謁見
Dの居住地となった事で、実質世界の中枢とも呼べる地と化したポルトガル領マデイラ島。
旅の初めにDから送られた封筒の中身には、こう記されていた。
「白き海と2つの顔を持つ場所」
白き海とは、島北側の海から流れ来る雲を、中央部の山々が塞き止めて作る
分厚い雲海を指す。
次に2つの顔だが、観光地として発展したフンシャル市街とは対照的に、島の中心部であるマデイラ自然公園は月桂樹林に囲まれ、氷河期以前の姿をそのまま残す。
まさしく2つの顔、、、言い得て妙である。
そしてニコライが気付き、この地を特定する切っ掛けとなったオサムシの様に、生物も独自の進化を遂げている。
年中吹き荒れる強風から身を守る為、本来飛べるはずの多くの虫達が自ら飛ぶ事を止めた。
一見すると退化とも取れるが、生き残る為の選択として、あのダーウィンがこれを進化と定義したのである。
これらを鑑みると、好奇心旺盛なD、、、いやダ・ヴィンチがここを居住地に選んだのも頷ける。
そして室田達パーティーが主役のRPGも、ようやくこの地で最終ステージとなるのだ。
ちょっとしたマンション程もある高さの塀に囲まれたDの館。
うず高く聳える分厚い鉄の門を、上体を反らして室田が見上げた。
「ふい~、、、しかしデカいのぅ、、、」
その感嘆の声を合図としたかの様に、鉄の門がズリズリと開き始める。
焦らす様にゆっくり、ゆっくりと、、、
「いよいよ、、、ですね」
緊張の面持ちでダニエルが身を震わせる。
「あとは中ボス2人とラスボスのみ、、、」
無表情のまま楓が拳を握る。
「コレ・で・さいご、、、イロいろ・アッたが・イイ・タビ・だった、、、イマ・の・ウチ・に・れい・ヲ・イッて・オク」
「今生の別れみたいに言うでないわっ!縁起でも無いっ!!」
室田がニコライに突っ込みを入れたところで、ようやく門が開き切った。
「どうぞ、お進み下さいませ」
先導して来たマシンナーズの男が、右手を門の方へと向け一行を中へと誘う。
すると有働
「さてどうなる事やら、、、我、今、魔王の居城へいざ参らんっ!、、、て感じだな」
そうおどけると、先頭を切って中へと足を踏み入れた。
中は広く庭園の様になっており、警備兵がパトロールしているのがあちこちに見える。
ヤシの木と巨大な彫像に挟まれた歩道を1分程歩いて、ようやく館の入り口へと辿り着いた。
室田達の立つ建物の横には別館らしき建物もあり、見上げるとその屋上にはヘリのプロペラの様な物が見えている。
どうやらヘリポートがあるらしい。
「プライベートジェットに巨大な館、更にはヘリポートときたもんだ、、、かぁ~!何食やぁこんな金持ちになれんだオイッ!!、、、あ、、、人間か」
不謹慎極まりないジョークを放った有働に、白い矢の様な視線が何本も突き刺さる。
「あ、、、や、やだなぁ皆さん、、、そんな目で見ちゃって、、ハハハ、ジョーク!ジョークですやんっ!!」
まぁまぁとばかりに両掌を前に出す有働だが、その直後鈍い音が2つ鳴り、頭を抱えてしゃがみ込む羽目となっていた。
踞る有働の横を面々が通り過ぎて行く。
先ずは鈍い音を響かせた張本人の1人、楓である。
「あら?ごめんあさぁ~せ、、、何故か手が勝手に動いちゃって♪お大事にぃ~」
そして鈍い音の原因2人目のニコライ。
「オレ・も・てガ・カッテに、、、おだいジニッ!」
続いたのは、有働を敬愛して止まないダニエル、、、だが、、、
「今のは無いっすわ、、、引くわぁ、、、」
そして最後は室田が一言
「、、、アホゥ」
気が付けば先頭だったはずの有働が最後尾となっていた。
そしてやっとこ顔を上げた有働が涙目となって叫ぶ。
「オメェ等の拳は比喩じゃなく鉄拳なんだからよっ!もちっと考えやがれぃっ!!」
「いつまでそうしてるの?さっさと来ないと置いてくわよ」
振り返りもせず言う楓の背に
「鬼か、、、」
聞こえぬ様にぶつけると、叩かれた頭を擦りながら小走りで皆の後を追った。
館に入るとエレベーターホールだった。
高級ホテルのそれを思わせるそこで待っていたのは、新しい案内役らしき男。
先までのマシンナーズの男とは違い、タキシードに蝶ネクタイという佇まいは、本当のホテルマンを想わせる。
その男に促されるままエレベーターに乗り込むと、行き先ボタンは地下2階から地上5階までがあり、案内役の男はその中から地下2階のボタンを押した。
皆、無言のままエレベーター上部に表示される階数ランプを見上げている。
やがてそれがB2を表示し開いた扉の向こう、そこは薄暗い石壁の部屋だった。
エレベーターから出て右を向くと意外に広く、一般的な学校の体育館ほどはある。
そしてそこは確かに見覚えのある場所だった。
分厚いマホガニーの机に肘をつき、掌を組んでその上に顎を載せた老人。
直接会うのは初めてだが、端末の画面を通じて何度も見た顔、、、間違いない、D、、、いや、レオナルド・ダ・ヴィンチである。
向かって左側には、厳しい表情のJJことジャン・ジャコモ・カプロッティ。
右側には軍服を着たチョビヒゲ7:3分けのアドルフ・ヒトラーが立っている。
そうである、、、この部屋はいつもDが通信をしてくる時に映っていたあの部屋なのだ。
「ようこそ我が館へ」
笑みを携えたまま発せられたその声は、石の壁に反射して天然のエコーを響かせた。
「ようやく会えたのぅ、、、」
そう言うと室田は、まるで旧友との再会を喜ぶかの様に、無防備なままでDの元へと歩み寄る。
「お、おい?、、、爺さん、、、ま、待てよ」
慌てて有働がひき止めるが、室田は意にも介さず歩を進めて行く。
やがて机の前で足を止めた室田が、立ち上がったDとガッチリ握手を交わした。
「遅ぅなってスマンのぅ、、、待たせたかぇ?」
「なぁに気にする事は無い。我とそなたの仲だ」
親しげに言葉を交わす2人を、有働、楓、ニコライ、ダニエルは唖然として見つめる事しか出来ない。
それに気付いた室田はゆっくり皆へと身体を向けると
「お主等のお陰で無事に辿り着けた、、、礼を言うぞい。そこでじゃ、我儘ついでにもう1つ願いを聞いてくれんかぇ?」
戸惑い言葉を失う一同に、歪な笑顔で室田は言い放った。
「もう用済みじゃ。ここで死にさらせっ」




