羽音
尾けられている、、、
ニコライのその言葉で皆に緊張が走る。
しかし心得たもので、後ろを振り返る者は誰1人居なかった。
そして尾行に気づいた事を覚られぬ様、普通の会話を装おいながらも小声で言葉を交わす。
「何者じゃろうか?」
「判らねぇ、、、先ずはそこだな。ミミックなのかパンピーなのか、それによってこちらの出方も変わる、、、」
「次の角を曲がったら、私がステルスになって待ち伏せようか?」
「イヤ・それ・ハ・ダメだ、、、にんズウ・が・へった・コト・で・ぎゃく・ニ・アヤしまれル、、、」
各々が一通り意見を述べた後、有働がダニエルへと視線を投げた。
「ダン、この辺に身を隠せそうな場所はねぇか?衛星カメラにアクセスしてみてくれ」
「わかりました、2分で済みます」
そう答えたダニエルが荷物から端末を取り出し、人差し指を入力端子へと接続した。
やがて青く光っていたダニエルの目が赤い光に変わり、情報収集を終えた事を周囲に告げる。
そしてそれは予告通り2分と掛かってはいなかった。
「ここから500m程先の地下に、長いトンネルの様な空洞があります。どうやらかつて地下墓地だった場所の様ですね」
「悪くない。悪くはないが、当然入口は封鎖されてんだろ、、、入れるのか?」
有働の問いに得意気な表情を返したダニエル。
「僕に開けない扉なんてこの世に存在しませんよ」
そう言って機械の指を自ら立てて見せた。
「そいつぁ頼もしいこった!まぁとにかくこのままじゃホテルにも戻れねぇ、一先ずはそこへ向かおう、、、そのままやり過ごせるなら良し、だが場合によっちゃあ、、、」
「一戦交えるかもっ、、、て事ね」
孫六ブレードを抜いた楓が、今にも舌舐めずりしそうな顔で有働の言葉を引き継いだ。
「いや、、、怖ぇわ、、、楓ちゃん、、、」
有働が思わず後退りしたその時、突然耳障りな音が周囲に響き始める。
「なんじゃい、、、この音は?」
「虫の羽音、、、みたいね、、、」
やがて音は大きくなり、どんどん近づいている事を皆へと示す。
それまで反響し、音の主の方向が掴めなかったが、かなり接近したらしくそれが後方から近づいている事が判った。
こうなってはもはや尾行者がどうこうとは言っていられない。気取られるのもお構い無しに全員が後ろを振り返る。
「なんじゃ、、、ありゃ、、、」
「蜂?」
呆気に取られる室田と、自信無さげに答えた楓。
その視線の先には10匹程だろうか、羽虫らしき群れがこちらに向かって飛んで来ているのが見えた。
距離にして約60m、、、スピードはそれほど速くは無いが、それは確実に近づいて来ている。
「こんな夜中に蜂が群れで巣を離れるなんて有り得ねぇ、、、アレがなんなのかは判らねぇが、とにかくアレはヤバい!それだけは言えるっ!!」
有働が皆へと警戒を呼び掛けた時、ニコライが楓へと声を掛けた。
「カエでっ!ハシれる・かっ!?」
「え、、、?あ、うんっ!いけるわっ!」
咄嗟の事で戸惑った楓だが、その意味を直ぐに理解したらしく力強く答えて見せる。
「ヨシッ!ならバ・みんナ・おれ・ニ・ツカまれっ!!」
叫んだニコライが屈むと、室田がその背へと飛び乗った。
そして立ち上がったニコライは、右腕に有働を左腕にダニエルを抱え込むと、脚部に仕込まれた車輪を作動させる。
「しっかり・ツカまって・イロっ!!」
ニコライの叫びと同時にモーター音が激しく唸る。そして脚部の車輪が凄まじい勢いで回転を始めた。
ローラーダッシュ、、、神戸のホテルから脱出した際にも用いた、ニコライの持つ性能の1つである。
火花を撒き散らし、アスファルトの焦げる匂いを残して、ニコライの身体が猛烈な勢いで飛び出す。その速度は初速から時速50kmとなり、僅か2秒後には時速80kmへと達する。
室田と有働は1度経験していたが、初体験のダニエルはあまりのその勢いに目を丸くしている。
その様子は絶叫マシンにいきなり乗せられた人その物だった。
しかしそんな状況下でも楓を思いやったダニエル。
「ちょ、、、ちょっと待って!楓さんを置いて行くつもりですかっ!?」
「カエで・なら・シンぱい・イラんっ!それヨリ・しゃべるナッ!した・ヲ・かむゾッ!!」
「で、でも、、、」
そう言ってダニエルが心配そうに振り返ると、そこにはニコライと遜色無いスピードで走り来る楓が見えた。
丸くしていた目を更に丸くするダニエル。
そこへニコライが補足する。
「カエで・は・ジンこう・きんニク・の・おかゲ・デ・100m・ヲ・5びょう・フラット・で・はしル・コト・が・できル、、、いったダロ・しんぱい・イラんと、、、」
「凄いな、、、あっ!そこっ!そこを右に曲がった所が例の場所ですっ!!」
走り出して30秒足らずで目的地に辿り着いた一行。
後ろを振り返るが、迫り来ていた虫らしき物の姿は無い。
「ハァハァ、、、しかし、、、さっきのはハァ、、、ハァ、、、なんだったのかしら、、、ハァハァ、、、」
500mを全力疾走した楓は、流石に息を切らしている。
「ビー・ドローん、、、」
楓の疑問に呟くようにして答えたニコライ。
「ビー・ドローン?知っているのか兄弟?」
1つ頷いたニコライが静かな口調で続ける。
「エンカく・そうさ・ノ・コンちゅうガタ・ドローん、、、ほんライ・ていサツ・ニ・つかわレル・ので・ぶそう・ハ・して・イナイ・と・オモうが、、、ドクやく・など・ヲ・さんプ・するコト・は・できル」
「かぁ~!厄介だなそりゃ、、、でもどうにか撒いたみたいだし、このままホテルに戻っても、、、」
有働が楽観的な言葉を吐こうとしたその時、そうはさせじとばかりに再びあの羽音が近づくのが聞こえて来た、、、




