表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第一章「小さい夜」

カルムの街広場に着くと夜を迎えた街も

家々の明かりや街灯の明かりで、幻想的に色づいていた。


赤レンガの建物、石畳の道、せせらぐ川の水―――

私はしばらくの間、綺麗な街並に見とれていた。


「いけない、いけない!早く宿を探さなきゃ!!」


広場の中央にある噴水横のベンチに腰掛けていた私は

ふと目的を思い出し、頭を横にふるふると振って立ち上がった。


しかし辺りを見渡しても、雑貨屋やカジノはあっても

目的の宿屋はどうも見当たらない。


「お腹すいたなー・・・」


私は自分のお腹に手を当てて、思わずつぶやいた。


そう言えば、今日は朝一番に川で釣った焼き魚を

ほおばって以来、なにも口にしていない・・・


宿屋探しの目的は、一旦食事探しへと変更になった。


ギラギラした目で、しばらくそれらしい建物を探していると

街の端から、川沿いに細長い路地が伸びていることに気づいた。


「薄暗い路地だけど、なんだか雰囲気あるな・・・

 もしかして、案外こういうところに穴場のレストランがあるかも!」


なんの根拠もなく、私はその先に豪華なフルコースが待っているかのような

勢いで路地に入っていった。


しかし路地に広がっていたのは、井戸やギシギシと音を立てて

揺れる吊り橋のかかる地味で薄暗い風景だった。


しょんぼりとした顔で肩を落とした私は、トボトボと元来た道を向き直した。


霜月の風が建物のすきま風になって、いっそう体を冷やす。

するとその時、路地の先からすきま風に乗せてなにやら甘い匂いが運ばれてきた。


「この匂い・・・砂糖!お菓子だ!!」


甘いものに目がない私は

この世の幸福を凝縮したような笑顔で、匂いの方向に駆けていった。


路地を曲がったさらに路地の奥―――

石でできた薄茶色の階段を上った先の建物から匂いは運ばれていた。


「喫茶店・・・る・ぷてぃにゅい?」


私はゆっくりと忍び足で

甘い匂いが漂う、おしゃれな窓からその喫茶店の中をのぞいてみた。


店内は綺麗に机とイスが並べられ

奥では暖かそうな暖炉が、パチパチと音を立てて辺りを照らしている。


しかしどういうことか、店内は食事時だというのに

誰ひとりとしてお客さんが入っていない様子だった。


「開店してないのかな・・・?」


・・・とは思いつつも

あのカウンターに並べられた、おいしそうなお菓子と暖かそうな紅茶。


目の前でお預けをくらっている状態の私は、我慢できず喫茶店の扉を開けた。


―――チリンチリン。


ドアベルが流れ星のような音で私を出迎えると

カウンターで頬杖をついていた少女が、驚いて頬杖を解いてこちらを向いた。


「えっ、あ・・・!いらっしゃいませ!」


彼女の黒い長い髪が揺れ、ドアの前にいて少し距離のある私にも

リンスのいい匂いが漂ってきた。


この喫茶店の店主だろうか・・・

その少女は、見たところ私と同い年くらいに見えた。


「あのー・・・実は私、甘い匂いにつられて来たんだけど。」


「やっぱりお客さんなんだ!それならどうぞ座って?

 すぐにおいしいパンと紅茶を用意するわ。」


どうやら開店していなかったわけではないらしい。

しかし少女の喜び方から察するに、あまり繁盛はしていないようだ。


少女が紅茶を淹れてくれている最中

私はカウンターの上に置かれた、お菓子の詰め合わせが気になっていた。


「ああ、ごめんなさい・・・

 それは近くのお菓子屋さんのお友達がくれたもので、売り物じゃないの。」


「お菓子屋さんって、列車乗り場の東にある・・・?」


「あら、行ったことあるの?ミルフィのお菓子屋ってお店よ。」


「ううん、行ったわけじゃないけど

 さっきこの街に来る前、看板で名前を見たのを思い出してさ。」


「そうなんだ。」とつぶやきながら少女は

シナモンパンと琥珀色をした紅茶をカウンターに置いた。


「砂糖はおいくつ?」


「ひとつ。」


私が人差し指を立てると、少女は角砂糖をひとつ紅茶の中にポトンと落とした。


「あっ、ごめんなさい。気がつかなくて。

 荷物は隣のイスの上に置いちゃって大丈夫よ。」


私が大きなカバンをしょったまま座っていることに気づいた少女は

口に手を当てて、そう言った。


私もカバンをしょったままだったということを、すっかり忘れていた。

それほどに、このカバンは長い旅の間に私の背中に馴染んでしまっていた。


私がうんしょ、とカバンを下ろし隣のイスの上に置くと

少女は不思議そうに目を丸くして聞いた。


「そのカバンずいぶん大きいけど一体、何が入ってるの・・・?」


旅の途中、この質問を何度されたかもう覚えていない。

私は自慢げにカバンのチャックを開けながら、少女に教えた。


「ふふん、このカバンの中身はこれだよ。」


私は勢いよく、カバンの中から相棒の赤いアコーディオンを取り出した。


「へー!あなたアコーディオン奏者なんだ。」


「うん。これを行く先々で演奏して、もらったチップで旅をしてるんだ。」


「聴いてみたいな、あなたの演奏・・・」


「もちろん!」


私は少女のリクエストに答え、席から立ち上がり

アコーディオンの肩掛けを自分の肩にかけた。


「せっかくだから、即興で演奏するよ。

 君をイメージして演奏するから、ぜひ名前を教えて?」


「すごい、そんなことできるの?

 私はサヨ。東の島国の言葉で”小さい夜”って意味なの。」


”サヨ”、その名前を聴いて

私の頭の中に、不思議とどこか懐かしいような旋律が溢れ込んできた。


「サヨか・・・いい名前だね。

 私はペルチェット。よろしくね。」


自己紹介を終えると、私はサヨの前で演奏をはじめた。


即興で演奏しているはずの自分も不思議になるくらいの

どこか懐かしい、そして少しだけ切ないメロディに乗せて―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