チュートリアル
皆を前に不気味な笑みを携え名乗った男。
ロシア帝国時代、怪僧と謳われた祈祷師ラスプーチン、、、
「お主の事は当然知っておるよ。何度か写真で見た事もあるわい、、、しかし言い伝え通り、怪僧という表現がピッタリじゃのう」
室田に言われ、ラスプーチンは微笑んだまま答える。
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
確かに微笑んではいる。
しかし細められたその目が閉じる事は決して無く、それはこの男がミミックであり、本物のラスプーチンである事を証明していた。
「では時間も無い事ですし、本題にはいりましょうか。まずは後ろをご覧下さい」
促され一行が振り返ると、目の前には古びた建物があった。どうやら使われなくなって久しい教会のようである。
「そちらの地下は、ちょっとした迷路となってましてね。皆様にはその最下層を目指して頂きます。途中トラップ等もございませんし、この者達が邪魔立てする事もございません、、、御安心してお進み下さいませ」
その言葉に楓が訝しんだ目を向ける。
「アンタの言った事が本当だって証拠は?いくらなんでも簡単過ぎて逆に怪しいわ。せっかく雇ったマシンナーズも使わないなんて、、、不自然過ぎない?」
「フフフ、、、美しきお嬢さん。
これはゲームで言うならばファーストダンジョン、、、いわばチュートリアルと思って頂きましょう。当然ながらチュートリアルはクリアしやすい物です。それにこのマシンナーズ達の雇い主は私では無くD様です。
そしてそのD様から厳命を受けております。
ここでの手出しはするな、、、と」
「ちょ、、、Dが雇い主って、、、
じゃあマシンナーズ・バタリオンは今やDの私軍って事っ!?」
「その通りでございます」
胸元に手を当てて、慇懃に腰を折るラスプーチン。そこへ今度は有働が問い掛ける。
「何故だ?アンタ等ミミックは不死者だろ?
そのアンタ等が武器を取れば不死身の軍隊が出来上がるはずだ、、、わざわざ兵を雇う意味が解らねぇ」
「フフフ、、、いかにも私共は不死の存在、、、ですが痛みは常人同様、普通に感じる。そして私は痛いのが苦手でしてね。それに
何より私共はあまりにも数が少ない。
軍を組織するにはまだまだ同志が足りぬという訳です。
更に言うならば、私共はただ不死身というだけで、それ以外に特殊な能力を有している訳ではありません。
ならば個々が高い戦闘力を持つ、専門家に委せるのが道理というもの、、、
日本の言葉にもあるでしょう?餅は餅屋というのが」
「なるほどな、、、
ならばついでにもう1つ質問に答えてくんねぇか?
なんでアンタ等自身をマシンナーズに改造しねぇんだ?戦闘力の高い連中を取り込んで、マシンナーズ手術を受けたなら、不死身の上に最強の兵士が出来上がるはずだが?
更にアンタ等の十八番、分離能力を使えば数の問題も解消出来よう?」
「ほほぅ、これはなかなかに頭が回るお方だ。確かに貴方の仰る様にすれば、最強の軍隊が出来上がるでしょう、、、しかしそれが出来ない訳がある」
「、、、訳?」
有働の目が光った。
「ええ、そもそも私共の身体は、、、」
「そこまでだ、ラスプーチンッ!」
ラスプーチンが話し始めた時、背後にある建物の扉が開き、何者からかの声が掛かった。
その声の主を目にしたラスプーチンは、明らかな動揺を見せている。
「あ、貴方は、、、な、何故このような場所に、、、?」
(チッ!もう少しのところで、、、)
有働が内心舌を打つ。
せっかくミミックに秘められた身体の謎の一端を、饒舌となったラスプーチンの口から聞き出せそうだったのに、、、と。
現れた男はそれを見透かした様に、有働だけを見つめながら言う。
「ラスプーチンよ、、、お前は少しお喋りが過ぎる」
慌ててラスプーチンが頭を下げた。
そして室田達は現れたその男を知っていた。
「お、お主は、、、JJっ!!」
思わずもらした室田へと頭を下げたJJ。
「これはお見苦しい所を、、、画面越しでは顔を合わせてますが、直接お会いするのは初めてですね。いかにも私がD様の腹心にして、キャトル・マジョルドム(四執事)を束ねているJJでございます。しかし今はそんな事よりも、早々に地下を目指すのが賢明かと、、、」
「どういう意味じゃ?」
「今回のゲーム、このシベリアステージは時間制限がございます故、、、
皆様に与えられた時間は1時間。
その1時間の間に最下層である地下2Fを目指して頂く。そこで待つ者と会い、そこで待つ問題を解決すればステージクリアとなります」
「もし、、、時間をオーバーしたならどうなる?」
探るような室田に微笑み返したJJ。
「下で待つ者には、ある薬を投与しております。その薬の作用で、1時間後にその者の心臓は停止する、、、その時点でゲームオーバーとなり、D様が公約を決行するまでの事」
「その者とは?解決すべき問題とは何んじゃ?」
更に問う室田に、微笑んだままでJJが答える。
「行けば判ります、、、さあ、お急ぎになられては?既に時計の針は進み始めている」
「こいつの言う通りだ爺さん、とりあえず行くしかねぇ」
有働に促され、苦々しい表情で踵を返した室田。
その室田に視線だけで指示され、ニコライと楓が目の前の大きな扉を開く。
あちこち割れて、なんの絵かすら判らなくなったステンドグラスを見上げ、室田がパンパンと己の頬を叩いた。
「よっしゃっ!行くぞいっ!!」
気合いを入れて扉を潜った室田に一行も続く。
固い表情で歩みを進め始めた背後で、軋む様な轟音と共にその扉は閉ざされた。




