<第九章 国策>
大正八(1919)年十月。
久しぶりに玉串の会がある。
俺が出てないだけでやってたのかもしれないけど、俺が出るのは去年の十二月以来になる。
最近けっこう忙しいけど、呼ばれたからには行かないといけない。断ったらどうなるんだろう。断らないけど。
今日は日本の国策を決める重大な会議らしい。
なんと皇太子殿下も出席される。お顔を見るのは一年ちょっとぶりだ。
天皇陛下の名代として出席されており、御前会議に準じる会議になるのかな。
今回の議題は次の五個。
(1)基本方針の確認
(2)友好国と非友好国の選定
(3)資源獲得方針
(4)軍備方針
(5)関東大震災への備え
そして会議が始まった。
前回みたいに中尉の根回しが済んでいてシャンシャンと終わるだろうから、俺が発言する機会はないかなと思ってた。
だけど、今日の会議はそうではなかった。
(1)の基本方針は問題無かった
・国力増進を最優先とし、対外拡張は控え、諸外国との協調路線を取る
関東大震災前に第一弾の軍縮を行い、震災後に第二弾を行う
諸外国における反日感情の緩和に努める
・玉串情報を有効活用し、国力増進に努める
・本土以外への投資は極力抑制する
朝鮮については独立採算制とし国庫からの補填は行わない。また、同化政策は中止する。
南樺太、千島列島、南洋諸島については港湾・通信施設等、防衛上必要な投資は行う
台湾については食糧増産を図り、軍事拠点として整備する
満州については資源確保を第一とし、殖民殖産は行わない
満州以外の支那については植民地主義的進出は行わなず、経済活動に専念する
既得租界の売却、返却を図る
支那への邦人移住の抑制と、既移住者を帰国へ誘導、勧告を行う
・以上の方向へ世論を誘導する
・以上については内務省が政策を取りまとめる
・軍部内の強硬派は配置転換を行い、動乱を未然に防止する
この案に対して、海外移住を抑制すると国内で人余りになるという意見が出た。
これには、
「海外投資分を国内へ回すことにより、国内に仕事を増やす」
ということになった。
そんなに、簡単に行くだろうか。
建設会社勤務の俺に言わせたら、公共工事の予算を増やしても、建設会社が人を増やすのはズレるんだよね。
だって、予算を立ててから執行まで間があるし、会社として人を増やすのは慎重だし、職人が突然湧いて出るわけでもないから。
実際、アベノミクスだって言っても、うちの会社は例年と同じ数しか採用しなかった。
一応後で中尉に話しておこう。
問題は(2)の友好国と非友好国だった。
・ロシアを潜在的敵国とする
・支那との摩擦は極力避けて一定の距離を置く
この二点は全員の意見が一致した。
俺の話でソ連が共産主義のリーダーとなって世界の二大国のひとつになること。中国とは十年戦争をやっても奥へ奥へと逃げるばかりで決着がつかないことが分かっているのだ。
そこで日英同盟堅持と米国接近とで意見が分かれた。
最終目標は次大戦で負けることなく戦後の資本主義陣営で重要な位置を占めることだ。これは全員一致している。
誰も戦争で負けようとは思わないし、世界一になれるとも思ってない。まして、天皇制を否定する共産主義は論外だ。
ただ人によって、その考える道筋が違う。
米国派は、
「米国が現時点で世界一の大国である以上それに逆らうべきではない」と言う。
一方英国派は、
「米国はハワイ、グアム、フィリピン、山東と確実に西進しており、このままでは日本も属国化される。信用できない」と言う。
まあ、両方もっともだ。
議論は白熱して結論が出ない。
そこで、皇太子殿下が発言された。
「榊原は未来人の見地からどう考える」
突然の指名に俺はびっくりした。
すみません、正直自分は関係ないと思ってたからボーっとしてました。
そんなの俺にも分からん。歴史通り進めばどうなるかは知ってるけど、違うことしたらどうなるかなんて神様しか分からん。
「あっ、えっと、その、自分より強い奴とはケンカしないのが当然で、でも、アメリカに近づけば属国というか子分みたいにされると思います。イギリスと同盟を続けたとして、アメリカと戦争して勝てるとは思えません。アメリカ対それ以外の全部の国とかだったら勝てると思いますが。力で負けてるなら数で勝つしかないんで。えーと、だから、結論はアメリカともイギリスとも戦争しないのが良いと思います」
