研究所へ
10時きっかりにチェックアウトを済ませた室田御一行。
駐車場から車を出し、ニコライと楓が細工をされていないかチェックをする。
それが済むと直ぐ様乗り込み、ニコライがアクセルを踏んだ。
目指すは神戸港沖に作られた、埋め立て人工島「ポートアイランド」だ。
室田の古巣である研究所はそこに所在する。
国道2号線を東へ向かい、三ノ宮南部から神戸大橋を渡る。この橋を車かモノレールで渡るのが唯一のポートアイランドへの移動手段となっている。
港で積み込む荷物、それを運ぶ多くのトレーラーに囲まれながら走るが、一行の車は一際目立っており、周囲の車にある種の威圧感を与えている。
ホテルを出てから30分程でポートアイランドに辿り着いた。
ポートアイランド、、、中心部には高層マンション、市営住宅、多くの企業本社があり、少し行けば巨大ショッピングモールやホームセンター等も点在している。
岸壁寄りには多くのコンテナが山積みされており、積み込みの時を行儀正しく待っていた。
そんな混沌とした風情の人工島、その最南部近くに研究所はある。
当然ながらいまや部外者となった室田が、自由に所内へと出入り出来る訳は無く、守衛に話を通し担当者へと連絡を取って貰う。
しかし担当者が今は不在らしく、返答があり次第スマホに連絡を貰える約束で話は着いた。
10分後か、はたまた1時間後か、、、、いつ連絡があるか判らないので、一行は車の中で待つ事に決めた。
同日午前6時35分、垂水駅の有働 流石。
タクシー乗り場へと向かうその足が踵を反した。
プロの表情へと変わった彼が、クールな佇まいのままでタクシー乗り場から離れて行く。
そして向かった先は、、、JRの自動券売機。
ベルトループにチェーンで繋がれたウォレット、そこから小銭を取り出すと投入口へと放り込んだ。
1度上へと視線を向け、路線図を睨む、、、
そして何やら納得したように頷くと、静かに三ノ宮と書かれたボタンを押した、、、
と、こう言えばハードボイルド風で格好良く聞こえるが、その実そうでは無い。
要は自分の手持ちが寂しい事を思い出しただけである。
流れでタクシーに乗りそうになった刹那、脳裏に声が響いた。
(いかんっ!いかんぞっ!!)
と。
脳内にある贅沢を抑止する、貧乏人センサーが警告音を発したのだ。
そこで慌てて電車での移動に切り換えたという訳である。
(フィ~、、あっぶねぇ、、、危うく無駄遣いしちゃうとこだったぜ、、、)
己の愚行を戒めた有働、額を手で拭い改札へと向かった。
ホームへ上がると同時に快速電車がやって来た。
しかし何故かこれには乗らず、ベンチに腰を下ろした有働。
太ももに肘をつき、組んだ掌に顎を載せると、停車している車両を鋭く睨んだ。
(こ、、、混んでる、、、)
有働は満員電車が嫌いだった。
早朝とは言え神戸の中心部、三ノ宮方面へ向かう電車は、通勤客で混んでいる。
ましてや快速ならば尚更の事、、、
しかし7時を過ぎては、更に通勤客が増える可能性は高い、、、ならば狙うは6時52分発の普通電車、、、
それまでも混んでいたならば諦めて乗ろう、有働はそう心に決めた。
狙いは的中しその電車は、適度の乗客率で座る事も出来た。
空いてる席に腰を下ろし、膝の間にキャリーを立てる。
それと同時に車両内ほぼ全ての視線が有働を射った。
サラリーマン然とした者達の中で、明らかに浮いた存在の有働。
通勤にはそぐわないヘビ柄のスーツ。
通勤にはそぐわないキャリーに積まれたレトロなトランク。
そして何より社会人としてそぐわない、砲台の如きリーゼント、、、
皆が(何者?)と思うのも無理は無い。
有働が視線を上げると皆が視線を外し、有働が下を向くと又も皆が視線を浴びせる、、、
「達磨さんが転んだ」的な動きが暫し続く。
そして駅に停まる度にその人数は増えていった。
しかし好奇の視線に晒される等は有働も慣れた物である。
目が合った者に微笑みかけたり、ウインクしたり、投げキッスを飛ばしたり、、、そうする事で
(何、、、コイツ?ヤバそうや、、関わらんとこぅ、、、)
と思って貰える事を知っていた。
そうこうしてる間に30分程が経ち、目的の三ノ宮に到着。さすがは神戸最大の街、多くの客が降り、大阪方面へ向かう多くの客が乗り込んだ。
殆どが通勤客の中、異彩を放つ有働がガラガラとキャリーを転がしながら改札を抜ける。
研究所のあるポートアイランドへは、市営モノレール「ポートライナー」に乗らねばならない。ポートライナーの駅は、同じ三ノ宮駅の敷地内で連結しており、乗り換えに不便は無い。
研究所の最寄り駅「医療センター駅」には15分足らずで着いた。
改札を抜け、駅の時計に目をやると午前7時46分。
(まだ早いな、、、もし教授が昨日のうちに研究所を訪れてたなら、研究所の人間に話を聞いて情報を得て後を追う、、、もし来ていなかったなら、今日には必ず来るはずだ、、、)
どちらに転んでも何らかの足掛かりにはなる、そう踏んだ有働がトランクを開け、何やら取り出した。
それは折り畳み式携帯のような形をしており、黒い革で出来ていた。
折り畳み部分を開き、中を確認する有働。
そこには(工藤 流)と偽名の記された有働の写真、そして桜の代門が刻まれたバッジが見える。
それは警察手帳、、、もちろん偽造品である。
人に話を訊く時、これがあると何かと便利であり、過去の数少ない探偵仕事の時も、何度もこれに助けられていた。
そもそもこんな格好をした刑事など居る訳も無いのだが、人は証明書という物に弱い、、、
警察手帳をパカリと開くと、大概の人は話に応じてくれる。
勿論今回も研究所にて使用する算段である。
それをヘビ柄ジャケットの内ポケットへしまい込み、トランクの口を塞ぐ。そしてキャリーにしっかり固定し直すと、口笛を1つ鳴らした有働。
「さて、、、行ってみようか」
そう呟くとパチンと指を鳴らし、軽い足取りで歩き出した。




