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MIMIC(ミミック)  作者: 福島崇史
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業(カルマ)

そこは広く、殺風景な部屋だった。

マンションの外観に見合った良い部屋だが極端に物が少なく、広さが殺風景を、物の少なさが部屋の広さを互いに際立たせている。


リビングの真ん中に置かれた小さなテーブル。

そこに雅がコーヒーを運んで来た。


「薬なんか盛って無いから安心して飲んどくれ。ブラジル式だからメチャクチャ甘いけどね」


そう言ってコーヒーをテーブル上に置くと、ニコライの対面に腰を下ろした雅。

甘い薫りを放つ湯気の向こうで、追われる者とは思えない程に穏やかな笑顔で頬杖をついている。


「いただきます」


ゴツい手でコーヒーカップを取り、煎れたてのコーヒーを口に含むと、本来拡がるはずの苦味はなりを潜め、代わりに強烈な甘味が舌に纏わりついた。

思わず顔をしかめると


「甘いだろ?私も慣れる迄はアンタと同じ顔をしてたよ」

そう言って雅がケタケタと笑う。


(こんなに笑う女性(ひと)だったかな、、、)

そんな事を想いながらニコライが見つめると、照れたように、それでいてバツが悪そうに雅が俯く。


昔話に近況報告、、、

30分程の歓談の時、、、しかしそれは突然終わりを迎えた。


「ハァ~楽しいねぇ♪でも終わりにしなきゃね。私は逃亡者でアンタは追手、、、そろそろ本題に入らなきゃ」

現実に目を向けながらも笑顔のままの雅。

表情が曇ったのはニコライの方であった。

覚悟の差、、、そういう事なのだろう。


「何故、、、何故逃げたんですか?」

ようやく絞り出したのはありふれた言葉だった。


「凪の海、、、」

雅の口からボソリと呟きが漏れる。

そしてその目は、タンス上に置かれた小さな写真立てに向けられていた。

ニコライもその視線を追うと、そこには寄り添い幸せそうに笑う1組の男女が写っている。

女性は雅、、、そしてその肩を抱いているのは見るからに優しそうな東洋人の男性だった。


「彼ね、同業者なんだけど、本当に優しくおおらかな人でね、、、いつも思ってたよ、凪の海みたいな人だなっ、、、て。

ま、そんなだから傭兵としては二流、、、いや三流だったけどさ」

言いながら雅が肩を竦めた。


「彼は今?」

ニコライの問いに寂しく微笑むと、指を空へと向けた雅。


「あ、、、その、、、すいません、、、」

動揺を見せるニコライに雅が笑顔で首を振る。


「気にしないでいいよ。こんな商売なんだ、いつそうなってもおかしく無い、、、覚悟はしてたさ。そうそう逃げた理由だったね?

アンタが上からどこまで聞いてるかは知らないけど、会社は私の幸せを認めなかった、、、それどころか踏みにじろうとしたのさ。

許せなかった、、、」

そう言うと先までの笑顔が嘘の様に、憤怒の顔へと変貌していく。


「その件なら、、、聞いています、、、」


「なら解んだろっ!?理由なんてそれが全てさっ!!さんざ会社に尽くした私の、たった1つの細やかな幸せすら奪おうとするっ!

そんな所に誰が居れるよっ!?」

激昂した雅が肩を震わせ吐き捨てた。


「解ります、、、だからこそ俺が来たんです。最初、上からの指令は貴女を消せと言う物でした、、、だが話を聞いてどうしても納得が出来ず、貴女を説得し連れ戻す事に任務内容を変更してもらった、、、」


「どうして断らなかったんだい?」

少し冷静さを取り戻した雅が問う。


「俺が断ったなら別の人間が貴女を訪れたでしょう、、、殺す為に、、、」


「なるほど、私を守ってくれたって訳だね、、、あのね聞いてくれる?

私はただ子供さえ産めたら良かったの。

子供を産み終え、落ち着いたら仕事に戻る、、、そう上には言ったのよ。惚れた男の遺伝子を遺したい、そう思うのは女としての(さが)だもの。しかし会社はそれすら認めなかった、、、堕ろせの一点張り。

そんな押し問答を続けてたある日、あの人の訃報が届いたの。それで尚更に産む決意は固くなった、、、そうなると私には逃げるしか手段が残されてなかったの」


ニコライは言葉が見つからなかった。

そして彼女を説得するのは絶望的だとも悟っていた。

軋むような圧迫感が沈黙という姿で2人を包む。しかしそれを打ち破る様に響き渡った物、、、それは赤ん坊の泣き声だった。

雅がベビーベッドの方へと歩み寄る。


「あらあらウンチしたんでちゅかぁ?ちょっと待って下ちゃいねぇ♪」


赤ん坊はオムツを換えて貰い母の腕に包まれると、嘘の様に泣き止み直ぐさま寝息をたて始めた。それを目の当たりにし、母の力という物を思い知るニコライ。

再びベビーベッドに寝かせた我が子を愛おしそうに撫でる雅。


「この子、女の子なの。あの人は男の子を欲しがってたけど、私は元気ならどちらでも良かった、、、多くの人の命を奪ってきた私が、新たな命を産み出したのよ?この子を初めて抱いた時、人生で最高の幸せを感じたわ。

でね、赤く小さな手が紅葉みたいで可愛くてさ、それで楓って名付けたの」


「楓、、、」


「そう、良い名前でしょ?」


ニコライが笑顔で頷く。


「あの人にも抱かせてあげたかったな、、、」

そう呟くと気を取り直した様にニコライへと向き直った雅。


「さて、結論を出そうか。アンタは連れ戻したい。私は戻る気は無い、、、平行線だね。

かと言ってアンタをこのまま手ぶらで帰らせる訳にもいかない、、、この世界長かったからね、それ位の事は理解してるよ。」

そう言うと屈み込み、ベビーベッドの下にあった小箱へと手を伸ばした。


「丸腰じゃどうしようも無いだろ?ほらっ」

そう言って取り出した物をニコライへと投げ渡す。

それは黒くて硬くて、そして冷たかった。


「なっ!?俺には出来ませんっ!そもそもそんなつもりは毛頭無いっ!貴女は死んでいた、、、上にはそう報告するつもりです」

そう言うとニコライは投げ渡された銃を床へと投げ捨てた。


「甘いねぇ、、、そんな嘘はちょいと調べりゃあ直ぐにバレるよ。ここまで私に固執する会社だ、、、私の死を確認しない事には絶対に納得しないよ。そうなりゃ別の人間がまた私を訪ねて来る。アンタの言った通り、今度は殺意をもってね。いたちごっこは御免だよ。だから今日で終わらせる。

かと言ってアンタは私を殺れないって言うし、、、となりゃやる事は1つだね」


再び屈み込んだ雅が別の銃を手に立ち上がった。そしてそれを自らの頭に突き付ける。


「な、何を、、、?」

ニコライは近付こうとするが、いつトリガーを引くかと思うと易々と足を進める事が出来ない。


「これは私の(カルマ)、、、償いの時が来たって事さ。話、、、聞いてくれてありがとう。こんなに自分の事を話したのは久し振りだった、、、来てくれたのがアンタで良かったよニコライ、、、楓の事、お願いね」

言い終えると、この上無く優しい目を楓へと向けた。そして一言、、、

「バイバイ、、、いい女になるんだよ」


「や、、、やめろぉぉぉ~~っ!!!」


ニコライの叫びは、乾いた破裂音と硝煙に包まれ、虚しく消え去っていった、、、




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