2つの約束
その書き出しを見た有働は、手紙を閉じながら思わず声を洩らした。
「お、おい兄弟、、、これって、、、」
内容を読まずとも解ったのだ。
かつてニコライが話してくれた女性、雅
これはその雅が楓に宛てて書いた物だという事を。
再びドア横の椅子に戻り新聞を開いたニコライ、記事に目を落としたままで静かに呟く。
「イイから・ヨンデ・みろ」
静かながらそれは、有無をも言わせぬ迫力があった。
有働は深く息を吸い込むと、たっぷり時間をかけてそれを吐き出す。
そして小さく頷くと、意を決して再びその手紙を開いた。
愛する我が娘へ
この手紙が貴女に届く事はあるのかな?
あったとすれば、その時の貴女は幾つになってるのかな?
素敵な女性になって素敵な恋をしてるのかな?
もしかしたら母親になってたりして(笑)
どんな形にせよ、幸せになってくれてたら嬉しいな。
でもいきなりこんな手紙を目にしたら、ただ戸惑うだけだろうね、、、
先ずは自己紹介。
私の名は雅、、、胸を張って言える立場じゃないけど、私が貴女の、、、
そこで文面は途切れていた。
最後まで書かれなかったその手紙、、、
だがたったこれだけでも、そこには色々な感情が読み取れる。
追われる身、、、それ故に成長した我が娘の姿を、生きてその目で見る事は叶わないだろうという覚悟。
私が貴女の、、、その後に続くはずだった「母親」という2文字。しかし書く事が出来なかった躊躇い。
届く訳は無い、しかし届いて欲しい。
そんな想いが、未完のまま捨てられずにいた手紙には込められている。
少なくとも有働にはそう感じられた。
読む前と同じ長い息を吐き出した有働、何故か1度頭を下げてから手紙を封へと戻す。
恐らくは、雅の抱えていたであろう哀しみと、それでも強くあろうとした意気、、、
そして何より別れを予想しながらも、変わる事無き娘への深い愛情へ敬意を表さずにいられなかったのだろう。
ニコライは黙って新聞に目をやったまま。
そこへ有働が近付き、封筒を返そうとニコライへ差し出した。
微かなモーター音が唸り、ニコライの目であるスコープが有働へと向けられる。
しかし直ぐにまた新聞へ視線を戻すと、そのままそっと転がす様に言葉を吐き出した。
「おマエ・が・もってイロ」
「え?」
戸惑う様子の有働に、ようやく新聞を閉じたニコライ。
「イツカ・かえで・ニ・しんじつ・ヲ・ハナさねば・ナラない・トキ・が・くる、、、
ソレは・しんじつ・ノ・ゲンバ・に・いた・オレ・の・やくメ、、、いまでも・ソウ・オモって・いる」
椅子に深くかけ直し上体を折ったニコライ、床に視線を落としたまま呟く様に言う。
有働は何一つ口を挟まずにそれを聞いた。
そしてニコライが更に続ける。
「ダガ、、、いつも・フアン・ヲ・かんじて・イタ、、、こんな・ショウバイ・だ・いつ・シヌ・かも・ワカラン、、、だから・モシ・この・タビ・で・オレが・しんだ・ナラ、、、
おマエ・が・その・テガミ・を・みせて・シンジツ・ヲ・はなして・ヤッテ・くれ」
「お、おい兄弟!そんな縁起でも無ぇ事、、、」
そう溢す有働は、未だに手紙を差し出した体勢のままだ。そんな有働に微笑みながらニコライが言う。
「あくマデ・モシモ・の・はなし・ダよ、、、ブジに・たび・ヲ・オエタ・なら・チャンと・おれ・の・クチから・カエデ・に・はなス・
ダカラ・その・トキ・ハ・その・テガミ・ヲ・かえして・クレ」
「でも、、、何で俺に、、、?」
「ロシモフ・に・たくす・コトも・カンガえた、、、ダガ・おマエ・の・カエデ・に・タイする・オモイ・が・ほんもの・と・シッタ・イマ・おマエ・こそが・たくす・ニ・フサワしい・そう・カンガえ・が・かワッタ、、、たのまれテ・クレルか?」
そう問うニコライの顔は笑顔が消え、紛う事無き漢の顔となっていた。
「ずりぃよなぁ、、、そんな顔されちゃ男として断れる訳無ぇだろがよ、、、」
頭を掻きながらそう言うと有働は、差し出していたそれを内ポケットへそっとしまい込んだ。
それを見届けたニコライ
「レイ・ヲ・いう」
そう言ってゴツい機械の手を差し出す。
だが有働はそれを握り返してしまえば、何かのフラグが立ちそうで一瞬の躊躇いを見せた。
静電気に触れるかの様に、手を近付けては離すを数回繰り返す。
しかしこの握手は交わした約束の証、誓いの握手なのだ、、、そう自分に言い聞かせると、覚悟を決めてそれを握り返した。
「男同士の約束だ、必ず守るさ。だから兄弟、お前も約束してくれ、、、」
有働の真っ直ぐな視線を受けニコライが問う。
「ナニを・ダ?」
「絶対に死ぬなっ!!」
命令にも似た答えを返す有働。
そしてその顔は、先のニコライと同じく漢の物となっていた。




