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MIMIC(ミミック)  作者: 福島崇史
126/177

その女、凶暴につき

すんでの所で危機を逃れた室田達。

安堵の溜息を吐いた有働が、足下に転がるビー・ドローンを蹴とばす。

冷たい石の壁に衝撃音を響かせて、それは再び地へと転がった。


「ふぃ~危なかったのぅ、、、なんとかバーベキューにならずに済んだわぃ」

室田が帽子を脱いで額の汗を拭う。


「まったくですね。折角新たな身体となって合流したのに、何もお役に立てないまま終わるのかと、、、」


「謙遜すんなよ!お前は十分力になってくれてんじゃねぇか、実際お前が居なけりゃ俺達はショパンの所でくたばってた訳だしな」

有働の言葉にダニエルが頭を掻く。

その表情は嬉しさと照れが同居していた。


「とにかく今回は楓ちゃんのファインプレーだ、、、9回裏に打たれたサヨナラホームラン級の打球を、フェンスによじ登ってキャッチしてくれた、、、そんな感じだな」

有働の面倒くさい喩えには誰も反応せず、そそくさと入り口へと向かい始める。


「あれ?ちょ、、、そりゃ無いんじゃねぇか?」


ペンライトを手に先頭を行くダニエルが振り返りもせず、素っ気なくそれに応えた。

「急ぎますよ。今の僕達は矢が尽き刀の折れた状態です、、、今また襲われたらもう打つ手が無い、、、」


「ダン・の・イウ・とおりダ・いそゲ・コノ・さるっ!!」


「さっ、、、誰が猿だっ!自分はゴリラのくせしやがって!このメカゴリラッ!!」

有働の子供じみた反撃をスルーしたニコライ。代わりに背負われている室田が、悪戯っ子の様な表情で振り返った。そして一言、、、


「アホ言うとらんと早ぅ来い、、、この猿♪」


「うるせぇ!この小便垂れっ!」

そう言い返そうかとも思ったが、グッと堪えた有働は心の中で自分を褒めていた。



500mも進んだ頃だろうか、入り口方向から足音が響いて来た。

音が反射してよくは判らないが、複数人の物という事だけは判別出来る。


「ほら、とっとと歩きな、、、」

聞こえて来た抑揚無きその声は楓の物だった。

声のトーンが低い、、、それは楓が不機嫌である事を意味している。

それを解っている一同は緊張から足取りの重さを感じていた、、、

ギリギリの所で助けられた感謝よりも、とばっちりを受ける恐怖の方が勝ってしまったのだ。

しかしそんな中で命知らずが1人、、、

未だ楓の怖さを知らないダニエルが、前方から近づく灯りへと声を掛けてしまった。


「やぁ楓さんっ!本当にヤバかったんですがお陰で助かりましたっ!超お手柄ですよっ!!」


「バ、バカ、、、」

最後尾の有働が制しようとするが、恐怖から小声になっている為、それはダニエルに届かない。

そしてニコライや室田までもが、諦めの表情で額に手をやっていた。

そしてようやく姿が見える程に近づいた楓が、身の毛もよだつ表情と、底冷えする様な口調でダニエルへと言葉を返す、、、


「あん?お手柄?上から目線で誰に物言ってんの茶坊主、、、」


「あ、いや、、、その、、、すいません、、、」

膝を小刻みに震わせ、今にも小便をチビりそうなダニエルの横をすり抜けた楓。

よく見るとその手には何処かで調達したらしき鎖が握られており、その先には2人の男が繋がれていた。


2人共パンク風の出で立ちで、見るからに柄が悪い。

しかし元は悪かったであろうその人相は、目尻や唇の端が切れ、瞼は青紫に腫れあがり、見るも無惨に変形していた。

そして2人は、叱られた子供の様に弱々しい表情を浮かべている。

それを見た一同は、この2人がどんな目に合ったのかを想像し、より一層の恐怖に震えたのだった。


しかし有働が勇気を振り絞り楓へと尋ねる。

「えっと、、、楓ちゃん、、、こいつらは?」


「あぁ、、、あのドローンを操っていた奴等よ。アンタが探せって私に言ったんでしょ?」


「あ、うん、そうだね、、、ありがと助かったよ、、、」


「街中を探したんだけどさ、考えたら電波の届く距離はそんなに長くない、、、それに気づいてトンネルに戻って来た訳よ。そしたらまんまとコイツらが居てさ、ふん縛って連れて来たって訳」


