侯爵令嬢、暗躍する。
あ、マリアさんですわ。
ふわふわの金髪は綺麗に結い上げられ、すこしタレ目気味の美しいスカイブルーの瞳はまるで南国の海のよう。白い肌にほんのり色づいた頬と真っ赤なルージュがよく似合う。彼女を女神と称する集団もいるらしい、確かに美しい。そんな彼女は、マリアンヌ・アチェット。アチェット子爵家のご令嬢ですわ。
そんな彼女をこそこそと観察いたします私は、アメトラズリ・トパートリア。一応トパートリア侯爵家の令嬢です。変な名前ですが、悪しからず。ラピスラズリのような色の髪はきっちりかっちり結い上げて、前髪だけは伸ばして片目を隠す。あまり晒すのは好きではありませんから、右目だけ晒す。ラピスラズリ色だと両親に言われますが、どうでしょう?まあ、それは置いておくとして………
あら、マリアさんたらどこへ行かれるのかしら?
とりあえず、不審に思った私は首に下げていた小さな笛を取り出した。大人には聞こえにくいとされる音をだすこの笛は一見すると吹いていないようにみえる。それでいいのだ、だって私のラピスが聞こえればいいのだから。
ピィーと聞こえる人には聞こえる音がでた。すると空の彼方から、というか正確には私の屋敷から現れた私と同じ色をもつ小鳥だ。
「ラピス、いい子ね」
そっと撫でて、ラピスに小さな紙切れを見せる。
「お願い、これを殿下に届けて頂戴?」
そう言うと、足に優しく結んで空へと掲げた。ラピスはちらり、こちらをみてまるで頷いてから空へと飛び立った。
「お願いね、ラピス」
私、なんでこんなことしているのかしら?
こうなったのも、あんなことがあったからよね?
*****
突如現れた夜会の女神、つまりマリアさんが現れたのは今から半年ほど前のこと。我が国の令息令嬢たちは夜会デビューを14歳で済ませるのだが彼女は16歳でデビューを果たした。そうデビューをしたあの夜会から彼女のまわりには見目麗しく、身分も上級の令息たちが集う。そんな風景をぼんやりと私は見ていました。なにせぼっちを楽しんでいたからですわ。流行りのドレスより、ひとつ前に流行ったドレスを纏い、いつものごとく後ろは結い上げ、左目を隠す。壁の花より、壁の一部を目指して。私も婚活をしなければいけない年頃だとは分かってはいますが、いかんせん気が進みません。いつか、両親がそれなりに選んで来るでしょう、家格にみあった婚約者を。
ざわめく人のなか、私は夜会会場から抜け出してふらふらと庭園へと足を伸ばした。今宵の夜会は王家主催故に王城であったために庭園はかなり広く素晴らしい。
噴水の淵にはしたないことだが腰かける、前にきちんとハンカチーフをひいて座る。
ああ、疲れますわ。なにもしていない、のですが。
ぼんやり、していると突如右肩に手を置かれ、びっくりしてしまった私は噴水の中へと身体が傾いて行く。
「わあ、すまない!」
勢いよくひっぱりこまれ、噴水へと落ちなかったが今度は地へと傾いて行く。痛みを想定してぎゅっと目を瞑り、しかし一向にこない痛みに違和感と、背に回ったたくましい腕、それに近くで感じる吐息に身を固めてしまう。
「危ないところだった、すまない。驚かせてしまったね」
そういって私を起き上がらせたのは、この国の王子であり王太子様。
ユフィール・ルイス・ヴィアンテス様であった。美しい空色の髪は、短めでサラサラと夜風に靡く。同じ色の瞳は私に向けて微笑む。齢、17歳。この色気は一体なんだろうか?私は女として負けた、とさえ思ってしまうほどでした。しかし、私はあんまり目立ちたくないのです。こんな王太子様と会話を交わすなんて、目立ちまくりではないですか。
「いいえ、大丈夫ですわ。ユフィール様の手を煩わせてしまいまして申し訳ございません」
淑女の礼をして、即座に離れる。あまり、関わりたくないのです。だって、あのご令嬢が見ていたもの。そう、あのマリアさんが。
「少しだけいいかな?」
「……申し訳ございません、私行かなくてはいけませんの」
「名前だけ、聞いてもいいかな?君は僕の名を知っているようだけれど、僕は君の名を知らない」
どきりとした。なにせ、はぐらかして名乗らず去ろうとしたのだから。すこし、マナーがなっていないが図ってやったことだったもの。
「………アメシスタ」
図ってやったことだったもの。偽りの名でも、いいでしょう?
