雅(みやび)
「サスがっち、、、コウどう・ト・もくテキ・ヲ・ともニ・シてイる・いジョウ・おまエ・も・どウシ、、、ダカらこそ・おまエ・ヲ・しんジテ・ハナして・おク、、、」
「信じて?」
「その・イミ・は・キケば・ワカる、、、」
「、、、わかった」
「アレ・は・おれ・ガ・まダ・なまミ・の・からダ・ダッた・ころ、、、20ネン・ほド・まえ・ノ・コト・だ」
ボートの縁に鉄の肘をつき、離れ行く岸壁の方へと目をやると、ニコライは遠く苦い過去へと時の旅路に出た、、、
ー・ー 23年前、ロシア・モスクワ ー・ー
通りにあるBAR、薄暗い店内には流行歌が流れている。
そこそこに広いフロアにはビリヤードやダーツが置かれており、客は各々にそれらを楽しんでいた。
そんな店のカウンター、並んでウォッカをあおる巨体が2つ。
「ハァ、、、もうすぐ休暇も終わりかよ、、、またあの地獄、シリアに戻るのかと思うと気が滅入るぜ、、、なぁ?ニコライ」
「まあな、、、それが俺達みたいな傭兵稼業の辛い所だな。だが、同郷のお前とこうして里帰りが出来るのも、一緒に酒を酌み交わせるのも世界に戦乱の地があってこそか、、、因果な商売だな、、、ロシモフ」
ショットグラスに視線を落としたままそう言うと、一息にそれを飲み干したニコライ。
グラスを置き太い息を吐き出すと、酒の熱を帯びてそれはとても熱かった。
それを見てバーテンが、新たなウォッカの入ったグラスをニコライの前に差し出す。
「まったくだ。だが戦争しか出来ねぇ俺達みたいな者には、もうこの国に居場所は無えからな、、、ロシアに居たんじゃ飯は食えねぇ。
あ~ぁ!こんな事ならお袋の言う事きいて、もっと勉強しときゃあ良かったよっ!」
「ハハハ、、そうボヤくな。そんな俺達でも喰わせてくれる場所がある、、、戦争自体は不幸な事だが、今は素直に感謝する事にしようや」
「そうだな。実際俺達は戦場に育てられた様なもんだ。育てられたと言やぁ、、、BOSSもいよいよ引退だな」
そう言ったロシモフの顔には、喜びと寂しさが同居している。
「ああ、、、俺達をしごいた鬼がまさかの寿退社とはな。しかもご懐妊と来たもんだ。
伝説の女兵士といえど、普通の女の部分が残ってたんだな、、、ある意味安心したよ」
「オイオイ、本人に聞かれたら又しごかれるぞ。新兵じゃあるまいし今更 腕立て300回やらスクワット2000回なんて嫌だろ?」
「ハハハッ!確かにな。さて、、、これ飲んだらそろそろ帰ろうぜロシモフ」
「そうだな、、、そうするか」
2人はショットグラスを目の高さに掲げ、この日最後の乾杯を交わすと、焼ける様なその液体を一気に喉へと流し込んだ。
グラスを置いたロシモフは名残惜しそうにそれを見つめていたが、ニコライが席を立った為、未練を断つ様にしてそれに続いた。
ー・ー 4日後、シリア ー・ー
ベースにて物資の整理に励むニコライ。
そこへ同僚の兵士が声を掛ける。
「ようっニコライ!部隊長がお呼びだぞ。何やら急ぎみたいだ」
「ん?部隊長が?、、、そうかわかった。直ぐに行ってみる」
答えたニコライは作業の手を止め、その足で部隊長の部屋へと向かった。
2度ドアを叩き、その前にて返事を待つ。
「入れっ!」
返って来たその声には、僅かな怒気と焦燥感が漂っている。
ニコライは嫌な予感を纏いながらその扉を開いた。
「失礼しますっ!」
「ご苦労。急に呼んだのは他でも無い、、、君達のBOSS、雅の事なんだが、、、」
机に肘をつき、組んだ掌の上に顎を乗せた部隊長。その顔は深い皺が刻まれとても険しい。
「BOSSが、、、何か?」
「非常に残念な事だが、どうやら逃げたらしい、、、」
「っ!?、、、逃げ、、ど、どういう事でしょうか?」
幸せな引退が間近に迫っている雅。
そんな彼女がこのタイミングで脱走?
話が見えないニコライは明らかな狼狽を見せた。
深い息を1つ吐き出した部隊長が事の経緯を話し始める。
「雅が結婚を機に引退を決めていたのは君も承知の通りだ。だが、この世界で名を響かせる彼女はウチの稼ぎ頭だ。事実彼女をアテに仕事を依頼して来るクライアントは非常に多い。
我々の所属する(トールギス)は外人部隊を謳ってはいるが、傭兵を派遣して利益を得ている一企業だ。そんな彼女に抜けられるのは痛手でしか無い。だから会社としては引退を思い止まる様に慰留したのだが、、、」
「慰留?」
ニコライの眉がピクリと動いた。
「ああ、、、結婚を取り止める事と堕胎をすすめた、、、いや命じたと言った方が正しいかも知れん、、、」
「なっ、、、!?」
「言いたい事は解る。もちろん私にしても不本意だったよ。だが会社として、、、戦争屋としては当然の判断だとも思う。
その辺りをくどい程に言い聞かせたのだが、、、
しかし彼女の選んだ道は脱走だった、、、
こうなってしまっては仕方あるまい。彼女は色々と知り過ぎている、放ってはおけん」
そう言うと部隊長は、イスを回してクルリと背を向けた。
「放ってはおけない、って、、、まさか?」
「脱走兵には死を、、、会社の規程に基づき、君に雅の排除を命ずる」




