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第四章「フィナンシェ家」

カルムの街の中心にある広場―――

静かに水が流れる多段式の噴水横にある、小さな掲示板を私は見つけた。


掲示板にはいくつかの貼り紙が貼ってあり

その内容はお店の宣伝から、イベントの告知まで様々だ。


「ふむふむ・・・なるほど。

 これがサヨの言ってた広場の掲示板か。」


私は肩の紐を外し、カバンの外についている小さなポケットから

黒のボールペンを一本取り出した。


ボールペンのキャップを勢いよく外すと

きゅぽんっ、というなんとも耳心地のいい音が広場に響いた。


「この貼り紙の余白にル・プティニュイの宣伝を書いちゃおっと♪」


私はすでに貼ってあった雑貨屋の宣伝が書かれた貼り紙の余白部分に

ガリガリとボールペンでル・プティニュイの宣伝を書き出した。


しかし紙の裏がムラのある木製の掲示板であるため

ところどころペン先があらぬ方向に持っていかれてしまい、雑な字になってしまった。


私はボールペンのキャップをしめると

腕をくんで、たった今自分で書いたル・プティニュイの宣伝を見返した。


”路地裏の静かな喫茶店で

 まどろむひとときを過ごしてみませんか? ~喫茶店ル・プティニュイ~”


「うーん・・・宣伝文はまあまあだけど全然、上手に書けなかったな。」


「まあいっか。これでまずはどれだけの宣伝効果があるのか確かめてみよう。」


再びカバンを背負いなおした私は、次の宣伝場所を探して歩を進めた。


「あなた。」


その時、ふと誰かが私の肩を叩いてそう言った。

怒り気味のその声に、私はおそるおそる振り返った。


するとそこにいたのは、ブロンドの長い髪をツインテールで結んだ小さな女の子だった。

私はその幼い風貌に安心して、両膝を地面につけ目線を彼女と一緒にして聞いた。


「こんなところでどうしたのかな、君?もしかして迷子?」


「わ、私が迷子ですって・・・」


「あなた、まさか私のことを知らないなんて言うつもりじゃないでしょうね。」


「えーと・・・誰?」


彼女の問いに対する私の答えに彼女は眉をひそめて、怒りに満ちた表情を見せた。


しかし「私のことを知らないのか」と聞かれても

この街に来てまだ一日しか経っていないし、こんな女の子旅の途中でも会ったこともない。


「もしかして有名人?」


私の問いに彼女は我慢ならないといった面持ちで、口上を語り始めた。


「私はこの街一番の名家フィナンシェ家の一人娘、アリシア・フィナンシェよ。

 それと私はあなたが思ってるほど、幼い年齢じゃないんだから!」


両腕を腰に当て自慢げな顔をしているアリシアと

いまいち状況がつかめずポカンとしている私の間を、冷たい風が吹き抜け枯れ葉が舞った。


「・・・えーと?ふぃなんしぇけって何?」


「・・・もういい。とにかくあなた私についてきなさい。」


アリシアは思い切り私の腕をつかむと、広場から西の方向に向けて歩き出した。

私は必死に抵抗したが、小さな体からは想像もつかない彼女の力に引っ張られてしまった。


「ちょ、ちょっと痛いよ!自分で歩くから離して!」


「ここよ。」


「・・・え?」


しばらく抵抗を続けていたが

気付けば私はアリシアの目的の場所まで連れてこられていた。


そこは小高い丘の上に佇むレンガ造りの立派な屋敷だった。


屋敷の前には大きな池があり、蓮の花がぷかぷかと浮いていて

たまに吹く風に水面と一緒に、ゆらゆらと揺れていた。


自分の身長の二倍はあろうかという屋敷の扉の前に立ったアリシアは

突然、すーっと大きく息を吸い込んだ。


「セバスチャン!!今、帰ったわよ!!!!」


どうやら屋敷の中にいる誰かを呼んだようだ。

あまりの声の大きさに、叫び声はしばらく丘の上からこだましていた。


アリシアの呼びかけに、すぐには反応がなかったが

しばらく待っていると屋敷の扉が、重たそうにギギギと音を立てて開き始めた。


まだ半分ほどしか開ききっていない扉から、ひょっこりと顔を出したのは

スーツでびしっと決めた、なんともダンディなミドルだった。


「おお、アリシアお嬢様。よくぞお帰りになられました。」


おそらくこの屋敷の執事であろうダンディなミドルの物言いから

どうやらこの屋敷はアリシアの家のようだ。


「こんなちっちゃいのに、こんな大きな屋敷に・・・」という言葉が浮かんだが

私は口にするのをやめた。


執事はしばらくアリシアを優しく見つめていたが

彼女の後ろにいた私の姿を見つけると、不思議そうにこう聞いた。


「おやおや、アリシアお嬢様。

 後ろのそのかわいらしいお嬢さんはお友達ですかな?」


アリシアは慌てて修正した。


「ばっ・・・!違うわよ!

 この子はさっき街の広場で、ふざけたことしてたから連れてきたの!」


「おや、そうでしたか。

 仲良さそうに腕をくんでおられたので、てっきりお友達かと・・・」


「・・・!」


アリシアが慌てて自分の手元に目をやると、確かに私の腕を強くつかんだままだった。

広場からここまで、アリシアは私の腕を引っ張ってやってきたのだ。


アリシアは顔を赤くして、今度は私の腕をはねのけた。

そして自分の胸の下で腕をくむと、無理に落ち着いたような表情をして言った。


「ふん。変なところに目がいく執事ね。」


「仕事柄、常に不審な者がいないか目を配らせているもので。」


ここまで飄々とした面持ちで話していた執事だったが

急に鋭い目をしてアリシアにこう切り出した。


「それでそのお嬢さんがしていた、ふざけたことというのは?」


その問いにアリシアも真面目な顔に切り替わった。


「街の広場の掲示板にフィナンシェ家の許可なく

 営利目的の書き込みをしていたのよ。」


私はアリシアのこの言葉に驚いて、つい反射的に言葉を発してしまった。


「えっ、ダメなの!?」


「・・・」


「お嬢さん・・・」


呆れて言葉も出ないアリシアに代わって、執事が諭すように私の質問に答えた。


「この街ではすべての法律をフィナンシェ家が制定しています。

 そして屋外に無断で広告等を貼り付ける行為は、法律によって禁止されているのです。」


私はすかさず反論した。


「貼ってないよ!

 もともと貼ってあった貼り紙の余白に、お店の宣伝を書いただけだもん。」


執事は私の言葉を聞いて、大きくため息をついた。


「それは落書きです。それも法律違反です。」


「落書きじゃないよ!お店の・・・」


そこまで言いかけてから、ふとアリシアの顔を見ると

まるで鬼のような形相をしていたので、私は思わず声が小さくなってしまった。


「お店の宣伝を・・・」


私の言い分を最後まで聞くこともなく

アリシアは牙のように鋭い八重歯を見せながら私に怒鳴りつけた。


「宣伝をはじめとする営利活動を許可なく行った者は重罪!

 私の権限で今すぐ、あなたは裁判なしで牢屋行きよ!」


「え、ええぇ・・・!?」


私の喫茶店のお手伝いは初日から、とんでもない躓きをしてしまうのだった。

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