢を見たせいか、かなり頭が痛いのに気づく。
いつもより家の中が静かなような気がした。いつもテレビを見ながら母親が笑っている声がしないので、下へ降りて確認すると、誰もいない。
リビングの机に一通の紙がぽつんとあるだけだった。
『買い物にいってます母』
一通の紙を見て一人で納得した後、近くのイスに座る。
しばらく、窓から見える外の景色を眺めていた時、また昨日の夢のことを思い出した。
夢の中で光希と最後に話したことを。
誰もいない静まり返った公園で……。
なぜ、光希はあのタイミングで美咲のことを僕に話そうと思ったのだろう。
そして、目の前が真っ暗になる寸前に、光希が最後に何か言っていたことも気になる。
色々と考えている内に、もっと光希に話したいことが沢山あることに気づいた。
頭から昨日の夢のことが離れず、気になってしょうがなかったので、光希に電話することにした。
僕はすぐさまポケットに入ったスマホを手に取り、親指を素早く動かす。
電話なんて滅多にしないので、なんか変な緊張感がある。
電話したくないなと思いつつも、耳にスマホを傾けると、電話につながった音がした。
「はい、もしもし。守か……。お前から電話なんて珍しいな……」
さっき起きたと言わんばかりの暗い声。
「すまん、起こしてしまって。実は昨日の美咲のことでさ……」
「昨日?」
あっ……
光希の返事で僕は突然何かがおかしいと思った。
光希の『昨日?』という疑問の言葉に違和感を感じて、自分が何かを間違っていることにすぐに気づいた。
美咲の話をしたのは昨日ではない。僕の夢の中ではないか!
光希がわかるはずがない。
しかし、早めに返事をしないと不信に思われるので、とっさに思いついたことを僕は言った。
「あ……、ほら。この前映画観た後、公園で美咲のこと一緒に話をしたじゃん……。そのことでさ。もっと詳しく話をしたくて……」
僕はちゃんと光希に伝わったのか心配だったが、光希はあたりまえの返事を返してきた。
「何言ってんの。最近、映画なんて観てないし、美咲のことって言われても正直記憶にないんだが。」
「だよね……」
映画を観たのも美咲のことを話したのも僕が夢の中で起こした出来事であって、光希が知るはずがない。
それなのに、どうしてこんなにも切ない気持ちになるのだろう。
夢の世界が現実的だからであろうか。
僕は諦めて電話を切ろうと思った。
「悪い。俺の勘違いだった。起こして悪かったな」
「なんかよくわかんないけど。うん、気にするな」
僕はそう言って電話を切ろうとしたとき、光希がボソッと低い声で言ってきた。
「いやぁ~。それにしても起こしてくれてありがとう。寝てるとき変な夢を見てて気持ち悪かったんだよな……」
光希から夢という言葉が出たとき嫌な予感がした。
「また、夜空に地球が浮かんでる夢か……」
「おー!そうそう。前に話したやつよ。まぁそれなんだけどさ……。今回は前と少し違っててさ」
「何だよ。その前と違ってたところって」
「お前と見てた」
「えっ、今何て言った?」
一瞬、耳を疑った。
「お前と一緒に見てた。お前が隣にいて、一緒にあの夜空を見上げていたんだ」
僕は光希から聞いたとき、脳裏に昨日夢の中で起こった出来事を思い出した。
僕は夢の中で美咲のことを光希と話している時、光希と一緒に地球が浮かんでいる夜空を見たことを。
もしかしたら、光希が映画のことや美咲の話をしたことを覚えていないだけで、光希は僕と同じ夢を見ていたのかもしれない。
「なぁ、気持ち悪いだろ~。まぁ今度詳しく説明するわ。ちょっと今から妹の弁当を急いで作んなきゃいけないから、またな」
光希は僕と話している間に用事を思い出したのか、光希に質問する時間も与えてくれず、急に電話を切られた。
僕はしばらく頭がこんがらがって、固まってしまった。
光希の言っていたことが本当のことだとすれば、やはり昨日見た夢が何らかの影響を与えたのかもしれない。
やはり僕は夢の中で起きている出来事の謎を早く解明したいと思い、とりあえず机の上にある物を無理矢理どかして、ノートパソコンを開き、いつものコメント欄を見る。
「ふ~ん」
守は深いため息をだした。
やはりコメントを見ても
『夢で地球を見た』
と、同じことばかり書かれていて、正直、夢の真相を解明することはできなさそうだ。
なので、僕はある決意をした。
トラオム・テールというやつにメッセージを送ってみよう。
前回のコメントを見たとき、皆と違う夢を見ていると言っていたし、この人なら何か夢について知っているかもしれないと思ったからだ。
知らない人にコメントをするのは少し嫌な感じだが、
夢の真相を明らかにするためには、こういう行動も大事なことだ。
とりあえずキーボードの位置をずらし、コメントを書いてみる。
『僕もトラオム・テールさんと同じで皆とちょっと違う夢を見ています。何でもいいので何か知っていることがあるなら教えてほしいです』
