葛藤と奮起
有働を先頭に地下墓地跡の奥へと移動を始めた一行。
道幅は約2m、両側の壁には人骨を積んでいたと思われる、奥行き1m、高さ1.5m程の窪みが続いている。
多少は目が慣れてきたとは言え、灯り無しでは進む事さえ困難な程の深い闇である。
そんな中でペンライトのか細い光だけを頼りに、追われながら走るというのは神経を磨り減らせる、、、
そんな状況だけにやはり全力疾走という訳にもいかず、全員が焦燥感を抱きながらも小走りで先を急ぐしか手段は無かった。
「ヒトつ・きニナる・コト・が・あル、、、」
ふいにニコライが呟き、彼に背負われている室田が逸早く反応した。
「気になる事じゃと?なんじゃそれは?」
「かつて・ベツ・ノ・センじょう・で・アレ・と・どうガタ・の・もの・ヲ・ミタこと・が・ある、、、シカシ・あんな・おそク・は・ナカッた」
「むしろ好都合じゃろ、あまり速けりゃ逃げ切れんかったじゃろうて、、、」
「いや、、、」
室田の意見を有働が短く否定した。
「なんじゃ有働よお主まで、、、なんか問題でもあるのかぇ?」
「スピードが遅いって事は、なんらかの理由があるはずだ。ましてや追跡に用いるなら尚更スピードが必要なはずなのに、、、となると考えられるのは、、、」
「重さで速く飛べない、、、って事ですかね」
「ナニか・ヲ・つんデ・いる・ト・カンがえた・ホウ・が・いいナ、、、」
「何かって何んじゃい?」
「爆発物ってところだろ、、、小型のバーナー程度じゃそこまでの影響は出ねぇだろうからな、、、まぁ考えてもしょうがねぇさ、想像だけで決めつけるのは逆に危険だしな」
「確かに。とにかく今は急いで、少しでも距離を稼ぎましょう。」
「だな、、、ところでダン、この地下墓地に身を隠せるような場所は無かったか?」
「衛星写真を見た限りでは残念ながら、、、まぁあれだけじゃ詳細は判りませんから、後でここを管理している会社のコンピューターにアクセスしてみます。見取り図か何かを入手出来るかもしれないんで、、、」
「ああ頼む、、、ん?待てよ、、、」
有働は小走りだった足を突然止め、それにつられたニコライも動きに急ブレーキをかける。
そのせいで背負われていた室田は前につんのめる形となり、落ちそうになった帽子を手で抑えながら有働へと唾を飛ばした。
「なんじゃいっ!いきなり止まるなバカチンがっ!!」
しかし有働そんな事には構いもせず、顎を撫でながらブツブツと言葉を転がし始めた。
「ダンに言われるまで考えもしなかったが、言われてみりゃ当然の話だな、、、」
「何を一人でブツブツ言うとるっ!?」
苛ついた様に室田が問い掛けると、前方を照らしたまま顔だけで振り返った有働、、、
真剣な表情も相まって、ちょっとしたホラーな絵面となっている。
「ダン、さっき解錠する時も管理会社にアクセスしたのか?」
「えぇ、一応は。警備を切る必要がありますから、、、あっ!そうかっ!!」
有働の問いに答えながら何かに気づいたらしきダニエル、一瞬その頭上に電球がピコンと光って見えた。
「そうさ、ダンも気づいたかい?
