詩人
指定された時刻は20時だが、十分な余裕を持って18時半にはホテルを出た室田達。
夜となってパブ等が開店した事もあり、昼とはまた違った賑わいを見せるパリ市内。
それはまるで昼には清楚な女性が、夜には別の顔を覗かせる様で、街を飾るライトアップは夜化粧といったところだろうか。
こうした日常の風景を見ていると、Dの出現以前と何ら世界は変わっていない気がして、笑顔で歩く人々の半数近くが約1ヶ月後には消される運命にある事など、何かの冗談ではないかと思えてしまう。
だが、、、現実はそうでは無い。
事実今から向かう場所には、現代に生きるはず無き男が待っているのだから。
フレデリック・フランソワ・ショパン
ピアノの詩人として誰もが知る音楽家である。
そんな男が現代のパリにて演奏会を開く、、、
世界的ニュースとなりそうな事だが話題に上らない所を見ると、どうやら公表はしていないらしい。
つまり室田達の為だけに催される演奏会。
すなわちこれはDゲームの一環であり、ショパンが四執事キャトル・マジョルドムの1人である事を示している。
ゴミの様に消えて行った1人目の刺客ラスプーチンは、JJ曰く「キャトル・マジョルドムにそぐわぬ者」だったらしく、ショパンも同じ様に考えてはこちらが痛い目を見る事になる。
気を引き締めて進む一行の前で、街は途切れて視界が開けた。
ラ・ヴィレット公園、、、目指すフィルハーモニー・ド・パリはこの中にある。
公園内を暫く行くと、青くライトアップされた前衛的な建造物が姿を見せる。
夜の為ライトにより青く輝いているが、本来は銀色の建物であり、日中はいぶし銀の様な鈍い輝きを放つ、、、これこそが今回の「戦場」フィルハーモニー・ド・パリである。
ショパンの演奏会だというのに、やはり会場周囲に観客らしき人の賑わいは無い。
1度足を止め、歪ながらも美しいフォルムの建造物を見上げると
「フム、、、よしっ行くぞいっ!!」
自らを鼓舞するかの様に声を発した室田。
皆も無言で頷きそれに続く。
入口ではタキシードに身を包んだ、ドアボーイらしき男が2人立っていた。
「こんばんは。ようこそお越し下さいました。失礼ながら念の為、チケットの確認をさせて頂きます」
1人の男が嘘臭い程の笑顔で声を掛けたが、例の如く室田は無骨に応じる。
「ホレ、チケットじゃ。生憎ドレスコードの指定は無かったんで普段着じゃが、まさか文句は無かろうな?」
「勿論でございます。では中へとお進み下さいませ。既に皆様お揃いでございますよ」
「皆様、、、じゃと?」
2人のドアボーイは室田の問いに答える事無く、それぞれ左右の扉を開いて一行を招き入れる。
「フンッ!!」
室田も鼻を鳴らして、誘われるまま足を踏み入れた。
建物内にて大ホールの扉を開くと、そこは金色に輝いていた。
ホール全体はスコップで地面を抉った様な形をしており、その中央に小島の様なステージが浮かんでいる。
客席は1階2階に分かれ、そのどちらもがステージを囲む様な形で配置されており、ほぼ円形と言えた。
だが何よりも驚かされたのは2400ある座席が、最前列に用意された室田達の席以外も全席埋まっていた事だった。
タキシードやドレスに身を包んだ男女が、一言も発する事無く、それどころか微動だにもせず全員ステージへと視線を向けている。
「こ、こりゃ一体、、、」
戸惑う室田にステージから声が掛かった。
「待ってたよ。さぁ、早く座って座って」
まるで友人を自宅へ招き入れるかの様に気さくな口調だが、穏やかながらも神経質そうなその風貌は、どこか病的な印象を受ける。
タキシードではなく今風なスーツに身を包み、髪も長髪となってはいるが、室田一行は確かにその顔を知っていた。
そしてその見覚えある顔に微笑が浮かぶ。
「初めましてだね。知ってるだろうけど一応自己紹介しとくよ。僕がショパン、、、フレデリック・フランソワ・ショパン。宜しくね」
そう言った男の前には、複数のモニターに繋がれ、触手の様にコードを生やした巨大なグランドピアノが鎮座していた。




