追跡者
「客が来た」ニコライの言葉。車内に一瞬の緊張が満ちる。
「客?尾けられとるっちゅう事か?
ったく、、、あの中継から未だ数時間じゃというのに、、、どこの誰かは知らんが、仕事の早い事だ。そもそもこんな目立つ車に乗っとるからじゃ。尾けてくれと言うとるようなもんだでな、、、」
やれやれとばかりに室田が後ろを確認しようとする。
「見ちゃダメッ!こちらが気付いた事を悟られるでしょっ!!」
「痛ッたたたたぁ、、、っ!」
突然室田がスキャッドで痛みをアピールした。
後ろを振り向きかけた顔が、軌道を変えて下を向く。
どうやら楓が先の小言を言いながら室田の腿をつねったらしい。
恐らくは先程頭をはたかれた仕返しも含んでの事だろう。
顔を真っ赤にした室田が半べそをかきながら怒鳴る。
「アホゥッ!ワシの肉をむしり取る気かっ!?、、、ったく自分の馬鹿力を忘れおって、ちったぁ加減せぇ、、、」
「あら、私がむしり取る気なら、本当にそこの肉は無くなってるわよ。まだ在るって事は加減した証よ、感謝して欲しいくらいだわ」
楓の言葉は嘘では無かった。
楓は頭部と内臓こそ生身だが、強化骨格と人工筋肉により常人の10倍程の筋力を誇る。
確かにその気ならば、庭の雑草をむしる感覚で人間の肉をむしる事が出来るのだ。
「憎まれ口が達者な奴じゃ、、、やれやれ、力はしゃあないとして、口でもお前には敵わんよ。それよりも後ろの客人をどうするか、、、じゃが」
何かを諦めたらしい室田が、気持ちを入れ替えたように言った。
「わかれば良いのよ、わかれば。取り敢えず客に関しては私に考えがあるわ」
何かに満足したらしいドヤ顔の楓が、気持ちと表情を引き締めて続ける。
「ニコライ、次の信号を左。あそこに見えるデカい駐車場に入ってっ!!」
すかさずニコライがハンドルを切る。
そして入ったのは巨大ショッピングモールの立体駐車場だった。
平日である上に、ショッキングなサミット中継の直後である事も手伝い、驚くほどに車の数は少ない。
その気になれば、各階のどこにでも停める事は出来る。しかしニコライは楓の指示で最上階へと向かった。
遠い分、当然ながら他の階よりも更に車は少ない。
店舗へと繋がるエレベーターホールの側に、自分達の車を含めて6台停まっているだけである。
後ろから来ていたはずの客人の車は来なかった。
相手もプロならば、当然こんな見晴らしの良い場所まで尾けてくる訳は無い。
他の階に停車して様子を窺うか、出口付近で待ち伏せするかが常套手段だろうか。
遠距離から望遠で様子を見ている恐れもあるが、近辺には皆が居る最上階を見れるような高い場所は無く、その可能性は薄い。
楓が最上階を指示したのもそれが狙いだった。
「ニコライ、相手の姿は確認済みかしら?」
「トウぜん・ダ」
「OK!特徴は?」
「はくジン・キンパつ・オールばっく・しろイ・しゃツ・クロイ・じゃケット・ワイんレッど・の・ネクたい・だっタ」
改造されているニコライの目は、射撃時に用いる「スナイプモード」
遠方確認時の「スコープモード」
暗所でも人を察知出来る「サーモモード」
その他にも多様な機能が備わっており、自在に切り替える事が出来る。
先程、楓に言われて信号を左折する時、スコープモードに切り替え捲き込み確認をしながら、後方車内の尾行者の容姿を確かめていたのだ。
「上出来よニコライ。さて、、、あとは私に任せて。お2人さんはそこらの車の下にでも隠れててちょうだい。ニコライ、貴方は図体デカいんだから見つからないように注意してよね」
楓は言いながらツナギを脱ぎ捨てると、指輪型のスイッチに触れた。
ステルスモードとなった楓、その姿が周囲と同化する。
それから5分後、1人の男が最上階へと現れた。