「そこに気づいてくれる事を信じてたよ、ハハハ、、、」

空しく響く愛想笑い。それで有働の限界を悟ったらしき室田が今度は自ら勇気を振り絞る。


「えっと、、、その、なんじゃ、、、そやつら怪我をしとる様じゃが、何かお主の手を煩わせたのかぇ?」


「ん?あぁ、、、色々聞き出すのにね。コイツら隠すもんだからさぁ、、、」

面倒くさそうに頭を掻いて答える楓。


「あぁ、そうかいな、、、それは難儀じゃったの、お疲れさん、、、ハハハ、、、」

この愛想笑いはギブアップの意思表示、、、

室田のそれを受け、ついにニコライが覚悟を決めた。


「キズ・ヲ・おっている・ト・イウこと・ハ・こいツラ・にんゲン・なんダナ?」


「そうよ。どうやら金で雇われただけの、ただのチンピラらしいわ」


「ヤトわれタ?」


「ショパンに取り込まれたあのマシューって奴、、、アイツの仲間によ。私達の写真を見せられて、もしコイツらが生きてホールから出て来たら、コレを使って確実に殺せとドローンを渡されたんだってさ」


「マシューの仲間、、、って事はそいつらが、、、」


有働の言葉に頷いた楓がその続きを口にする。

「ヤコブを連れ去った連中よ。で、コイツらにヤコブの事やソイツらの事も訊いてみたけど、そこまでは知らなかった。これだけ私に殴られても言わない所を見ると、本当に知らないんだと思うわ、、、で、コイツらどうする?」

そう言って握った鎖をブンと振った楓。

その勢いで投げ出され、2人の男が地面に転がった。


「どうするっつってもなぁ、、、まあ殺す訳にはいかねぇが、こっちも命を狙われたのは事実だ、それなりの罰は与えなきゃな」


有働の言葉にダニエルは

(こんだけボコボコにされてたら、もう十分に罰を受けてるのでは?)

そんな事を思ったが、とりあえずは言わずにおいた。


「ダ、ダノブ、、、ダ、ダズゲデグレ、、、ガ、ガネナラヤル、ホ、ホラ!!」

男の1人がそう言って、自分のライダースの胸ポケットを顎で指し示す。

それを見た楓が鎖を弛め、男の胸元をまさぐった。

すると出て来たのはアメリカドルで500ドル、、、


「たったの500ドルって、、、アンタ()めてんの?てかさ、アンタ自分で俺達の命は500ドルですって言ってんのよ、えらく安い命だわねっ!?」

胸ぐらを掴んで男の顔を引き寄せた楓、すると殴られた時の記憶が甦ったのか、男の股間にみるみる染みが拡がった。それを見た有働


「お?爺さん良かったな!お仲間が出来たじゃねぇか!お漏らしフレンド♪」


「やかましいわっ!!」

怒りと羞恥で顔を紅くして室田が叫ぶが、さっきの仕返しとばかりにそれを無視した有働。


「まぁこんな奴等に構っててもしょうがねぇ。コイツらはこのまま此処に捨てて行こうや。それよりもヤコブの大将が気掛かりだ、、、先を急ごう」

そう言って真顔で楓の肩に手を置いた。

ヤコブの名を出されては楓も納得せざるを得ない、、、そしてだらしなく地に転がる男達を冷たく見下ろすと


「運が良かったわね、、、でも次は無いわ。命は大切にする事ね、、、」

そう言い残し踵を返すと、入り口方向へと歩き出した。他のメンバーもそれに続く。


初めて楓の恐ろしさを目の当たりにしたダニエル、、、いくぶん恐怖心は治まったが、今後も絶対に怒らせるまいと強く心に決めていた。

そしてもう1つ、、、

楓が先の500ドルをしっかりとポケットに収めていたのも、見なかった事にしようと決心していた。



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