「いい名だね。………」
微笑む王太子様をあとに、即座に夜会から退場する。我が家の馬車に乗り込んで、つれてきた侍女の一人に伝言を言付ける。
「伝えておいて、私は帰りますわ」
「はい、お嬢様」
「たとえ、本当の名でも。」
我が家の馬車を見つめる人がいるとは知らずに。
*****
マリアさんは凄まじい。あの夜会からたくさんのご縁談が舞い込んでいるようだった。しかし、彼女は子爵家ゆえに家格にみあった所からの縁談ばかりらしい。だが彼女のまわりには沢山の有力貴族の子息が集っているのだと友人たちの会話から聞いた。
「アメリ、どうしたの?」
「いいえ、なにも?」
「アメリってば、前髪は整えないの?勿体無いわ」
いくら夜会でぼっちといえど友人はいますわ。ただ、夜会ではそれぞれ婚活に忙しいため私がぼっちになることはかなりある。
「いいのよ、アメリは。これはこれでミステリアスで可愛いわ」
「まぁ、そうねぇ。この瞳を知るのは私たちだけでいいのよ」
「それは困る、僕も知りたいな」
突然友人たちの声に混ざって、男性の声が聞こえて扉を向いて座っていた友人たちが固まった。私も恐る恐る振り替えって思わず叫びそうになる。なんで、いるんですの?!
「ラピスラズリの瞳ではない方の瞳が気になる。この前の偽りについては免じてあげよう。だから、すこし、話をさせてはくれないだろうか?」
嘘と言って欲しい、どうしていきなり王太子様が我が茶会に現れるの?!友人たちは何をしたの?とぼそぼそ訊ねてきたがなにをした?わからないからそのまま返すと友人たちは頭を抱えた。
「失礼、ご令嬢方には席を外していただきたいのだが…構わないだろうか?」
「ええ、分かりましたわ。殿下」
「アメリ、今日はもうお暇するわ。また、聞かせて頂戴ね?」
なにを、と聞こうとしたが有無を言わせない雰囲気があったので黙ってしまう。それもそうですわ、だって接点ないはずの殿下がこうして我が家に訪れているのだから。
「殿下、どうぞ」
ミルクティーを自ら作り、殿下に進めると驚いた顔を一瞬したあと躊躇いもなく飲む。
「殿下、いいのですか?そんな躊躇いもなく…」
そう訊ねると、クスクス笑みながら言う。
「そう言う人間が毒を盛る分けがないだろう?それに、君はトパートリアだ。」
「ご存知ですのね」
「王太子だからね、知っておく必要があるだろう?」
それもそうですわね。
「トパートリアは、王家直属の諜報員ではないか。そんな人間が王家にあだなすと思うなど失礼極まりない。」
そう我が家は、王家のためにある。家の事は、王家と家族とトパートリアの血が流れる者のみ。他家に嫁いでも内情を知られてはならない、嫁いできても実家に知られてはならない。そういう決まりがあるのだ。己が子に伝えてもいいが、その父に知られてはならない。そう、トパートリアになるか、トパートリアの血が流れるかしか知り得ぬ事実。
「ありがたき幸せ、そこまでトパートリアを慮るなんて」
「まあ、君の父上のおかげで先の戦をなんなく終わらすことができた。そんな功労を持つのに陰でしか知られぬ者を誰が慮る?王家しか出来ぬことだ、それを誇りに思う」
きっとこの殿下はいい王になられる。だから、彼の妃は一体どんな方がなるのだろうか?すこし、楽しみに思う。きっと聡明ですわ。もうじき私は他家に嫁ぐはず、そうなれば諜報の為に動くことは出来ない。とはいえ、トパートリアに生まれた女児はそういった訓練を受けないことが多いのだけれど、私はすこし特殊。
その前にすこし、前説を。
王家のためにある家は他にも多々ありますが、皆が皆、特殊な能力を秘めている。王家も持っていることは有名で、神なる獣を操れる。これは個人差があるがそこまで思うように扱えるものではないそうだ。その昔、王国を作った初代王が意のままに操っていたという文献が残っておりその子孫に代々受け継がれているらしい。ユフィール殿下が今一番操ることが出来るらしい。
