汚(けが)れた左手
この端末の事を知るのはDだけのはず。
単なる誰かの間違いによる着信なのか、或いは、、、
1度皆へと視線を這わせた室田が恐る恐るパネルの応答部分をタッチすると、画面に映し出されたのは軍服に身を包んだチョビヒゲで7:3分けの男だった。
この地での敵、アドルフ・ヒトラーである。
異常なまでに正した姿勢で、両手を後ろに組んだままヒトラーが言う。
「無事に到着したようだな。しかし偉く大層な機体で現れたものだ」
「な、何故それを?」
室田の横で呟くダニエルを鼻で嗤ったヒトラー
「見くびるなよ小僧。あれほどの軍用機、我等のレーダーが捉えぬ訳があるまい」
そう言うと表情1つ変えぬまま、冷たき眼差しだけを画面越しに向けた。
すると、例の如く室田から端末を引ったくった有働が会話の主導権を握る。
「そりゃそうだわな、アンタの言う通りだわ。ところでチョビヒゲ君、アンタ等の姿が見えねぇのはどういう事だい?てか、、、街にも人が居ねぇしよ」
これでヒトラーの顔色が瞬時に変わった。
どうやら有働の口調や態度、そしてチョビヒゲというワードが癪に触ったらしい。
だが直ぐに力みが消えた様な笑いを浮かべると
「クックックッ、、、我輩とした事が、間も無く死に往く者に危うく目くじらを立てる所であった、、、まぁ良い、今の無礼は忘れよう。さて、、、貴様の質問に答えてやろう。
まずは街から人間共が消えた理由だが、現在、この一帯の全住民は我等の手の内にある。
おっと、そう怖い目で睨むな、、、何も人質にした訳では無い。此度のゲームをする上で邪魔になる故、、、それだけの事だ」
「邪魔?どういう意味だ?」
「今回、ゲームの舞台となるのは収容所では無く、この街全体という事だ。
ルールは明快!市街地戦による単純な殺し合い。貴様等とてあの様な軍用機で来た以上は、それなりの兵力を連れて来たのであろう?
こちらもそれに手厚く応えるのが礼という物、、、我が千年帝国が誇る精鋭15人が相手を務める」
この台詞が終わると同時に画面が遠退き、ヒトラーの左右が広範囲に渡り映り込む。
するとそこには、機械化された肉体を持つ様々な兵士が10人映し出された。
「おいおい、、、15人っつったのに10人しか居ねぇじゃねぇか、、、」
呆れ顔で有働が言うと
「見えぬのも無理は無いが、ここには確かに15人居るのだよ」
愉しそうに嗤うヒトラーが靴の踵を打ち鳴らす。すると並んでいた10人の手前に、新たな5人の兵士が突然姿を現す。
それは異様な姿をしていた。
全員が全く同じ姿、、、
銀色のボディアーマーで身を包み、顔すらも銀色のガスマスクで隠されている。
それを見た楓が驚きを吐き出す。
「あ、あれはっ!!」
「ん?どした楓ちゃん、連中の事を知ってるのか?」
「奴等はマシンナーズ・バタリオンの特殊部隊インビジブル、、、通称ゴースト部隊。
全員が私と同じステルスタイプのマシンナーズで構成された、暗殺と潜入そして破壊工作のスペシャリスト、、、かつて私をスカウトして来た連中よ」
「なるほどね、そりゃ見えねぇ訳だわ、、、」
溢す有働の横で今度はニコライが口を開く。
「アト・の・10にん・にも・ミタ・カオ・が・ちらホラ・いる・どれ・モ・そのミチ・ノ・すぺシャリスと・だ、、、コレ・は・やっかい・ナ・タタかい・に・ナリそう・ダゾ、、、」
「かぁ~~っ、、、難儀なこって、、、で、チョビヒゲ君よ、俺達はこれから何処に向かえばいいんだ?」
「言っただろう、この街全てが戦場だと。
好きな場所を拠点とし、好きな布陣を敷くが良い。だがこちらは全てがマシンナーズ、せめてものハンデを与えよう。そちらの人数は15人に合わせる必要は無い、同行している全兵力で向かって来るが良い。
ただし1つだけルールを設ける。
銃器、重火器、爆発物等は何を使用しても構わんが、戦車や戦闘機の類いは互いに使用せぬ事、、、単純に兵士の能力だけで雌雄を決する物とする。決着の条件はどちらかの全滅のみ、、、何か質問は?」
これにチョコンと小さく手を挙げた有働。
「1ついいか?室田の爺さんは兵士じゃねぇ、、、戦闘に関してはズブの素人だ。この闘いに参加させるのはあまりに酷ってもんだぜ。決着まで乗って来た機体で待機させてても構わねぇだろ?」
当然の事として言ったつもりの有働だったが、ヒトラーの回答は刃物の様にそれを断じた。
「何を寝惚けた事を、、、ならぬに決まっておろう。D様は人類の代表としてミスター室田を選び、会うに相応しい者かどうかを試しておられるのだぞ?その為のゲームに当の本人が参加せぬ等と馬鹿げた事を、、、危険は当然であろう。貴様等は何の為に同行しておるのだ?ガーディアンならば命懸けで守って見せいっ!!」
「、、、チッ!」
あまりの正論にグゥの音も出ない有働が、悔し紛れに舌を打った。
そんな有働の肩に手を置き室田が言う。
「有働よ、気遣いありがとうよ。じゃが奴の言う事も尤もじゃ、ワシとてそれなりの覚悟で出た旅路じゃて、、、ここで死ぬならそれまでだったっちゅう事じゃわい」
「爺さん、、、」
「じゃが死ぬ気は更々ありゃあせんっ!お主等、頼りにしとるぞいっ!」
全員が顔を見合わせ頷いた時、ヒトラーの声が皆の背を叩いた。
「話は終わったかな?では申し伝える!
開戦は明朝5時!!それまでに精々策を練る事だ、、、まぁ無駄とは思うがな。
それでは明日、諸君の健闘を楽しみにしておるぞっ!!」
そう言うとヒトラーは、再び靴の踵を打ち鳴らした。
それを合図に並んだ兵士達が姿勢を正し、右手を高々と掲げながら声高に叫ぶ。
「ジーク・ハイルッ!!」
「ジーク・ハイルッ!!」
「、、、アホくさ、、、」
有働は左手の小指を鼻の穴に突っ込みながら呟くと、右手でそそくさと通信を切り、左手に持ち直した端末を室田へと差し出す。
「鼻をせせった手で渡すでないわっ!!」
戦闘前の緊張感を打ち消す様に、どこかコミカルにも取れる室田の怒声が辺りに響いた。




