甘党
男がC4爆弾を見せてから15分が経つ。
室田達が固まって座っていた事もあって、一般客は気付いていないらしく、幸いにも騒ぐ者は見られなかった。
こういう時、騒ぐ者が現れてパニックになると非常に厄介である。
相手との駆け引きだけで済むところを、パニックの収拾という作業がプラスされてしまう。
尤も男は、機を乗っ取るのが目的のハイジャック犯や、宗教的・政治的な物に基づいた思想犯では無い。
ただ室田達をボスの所へ連れ帰る。
その手段として爆弾を脅しに使用しただけであり、使わないで済むならそれに越した事は無い。
するとここでCAが、乗客にお菓子を配り始めた。
マドレーヌに似た物と、クッキーを2枚。
やがて室田達の列となり、CAがニコライの所で手を止めた。
「あら?」
先まで2座席を占領していたニコライだが、爆弾男が無理矢理スペースを作り、隣に陣取ったのである。その為CAが戸惑ったという訳だ。
そして男が適当な説明を口にする。
「あ、ゴメンな姉ちゃん!ちょっと知り合いを見つけたんでな、隣に移動させて貰ったんや。お菓子はここで頂くわ♪」
「あ、、、はぁ、、、」
取り繕う様に、明らかな作り笑いで答えるCA。
無理もない。
巨体のマシンナーズとチンピラ風情が、狭いスペースでギチギチの押し寿司の様に座しているのだから。
「どうぞ、、、」
小さく首を傾げながらも、作り笑いのまま菓子を置いたCA、、、プロである。
そしてそのプロが行くや否や、男は菓子の袋を開けた。
「オイラぁ甘い物に目が無くてなぁ。特にロシアの菓子とブラジルのコーヒーは段違いの甘さでよ、こいつがたまんねぇんだわ♪」
誰に言うでも無くご機嫌にごちると、手にしたマドレーヌ風の菓子を一口頬張った。
「くぅ~、美味いっ!でも口の水分、根刮ぎ持ってかれらぁな、、、」
そう言うと男が先程のCAに向かい手を上げ、コーヒーを持って来るように頼んだ。
ここでニコライが、初めて男に対して口を開く。
「ソンなに・アマい・もの・ガ・スキか?」
「ん?あぁ好きだねぇ、いくらでも食えらぁな♪」
答えた男を、窮屈そうに頬杖をつきながら見やるニコライ。
「ソウいえバ、、、コンかい・ノ・コト・は・おまエ・ノ・ボス・が・かんがエタ・と・いっタナ?」
「そうよっ!ノータリンのオイラ達と違って、ボスは頭が切れるかんな。爆弾から何から全部用意してくれたぜ。」
鼻を膨らませ得意気に答えた男。
「て・コトは・ダ、、、その・C4が・ホンもの・か・どうカ・オマえ・も・ワカらん、、、そう・イウこと・ダナ?」
「あん?テメェ何が言いてぇんだ?本物に決まってんだろがよっ!」
「ソウかな?ギンコう・ゴウとう・が・モツ・ピストル・が・すべテ・ホンモの・とは・カギるまイ?」
「、、、、」
「ツカいすて・ノ・オマえたち・ニ・ホンもの・ヲ・モタせる・とハ・カギらんゾ、、、」
ニコライの声がにわかに大きくなってゆく。
どうやら乗客に紛れたもう1人の仲間にも聞こえる様に、わざとそうしているらしい。
「そ、そんな事言ってもよ、、、確かめる方法なんか無いじゃねぇか。まさかスイッチ押してみる訳にもいかねぇだろよ、、、」
弱気が顔を覗かせたのか、男の声はニコライと逆に小さくなっている。
「ヒトツ・ほうホウ・が・あるガ、、、
オマえ・あまイ・モノ・すきダト・イッタな?」
「、、、それがどうしたよ?」
「オマえ・は・シランかも・しれナイ・が・C4の・ソザイ・RDXは・たべルト・アマいんダ・オレたち・ヘイし・は・そうヤッテ・ホンもの・か・タシかめル、、、ユビさき・ほど・ノ・おおキサ・で・いい・ためシ・に・ヒトくち・クッてみろ、、、」
「マ、マジか?オイラを担ごうってんじゃねぇだろな?」
疑う様な、それでいて興味も隠し切れていない、何とも言えない目で男が問う。
それに対しニコライは、真剣この上無い顔つきで、無言のままに頷いて見せた。
躊躇いながらも男は服の中に手を入れ、恐る恐る腹に巻いたそれの一部を摘まみ取ると、更に輪をかけて恐る恐る口へと運んだ。
それを見つめるニコライのスコープが光る。
そしてその時、ビジネスマン風の男が1人、トイレへと立つのも見逃してはいなかった。




