ファインプレー
ヤコブは話を始める前に、探る様な目線を楓へと向けた。
一瞬戸惑った仕草を見せた楓だが覚悟を示す様に頷くと、強い眼差しをヤコブへと返しそのまま外しはしなかった。
それを受けたヤコブも1つ頷くと、ゆっくりゆっくり言葉を選びながら拐われた後の事を語り始めた。
「目覚めると、湿っぽい地下室らしき場所で、、、椅子に拘束されていた。
周りには科学者らしき者達が数人、、、
そして始まったんだ、薬物投与による洗脳が、、、」
「おい、待てよ、、、薬物投与って、、、ミミックの大将に薬物が効くのかよ?」
「忘れたか流石っち、、、あの時の私は未だ核を持っていない不完全体だった事を」
「あ、、、そうだったな、、、いや話を止めて悪かった、続けてくれ」
(あの時の私は未だ、、、)
この台詞に楓が顔を歪める。
(今の私はもう、、、)
とも言い変える事の出来る現実を知ってしまったから、、、
しかし全てを話す覚悟を決めているヤコブは、そのまま話を続けようとする。
自分とて全てを聞いて、受け止める覚悟を決めたはず、、、ならばと楓は逃げる事無く、再び強い眼差しで話に聞き入った。
「他の拐われて来た連中は、皆ただの人間だった。しかし死刑囚の凶悪犯ばかりが選ばれていた。つまりは生き延びれる上に不死の肉体が得られるならば、喜んで奴等の配下におさまる連中という訳だ、、、
だがミミックとなっていながら人間側についている私だけは、最初に洗脳する必要があったのだろう。
しかしだ、私は従軍経験もありCIAの諜報員、、、拷問や洗脳に対する訓練は受けている。その為に免疫があったのかは不明だが、洗脳の効果は薄かった。
だがそれがバレては更に強い薬物を投与されかねん、、、そこで私は洗脳されたフリをし続けていたのだが、、、」
言葉を切り、苦い物を飲み込んだ様なヤコブに有働が言う。
「儀式を迫られた、、、って訳だな?」
「フッ、、、儀式か、そうだな、、、完全体になる為の通過儀礼、、、人を喰う事を迫られた」
息苦しい程の沈黙が皆の背にのし掛かる。
だがそれを押し退ける様にヤコブが自ら口を開いた。
「苦渋の決断だった、、、それを拒んだなら洗脳を続けられ、完璧に自我を失わされた状態で完全体とされてしまう。それならばいっそ自我を保てている今、、、と」
再び襲い来る沈黙、、、しかし今回それを破ったのは有働だった。
「あぁ、、、その時の映像は送られて来た。
見せて貰ったよ、いい喰いっぷりだったぜ」
これにヤコブが目を吊り上げて歯を剥き出す。
「ちょ、流石っち!そんな言い方って、、、」
ヤコブを気遣った楓が狼狽を見せるが、意にも介さぬまま続ける有働。
「勘違いすんな、皮肉じゃあねぇよ。大将は正解を選んだって言ってるんだ。
そこで喰う決断をしてなきゃあ今頃は兄弟も楓ちゃんも、勿論俺達だってこの場に居なかっただろうよ、、、何より結果的に爺さんのゲームオーバーを防いだんだ、これ以上のファインプレーがあるかよ?だが、、、」
そこまで言うとヤコブの目の前まで移動し
「アンタの苦しみは痛い程に解る、、、辛い想いをさせてしまってすまない」
そう言って膝に手を置き頭を下げた。
「よ、よしてくれ!君が頭を下げる事じゃない!!それに、、、これで踏ん切りがついたんだ。今まではどっち付かずの蝙蝠の様な存在だったが、私は私なりに、、、人の心とミミックの肉体を持った、私にしか出来ない闘いをしようと決めたんだ」
「そうか、、、強ぇなアンタは。ところで、、、そのアーマーなんだが?」
頭を上げた有働が、指でヤコブの胸元をつつく。
「あぁ、、、今回集められた者達は、ある計画の為に集められていた。ミミックは性質上、マシンナーズ手術を受けられない。そこでミミックにもマシンナーズ並みの戦闘力を持たせようと開発を進めていたのがこのアーマーだ。奴等はコイツを使って新たな部隊を結成するつもりだった。
このアーマーは未だ試作品なんだが、運動能力や戦闘技術に長けていた私がデータ収集の為にコイツを着る事となった。
そしてその最中に隙を見て、開発データや能力データの入ったメモリーと共に逃げて来たという訳だ」
「て事は、現時点でそのアーマーは1つしか無ぇって事だよな?」
この有働の問いにヤコブの表情が曇る。
「そう思いたいが、、、断言は出来ない。
アウシュヴィッツの中に兵器工場があるのだが、最近そこへ人員と物資が集められているのを目にした、、、もしかすると或いは、、、」
言い終えると同時に耳障りな電子音が響いた。
皆の目がその発信源を追い、それらが室田の手荷物に辿り着く。
慌てて鞄を開き、端末を取り出した室田。
するとその画面は、前回と同じくDでは無い者からの着信を報せていた、、、




