あの日の約束
「そして目が覚めたら自分の部屋のベッドだった。マシューの姿は無く、時計を見ると20分程しか経っていなかった。その為、夢だったのか、、、とも思ったが、目に入った1枚の紙切れが俺に現実を突き付けた。
そこにはマシューの筆跡でこう書かれていたんだ、、、我等の世界へようこそ、、、と」
苦い物を吐き出した様な顔で押し黙ったヤコブ。張り詰めた空気の中、室田がそろりと口を開いた。
「で、目が覚めた時、お主の中に変化はあったのかぇ?」
「いや、、、正直、普段の自分と変わり無く感じた。
だが、生物としての本能だろうか、、、誰に教わったでも無いのに、貴方達の言うミミックとしての生き方、生態が自然と理解出来ていた」
「な、なんじゃと!?て事はお主、ミミックの生態を全て知っておる、、、そういう事か?」
「多分、、、ね。なにぶん新人ミミックなんで、確実とは言えないが、、、」
ヤコブが自嘲気味に答える。
「マジで!?それって凄い重要な情報になるよね!?」
興奮して声を張る楓。
「タシかに・ナ、、、おれタチ・には・マダ・しらナイ・コト・が・おおスギる・からナ、、、ダが・しかシ、、、」
言葉を濁したニコライに有働が続く。
「ああ。アンタが本当に敵じゃないって保証は無い。罠の可能性が捨て切れない以上は、今の話を鵜呑みにするのは危険を伴う、、、
そもそも俺達の居場所をどうやって知った?
それに何が目的で現れた?
まさか自分の悲劇を同情して欲しくて、、、
なんて事はねぇんだろ?」
その言葉にヤコブは唇を強く噛み、尖った表情で有働を睨んでいる。
「ちょ、、、いくら何でもそんな言い方は、、、ねぇムロティー何とか言ってよっ!」
楓が室田にすがるが、その口から出たのは楓の望む物では無かった。
「いや、、、ワシも浮かれてしもうたが、考えてみれば有働の言う通りじゃ。ニコライや有働が警戒するのは尤もじゃ。
先ずは有働の質問に答えて貰おうかヤコブよ」
「そ、そんな、、、ムロティーまで、、、」
楓が狼狽えながら詫びる様な目をヤコブへ向ける。
すると先まで強張っていたヤコブの顔からは険が取れ、嘘の様に清しい物へと変わった。
「いや、いいんだ楓。彼等の言う事は正しい。俺も裏の世界の住人だ、、、無条件に人を信用する危険性は知っている。
己の身に降りかかった事が大き過ぎて、少々パニクってしまった、、、順序を間違えた様だな、、、いや、これは失礼した」
ヤコブはそう言って律儀に頭を下げると、更に話を続けた。
「俺がこの場所を判ったのは、マシューからある指令を受けたからだ、、、」
「指令?」
有働が目を細め訝しむ。
「ああ。アンタ達を監視し、その行動を逐一報告しろ、、、ってな」
しれっと答えるヤコブに、色めき立ったニコライが再びハンドガンを身構えた。
「ナッ!?、、、おマエ・ヤはり!?」
しかしニコライの構えたそれを、楓が上から押し下げた。
「とりあえず最後まで話を聞きましょ、、、」
楓の言葉に、舌打ちしながらもハンドガンを収めたニコライ。
それを見届けるとヤコブが再び口を開く。
「ありがとう楓。
俺は指令に従うふりをして、貴方達の居場所を聞き出しここへやって来た。だが最初に言った通り、俺は敵に回るつもりは無い。
むしろその逆だ、、、ムロティー、貴方の旅に俺も同行させてくれないか?
ミミックの生態を知る俺だ、何かと戦力になると思うが?」
「ほぅ、、、しかし何故じゃ?ミミックとなったお前さんは今回のゲームで被害を被る事は無かろう?ワシに協力するメリットは無い様に思えるが?」
「ムロティー、、、あの時ショッピングモールの駐車場で交わした約束、忘れたとは言わせませんよ、、、」
その台詞にハッとする室田。
楓とニコライも顔を見合わせる中、その時に居なかった有働だけ話が見えていない。
困惑する有働に、楓がヤコブとの経緯を説明する。
そんな中で室田が静かに語り始めた。
「そうじゃったの、、、ホロコーストを危惧するお前さんにワシは確かに言った。そうなる前にワシがDの尻をひっぱたくと。
しかし事はお主の危惧した通りに転がり始めてしもぅた、、、
もはやどちらに転んでも多くの人が命を落とすシナリオじゃ、、、約束を守れんでスマン」
そう言って珍しく頭を下げた室田。
「頭を上げてくれムロティー。
それにゲームは始まってしまったが、Dの尻をひっぱたくという気持ちに変わりは無いんだろ?ならば約束を交わした俺には、それを見届ける権利があるはずだ。
だからどうか俺を信じて手伝わせてくれっ!
道中もし何か不審な点があれば、即座に殺してくれても構わないっ!だから頼む!
どうか俺も連れて行ってくれっ!!」
深々と頭を下げたヤコブに、半ば呆れて室田が言う。
「殺して構わんとは物騒な話じゃが、、、
そもそもミミックとなったお前さんを殺したり出来んじゃろうが、、、」
するとゆっくり顔を上げたヤコブが、そろりと答えを吐き出した。
「俺はまだ不死身じゃあ無いんだよ、、、」




