有働 流石、神戸に立つ
血のサミット翌日の早朝5時40分。
一人の男が神戸の地に立った。
室田に会う為に東京からやって来た有働流石である。
金が無い事も理由だが呑気な事にこの男、新幹線ではなく夜行バスでやって来たのだ。
降り立ったのはJRと山陽電車の駅が一体となっている垂水駅前である。
「さて、、、自宅は知ってるけども、さすがにこんな時間に訪ねるのもなぁ、、、」
ポリポリと頭を掻きながら途方に暮れている。
周囲を見渡した有働は、近くに灰皿の設置されたベンチを見つけた。
そこへ腰掛けるとタバコに火を点け、煙を吐きながら思案を巡らせた。
「そもそも家に居るかね?あの偏屈ジジイの事だ、あの映像を観たならじっとはしとらんわな、、、既にDとかいう男の情報集めに動いとるん違うやろか?と、なると、、、」
早朝のベンチで独りブツブツと言っている上に、その容姿は独特である。ゴリゴリのリーゼントにヘビ柄のスーツ、、、一見すると不審者以外の何者でも無い。
まだ時間が早い為に人通りもそれ程多くは無いが、行き交う人々は漏れなく有働に目を奪われている。
灰皿のある場所で喫煙しておきながら、持参した携帯灰皿へと吸い殻を放り込んだ有働。
何やら思い立ったらしく、その腰をよっこらと持ち上げた。
思い詰めた表情で駅前の横断歩道を渡り、右手に顔を向けると、ある建物の扉を潜った。
自動ドアが開き、電子音が流れる。
「先ずは腹ごしらえ、、、だな」
またも独り呟くと、朝定食の食券を購入した。
そうである。有働の入ったのは24時間営業の食堂だったのだ。
席につくと直ぐ様店員が食券を千切りに来る。
そして5分もしない内に朝定食が運ばれて来た。
鮭の塩焼、白飯、味噌汁、納豆に海苔というオーソドックスな物である。
「まっ、、、急ぐ旅でもなし」
そう言いながら割り箸をパキリと割るが、最後まで綺麗には割れず、途中から割れ目は歪に横へと逸れた。
一瞬表情を曇らせた有働だったが、まあいいやとばかりに1つ頷くと、合掌をした掌にそれを挟み、はっきり声に出してこう言った。
「いただきまぁす♪」
根本的にお気楽でマイペースな性分のこの男、たっぷり30分かけて朝食を腹に納めた。
そして先のベンチへ戻り、食後のタバコに火を点ける。
ポケットからスマホを取り出し、時間を確認するとまだ6時半である。
通勤者が増えて来たとは言え、街が動き出したと言うには未だ早過ぎる。
有働はマルボロライトのメンソールを燻らせながら、再び思案を巡らせた。
ただし今度は言葉には発っさず、頭の中でである。両の米噛みに人差し指を重ね目を閉じた。
(考えろ、、、俺が教授ならどう動く?あの中継の後、直ぐに各国のエージェントは動いただろう。ならばそいつらから逃げる為にも自宅に留まる事は無いはず、、、恐らくは雇っていたマシンナーズと行動を共にしているだろう。
そして何らかの情報を手にする為に向かう先は、、、研究所、、、か)
先までが嘘の様に眼光鋭く、緩み無い表情で立ち上がった有働。
またも携帯灰皿に吸い殻を放り込み、目の前のタクシー乗り場へと歩き出した。
そしてその佇まいはプロのそれへと変貌していた。




