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召使いの私  作者: 村上泉
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04

 私が一度、ベッドに座り、尚人くんを離そうとしたが、尚人くんは全然離れてくれない。


 背中をさすりながら、離れるのを待った。



「あのさ、麻耶は俺の召使いでいるの嫌?辞めたい?」


 尚人くんはくっついたままそう言った。

 やはり先ほどのことを気にしているようだ。

 気にしないほうがおかしいか。


「ううん。辞めたいって思ったことはないし、割と楽しんでるよ」


 かなり、オブラートに包んで話した。

 だが、ぶっちゃけると、役得だと思っている。

 こんな、美少女、いや美少年に頼られるなんて、幸せなことめったにない。


 それに、実際、この数ヶ月間、尚人くんのお世話をしてきたが、特に大変なことも困ったこともなかった。

 召使いといっても、鞄を持たされることもなくなったし、尚人くんは私が本当に困ることは言わない。


 ただ一緒に帰るだけ、ただ一緒にご飯を食べるだけだ。

 ちょっと、子供じみたわがままを言ったり、甘えたりしてくるだけだ。

 ちょっと困るのは、すぐに、心配されたがる。

 そして、可愛くて、押し倒したくなる。  


 なんだ、この美少女!と言いたくなることくらいだろうか…。


「隼人と接点が出来たから?」


 尚人くんは小さな声で呟いた。


 誤解を解くタイミングがないまま、尚人くんはまだ私が隼人くんのファンだと思っているらしい。


「何にも言わないで。もういいや。教室に帰る。じゃあね」


 私が何も言わないうちに、尚人くんはベッドから降りて、保健室から出た。


 本当に、隼人くんのことに関して、尚人くんは弱すぎる。


 話す機会もくれないなんて、ひどい。


 私は大きなため息をついて、保健室から出た。






 放課後、彼が私の教室に来た。


 色素の薄い髪に、ぱっちりした目。

 美少女かっ!と言いたくなるほどの美貌の男の子。


 尚人くんとそっくりの隼人くん。


「麻耶」


 隼人くんは親しげに私のことを下の名前で呼んだ。


 周りは尚人くんが私を迎えに来たのだと思っているのだろう、「ご主人のお迎えだよ」と友人につつかれた。


 敢えて違うとは言わず、「うん、あしたね」と行って隼人くんの方に歩いて行った。


「帰ろ」

「うん」


 名前を呼ばれた瞬間から、隼人くんが尚人くんのふりをしているのだとすぐに気付いたが、相手の意図が分からなかったので、騙されたふりをする。


 そのまま、二人で歩いて駅に向かう。


「今日は調子いいね、顔色いいし」


 と、わざとそんなことを言ってみる。


「うん、今日は平気だよ」


 尚人くんはそんな顔で笑わないよ、と言いたいところだが、もう少しだけの辛抱だ。


「ねぇ、何で麻耶は俺と一緒にいてくれるの?」


 思わず昼の出来事を思い出す。

 本物の尚人くんではないわけだから、ありのままでオブラートに包まず話してもいいのではないかと、その時の私は思ってしまった。


「尚人くんといると、幸せになるからかな。……もう、涙を溜めている姿とか本当に可愛かった。押し倒したいくらい可愛かった」


 口に出してみると、ヤバい奴みたいだ。  

 いや、みたいじゃない。

 ヤバい奴だ。


 隼人くんの顔を見ると、きょとんとした顔をしている。   


「なんだよ、それ」


 そう言って、隼人くんは下唇を噛んで、黙った。

 確かに、ぶっちゃけすぎた。

 反省しながら、なんとかフォローを入れようと考えていると、


「僕が、尚人の偽者だってことに気付かない人に、そんなこと言われても、ねー」


 突然顔を上げた隼人くんが言った。

 どうやら、もう尚人くんのふりをするのをやめたようだ。


「隼人くんが教室に来たときから気付いてたよ?」


 私はすかさずそう言うと、隼人くんは鼻で笑った。


「嘘吐くなよ」

「嘘じゃないよ」

「じゃあ、なんで、俺と一緒に帰ってるんだよ」


 隼人くんはイライラしたような口調で言った。


「君が何をしたいのか知りたかったから」


 私はそう正直に言った。

 隼人くんの方を見ると、驚いたように目を見開いてから、泣きそうな顔をした。


「なんだよ、それ」


 と隼人くんは小さな声で呟いた。


「それって尚人のため?」


 隼人くんは低い声で、私に向き直り言った。


 隼人くんのためかと言われたら、隼人くんのためでもあるが、好奇心からというのが一番だ。


「自分のためかな」


 正直に答えると、隼人くんは顔を歪めて笑った。


「結局自分のためか…。まぁ、そんなのいいや。ねぇ、麻耶」


 隼人くんは私の手を取った。


「昔からね、俺のものは尚人のものだったし、尚人のものは俺のものだったんだ。だから、ね、麻耶も俺のものだよね?」


 「もの」扱いをされて、私はむっとした。


「私は尚人くんものじゃない。誰のものでもない」


 私が口調を強くして、そう言った。


「でも君は尚人の召使いでしょ?尚人の召使いは俺の召使い。ねっ?」


 隼人くんは私に同意を求めるかのように言った。


「それは違うと思うよ。だって、尚人くんと隼人くんは別の人間でしょ」

「うるさい!!」


 隼人くんは叫ぶように言った。

 周りの人の目が一瞬だけこちらに向いた。

 隼人くんは周りの目に気づき、すぐにハッとして、口をおさえた。


「別の人間だって言うけど、俺が隼人だって気付いてたっていう証拠なんてないよね。それに麻耶は今俺と帰っている。今までなんの接点のなかった俺と。そんなんじゃ信憑性の欠片もないね」


 と、少し落ち着いた声で、しかし、イライラとした口調で隼人くんは言った。

 そこでやっと気付いた。


 隼人くんは、尚人くんと自分を同一化することによって精神の安定を保っている。

 つまり、隼人くんは尚人くんに依存している。

 そして、今までの反応から、もしかしたら、尚人くんも隼人くんに依存しているのかもしれない。


「じゃあ、ゲームしようよ。それで私が勝ったら、信じて?」


 と気づけばそんなことを口にしていた。



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