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MIMIC(ミミック)  作者: 福島崇史
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有働の残した物

総動員でペンキを積み込み終えた時、有働のインカムにダニエルの声が届いた。


「有働さん、、、指定された場所を全て見て回ったんですが、その、、、何か変なんです」

その声はインカム越しでも色濃い戸惑いが窺える。

有働はダニエルと楓に指示を与えた時、2時間で終わらせろと伝えた。

しかしあれから未だ1時間程しか経ってはいない、、、

(いくら何でも早すぎるな、、、)

有働は嫌な予感がしながらも、冷静を装って訊き返す。


「変?、、、何があった?」


「開いているんです、、、街中、全ての鍵が」


「全て?」


「えぇ、地図にチェックを入れていた場所が全て開いていたので不審に思い、念の為に他の家や店も見て回ったんですが、、、見た限りは全て、、、」

自身は何も悪くは無いのだが、何故か申し訳無さそうに報告したダニエル。


「そうか、、、わかった」


「えっと、、、僕達はこの後どうすれば?」


「街の中心部にデパートあったろ?そこにニコライの兄弟も居るからそっちに向かってくれ。俺も爺さん拾ったら直ぐに行くからよ。そんな訳だ兄弟、聞こえたか?2人がそっち行くから宜しく頼むわ」


「テツダって・もらう・コト・ハ・のこっテ・イナい・が、、、まぁイイ・ワカった、、、

それと・ナンド・も・イウ・が・きょうダイ・と・ヨブなっ!!」


愛想の欠片も無いその返事に、苦笑しながら通信を終えた有働。

室田と護衛に就いていた兵を拾い、デパートへと到着したのは15分後の事だった。

これで全ての戦力がこのデパートに集結した事になる。

これでいよいよ、有働の練った策の全貌が明らかになる、、、全員がそう思っていたが、有働の口から出た言葉は意外過ぎる物だった。


「とりあえず皆は暫く身体を休めておいてくれ。俺は少し出掛けるが必ず3時間で戻る」


あまりに予想外の台詞に全員が絶句する。

空間が氷結したかの様な沈黙、、、そこにヒビを入れたのは楓だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ!この状況で私達に何もせずに居ろですって!?アンタ正気なの?それに出掛けるって事は何かするつもりなんでしょ?なら私達も手伝うわよっ!!」


これを皮切りに皆が有働へと非難をぶつける。

それにより空間に入ったヒビは拡がり、沈黙は完全に剥がれ落ちていた。

氷結していたはずの場は、今や皆の熱で鉄火場に様変わりしている。

しかし有働は、次々に浴びせられる言葉を無言のまま受け止めるだけ、、、

これに業を煮やした楓が


「黙ってないで何とか言いなさいよっ!」

そう言うと、これを待っていたかの様にようやく有働が口を開いた。


「やっと収まったか、、、あの状況じゃ俺が何を言っても無駄だったろうからな、、、楓ちゃん助かったぜ」

先ずは発言のチャンスを与えてくれた事に礼を述べると、そのまま尚も言葉を繋げる。


「戦闘前に身体を休める事も大事だぜ?

それに何より、、、この数時間、皆はちゃんと自分の仕事をやったじゃねぇか。申し(ぶん)無く役割を果たしてくれてるよ。

で、今から俺がする事は俺が果たすべき役割なんだ。軍人でも偉いさんでも無い俺が、指示だけ出して胡座をかいてる訳にゃいかねぇよ。

これからも皆と五分で肩を並べていく為にも、これは俺1人に任せてくれ、、、」


ここまで言うと、膝に手を当て、腰を折り、頭を下げた有働が更に一言呟いた。

「頼むわ、、、」


大の男が仁義を切る、、、

しかも常に飄々とし、誠実とは真逆に位置する男が見せた誠意。

こんな物を見せられては最早何も言えない。


「わかっタ、、、イッテこいっ!

ただシ、、、カナラず・3じかん・デ・もどレッ!」

壁に凭れ、腕を窮屈に組んだニコライが、視線すら有働に向けぬまま無骨に言い放った。


「ありがとよ、、、兄弟」

有働の礼に鼻息で答えたニコライ、本当はまた兄弟って言うなっ!と怒鳴りたかったのだが、この場ではグッと堪えて見せた。


カートごと持って来た山盛りの戦利品、、、それを又カートごと持って出口へと向かう有働。

その背に見えるバックパックもパンパンに膨らんでいる。

しかし何かを思い出したらしく直ぐに足を止めると、30cm四方程の茶色い紙袋を手に室田へと向かって行く。


「な、なんじゃい、、、?」

訝しむ室田に紙袋を手渡すと有働は


「いいか爺さん、、、こいつの中身は必ず俺がこの建物を出てから見てくれ、、、約束出来るか?」

そう言って真剣な眼差しを向ける。

意味深な台詞と真剣な表情に気圧された室田


「わ、わかった、、、約束する」

戸惑いながらもそう答えると、途端に有働の顔が清しい笑顔へと変わった。

やがて有働が出ていったのを見届けた室田が、手にした紙袋へと視線を落とす。

そこそこの大きさの割に重さはまるで感じられない。

室田の年齢でも2本の指で十分に持てる程度だった。


「あやつ、、、えらく神妙な面持ちじゃったが、、、まさか遺言状なんざ入っとらんじゃろうな、、、」

呟いた室田が、皆の注目を集める中で紙袋の口を留めているテープを剥がす。

ここで1度深呼吸をした室田だったが、その直後に意を決して紙袋を開いた。

中を覗いた刹那、紙袋を持つ室田の手が小刻みに震え始める。

目は見開かれ、歯を喰い縛ったその顔は、酒でも呑んだかの様に赤くなっている。


「な、なんじゃい、これはっ!」

怒りに震えるだけのその手は、いつまで経っても中身を取り出そうとしない。

それを不思議そうに見守る兵士達。

ついに業を煮やした楓がその手から紙袋を引ったくると、何等躊躇いも見せずにその中身を取り出してしまった。


それを見た瞬間、楓とニコライだけが腹を抱えて猛烈に笑い始める。

楓が手にしていた袋の中身、、、

それは老人用の紙オムツだったのだ。

暫し笑い続ける2人を皆がキョトンと見つめるが、堪え切れずにダニエルが2人へと説明を求めた。

「えっと、、、これは?」


半笑いの楓が目許の涙を拭いながら、ロシアへのパラシュート降下の際にあった出来事を話すと、ついにその場が爆ぜる様な笑いの渦に包まれた。

有働は怒られぬ様に一芝居打ち、自分が出た後で中身を見る様に約束を交わしたのだった。

有働のクレバーさが光る出来事だが、ある意味この笑いにより場の空気は明らかに良くなった。

更には皆の連帯感や、頭のキレを見せる事で自らの信頼も得たのかもしれないが、有働にそこまでの狙いがあったかはわからない。

ただ1つ、、、

ヤコブが消えてから笑わなくなってしまった楓を笑わせたい、、、そう思っていた事だけは間違いない。


和気藹々とする皆の中、未だ怒りに身を震わせる室田が低く唸る。

「あやつめぇ、、、手の込んだ事をぉ、、、有働 流石ぁ、、、許すまじぃ、、、」


しかしその恨み節は、有働の望んだであろう楓の笑い声の中で泡の如く消え溶けて行った。



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