王家のための家のなかで一番有力貴族は、騎士団の団長を勤めるパルムローザ家。かの家は、大地に愛されていて大地から力を貸して貰える。一度拝見した、武術会で大地に大きなバラを咲かせその蔓についた棘で一歩も動けなくしていた記憶がある。
他には医術に長けた、イユーシア家。本来、貴族の王族専門医師は珍しいがこの家は治癒の力を持つ。
先ほどの我が家に訪れていた友人たちはそこの家の娘だ。かといって、我が家が諜報員だとは知らないが昔から王家に忠誠を誓っていることを知っている。その昔、この国を築いた王が貴族にした家々は皆特殊な能力を持っているのだ。
多数の小国からなるこの国の貴族は、王が貴族にした特殊な能力を持つものか、小国にもとからいた貴族からなる。大多数は、能力を持たないためか今じゃその能力のことは忘れ去られているものだ。
「殿下、話というのは?」
「先日デビューしたばかりの子爵令嬢のことは知っているよね?」
「ええ、もちろん。あの日、殿下に声をかけられて驚きはしたないすがるを見せてしまったのですもの」
「その件は、僕も悪かった。…で、だ。そのあとが問題で、」
「有力貴族たちが次々に陥落している、という件でしょうか?」
「君は聡明だね、話が早くていい」
微笑む殿下に、少し視線を外す。誰も彼もおとすと言われる微笑だ。あまり直視しない方が身のため。
「こちらも少し気がかりでお父様とお兄様が内密に調べていますわ。」
「君の能力が欲しい」
「はい?」
「その宝石の妖精に愛された、君の能力が」
そう、私の家は宝石の妖精に力を借りることができる。特に、私は。そして、私に拒否権はない。
「分かりましたわ、王家が為に」
「……僕の為にお願いね」
………どういう意味?まあ、王家の為なんだろうけれど。
*****
「…………」
「なんだ?こんな所に小綺麗な令嬢がいるぞ?」
しまったわ、見つかるなんて。まあたしかに、こんな格好のままきた私も私ですわね。
「知ってるかい、お嬢」
「知らないわ」
確かにそうでしょう。私、あまり社交の場に出ないし。というか、諜報員ですものね。
どうしたらいいでしょう?惚けるくらいしか私は思いつかないのです、ですからして
「道に迷いましたの、どちらへ行けばいいでしょう?」
「………、そう簡単に教えてやるわけないだろう?」
「…………そう、ですわね……」
簡単に逃げれるわけがありませんわよねぇ。当たり前ですわよね。
踵をかえす、逃げねば。私だって、この身が可愛いのです。
「まて!」
「ちょっと、捕まえなさい!この場所が知られるのは、まずいわよ!」
それって。ある意味、言ってはダメな台詞でなくって?今は、追求しませんが!必死に逃げねば、なにが起きてもおかしくないのですもの。
路地裏の小路を走って、曲がって、走って、走って曲がって曲がって、飛んで。ああ、こんなに走るなんて久々すぎて疲れました………わ。
突然現れた影に息を飲んだ。ああ、私はここで終わりなんですの、ね。
「え?」
抱きすくめられ、思わず声がでる。あら、この香りは…
「お兄様っ」
「ラズリ、お前は本当に危なっかしい。見ていて、そわそわしてしまうよ。」
アクアマリンの瞳に見据えられ、私は肩をすくめる。
「お兄様、来てくれてありがとうございますわ」
「かわいい、妹の危機と知ってこない兄がいるか?」
くすくす、笑って。
「お兄様は来てくださいますわね。ですから、私もお兄様の危機は駆けつけますわ」
「あんまり、無理はするなよ」
「ええ、わかっていますわ」
お兄様のアクアマリンの髪がさらりと風になびく。
