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召使いの私  作者: 村上泉
3/9

03

 私は教室に戻り、置き傘にしている、折り畳み傘を持ち走って昇降口に向かった。


「麻耶、遅いよ」


 と、尚人くんが昇降口を出てすぐの外の屋根のある場所に青い顔をして立っていた。


 初めて会った時も、貧血で倒れていたらしいし、身体が弱いとは思ってたが、本当に尚人くんはあまり頑丈ではない。


 多分今も寒いのだろう、身体が震えている。

 祐先輩と話していて少し遅くなったことに罪悪感を抱きながら謝る。


「ごめん遅くなって。でも、寒いなら校舎内で待っててくれたら良かったのに」


 私が、尚人くんの召使いになった日から毎日一緒に帰っている。

 待ち合わせはいつも決まって昇降口の外だ。

 でも、普通に考えて、外にいるより校舎内の方が暖かいのだから、無理して外で立って待っている必要はないのに。


「だって、外で待って俺が具合悪そうにしてたら、麻耶は心配してくれるでしょ?」


 と、尚人くんは無邪気そうに笑って言ったが、全然「でしょ?」じゃない!

 少し呆気にとられてしまう。


「そんなことしなくても、心配するからこれからはこういうことやめて」


 少し叱るくらいの勢いで言う。


「うん、分かったよ」


 尚人くんは全く反省した様子なく言った。


 もうだめだ、この子。


 そのまま、尚人くんは傘を持っていないと言い、二人で小さな折り畳み傘に入って、歩き始めた。


 帰り道、尚人くんはあまり顔色がよくなかったから、何度かどこかで休むか尋ねたが、「いらない」という。


 尚人くんはポツリと自分の話をし始めた。


 自分の健康分は兄の隼人くんが持ってちゃったんだ、と。

 二人はとても仲が良く見えたが、尚人くんは隼人くんに劣等感を感じているようだった。


 私はあのファンクラブの一度きりのお茶会しかしらないが、隼人くんは社交的で明るいが、尚人くんは冷たく、無口な印象だった。


 実際の尚人くんは無口でも冷たくもないが。


 駅に着き、尚人くんの肩が濡れていることに気付く。

 私に気を使ってくれていたようだ。


 私はバックからタオルを出して、尚人くんの肩を拭いた。


 すると、尚人くんは屈んでさらに私に頭を出してきた。

 そのままの動作の流れで尚人くんの髪を拭く。


 さらさらだ。


 私の中で、尚人くんは弟のような存在になりつつあった。

 まぁ、弟にしても綺麗な弟だけど。



 それから私はいつ雨が降ってもいいように、尚人くん用のタオルを持ち歩くようになった。

 尚人くんはというと、雨の日は決まって外に立って待っているようになった。




 そうして何ヶ月か経ったある雨の日、尚人くんが隼人くんに無理やりファンクラブのお茶会に連行されたらしく、私は久しぶりにひとりで帰ることになった。


 駅に着き、今日は拭く相手がいないのかと思うとなんだか、手が寂しく感じてしまう。


 そんな時に私の視界の端に、同じ制服のびしょ濡れの高校生が見えた。

 多分傘を忘れてここまで走ってきたのだろう。


「あの、タオル使いますか?」


 思わず、声が勝手にそう言っていた。

 同じ制服の彼は驚いたように私の方を向いて、


「ありがとうございます」


 と言った。

 バックからいつものように取り出して、無意識に彼の髪に手をのばしていた。


 慣れというものは恐ろしい、尚人くんにやるのと同じようなことを彼にしていた。


 焦って、私はそのタオルを離して、彼に渡し、


「すいません。それ使って下さい。では」


 と、逃げるように改札を通った。



 私は自分の赤くなった顔を二度叩く。

 赤くなったって仕方ないじゃないか。

 だって、髪の隙間から見えた顔が、水も滴るいい男だったとか、不意打ち過ぎるよー。



 私は速攻で家に帰り、部屋で悶えた。




 次の日の、不定期の生徒総会で、彼が生徒会長だということを知った。


 なんか、見たことある気がしてたんだよね、と心で強がってみてもかなり驚いた。


 まぁ、今後、関わるようなことはないから、まぁ、いいか。


 と思っていたのに…。


 私の教室に人ごみが出来ていると聞いて、尚人くんが来たのかと、教室の外に顔を出してみると、そこにいたのは会長様でした。



「あっ、原田麻耶さん、ちょっと来てくれないかな?」


 フルネームで呼ばれ、私は仕方なくついて行った。


「タオル、助かった。ありがとう」


 小さな袋を渡される。

 洗ってくれたのだろう。

 見た目通り真面目な人なのだろう。


 それにしてもなんでこの人、私の名前を知ってるんだろう?


「良かったら、お礼に、お茶でも…」


 会長様から出た言葉に驚く。 

 なんだ、その在り来たりな展開。

 そもそも、どこでお茶を?


