ごっこ
「ねぇ、、、人と違うって、、、悪い事なのかな、、、?」
俯いて呟いた楓が、返事を待たず更に続ける。
まるで返事を聞くのを恐れるかの様に、、、
「前にね、、、Dに言われた事があるの。
マシンナーズは人間では無い以上ミミックに近い存在だって。それを言われてからずっと心に引っ掛かってる。
確かに人間て醜い、、、
心身の障害、思想の違い、生まれた場所や肌の色、、、そんな下らない事ですら差別するバカな生き物だもの。肉体の8割が機械化されてる私なんて完全に差別の対象じゃん?
なのに、、、それなのに私は、そのバカな生き物を救う旅をしてる、、、」
「嫌ならやめればいい」
流水の如くサラリと流れ出たヤコブの返事。
その言葉に楓がハッと顔を上げた。
するとそこには思いの外 穏やかに微笑む顔があった。
そしてその表情のままでヤコブは言う。
「別行動している今がチャンスだ。逃げるなら私も一緒に付き合うが?」
予想外の言葉だった。
心の何処かで楓は、叱責される事を望んでいた。それは迷いを断ち切る為、、、
旅を続ける意味を諭して欲しかった。
背中を押して欲しかった。
しかし返って来た言葉は、、、
楓は直ぐ様、首を振り答える。
「逃げないよ、、、私は逃げない。守る価値は無いかも知れない、、、それでも守りたいと思う自分が居るもの。だから私は逃げない!」
「そう言ってくれて良かった。
いや、そう言う事を信じてたからこそ、あんな事を言ってみたんだが、、、本当に逃げる事になったらどうしようかと内心ヒヤヒヤしたよ」
「ア、アナタ、、、」
自分自身に背中を押させる為、わざとヤコブはあんな事を言ったのだと楓は悟った。
「いや、試すような真似をして悪かった。だがDの言ったというその言葉は間違っていると私は思う。ミミックは人間に成りすます事は出来るが、体内に人間の細胞は微塵も残ってはいない、、、ミミック細胞に侵食された全く別の生き物だ、、、」
自らもミミックとなってしまったヤコブにとって、この台詞を吐くのは辛いものだったのだろう。その表情にはどこか暗い陰が落ちている。
しかし直ぐにそれを払拭する様な笑顔を浮かべると
「君にはまだ2割も人間が残ってるじゃないか!それに外見や肉体の構造などでは無く、人である資格、、、それは心に在ると思う。
心が人間らしさを保っている限り、何者であってもそれは人間さ。
フランケンシュタインの怪物がそうであったようにね」
そう言って一層強く笑って見せた。
「あ~っ!結局私が怪物だって言いたい訳?」
「い、いや、、、そ、そんなつもりじゃ、、」
慌てるヤコブを見て、楓が膨れっ面を解除する。そして突然笑い出すと、それにつられてヤコブも笑い出した。
しかし2人は忘れている。
ここは静寂を求められる大聖堂内、冷たい視線が四方八方から矢の様に突き刺さった。
その痛みで我に返った2人は周囲へペコペコと頭を下げると、その俯いた姿勢のまま顔を見合わせ、今度は迷惑にならぬ様に含み笑いで笑い合った。
「ねぇヤコブ、、、」
「ん?」
「私ね、この旅で、、、生きてる内にやっておきたい事が出来たんだぁ、、、
だからこの外出にアナタを誘ったの」
「やりたい事?それが何かは判らんが、私に出来る事なら喜んで手伝わせて貰うよ」
微笑みかけたヤコブをこの後、唐突な3文字が襲う。
「結婚式」
「あぁなるほど、結婚式かぁ、、、、、、、
えぇぇぇ~~っ!!結婚式ぃ~っ!?」
再び視線の矢に襲われ、またも頭を下げるはめとなったヤコブ。ひとしきり頭を上下に反復させようやく周囲が落ち着くと、未だ狼狽を隠せぬままに小声で告げる。
「き、急に何を言い出すかと思えば、、、
驚くなと言う方が無理な話だ、、、」
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん、、、」
「いや、そういう訳じゃ無い、、、あまりに突然で驚いただけだよ。しかし、何故私なんだ?」
「あら、とんだ朴念仁ね、、、野暮な質問だこと」
「ボクネン、、、何?」
朴念仁という言葉が解らずにキョトンとするヤコブ。
「朴念仁、色んな意味で使われるけど、恋愛においては鈍い人って意味よ」
楓の説明を聞いて苦笑しながら頭を掻く。
「さっきアナタは言ったよね、ミミックとマシンナーズは別物だっ、、、て
でもね、私は思うの。
ミミックとマシンナーズでは無く、アナタと私は似てるって。100%人間とは言えないけど、100%人間の心を持ってる。勿論ニコライもそうなんだけど、あの人は私にとって家族みたいな存在だからさ、、、」
「、、、、」
「ごっこでいいの!結婚式ごっこで、、、だから付き合ってくれない?せっかく大聖堂に居るんだし、、、ねっ!?ねっ!?」
玩具をねだる子供の様にヤコブへとすがる楓。
その頭に手を置きヤコブが微笑む。
「光栄ですよ姫、私目で宜しければ喜んで」
ヤコブ自身、楓に惹かれている事は自覚している。
しかしそれを口には出せず、おどけた態度しか出来なかった自分が少し情け無かった。
それでも楓は嬉しかったらしく、その表情がみるみる晴れやかになった。
「やた♪じゃあさ前に行こうよっ!」
ヤコブの手を引き、共に正面のキリスト像を目指す。
人の群れをすり抜け、ようやく辿り着いた2人は荷物を下に置くと、十字架に張られた聖者へと視線を上げ掌を組んだ。
すると楓が突然カタコトの日本語で牧師を真似る。
「汝、病メルトキモ、、、」
一瞬笑いを溢したヤコブだが、その後の言葉をカタコトの日本語で共に語り始めた。
「健ヤカナルトキモ、喜ビノトキモ、悲シミノトキモ、富メルトキモ、貧シイトキモ、コレヲ永遠ニ愛スルコトヲ誓イマスカ?」
言い終えた2人が向かい合い
「はい、誓います」
先にヤコブが
「はい、誓います」
続いて楓が宣言し、結婚式ごっこは無事に終わった、、、かに思えた。
だが、下に置いた荷物を取ろうとするヤコブに、物足りなさそうな楓が言う。
「何か忘れてない?」
「え?」
「結婚式のラストを飾るのは、、、誓いのキスでしょ?」
「え、、、いや、しかし、これは結婚式ごっ、、、」
言いかけた言葉は楓の唇によって塞がれ遮られた。
「怒った?」
上目使いで楓が問う。
「あぁ怒ったよ、、、」
その返事に楓は俯くが、その顎をクイと持ち上げたヤコブ
「唇ってのは男の方から奪うものだ。だからもう一度やり直しっ!」
そう言って今度は自分から唇を重ね合わせた。
一方その頃ホテルの部屋では、ボーイにより1通の封筒が届けられていた。
差出人の名は無く、中にはコンサートの招待券が人数分入っている。
場所はフィルハーモニー・ド・パリ
日時は明日の夜20時、、、そしてコンサートのタイトルは
「フレデリック・フランソワ・ショパンによるピアノの調べ」
と記されていた。
そんな事とは露知らず、来た時と同じく手を繋いで大聖堂を後にする楓とヤコブ。
大聖堂の壁に刻まれたガーゴイルが、頬杖をついたままでその背を見送っていた。




