回顧 2
「捕食衝動に囚われた我は、ある日己の肉体を変化させられる事に気づいた。
クラゲの如く捕食対象を自らの体内に取り込む事が出来る、、、その事にな。
そして我が最初に喰らったのは、近所に住む数学者の男だった、、、動機はそれこそ嫉妬じゃよ。自分より優れたその男がただ妬ましく、そして目障りだった。
喰らう事で証拠を残さず、この世から完全に消し去る事が出来る、、、今思えば浅はかだが、単純にそれだけの考えだったのだ」
「だが、アンタはその事で別の異変にも気づく、、、だろ?」
「フフフ、その通りだ。名は人を表すと言うが本当だな、、、有働 流石よ。
その日以降、あれ程迄に苦手だった数学が、神の啓示の如く理解出来る様になった。
それだけでは無い、、、その男の過去の記憶までが、まるで己の物の様に頭に存在する事となる。そして気づいたのだ、捕食する事で取り込んだ者の記憶、能力の全てを手にする事が出来るのだ、、、とな。
そして欲深い我は更に考えた、もしかすると容姿すらも変えられるのではと。
捕食形態に肉体を変化させられるという事は、肉体の構造その物を組み換えられるに違いない、、、そう考えた我は、取り込んだ男の容姿を強く思い浮かべながら肉体を変化させた。
そして思惑通りにそれは成った。
それと同時に改めて悟ったよ、、、自分は既に人では無くなったのだと。
だが不思議と悲観する事は無かった、超常の力を手にした悦びの方が大きかったのでな」
「フンッ!劣等感の強い者ほど自己愛や自己顕示欲も強いものよ。ワシがおった学問畑にも、そういった連中がごまんと居たわ」
「その通りだ、、、否定はせんよ」
呆れ顔の室田へと、何食わぬ顔で答えたD
「そしてアンタは歯止めが効かなくなり、そのまま暴走する、、、そういう事ね?」
楓は相変わらず軽蔑の目をDへと向けている。
「暴走、、、そうだな。確かにあの頃、我は暴走していたのやも知れん。
思春期の男が考えそうな事でな、女を知らなかった我はまずその男になりすまし、男の妻を抱いた、、、何度も何度もな。
そして手当たり次第に優れた者達を喰らい、その能力を、、、その全てを己に蓄積させていった。当時の地元では、あまりに行方不明者が出るもので、神隠しだなどと騒いでおったよ。
やがて長い年月をかけその手を海外にも伸ばした我は、取り込んだ宣教師になりすまし日本へも渡った、、、確か1600年頃だったと記憶している」
「なるほどな、それでアンタの中に家康が居たって訳か」
言いながら、フィルターぎりぎりまで灰と化したタバコを携帯灰皿へと投げ込んだ有働。
「そういう事だ。そして更なる能力、、、
分裂が出来る事にも気づいた我は、世界中に同胞を置き今に到るという訳だよ。
つまり、、、だ、、、」
「レオなるど・ダ・ヴィんち・は・イツワり・の・てんさイ、、、そうイウ・こと・か」
それまで黙っていたニコライが、本来Dの言う所を代わりに口にすると
「そうなるな、、、」
自嘲を込めた笑みでDが答えた。
「それがあん時の質問に対する答えって事ね、、、なんてこった!こりゃ教科書にあるアンタのページ、全部書き換えなきゃな」
大袈裟な身振りで両手を拡げて見せた有働だが、ふと何かを思い付いたらしくそのまま新たな疑問を投げ掛ける。
「待てよ、、、そういやぁアンタが人間を辞めたのは16才だって言ったよな?なら何で不老不死のアンタが老人の姿をしてるんだ?」
「なんだそんな事か。我等は取り込んだ者の事も含め、己の姿を好きな年齢に変える事も出来るのだ。それこそ産まれたばかりの赤子から、死の直前にある老人までな。
我がこの年老いた姿でいるのは、今の世でも有名な我の自画像に寄せただけの事。
その気になれば、、、ホレッ!」
言うや否や、画面内でDの身体がその質感を変える。
ザラついた磨りガラスの様であり、モザイクが掛かった様にも見えるそれ、、、
そして元に戻った時、Dの姿は20歳そこそこの青年へと変貌していた。
「かぁ~っ!便利なもんだなオイッ!それだけ振り幅があったら、ロリから熟女まで女性のストライクゾーンも拡がるなっ!
まぁ、、、そんだけ広けりゃ最早ストライクゾーンですらねぇんだけどよ、、、」
言いながら有働がバツ悪そうに頭を掻く。
そして、、、
「物のついでだ、もう1つ聞かせてくれ。事件発端から今までに登場した歴史上の人物達、死体も確認されちゃんと埋葬された者が殆どだ。ショパンに到ってはデスマスクすら現存している。そこでだ、、、不死となった者達のはずが、その死体があるってのはどういう理由だい?」
問うた有働、目が鋭さを増している。
「ストライクゾーンなどと下らぬ事を言ったかと思えば、なかなかに鋭い部分も突く、、、
やはり面白い男よな。良かろう聞かせよう。
答えは簡単だ、先も話した分裂の能力だよ。
取り込んだ者を分裂させ直ぐに切り離し、その者がコアを生成する前に死んで貰う。
こうする事で体内にその者は残り、ダミーとして切り離した死体が残る、、、ただそれだけのからくりだ。
しかし諸君がこれほど我等の事を知らぬとは意外だな、、、確か君達の中には我等が同胞も居たと記憶している。その者からは何も聞いていなかったのかね?ん、、、待てよ、、、
そう言えば同胞であるという男の姿が見えぬが、、、それに新顔も加わっているようだね。先ほど君達が我の話を聞く、聞かないで揉めていた事が関係しているのかな?」
この台詞に楓が、ヤコブを想って悲痛な表情を浮かべた、、、しかしそれは直ぐに苛立ちへと変わったらしい。
眉間に皺を寄せ、舌を打ち鳴らした楓が、尖った声で話題を変えようとする。
「そんな事よりっ!アンタの自伝を聞かされるのにはそろそろ飽きて来たところでね、、、その過去とアンタの願いである死、それがどう繋がるのか、、、そこをいい加減語ったらどうなんだいっ!?」
「フフフ、君は本当にいつも不機嫌だな、、、カルシウムは足りているか?せっかく美しいのに勿体無き事だ、、、おっと!話がそれたな。また君に叱られる前に話を戻すとしよう、、、」
そう言うとDは1度言葉を切り、再び遠い目となっていた。




