語られた願い
何とも言えない静寂の中、ショパンと一体化したサンドが佇んでいた。
行為を終えたかの様な乱れ髪、そして顔は余韻の熱で紅潮している。
かつて愛し合った2人が、長い時を経てようやく1つになれた、、、
「瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に逢わむとぞ思ふ、、、か」
思わず有働は、2人に相応しい百人一首の恋歌を詠んでいた。
しかし穏やかだった空気を、又もあの男が揺るがせる。
男は足早にサンドへと近づくと
「茶番は終わりだ。さあ今度はお前が私の中に戻る番、、、」
そう言って己の肉体を捕食形態へと変化させた。
「待て!」
嗄れながらも威厳ある声がそれを制止する。
その声は有働の持つ端末から放たれていた。
それに気圧された様にJJが動きを止める。
「JJよ、、、サンドを再び取り込む事は罷り成らんっ!!」
「お言葉を返すようですがD様、、、納得いく理由をお聞かせ頂けますか?」
これまでのストレスがゲージを超えたのか、珍しくJJが不快感を隠しもせずに問い返す。
これにDは深い溜息と共に首を振ると
「お前は数百年生きようとも何も変わらぬな、、、嘆かわしい事に微塵も成長が見えぬ。小悪魔と呼ばれたあの頃のままではないか、、、」
情けなさを通り越し、もはや憐れんでいるかの如く言葉を吐き出した。
「、、、、」
何も答えぬJJへとDが更に続ける。
「ショパンはサンドの中で眠る事を望んだのだ、決してお前の中などでは無い。人外となったとは言え、同胞に対する情けすらも失ったのか?とにかくこれは命令だ、彼女の事は自由にしてやれぃ!」
「、、、しかし、、、」
「もうよい、これ以上の議論は不要。下がれ!俗物っ!!」
罵られたJJが捕食形態を解除する。
そしてDに頭を下げる事もせずに、怒りと恥辱にまみれた表情で踵を反した。
そのままホール出口へと向かうJJ、、、
「フン、老いぼれが、、、今の内にせいぜい偉ぶっておくがいい、、、」
誰にも聞こえぬ様、小声でそう呟きながらホールを後にした。
晴れて自由の身となったサンドが、端末に映るDへと膝をつく。
「D様、何と感謝を伝えれば良いのか、、、言葉が見つかりませぬ」
「構わぬ。我は既に世界の大半を手にした、、、そしていずれ、我等同胞が伸びやかに暮らせる世界を必ず作り上げる。長き間あの様な下衆の中に幽閉されておった不憫なお前だ、理想郷が完成する迄の間、その身に溜まった垢存分に落としておけい。
もう何も言わずとも良い。さぁ行くがいい、、、又いずれな」
その言葉を受け、膝をついたまま深々と頭を下げたサンドは、立ち上がると律儀に室田一行にも頭を下げてからホールを出て行った。
「少し見直したぜ、、、D」
有働が声を掛ける。
「世辞は要らぬよ賢しき者」
「世辞なんかじゃねぇよ、素直に受け取りな。だが勘違いするなよ?俺達人間からすりゃアンタは、世界相手にクーデターを起こした超S級テロリストだ、、、俺達のする事に変わりはねぇ、必ずアンタを止める」
「フフフ、、、テロリストか、、、確かに人間から見ればそう映るのであろうな。だが1つ忘れておるぞ賢しき者よ、、、成し遂げられたクーデターは、テロリストを英雄に変えるという事を、、、な」
「、、、フッ、、、まぁいいや、その件はいずれ嫌でも白黒つくんだしな。それよりもアンタの真の目的とやら、そろそろ聞かせて貰おうか?」
核心に迫る有働の言葉に、室田、楓、ニコライ、ダニエルも固唾を飲んだ。
そして皆の視線が集まる中、画面内のDが静かに口を開く。
喉奥に詰まっていた物を吐き出す様に転がり出したその言葉、、、
「よかろう、、、ならば聞かせようぞ。
我の目的、、、いや、望みや願いと言った方が正しいやもしれぬな、、、それは死。
人間と同じく、尊厳ある死を迎える事よ、、、」