「さ、行くぞ。ラズリ」
私の腰を抱いて、引き寄せると囁いた。
『・・・トパートリアの名において、命ずる。ここに風を集わせよ』
ひゅるり、風が集い私とお兄様を包む。ふわりとした浮遊感に襲われ、体が宙を浮く。
「お兄様、どうしてこことわかったんですの?というより、私の危機を知ったんですの?」
「そりゃぁ、かわいい妹だし。」
すっと瞳を細めて、問い詰めるような視線を向ける。
「ふふ、かわいい妹の小鳥が凄まじい速さで王城へと向かっていったからね」
「ああ、ラピス。って、ラピスは?」
「あ、それもそうだね。」
まぁ、あの子は頭のいい子だからね。必ず、私の元へと戻ってくるのだから。
「・・・っち、あの過保護野郎め」
「ぴぃ?」
「・・・さぁ、お前はお行き。あの子の元へ」
彼女色の小鳥が、一つうなずくと飛び立った。
「賢すぎる、さすが彼女の小鳥だ」
******
「というわけで、殿下。うちの妹を駆り出すのはやめていただけませんか?」
いつもは温厚で、分厚い眼鏡をつけて素顔を隠しているお兄様だけれどその素顔は精巧な作りの人形のような美しさをもっている。それを今日は惜しげもなくさらし、それによって威圧も凄まじい。隣にたつ私まで怖気つきそうな雰囲気に居たたまれない。
「・・・それは困ったな。過保護なお兄様の登場ですか。」
「・・・・か弱い婦女子を使うとは、殿下も悪いですよ。うちの家風は、女を何が何でも守れと代々伝わっています、たとえ希少な宝石姫でも我が家は使いません。」
・・・・宝石姫、なんてお兄様がいうとは思いませんでしたわ。私の裏での通り名は宝石姫。宝石の要請に愛され姫と呼ばれるからついた名です。大ぴらに知れ渡ってはいませんが、だって秘匿されているから。
「困ったな。君は、あの娘にとって異性。こちらが調べていることで一つだけ懸念すべき点がある。それは、あのアチェット嬢が魅了の薬を使用している・・・かもしれないという点だ。たとえ、君が侍らされないという容姿をしていても、わからないだろう?魅了の薬は、異性にしか効かない。そう、同性には使えないということだ。だから僕は、彼女に依頼したのだが・・・」
「・・・・・我が家がへまをすると?それは、困った。我が家も見くびられたものですね。」
お兄様もお兄様だが、殿下も殿下。年上だとしても堂々としたものいい。たとえ、王族だからとて、年上にああも堂々とできるだろうか?お兄様も、王族に対してあんな風に・・・・。
私は人知れず、ため息をついた。
「・・・大丈夫ですわ。もうすでに、手は打っていますもの」
「「・・・は?」」
「ですから、私は証拠もつかんでいますの。彼女は確実に魅了の薬を使っていますわ。それについてはきっちり掴んでいます、そして彼女が隠す全ても。明日には終わらせますわ」
「・・・・ちょっと、まって。ラズリ、いつのまにそんなに動いていたの?」
「あら?昨日、無駄に走り回ったんじゃありませんわ。それに、私にはお友達が多いんですのよ?あそこにはたくさんの宝石商が集っていますもの。それに、倉庫もありますわ。ちょっと、力を借りたんですの」
お兄様は、頭を抱えて・・・・唸った。
「さすが、宝石姫」
殿下はずっと、口を開けたまま固まっていましたが大丈夫かしら?
*****
「見つけましたわ、あなた言いふらしてないわよね?その前にあなたのお名前を聞かないとですわね」
1度あること、もう一度あるんですのね。私はまたドレスのまま来てしまった。村娘のような姿でこればよかったわ・・・・まぁ、昨日のうちに顔は知られているのですが。
「・・・・しって、どうするんですの?」
「つぶすわ、今邪魔されるわけにはいかないのよ」
その表情は必至だった。なにに必死になるんでしょう?侍らすこと?