お前が警備を切ってくれたお陰で俺達の侵入は気づかれていない、、、だがアレは扉を破壊して押し入った形だ、、、という事は?」
「間もなく警備員がここへ駆けつけるっ!!」
暗闇の中でもそうと判る程、ダニエルの顔から色が消えてゆく。そして、、、
「有働さんっ!ペンライトを僕にっ!!」
「何する気だぃ?まさか戻るなんて言わねぇよな、、、?」
上擦った声のダニエルに低いトーンの有働が問い掛けた。
「戻るに決まってるじゃないですかっ!!武装してるとは言え警備員は一般人ですよっ!!ましてやあんな物が居るとは思ってもいないはず、、、助けに行かなきゃっ!!」
「駄目だ」
「な、何を言っ、、、」
「駄目だっ!!!」
子供を叱りつける親の様に、厳然たる態度を示した有働。
だが押し黙ったダニエルの姿を見ると、一転して諭す様な口調で語り掛ける。
「なぁダン、さっき爺さんにも話したが、、、俺達がすべき事はなんだと思う?」
「、、、Dの元へと辿り着く事、、、」
「なんの為に?」
「Dの暴走を止め、人類を救う為、、、」
「そうだ。解ってんじゃねぇか。俺達が辿り着けようが着けまいが、Dは人類の半数を駆除するってヌカしてやがる、、、だが辿り着く事が出来さえすりゃあ、全人類を救う手立てが見つかるかもしれねぇ、、、そして辿り着くにはお前の力が必要なんだ。言いたい事は解る、、、よな?」
「それは解る、、、解ってるんですが、、、
直ぐ近くで一般人が危険に晒されるのはどうしてもっ、、、」
自らの無力を恥じる様に、目を強く閉じて歯を食い縛ったダニエル。
「それは違うぜ。銃を携行してる以上、警備員はパンピーじゃねぇよ。それにだ、、、侵入者の通知で現場に駆けつけるのが連中の仕事だ、そこへ部外者が土足で踏み込む様な真似は失礼ってもんだぜ、、、ま、そう言う俺達も侵入者として踏み込んでんだけどよ、、、ハハハ、、、」
笑いながら締まらないとばかりに頭を掻く有働と、未だに押し黙ったまま自分を納得させようとするダニエル。
そんなダニエルを見て有働は、やれやれといった風情で溜息を吐いた。
「なぁダニエル、、、仮にだ、仮にお前の所属する部隊が何らかの命令を受けたとして、その任務地で想定外の敵、、、そうだなぁ、、、ゴジラが現れたとしようや。
その時お前は外部に助けを求めるのかぃ?
同じ軍の別の部隊に応援を求める事はあっても、全く無関係の他の軍隊に助けてとは言わねぇだろ?それはつまり自分達が任された自分達の仕事だからだ、、、
警備員の連中だって一緒だぜ。俺達が手を出すって事は、さっきの例で言うなら他の軍隊に手出しされる様なもんだ。連中に恥をかかすのかい?
たとえこれで死ぬ事になったとしても、それはプライドを保った仕事の上、、、誇りある死だ。もしそうなったとしても顔を上げて見送ってやんな。同じ闘う事を生業とする男としてよ、、、いや、、、違うな、、、肩書きなんざ要らねぇ、ただ男として、、、よ」
ただ男として、、、この言葉はダニエルに響いた。
この言葉でダニエルはあの時の、、、室田達をロシアへと運んだあの日の事を思い出していた。
飛行機が墜ちる。それがほぼ確実となった時に結んだ覚悟、、、自らの命を失う事になったとしても、室田達だけは無事に送り届ける。
人類を救う為、、、大き過ぎる大義はあれども、それは男として己の任務をやり遂げるという物だったはず。
ただ己のプライドを以て、、、
ただ己の覚悟を以て、、、
そしてただただ男として、、、
有働の言葉はそれらを思い出させてくれたのだ。そして改めて、危うく自分が警備員達のそれらを汚すところだったと思い知る。
ようやくダニエルが目を開き顔を上げたその時、入り口方向から男達の野太い声が聞こえて来た。
「オイッ!誰か居るのかっ!?」
「居るなら抵抗せず素直に出て来いっ!!」
どうやら警備員が到着したらしい。そして人数は2人のようだ、、、
「我々はここを管理している警備の者だっ!先に警告しておくが、我々は銃を携帯しており、抵抗するならば容赦無く発砲するっ!!」
「さあっ!大人しく両手を頭にのせて、、、オイ、、、この音、、、なんだ?、、、虫の羽音、、、?」
「こんな時に何言って、、、いや、、、本当だ、確かに聞こえ、、、うわっ!な、なんだありゃっ!?や、やめ、、、ウギャ~ッ!!」
「く、来んなっ!う、撃つぞっ!!ウワァ~ッ!!」
(パンッ!パンッ!)
乾いた破裂音が2発、闇の中に虚しく融けた。
扉を焼き切った時とは比べ物にならない炎の轟音、そして男達の断末魔がトンネル内に反響する。しかしそれらは直ぐに消え去り、何かの燃えるパチパチという音に変わっていった、、、
やがて漂い始めるタンパク質の焦げる臭い、、、
再びダニエルが目を閉じ無念を滲ませる。
いや、ダニエルだけでは無い。
室田もニコライも、そして有働すらも血が出る程に唇を噛んでいた。
だが決意を固めたようにその口を開いた有働。
絞り出された声は驚く程にか細い、、、
「、、、行こう、敵が入り口方向に向かったって事は、、、また、、距離が開いたって、、、事、、、犠牲の上に成り立つこのチャンス、無駄に出来ねぇ、、、」
「、、、ヤツら・の・シ・ヲ・むだに・シナい・ため・ニモ、、、」
「必ず生き延びんと、、、の」
ダニエルが頷くのを見届けた一行は、真っ直ぐに前を向き再びその足を動かし始めた。




