袋の楓
(しまった、、、尾けられてたか、、、)
背後の気配にも気付かぬまま、一直線にこの場を目指してしまった自分を恥じる。
「君達は笑えるほど私の思惑通りに踊ってくれたよ。私が先に到着した事で、焦った君達は必ず室田氏の安否確認に向かう、、、私は隠れて待ち、その後をただ尾ければ良いだけの事。
お陰で労せず室田氏の居場所を知る事が出来た、礼を言わせて貰うよお嬢さん。
しかもわざわざ2手に分かれての単独行動、これでより仕事が楽になった、、、重ねて礼を述べねばな」
そう言うと右手を胸元に添え、軽く腰を折って見せたヒムラー。
しかしその態度とは裏腹に表情は勝ち誇り、内心では楓を見下しているのが判る。
「チッ!慇懃無礼ってやつ?ムカツクわねアンタ、、、」
そんな買い言葉を返し、楓がインカムに手を添えた。
「ヤコブ、聴こえる?」
(、、、、)
「!?、、、もしもしヤコブ!?応答してっ!!」
(、、、、)
やはり返答は無い。
その様子を愉快そうに眺めていたヒムラーだが、ポリポリと首筋を掻くと飽きたように口を開いた。
「あ~、、、無駄だよお嬢さん。私の身体は妨害電波を発する事が出来てね、まぁ言うなれば私自身がジャマーみたいな物で、50m四方の通信機は全て無効化出来るのだよ。お仲間を呼べなくて残念だったねぇ」
(クッ、、、これはちぃ~とばかしマズイわね、、、)
明確な窮地に心ではそう呟きながらも、元来の負けん気が頭をもたげてしまう。
そして口から出たのは、、、
「あ~ら便利な身体だ事。どういう構造してんのかアンタをバラして見てみたくなったわ」
「クックックッ、、、強気な女は嫌いじゃあ無い。しかしこの状況で君に勝ち目があるとは思えんがね」
ヒムラーの言う通りであった。
2人の対峙している地下は、階段を下り切った所から人がすれ違うのがやっとの細い通路が50mほど伸びていて、その左右に2つずつと行き止まりに1つ、倉庫らしき部屋へと通ずる鉄の扉が見える。
室田の居る食料庫は一番奥、ドンつきの扉がそれである。
つまり50mの細い通路上で
ヒムラー・楓・室田の居る食料庫が一直線に並んでいるという状況、、、
ここでもしヒムラーが、内蔵されているロケットランチャーでも放とうものなら、地下全体が崩壊し火の海と化す。
「いいのかしら?そんな事をすればアンタも一緒に木っ端微塵よ?」
問うた楓とて、返って来るであろう言葉は判っている、、、
しかしそれでもプラフをかけずには居られない。
そして返って来た言葉は、やはりと言うべきか予想通りのそれであった。
「素より承知の上だよ。それに忘れた訳ではあるまい?君達がミミックと呼ぶ我々が不死の存在である事を。たとえこの場で肉片と化そうともやがては再生する、、、まぁそのダメージだと時間は掛かるだろうが、、、
どうだい、試してみるかね?」
笑みを浮かべたヒムラーがゆっくりと右腕の肘部分を折り曲げると、そこには不気味な空洞が黒々と口を開けていた。
あの時マッキンリー隊を葬ったランチャー砲、、、遮蔽物など何も無い一本道、まさに万事休す。
(クッ、、、ここまでか、、、ごめん、みんな、、、)
楓が覚悟を決めた時である、ふいにヒムラーが肘の砲口を閉じたのは。
(??)
不審に思った楓が怪訝な目を向けるとヒムラーは
「いや失礼、、、これは大人げ無かった。圧倒的優位にかまけて危うく無粋な事をする所だったよ」
そう答えて眼鏡を指で押し上げた。
「、、、なんのつもり?」
「基本的に私は、勝つ為ならば手段を選ばん主義だ。だがそんな私でも美学くらいは持ち合わせている。狭い通路で刃物とハンドガンしか持たぬ若い娘さん相手に、ロケットランチャーを相討ち覚悟でブッ放す、、、最も確実な手段ではあるが、最も美しく無い手段でもあるのでね、、、私の美学に反するという訳だよ」
「へぇ、、、意外だわ、少し見直した。でも本当にそれだけの理由かしら?」
問われたヒムラーが、気恥ずかしそうに広い額を掻く。
「実を言うと私は武器マニアでね、、、君の持つその大型ナイフ、見たところかなりの業物とお見受けするが、、、?」
「あぁ、、、これ?」
背面の腰部に横向きで装備した革のナイフケース。そこからヌラヌラと孫六ブレードを抜き、楓が更に続ける。
「カメレオニウムを関の刀匠が鍛えた特注品よ。で、それがどう理由に繋がる訳?」
「惜しく、、、そして欲しくなったのだよ。こんな所で重火器を放てば、いくら鍛えた業物とは言え砕け散ろう、、、だから別の方法で君を殺し、室田氏を殺し、そして、、、その武器を頂く事にした。
しかしまさか関の孫六とはな、、、私もついている」
舌舐めずりをするヒムラーへと冷たい視線を投げながら楓が言う。
「ハッ!私も嘗められたもんだわ、、、こうは考えなかったの?逆に自分が斬り刻まれるって」
「考える訳無かろう、、、有り得ぬ事だ」
嘲笑う様に両手を拡げ、自信に満ちた表情でそう返すヒムラー。
しかし、これがどうやら楓のスイッチを入れてしまったらしい、、、
米噛みに浮き上がる血管、、、
瞬きを忘れたかの様に見開かれた目、、、
片側だけが異様につり上がった口角、、、
もしこの場に有働が居てこれを見たならば、悲鳴をあげて逃げ出すレベルのキレ具合である。
左手には逆手に握った孫六ブレード、そして右手にもハンドガンを構えた楓は、先の表情のまま顎をしゃくり上げると消え入る様に一言呟いた。
「、、、後悔、、、させたげるよ、、、」