「私も、つぶされるわけにはいきませんの」
縛られているけれど、私には無意味ですの。だって、ほら。
『私、アメトラズリは願いますわ。お願い、手を貸してちょうだい!』
するするとほどけるロープにほくそ笑む。
「なんで、解けるわけ?もうちょっと、固く縛っていなさいよ!」
「しっかりと、縛りました!」
『水を、集わせて』
ごぽっ、と音がすると足元に水があふれ出す。慌てる、マリアさんと小物感が満載なおじさんたちはバシャバシャと音を立てている。私は妖精が呼んだ風にのって宙へ浮かぶ。
「なんなの、あなた!変だわ」
「・・・?どこがでしょう?私は妖精に力を借りているだけですわ?」
「妖精・・・・?」
「この、水を呼んだのはその妖精ですわ。」
「え?」
『……さぁ、おいで。もっと水を』
「え、え!なに、なんなの?」
「私に宝石に宿る妖精に力を借りることができるんですの。ほら、早く諦めましたら?知っているんですのよ、あなた製造禁止されている魅力薬を使っていることを」
そう口にするとみるみると青ざめていくマリアさん。
「そうして、有力貴族の懐に入り……なにを、するのかは知りませんが」
「……ふふふ、そこまで知っていて……ふふ、おバカさんね。やっておしまい!」
「おバカは、どちらなんでしょう?」
『お願い、私に力を貸して頂戴な』
「わぁ!なんですの、これ!」
「言いましたわ、私。宝石に宿る妖精に力を借りるんですのよ?」
マリアさんが身に付けていた、ネックレスを引き剥がすと私に投げてくる。
『おいで。私、アメトラズリのもとへ』
ふわりと、ネックレスが宙に浮かぶ。それを目を丸くして見ているマリアさん。私としては、なんら不思議ではないんですの。
「大丈夫ですわ。私があなたを保護します」
ふわりと、私の手元に落ちる。宝石からするりと抜け出した妖精が微笑む。それを見たマリアさんが口をあんぐりと開けて驚いた。
「ふふ、こちらのネックレス代はお返しいたしますわ。だって、こちらの妖精さんは私の元に来ましたもの。」
そうね、あなたが無事に屋敷に帰れるのなら代金はきちんと払うけれど……帰れるのかしらね?
と、ぼんやり考えていたら突然後ろから気配を感じ振り替える。そこには、マリアさんがけしかけた野蛮な男がそこまで来ていた。しまっ…!
「アメ!!」
「え?で、殿下?!」
そこには思いもよらぬ、殿下が現れ男を蹴り飛ばした。
「大丈夫かい?君、怪我していないよね?」
息が上がってる、走ってきたのかしら?
「ええ、大丈夫ですわ。殿下が助けてくださいましたもの」
「良かった…」
ホッとした様子の殿下に、ありがとうございます。と告げて他の男たちの動きをみる。その際にマリアさんに視線を移すと、ぼんやりと惚けた顔で殿下を見つめている。やはり、彼女の狙いは…殿下ですのね。
「アメ、さぁ帰ろう。あとは、手配したから。」
「はぁ、……そうですの?」
「僕は、君に依頼をしたけれど一人で動くなんて危険だよ」
「え、一人ではないですわよ?」
「妖精は、別にしてくれる?」
むう、それでは友人のあまりいない私は誰に頼れっていいますの?
