立体駐車場にて
エレベーターで最上階へやって来たその男、白人ではあったがニコライの報告と容姿が大きく異なった。
黒いポロシャツ、デニムにスニーカー、ロングの金髪を伸びるがままに垂らしており、縁なしの眼鏡をかけている。
しかしこれは想定内の事だ。
プロが尾行の任務を行う以上、変装の用意は当然の事である。
容姿が変わっていても何ら不思議では無い。
(ニコライ、この男?)
(スコし・まってクレ)
インカムでのやり取りの後、ニコライは自らの目を再びスコープモードへと切り替えた。
今、目にしている映像と、先に記録した映像を内蔵された顔認識システムで照合する。
(カエで・いっちシタ・マチガい・ナイ・そのオトこ・ダ)
(了解、、2人はそのまま待機してて)
男はエレベーターホールの自販機で缶コーヒーを買うと、設置されてるベンチに腰を下ろした。
プルタブを開く乾いた音が、ガラガラの駐車場によく響く。
男はコーヒーを口にしながら駐車場全体へと視線を這わせている。
そして停車してある車をそれとなく見た。
どうやら車内の様子を窺っているらしい。
誰も居ない事を確信した男は、周囲を気にしながら、ゆっくりとした足取りで車へと近付く。
すると突然ビクンッと身体を震わせ、手にしていた缶コーヒーを下へと落とした。
「動かないでね。アンタが何者かは知らないけど、プロなら解ってるでしょ?今の自分の状況ってのが」
ステルスモードで姿を消した楓が、音も無く背後へと忍び寄り、男の喉元へとナイフを這わせたのだった。
楓はボディーアーマーやバックパック、そしてナイフに至るまでカメレオニウムで造られている。
カメレオニウムは別名レインボーメタルとも呼ばれ、加工の方法によって様々な性質へと姿を変える。
産業用途は勿論だが、次世代燃料としての可能性も秘めており、各国々がその埋蔵保有権を主張したのは当然の流れと言えた。
楓の全身を包むカメレオニウムは、加工により所謂電磁メタマテリアルの性質を持っている。
光に対して負の屈折率を持つ事で、表面にて光を迂回させ、その姿を透明化しているのだ。
そしてその手に握られたナイフも特別製である。
カメレオニウムを関の刀匠が鍛え上げた逸品
「孫六ブレード」
スパイク付きナックルガードが備わった柄の部分にはスイッチがあり、それをONにする事で振動式ナイフへと姿を変える。
刃の部分が秒間100を超える振動をする事で、凄まじい切れ味を生み出し、そこらの鋼材程度ならば字の如く一刀両断にする事が可能である。
楓の言う通り、男には理解出来ていた。
今の自分がいかに危険な状況なのかを。
しかし至って冷静であり、静かな口調でこう告げた。
「誤解しないでくれ。俺は危害を加えるつもりで尾けて来た訳じゃ無いんだ、、、」
「フーン、、、わざわざ御丁寧に変装までしておいて?全く説得力無いんだけど?」
言いながら男の全身に触れる。
「確かに武器は所持していないわね、マシンナーズでも無いようだし、、、」
「室田教授の意志を確認したくて来た、それだけだ」
男の口調は変わらず静かなままである。
「楓、もういい。話を聞こうじゃないか」
そう声をかけ、室田とニコライが姿を現す。
「OK、、、」
了解した楓だが、続けて男の耳元で囁いた。
「ただし変な動きをしたら、その首は胴体と永遠にバイバイする事になるから、、、そのつもりでね」
「覚えておくよ、、、」
楓の恐い台詞にも男の返事は冷静だった。
男の首からナイフを離し、ステルスを解いた楓が姿を現す。
それを見た男が初めて表情を変えた。
パッと明るい笑顔を浮かべると、消え入る程に小さく呟いた。
「姿が見えなかったので、どんな恐い女かと思っていたが、、、美しいな、、、」
「取り敢えずはありがとうと言っておくわ」
ショートの髪をかきあげながら楓が微笑む。
同時に室田が口を開いた。
「ワシの意志、、、そうほざいたな?先ずはお主の身分を明かして貰おう、話はそれからじゃ、、、」
1つ頷くと、意を決したように男が答える。
「俺の名はヤコブ、、、モサドの人間だが、それは関係無い。1人のユダヤ人として貴方と話したかった」




