イリュージョン
恐怖の箍が外れた者達にはもはや警備の囲いなど関係無く、皆が生存本能に従い逃走を試みる。
しかしそんな行動を嘲笑うかの様に、警備隊が一斉に銃口を向けそれを征した。
動きを止めた群衆。そこへDを名乗った高井戸首相の声が響く。
「鎮まるが良い。この場で諸君に危害は加えぬ、約束しよう。
それに我々の事を知りたくは無いのかね?
諸君もジャーナリストならば真実を真実のまま報道するのが勤めであろう。
賢明な判断を選ぶならこのまま中継を続けるが良い」
この言葉に記者の1人が恐る恐る口を開いた。
「危害は加えない、、信じて良いのですか?」
これに対しDは嘘臭く感じる程の優しい笑顔で
「無論。諸君をどうこうした所で我等には何のメリットも無い。
むしろこの場での出来事を全世界に発信して貰わねばならん以上、そんな事をすればデメリットにしかならんのでな」
そう答えて見せた。
この発言に報道陣は、未だ半信半疑とは言え弱冠の落ち着きを取り戻したかに見える。
しかし恐怖が消えた訳などは無く、何より現状にどう対処すべきかわからない、、、そんな戸惑いが色濃い。
そして子羊の様な群衆に、尚もDは言葉を掛ける。
「今も言った通り、己の存在を知らしめるのが我等の目的なのだが。諸君が未だ戸惑っている様なので、緊張を解す為にもここで再び面白いショーをお見せしよう」
Dがパチンと指を鳴らし、それを合図にまたも首脳陣が横に並び、一斉に頭部の血を拭う。
すると驚いた事にDを筆頭にした8人全員、頭部に残るはずの弾痕が消えていた。
それを見た報道陣は先の光景を思い出し、一様に身を竦める。
嫌な予感しかしない流れの中で中継は続けられていた。
そうして再びDが指を鳴らすと、やはり嫌な予感は的中してしまった。
Dを除く7人の首脳陣、ぶるりと全身を震わせると、彼等の輪郭が突然ぼやけ、まるですりガラス越しに見ているかの様にざらついた質感へと変わった。
そして再度形を成した時それは、先とは別人の物へと変化を遂げていた。
錯覚かとしきりに目を擦り、首を振る報道陣の中、1人の記者がある事に気付く。
「こ、、、これって、、、」
そこに現れた7つの顔はどれも知った物だった。それは世界中で謎と身体の一部を残したまま行方不明となっていた、人体損壊事件の被害者達である。
言葉を失う者達をDの笑い声が包む。
「クッ、、クッ、、クッ、、アッハッハッハッ、、、、ショーは気に入って貰えたかな?
下手なイリュージョンより面白かっただろう?
そう、あの事件は我々の仕業という訳だ。
そして諸君が被害者と呼ぶこの者達には、既に我等が眷族となって貰っている」
理解しようという、その意志すらも折られそうな不可解の連続、、、それらはDの希望通り、全世界へと中継されている。
そしてその映像を自宅にて、テレビにかじりつく様にして見入る1人の老人が居た。
老人と言い切ってしまうには未だ若そうではあるが、初老と呼べる程に若くはない。
そして画面を凝視するその顔には玉のような汗が浮いており、無数の皺が刻まれた表情は苦渋に満ちていた。
その苦渋を抑えこむ作業なのか、しきりに爪を噛んでいる。
そして灯りも点けないままのその部屋には、そんな老人を見守るように佇む2つの影があった。
1つはゆうに2メートルを超えた巨躯を誇る男性らしき物。
もう1つは均整の取れた女性らしき物である。
「貴方の言ってたのはこれね?室田教授」
小さき方の影が言う。その声はやはり女性のそれである。
「ヤハり・コトは・オコってシマった・ヨウダな」
巨大な影も続けて言うが、それは音声プログラムらしい機械音による物だった。
「すまんが少し黙っていてくれ。この中継は一部たりとも見逃したくも、聞き逃したくも無いんでな、、、それとワシはもう教授などでは無いっ!何度も言わせるなっ楓っ!!」
室田と呼ばれた老人は、テレビから目を離さぬまま声を荒げた。
楓と呼ばれた女性の影が、首を竦め両手を軽く左右に広げる。
「オコられ・タナ」
巨大な影が言うが、機械音声の為に感情が読み取れず、からかったのか、慰めたのかも判らない。
「あんたと暗がりで話すと、顔が見えないから言葉の真意が判らないわ、、、私達もテレビの近くに行きましょニコライ」
猫のようなしなやかさで動き出す楓。
「ソウだな」
ニコライと呼ばれた巨大な影も後に続く。
彼が足を踏み出すと、その重量感から部屋が揺れたかの様な錯覚をおこす。
こうして灯りの届く場所へと姿を現した2人。
そしてそれは異形と呼べる物だった。




