その場所
「この虫が、、、何か?俺にはそこらに居る虫にしか見えないんだが、、、」
穴が開くほどの視線を写真にぶつけながら、ヤコブが首を傾げた。
「おいおいっ大将、正気かっ!?
、、、っと言いたい所だが、それが正常な反応かもな。確かに珍しい虫には見えないもの」
そう言った有働が、室田へと目配せして手を差し出す。
するとその意味を察した室田が、不機嫌を隠しもせずに声を荒げた。
「ズボラせんと口で言わんかっ口でっ!!」
そう言いながらも、有働の望んだ物をちゃんと手渡した室田。やはりこの2人は息が合うらしい。
「写真じゃ判らないからよ、こいつを見てみな」
室田の恫喝を見事にスルーした有働、そう言いながら手渡された端末をヤコブへと差し出す。
するとその画面には、先の写真の元となった録画映像が流れていた。
凝視するヤコブの目の先では、壁を這う甲虫を何度も手で払おうとするJJの姿がある。
「どうだい大将?何か気付いたかい?」
有働の問いには答えず、再び映像を再生したヤコブ。
有働が答えを待ちきれないとばかりに、肘でヤコブをつつき始めた。
「コラッ!邪魔しないのっ!!」
今度は楓の恫喝が飛ぶ。
室田の時とは違い、スルーせずに受け止めた有働が唇を尖らせた。
「へいへい、、、えろぅスンマセン、、、まったく、楓ちゃんはヤコブの大将にはお優しい事って、、、妬けるねぇ」
「そうイウ・おマエ・ハ・ほんトウ・に・かえデ・にハ・ヨわい・な」
ぼやく有働を珍しくニコライが冷やかす。
「ケッ!言ってろバ~ロ~ッ!!」
少し頬を赤らめた有働、内ポケットからコームを取り出すと、照れ隠しにリーゼントを整えた。
「あら?流石っち、私に気があるのかしら?
そうならそうと言ってくれたら良いのにぃ♪」
助手席から振り向いて、挑発的な視線を投げ掛ける楓と、ますます赤みが加速する有働。
それを見た楓が更にからかう。
「あら、、赤くなっちゃって、、、可愛い♪」
「お前等、ちぃとは黙っとれぃっ!!」
余りの賑やかしに堪忍袋の緒が切れた室田。
しかしその声すら賑やかしの一部となっている事に、当人は全く気付いていないらしい。
そんなお囃子状態の周囲など歯牙にも掛けず、ヤコブが気付いた事をボソリと呟いた。
「コイツ、、、ひょっとして飛べないのか?」
「ピンポ~ン♪やるねぇ大将っ!」
人差し指を立て有働がニヤリと笑う。
それに続いて室田が感嘆の声を上げた。
「ホウ、、、この短時間でそれに気付きおったか!やはり頭も切れるのぅお主っ!」
「普通、虫は身に危険が迫った時、飛べるならば飛んで逃げるもんだよな?しかしコイツは這って逃げている。つまり飛べないって事だ」
そう言った有働にヤコブが1つの疑問をぶつける。
「しかしそれはこの個体だけの可能性もあるだろ?怪我をしているとか、、、」
「その通りだ。そこでだ、今度は別の物を見て欲しいんだが、、、爺さん、アレを見せてやってくれ」
言われた室田が、内ポケットから2通の封筒を取り出しヤコブへと渡す。
受け取るとヤコブは目で「開けるぞ?」と確認をし、徐に大きい方の封筒から中身を取り出した。
暫し無言で目を走らせたヤコブ。
それを封筒へと戻すと
「色々と興味深いな、、、何故イタリア語とフランス語で記したのかは謎だが、何よりこの居場所を示唆しているらしい一文。これが先の虫の正体と関係してるんだろ?
そろそろそいつを聞かせてくれないか?」
そう言って有働を見つめた。
「勿体ぶって悪かった。アンタの意見も聞いときたくてな、、、まずニコライの兄弟がその虫の存在に気付いて、それからの1週間、俺達は徹底的にその虫の事を調べた。
するとその虫は、ある特定の場所にしか生息しない種だって事が判明した、、、」
有働の言葉に頷いたヤコブが言う。
「そしてその場所は手紙の内容と一致した、、、そうだな?」
「あぁ、その虫の名はオサムシだ。
オサムシ自体は珍しいもんじゃぁない。
世界中に生息してるんだが、、、進化の課程で飛べない、、、いや、飛ばない種ってのが生まれた。そしてその種はある場所にしか居ない、、、その場所とは、ポルトガル領のマデイラ島だ」