 と、思ってたら、


「お昼休み、生徒会室で」


 と、私が返事をする前に会長様はそう言い、いなくなった。


 嵐のような人だ。


 それにしても、やはり生徒会の人は皆さん美しいと、会長様の後ろ姿を眺めながら思ったのでした。


 お昼休みに入りすぐに、尚人くんの教室に行き、事情を説明した。


「まさかと思ってたけど、やっぱり、麻耶がタオル子だったか…」


 と、訳の分からないことを呟かれ、


「とりあえず、俺も一緒に行く!」


 と、私の手を引いて、歩きだした。


 尚人くんと同じクラスの隼人くんから物凄く視線を感じたけれど、気にしたら負けな気がする。




 生徒会室に入ると、会長様と祐先輩が向かい合って座っていた。


「あれ?まーやちゃんに、尚人。どうしたの?」


 祐先輩は驚いた顔で私と尚人くんを見ている。


「そちらこそ、どうして、祐先輩がここに?」


 私がそう尋ねたが、祐先輩の返事は聞けなかった。


 尚人くんが突然生徒会室のドアを閉めたからだ。


「ちょっと!尚人くん!ドアの開け閉めは乱暴にしちゃだめ!」

「分かった、ごめん」


 尚人くんの、分かったは全然信用ならん!


「それより!祐先輩とも知り合いなの?」


 尚人くんは眉間に皺を寄せ、そう言う。

 もしかして具合が悪いのかと、心配になって、おでこで熱を計ってみたが、大丈夫そうだ。


「熱はないから、で?どーなの?」

「うん、一年前の文化祭から知り合いだよー」


 私がそう答えると、尚人くんは溜め息をついた。


「どうしたの?」

「何でもない」


 何でもないという割には不機嫌そうだけど。


 そうして、再び、生徒会室のドアを開いて中に入った。


 前に、会長様と祐先輩が座っており、私と尚人くんが隣り合って座った。


「タオルのきみはまーやちゃんだった訳か…」


 と祐先輩は爆笑しながらいった。

 さっきから「タオル子」だの、「タオルの君」だの、一体なんなんだ。


「いやね、会長が君とのことを大騒ぎで、生徒会役員達に話して、その時についた、その女の子の名前なの。だって、まさか正体が、君だなんてだれも知らなかったんだし」


 と、やっと笑い終えた祐先輩が教えてくれた。

 そして、祐先輩も「タオルの君」が気になったので、一緒に生徒会室に来たらしい。


 何でも、会長様は生徒名簿を全員分みて、私を探したらしい。

 なんで、そこまで…と思うが真面目な人が考えることなんてよく分かんない。


 ちなみにさっきの「お茶でも…」というのは祐先輩が、教えたらしい。

 やめてあげて、会長様で遊ぶの…。


「なんとなく雨の日にタオルで頭拭いてくれる子なんて、麻耶しかいないからもしかして、と思ったけど、本当にもしかしてだったよ」


 尚人くんの機嫌は未だに直っていないようだ。


「なんだよ、それ羨ましいぞ、尚人」

「だって、麻耶は俺のなんだもん」


 祐先輩が尚人くんに言うが、尚人くんは自信満々に言った。


「原田麻耶さん、尚人の召使いっていうのは本当なのか?」


 そこでやっと会長様が、口をひらいた。

 会長様も知ってたんだ。


「まぁ、成り行きですかね」


 私がそう答えると、会長様は険しい顔をする。


「その状況はあまり良くない。尚人、今すぐ彼女を解放しなさい」


 会長様は三年生で、流石の尚人もびくっとする。


「しない」


 しかし、尚人くんは一言そういってそっぽを向いてしまう。


「しなさい」

「しない」


 という会長様と尚人くんの押し問答が続いたが、次第に、尚人くんの目に涙が溜まってきていた。

 どのへんで止めようか、祐先輩も迷っているようだ。


 やだ、なんか見てられない…。


 弟がいじめられてる気分…。


 なんだか、私が泣きたくなってきた。


 そろそろ尚人くんの目に溜まった涙が零れ落ちそうだ。

 反射的に、私は尚人くんを抱き締めた。

 尚人くんの身体が大きく跳ねる。


 前に、座っている二人も驚いたような様子だ。


「あの、私は大丈夫ですよ。図々しいかもしれないけど、弟みたいな子って思ってるんですよ」


 私が言うと、祐先輩が優しく笑って頷いた。


「なんだ、そういうこと!」


 と。

 会長様も納得はしてなさそうだったが、


「そうか」


 と呟いた。


「心配してくださりありがとうございました。ちょっと具合悪そうなので尚人くんと保健室行ってきます」


 と、尚人くんごと立ち上がった。

 具合が悪いとかではなくただ泣いているだけなのだが、この場を切り抜けるにはこれが一番だろう。


 ドアを開ける直前に、


「今日はお礼にならなかったから、また今度」


 と、会長様は言った。


「そんな気になさらないで下さい。大したことしてないし…」


 と、生徒会室から出た。

 尚人くんは私の身体から顔を起こさない。

 なんとなく、冷たい気がするから、少し泣いているのだろう。


 きっと、泣いている顔も美しいのだろうなーと思うのは変態なのかな?

 いや、美しいは正義だ!


 私は尚人くんと共に保健室に向かった。

 先生が留守だったので、勝手にベッドを借りた。





……

………

…………


 二人が、出て行ったあと、


「雅人、あれはやり過ぎだ。尚人が可哀想」


 と、チャラ男副会長こと、祐平が言った。


「分かってる」


 ブスッとした表情でそう答えたのは、会長様こと、斎藤雅人。


「一目惚れだったんだ」

「…そんな気がしてたよ」


 雅人の独り言のような呟きに、祐平はそう返した。


 しかし、彼女の魅力に一発で気付いた雅人はなかなかだと、祐平は思った。


「まぁ、譲るつもりもないけど」


 祐平の言葉に、雅人は眉をひそめたが祐平はにっこりと笑ってみせた。






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