「………さてと、『ヴィアンテスの名において命ずる、さぁ悪しき者を捕らえよ』」
「初めて見ましたわ、あちらが神獣ですのね!とっても神々しくて可愛いわ!」
白く輝く白銀の体躯の狼のような獣が現れ、蹴散らして行く。妖精たちも目を輝かせて見ている。ふふ、かわいらしいわ。
「君も、家族になればいい」
「はい?なにか、言われましたの?」
「なんでも、ないよ。……!」
「死ね、」
ナイフを持った一人の男が目前まで迫っていた。
「やめなさい!王子だけはやめて!」
マリアさんが叫ぶ、しかし男の耳には届かない。
ザクッ、突き刺さるような音が響きマリアさんの悲鳴が上がった。バタッと倒れる音がして、マリアさんの声は聞こえなくなった。
「……え、……なんで、アメがナイフを受けるんだ!」
殿下の焦った声が聞こえてきて、私の思考は停止する。
守れたみたいですわね。
*****
「アメ、アメ?」
ラピスラズリ色の髪、開かない両目、一つはラピスラズリ色。そして、もう一つは?あのとき何だかんだで見せることのなかったもう片方の瞳。彼女の友人たちは知ってる色を僕はしらない。
一目、彼女の存在を知って嬉しくなった。王家にしか知ることの出来ない事実を元に彼女に近づく。宝石姫と呼ばれる彼女は普段は、地味で目立たないが凄まじく美しいのだ。あの月明かりに照らされた彼女の姿が今も焼き付いている。
「結婚は、君と決めていたのに…どうして、僕の身代わりになる?」
「殿下、離してください。返してください」
「アクアライト、………嫌だ」
アクアマリン色の髪が印象的な彼女の兄、アクアライト。なのに、大体いつも影が薄い。たしかに、諜報や隠密行動をするからそうなのだが男の僕からみても美貌の持ち主である彼。妹である彼女とは似て非なる美貌。
「はぁ、困ったものだ。うちの妹にあまり近づかないで貰えますか?」
「嫌だ。このまま、イユーシアに診てもらう」
「その必要は、ありません。」
そのまま、スタスタと通りすぎるとアチェット嬢をぐるぐるとロープで容赦なく縛りあげ、次々とロープで縛って行く。
「………じゃない、アメ大丈夫……?」
息を、していない………??
「アメ、アメ!アメ、聞こえる??」
「殿下、離してください」
「アメ!!聞こえる??」
「だから、殿下返してくださいませんか?」
「うるさいぞ、アクアライト!…………あれ、アメ?」
抱き締めているアメと、目の前にたつアメ。
「はい、アメトラズリです。」
「え、この、アメは?え、あ?」
『お戻り、ありがとう』
抱き締めているアメが光りに包まれて、ラピスラズリがついたブレスレットが現れた。ふわりと、浮かぶとアメのもとへと戻っていく。
「妖精が身代わりになってくれたんですの、危ないからと。意識は、私にありましたし様子は分かりましたわ。ですが、殿下がどうして、あんなに慌てるのかは分かりませんでしたが」
「アクアライト、知っていたのか?」
「そりゃあ、兄ですから。」
「………っち!」
「さて、と。彼女の企みが分かりましたわ。」
「なんなの?」
「殿下、あなたですわ。あなたを欲した彼女は、まず手始めに近くの有力貴族の中でも美男子を選んで近づく手筈だったみたいですわ」
「は、僕?」
「はい、そうですわ。次期国王であり、その誰もが見惚れる美貌」
「君も?」
「まあ、俺は見惚れませんけど」
「アクアライト、お前に聞いていない」
「まあ、私もお兄様を見慣れてますもの。ちょっとやそっとじゃ」
「本当に?」
とととと、ちょっと待ってください。顔、近すぎじゃありません??
