Dの最期
全身の輪郭が波打つ様に歪む。
肌がザラついた透明感を持つ磨りガラスの様になり、アメーバを想わせる質感へと変化したJJ。
ダ・ヴィンチを取り込もうと、自らの腹部を大きく割いてズリズリと近づいてゆく。
しかしダ・ヴィンチはまるで動じる事も無く、冷やかな目を向けながら深く息を吐いた。
「JJ、、、いや、カプロッティよ。
我は今、ユダと接するキリストの心境だよ、、、まぁ己の裏切りを包み隠さぬだけユダよりはマシかも知れんがな。
さりとてカプロッティ、お主の愚劣ぶりに閉口しておるのも事実。
忘れた訳ではあるまい?我等同族が捕食出来るのは上位から下位への一方通行である事を。
つまりだ、、、ピラミッドの頂点、始祖である我を捕食する事など不可能!」
ダ・ヴィンチが言い終えた時には、既に触れ合える距離にまで近づいていたカプロッティ。
「だがそれが真実かは不明、、、なんせ長い歴史の中でアンタへそれを試した者は皆無なんでな。もしかしたらアンタが保身の為につき続けた嘘だという事も有り得るのでな、ここで私が試させて貰おうっ!」
「、、、気が済むならば好きにするが良い」
「言われるまでも無いわっ!」
落ち着いたまま椅子に座したダ・ヴィンチを、JJが狂気の眼差しで抱き締めた。
殺意の抱擁にダ・ヴィンチが初めて焦りの色を見せる。
少しずつ、、、
少しずつ、、、
真綿で首を絞める様なスピードで肉体がJJと同化してゆく、、、
「バ、バカなっ!こんな事は有り得ぬっ!
き、貴様、、、一体何をっ!?」
咄嗟に背を向け、外へ逃れようと必死にもがくが、肉体はそれを嘲笑うかの様にミリ単位でJJへと沈み行く。
もがく蟻の行く末を残酷に見つめる蟻地獄、、、そんな風情のJJが愉悦の表情で唄う様に言葉を奏でた。
「慢心、、、それがアンタの敗因だよ。
さっき私は言ったはず、、、危険な賭けに勝ち、新たな力を得たとなっ!」
「あ、あの猿の事、、かっ!?」
「そう、、、私はあの猿を、、、
ミスター室田の開発したミミック細胞を取り込む事で、アンタとは別の全く新しいミミックへ生まれ変わったのさ!
つまりはアンタの言う一方通行の法則は私には通じないという事だっ!!」
「ぬぅ~、、、お、おのれぇ~~っ!」
上半身だけを残しJJの腹部で胸像と化したダ・ヴィンチが、悔恨を滲ませ唸りをあげる。
そこへ雀の様に跳ねながら室田が近づいた。
「すまんのぅダ・ヴィンチ、、、自分の手で細胞を作ってしもうて、お主との約束に意味を見出せんようになった所に、あんな魅力的な条件を出されてはのぅ、、、
そりゃ裏切るっしょ♪」
そう言っておどけた表情でVサインをして見せる。
その様子を睨みながら有働が口を開いた。
「ミミックは瞬きが出来ない事が判明した時、アンタの猿はどうだったって訊いたよな?
そしたらアンタは瞬きしていたと答えた、、、これでJJだけが瞬きをしていた謎が解けたよ。なるほど、あの猿によって新種のミミックになってたって訳だ、、、で、危険な賭けってのは何の事だい?ついでに教えちゃくんねぇか?」
おどけていた室田が表情を神妙に改める。
「ラスプーチンの指示の元、ロシアの研究員達がワシの作った細胞との融合手段を見つけたのじゃが、、、
JJの奴は他の者での実験も無しに、いきなり自らの身体でそれを試したのじゃよ。
もし他の者で実験が成功してしもうたら、自分が新種の始祖になれんからと言うてな、、、」
「フンッ、、、一見、豪胆な話の様に聞こえるが何て事ぁ無い、、、結局は再び誰かが自分より上に立つのを怖れただけの事。
つくづく臆病な男だなカプロッティさんよ?」
鼻で嗤った有働をJJが睨む。
しかし直ぐに嘲笑で返すと
「何とでも言え!この状況を見れば理解出来るであろう?最終的な勝者は私なのだよっ!
見ろ!この老いぼれの姿を!
為す術も無く私の一部と化してゆくこの様をっ!!」
そう言って腹部にあるダ・ヴィンチを見下す。
もはや首から上しか残っていないダ・ヴィンチは、歯をガチガチと鳴らしながら剥き出しの敵意をJJへぶつけている。
「だがよ、、、段階的な試験を踏んでないって事は、逆に言えばアンタが本当に完成された成功体かどうかも怪しいって事だよな?」
耳に小指を突っ込みながら有働が言うと、JJと室田が一瞬不安そうに顔を見合わせた。
だがJJは直ぐに取り繕い、わざと高圧的に言い返す。
「バカな事を、、、こうして老いぼれを捕食出来た事が完全体である何よりの証拠っ!
ほぉら、、、もうあと僅かだ、、、
数分後にはこいつの能力全てが私の物となるっ!フハハハッ!」
後頭部まで飲み込まれ、顔の前面部だけとなったダ・ヴィンチ、、、
「どうやらここまで、、、
だがな我は認めぬ。このままでは終わらぬぞ。いつの日か内から喰い破り、貴様に折檻してくれるわっ!」
覚悟を決めたのか、本当に逆転の目を見出だしたのかは判らないが、意外な程に静かな口調で言い放った。
「フンッ!負け惜しみを、、、まあいい、この数百年世話になったのは事実だ、その事は素直に礼を言おう。だがここまでだ。
これからは私がアンタに取って代わる。
むしろ感謝して欲しいものだ、あれほどに渇望していた死をくれてやるのだからな、、、
もっとも尊厳ある死には程遠いがなっ!クックックック、、、」
溺れる者の様に必死で顔だけを表へ出しているダ・ヴィンチは、なんとか有働達へ視線を向けると
「我の驕りが招いた望まぬ結末、赦せよ勇者達。だがお主等ならばこの場を生き抜き、いつかこの愚者共に鉄槌を下す物と信じている、、、さらばだ賢しき者達よ」
この言葉を最期にJJの身体へと沈んで消えた、、、




