ボン・ボヤージュ
喧騒と混乱の極みを見せるロビー内に、乾いた破裂音が響いた、、、銃声である。
そこに居た全ての者が動きを止め、ロビーは一瞬にして静寂に包まれた。
「お~っと、そこまでだ諸君」
先の銃声を放った男が皆にそう告げた。
右手に握られた銃は未だ天井に向けられ、その口から硝煙を吐いている。
見るといつの間に入って来たのか、その男を含め10数名の男達が正面玄関付近に並んでいた。
全員が黒いスーツ姿に黒いサングラス、、、
絵に描いた様な悪者集団、そんな出で立ちである。そして全員が銃を手にしていた。
先程、銃声を響かせたリーダーらしき男が、1歩前に出て嘆くような仕草で静かに告げる。
「いかんなぁ、、、実にいかん、、、
やはり何事もルールは大切にしなければなぁ、、、ゲームの開始は10時、あの方はそう告げたはずだが?たかだかあと5、、、」
まだ男が話している最中だというのに、乱闘に参加していた男の1人が、果敢にも尖った声で問い詰めにかかった。
「ああん?んだテメェは?こちとら命がかかってんだ!ルールなんざぁ、、、」
しかし再び響いた破裂音により、その男が全てを話し終える事は無かった、、、
額から血を垂れ流しボロクズの様に横たわった男、それを冷やかに見下ろしながらリーダーの男が言う。
「人の話は最後までちゃんと聞く、、、そう学校で習わなかったのかな?、、、まぁ私も人の事は言えんが」
既に息絶えた男の亡骸に腰を下ろし、椅子代わりにすると男は再び話し始めた。
「話しを続けよう、、、ゲーム開始までたかだかあと5分だ。あと5分経てば我々は一切介入しない。その老人を煮るなり焼くなり好きにすればいい、、、しかしそのルールすら守れないと言うのなら、この男と同じ道を辿る事になるが、、、君達はどちらを選ぶね?」
ゾッとする笑顔を向けられ、場の者達が凍りつく。勿論、異を唱える者など1人も居なかった。
無言の返答に納得したのか、男は満足そうに頷くと立ち上がり、今度は室田の方へと目を向ける。
「さて、、、室田教授、これで邪魔者は居ない。どうぞ堂々と出て行かれよ」
ニコライにおぶられたままの室田と、その一行が男の正面に立つ。いつしか楓もステルスを解きそこに加わっていた。
「ヌシらが何者かは知らんが、Dの手の者なのは判る、、、礼は言わんぞぃ」
「勿論ですとも。これが我々の仕事なんでね。申し遅れましたが、我々はD様にお仕えする監視部隊、ヤーマの者です。私はこのエリアを任された嶋田と言います、以後お見知りおきを」
「監視部隊じゃと?」
「ええ。ヤーマは世界中に散らばり、今回のゲームの対象者であるB・Cにランクされた者達を見張っている。」
「見張る?そやつらがワシに何をしようと関与しない、Dはそう言っておった。監視の必要など無かろう?」
「確かにゲーム期間中、貴殿に対しての行為やX・Yグループの抗争等には関与しません。しかし中には保身の為にどこかへ逃亡潜伏したり、整形や身分証の偽造を目論む輩も居るでしょうからね、そういった連中を見つけ出し掃除するのが我々の仕事。更にはゲームのエンディングでXもしくはYグループの者達を排除するのも我々の役目、、、」
これに有働が反応した。
「なるほどね、ヤーマって部隊名は云い得て妙だな」
「ヤーマって何?」
楓が有働に問う。
「ヤーマ、、、日本での呼び名はエンマ。つまり閻魔様の事さ。こう言えばさっき俺が言った意味が解るだろ?」
「なるほど、、、人々を分別する裁定者を気取ってるって訳ね」
勝ち気な楓らしく、腕を組み露骨に不服な視線を嶋田へとぶつけている。
「おやおや、口の悪いお嬢さんだ、、、しかしこんな無駄話をしていて宜しいのかな?もうあと1分で10時ですよ?室田教授」
言われて室田が周囲に目を向けると、先程止められたXグループの者達が、出走前の馬の如くその時を待ち構えていた。
「こりゃいかんっ!皆、急ぐぞぃっ!!」
言った後で室田は、思い出した様に嶋田へとこう付け足した。
「それと、1つ言っておくっ!ワシはもう教授などでは無いっ!!」
「これは失礼を、、、覚えておきましょう。おっと、残り30秒、、、お急ぎになられては?」
それを受け、慌てて外へと出た一行。
すると突然ニコライがおぶっていた室田を下ろし、右腕で有働と室田を、左腕でヤコブをそれぞれ抱え込んだ。
巨体で怪力のニコライならではである。
「しっカリ・つかマッテいろっ!」
そう言ったニコライの機械化された脚部が変型し、踵と爪先に内蔵されていた小型の車輪が現れた。
踵を挟み込む様に2輪と爪先部に1輪。
それらが急回転し、地面に火花を散らした。
所謂ローラーダッシュである。
スナイパーで後方支援タイプのマシンナーズであるニコライ。
敵に居場所を特定されたり、接近を許しては致命的となる。その為、狙撃後速やかに離脱出来る様にと備わった性能である。
この性能の為に脚部が巨大化されており、ニコライが「サスカッチ」というコードネームで呼ばれる所以でもある。
ニコライが走り出して直ぐ、狼狽えた様に有働が叫んだ。
「ちょ、、、おいっ待てよ兄弟っ!楓ちゃんを置いてく気かっ!?」
「ウシろ・ヲ・みてミロっ!」
言われて振り返った有働。
するとそこには自力で走りながらも、遜色無いスピードでついて来る楓の姿があった。
「、、、、」
言葉を失う有働に室田が言う。
「楓は人工筋肉で強化されとるでな。100mを5秒フラットで走れる、、、心配はいらん」
「ほぇ~、、、まさにじゃじゃ馬だな、、、」
半ば呆れた様に言う有働に、苦笑する室田とヤコブ。
「あまリ・しゃベルな・した・カムぞっ!!」
そう言うとニコライは、更に加速して駐車場を目指した。
アスファルトの焦げる匂いを嗅ぎながら、一行を見送った嶋田。
見る間に小さくなっていくその背に向け、微笑みながら呟いた。
「ボン・ボヤージュ」(良い旅を)