これでいいか何回も見返して、送信ボタンをクリックした。
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そのあと、返信待ちでどのくらいの時間が経っただろうか。
頭を上げて窓の方を向くと、もう夕暮れ時であった。
パソコンを開いたまま、僕は寝ていたようだ。
パソコンを見ると返信がきていた。
『まもるさん、こんにちは。トラオム・テールです。あなたがおっしゃることがとても興味深いと思いましたので、返信させていただきました。もしよかったら、今日の午後お会いしませんか?』
まさか返信がこんなに早く返ってくるなんて想像もしていなかったので驚いた。
「今日お会いしたい?だと……」
会うのは全然構わないが、なぜ今日なんだ。
早く会いたい気持ちはわかるけれども。
もしかしたらお互い住んでいる場所が遠くて、今日会うのは不可能かもしれないのに、どうして、絶対に今日会えるかのような返事をするのだろうか。
少しトラオム・テールさんが怪しいとは思ったが、とりあえず会ってみることにした。
返信をくりかえしていくと、たまたま僕が住んでいる地域と同じ場所あたりに住んでいるらしい。僕が住んでいる場所がわかってて、今日会いたいと言っているのなら、かなり恐ろしいが。
「偶然だよな……」
結局、都会にあるファミレスで午後9時に待ち合わせということになったので、僕は家を出た。
祝日なので人が多く、電車の中が暑苦しいし、時期が夏なので、余計に暑く感じる。
電車を降りるて、改札口をでると、目の前に待ち合わせのファミレスがあった。大きなビルの3階にファミレスがあるみたいなので、エレベーターに乗る。
エレベーターの扉が開いた瞬間、いかにもここはファミレスだと言わんばかりの雰囲気や匂い、若者の声がする。
一人でファミレスに入るのはかなり抵抗があったが、僕は適当に歩き、外が見える窓のところの席に座りドリンクを頼んだ。
スマホを見ながら、さっきトラオム・テールさんから教えてもらったメアドを眺めては、返事を待っていた。
そこから、結構な時間が経ち、返事がくるのをずっと待っていたが、なかなかこなかった。結局、待ち合わせの時間を過ぎてもトラオム・テールさんは姿を現さなかった。
窓の外を見渡すと、もうかなり暗くなっている。腕時計の針は午後10時30を指していた。
待ち合わせの時間からもう一時間半も経ったという実感があまりしていなくて、かなり驚いた。
トラオム・テールという人はまだ来ない。何かあったのだろうか。道に迷ったのだろうか。それにしても、時間がかかりすぎている。
そんなことを考えていると、一通のメールが届いた。
さっきメアドを教えてもらったばかりのトラオム・テールさんからだった。
『申し訳ありません。ドイツから日本に帰る飛行機に乗っているのですが、その飛行機が遅延してしまって、今日は会えそうにありません。また後日連絡します』
メールの内容を見て驚いた。
「ドイツ?!」
今日は来れないということよりも、ドイツから来るという事実を知ったことに驚いた。
トラオム・テールさんはわざわざドイツから僕に会うために日本に来たのであろうか。いや、トラオム・テールさんが元々日本のこの場所に住んでいて、今日帰ってくるついでに僕に会おうとしたかもしれない。
色々と考えながら、僕は諦めてファミレスを出た。
都会まで来たのに、何もせずに帰るのは気が知れるが、色々と疲れたので、電車に乗りすぐに帰ることにした。
運が良く、階段を降りるとちょうど電車がきたので、待つことなく電車に乗れた。
電車に乗ると、目の前に見覚えのある顔の人が反対側の扉に寄っ掛かって立っている。
「拓海!」
「お、守か」
なんかとても新鮮だった。
多分、拓海と大学以外で会うのは初めてかもしれないからだ。
「お前何してるだ」
急に拓海は質問を投げつけてきた。
さすがに知らない人を待っていたなんて言えないし、むしろ会えなかったので、余計に言えない。
「ちょっと買い物に」
「そうなんだ」
拓海はそれ以上聞こうとはしなかった。
「お前こそ何やってるんだよ」
「俺も買い物だよ。最近空港の近くに出来た大きなショピングモール知ってるだろ?」
「知ってるけど、よく遠空港の方まで買い物にいったな。結構遠いし」
「ちょっと気になってな」
「へー」
拓海がそんなに最近出来た店が興味あるから行くみたいなやつではないのはわかっている。
けれども、僕はそれ以上何も聞かなかった。
電車のアナウンスが流れる。
「じゃまたな」
ちょっとだけ手を上げて、
拓海は先に電車を降りた。拓海の背中がいつもと違うように見えた。いつもより丸まっていて、寂しいような感じだった。
僕は拓海が何をしていたのか気になりながら、前の窓に写る自分の顔を眺める。
今日は全体的に疲れた一日だった。今、目を瞑るとすぐに寝られるような気がする。
家に着いたら即寝るだろうなと思った。
また、あの不思議な夢を見ながら……