「殿下、いくらなんでも近すぎですよ。妹に近づかないで貰えますか?」
「………お兄様!」
やっぱりお兄様は、頼りになりますわ!お兄様の背に逃げ込み、ちらりとみる。うっわぁ、なぜか不機嫌。
「ちっ、シスコンめ」
「なにか?」
「いや?」
「あっ、お兄様!私は帰りますわ!この子の契約が待ってますもの」
「それなら、大丈夫だよ。ここに来たのはラズリを迎えにきただけだから。それに殿下が表の者を手配してるし」
「そうなんですわね、さぁてこれでおしまいですわ」
嬉しくて、微笑んだ。ますます、殿下は不機嫌になった。
「帰るか」
「はい、お兄様!」
「アメ、うちの神獣に乗って?」
「はい?妖精が風にのせてくれますわ、だから「いいから!」
強引に引っ張られ神獣の背に乗せられる。この子は大きさを自由に変えられるのね?先程よりも大きい。
「ありがとう」
神獣を撫でながらお礼を告げると、目を細めて頷いた。
「ずるいなぁ」
「なにか、いいましたの?」
「いいや、なにも。ねぇ、契約を見てもいい?」
「なにも、面白くはないですわよ?」
「いいから!」
*****
契約のための陣を書いてある部屋に入ると、陣の真ん中に先程のネックレスを置く。前髪をピンでとめて、準備は完了だ。
『我が名は、アメトラズリ・トパートリア』
ラピスラズリ色の瞳がキラリと煌めく。そして、もう片方のアメジスト色の瞳も。それに息を飲む殿下の隣にたった。
「アメジスト色か」
「おや、既に知っていると思っていましたが。まだでしたか」
「うるさいぞ、アクアマリン」
「はは。困ったものだ、殿下。あれは殿下にまったく興味がない」
「知ってる、だからこそ色々動いているだ」
「ええ、それを阻止するため日夜励んでますので」
「お前か!上手くいかないのは!」
「大事な妹ですからね。あれは家の宝、妖精が嘆くんですよ。」
「そうか、なら我が城にすべて置けばいい」
この殿下は本気だ、本気で我が妹を手に入れようとしている。あの小娘と一緒だ。手段は、間違っていないが裏からこそこそと外堀を埋めていく。
「お言葉ですが、家から妖精がいなくなってしまいます」
「それならずっとアメを嫁に出さない気だったのか?」
「いえ、ラズリがその気になったら出しました。が、遠くに住ませられませんね。可愛い妹と会えないのは寂しい」
「それは、お前のためか!」
「我が家族はもちろん、妖精もあの子を愛していますからね。手放せないんです」
あの子は、オッドアイだ。アメジスト色の瞳とラピスラズリ色の瞳を見た母と父が宝石の妖精に愛されている、と言っていた。だから、名前に二つの宝石の名を入れてアメトラズリ。アメジストとラピスラズリ。可愛い妹だ。
『そなたに告ぐ、我に付くか血につくか』
『宝石姫がために、そしてあなたが大切に思うものがために、この身、トパートリアのために』
『ありがとう、愛しきエメラルドが妖精よ』
「あらたな家族が増えたな」
「ああ、それならここに弟がいる」
「それは、拒否します。殿下」
*****
「お兄様、殿下、なにを話してらっしゃるの?」
「ぴぃ?」
家に帰ってからすぐに私の肩にとまった、ラピスも一緒に質問するように囀ずる。
「アメジスト色なんだね、アメ」
「はい、見てしまったんですのね」
「言ったよね、気になるって」
「祖先の色なんですの、妖精王を救った我が家の祖先の。ですから、愛されるんですのよ。妖精たちに」
「それは、どうかな?君自身を愛しているようだけれど、僕ももちろんね。」
「はい、?」
「愛しているよ、アメ。迎えに来る、ちょっと整えたらね」
ひらひらと笑顔で手をふって殿下は、神獣に跨がるとさっそうと去っていく。残されたお兄様と私。私は固まったまま動けず、お兄様は妖精すべてを呼び出して、許さんと息巻いていた。
私の瞳、というよりトパートリアの血が流れるものには瞳に魔力が宿っており宝石の中に眠る妖精の姿を見ることができる。特に私は、眠っている妖精を起こすことができるのだが、暴走してしまい家からかなり遠いところにあったはずの宝石の妖精たちを起こしてしまい大変だった。疲労して、眠って。きっと夢だったんだと朝起きた。
「アメリ、婚約者が決まったよ」
疲弊した顔の父がそう告げて、母は涙を一杯にためていまにもこぼれ落ちそう。お兄様は、ぎりぎりと歯を噛み締めて、許さんとしきりにいっている。
「こ、婚約者とは?」
「あのクソ殿下。」
く、クソ殿下とは不敬罪になるんではなくて、お兄様。それにしても、あれって、あれって、本気だったんですか?!
「迎えに来たよ、アメ!」
数年後、美貌の王と負けず劣らずの美貌をもつオッドアイの王妃の姿があったそうな。
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