あぁー、自分でもおかしなこと言ってる。だって、急に聞くから。
「それが出来れば苦労はせん」誰かが言った。
「日本以外の国がどうするか参考にできないんですか。世界で日本だけが特別というわけでもないでしょう。分からない時は人の真似をすれば良くて……。それか、スイスみたいに中立国になるのはどうなんでしょう」
俺の発言はみんな意外だったみたいで、黙ってしまった。
「榊原は我らが思いも付かないことを言う。参考になる」と皇太子殿下。
みんな、ふむふむと同意している。俺は怒られずに済んでホッとする。
総理が言った。
「当面は日英同盟を堅持しつつ、米国とは対決姿勢を取らず動向を注視する。ということで良いのではないですか」
これがまとめになった。結論を出さないのは日本的だなと俺は思った。
後は特に問題無く話が進んだ。
(3)の資源については
・現在支配している地域の資源開発を積極的に推進する
・ペルシャ湾の共同開発をイギリスへ申し入れる。特にクウェートを対象とする
・満州以外の中国では我が国が開発を行わず、中国が開発したものを買い取る
・満州で油田探索を行う。英米へ資本・技術参加を打診する
これは俺情報によるところが大きい。
石油と言えば中東だ。というか中東しか知らない。
中尉が調べたところによると、イランはすでにイギリスが開発しているし、イラクはほとんど海に面してない。サウジアラビアは宗教的戒律が厳しく進出が難しい。UAEはその名前の国がまだ存在してなくて、どこか分からない。それでクウェートが有望ということになった。
俺が知ってるペルシャ湾の国はその位しかない。そうそう、ドーハも知ってる。日本サッカーのドーハの悲劇だ。
ワールドカップの予選をやるくらいだから、ここも石油が出てお金持ちになったのかもしれない。
中尉によるとカタールという所の一番大きな街だそうだ。
で、クウェートに石油があるのは間違いないはずだ。だって、湾岸戦争でイラクが攻め込んでたから。何にも無い所へ攻めて行かないでしょ。
それに、岩手県くらいの小さい国なので探索の費用が少なくて済むのもイイ。
それより満州だ。
俺が知ってるのは、『もし満州の石油が戦前に見つかったら戦争に勝ってた? いや、それでも無理だ。どうのこうの……』というのを見たことがあるくらいだ。
満州のどこなんて知らない。
よくこんな中途半端な情報で探そうという気になるもんだ。信用され過ぎてて、ちょっと怖い。
(4)の軍備方針は
・今次大戦の戦訓を生かす
・航空機、戦車、対潜、対空技術の研究・戦力化を急ぐ
・通商破壊に関する研究組織を設置する
・陸軍の近代化と砲兵火力、機関銃の増備
・ロシア軍大砲兵力に対抗する工作部隊の能力強化
・陸海軍の軍縮
・航空機については陸海で共同開発を行う
・暗号の研究
・諜報網の確立
・暗号については政府主体で研究する
・レーダーについては海軍が大学に研究依頼をする
大艦巨砲主義の転換は現状では無理だそうだ。
これを変えようとすると海軍兵学校の講義内容から全士官の再教育まで、ありとあらゆることを変えないといけない。少しずつ変えていくしかない。
航空機の共同研究は俺から中尉へ是非にとお願いしてた。ミリタリーにあまり詳しくない俺でも陸海の仲が悪くて、色々上手く行かなかったのは知っている。それは何とかしてほしい。日本はお金が無いんだから。
これから、予算上は陸軍主体で開発し、海軍がそれにお金を払って使う形に変えていくそうだ。
俺が最初に世話になり今でも世話になってるのが陸軍なので、俺情報は陸軍の方に優先権があるのかもしれない。
暗号は、平時では外務省の使う量が圧倒的に多いということで政府がやることになった。
というか既に新型暗号の開発に取り掛かっているそうだ。
諜報網は陸海政府でそれぞれ知りたい情報や対象が違うということで個別に設置するということに。ただ、相互の連絡調整機関は設けるそうだ。
レーダーは海軍が食いついている。
レーダーの話の時に早期警戒機とか妨害電波とかもついでに中尉へ説明しといた。今のところ、陸軍は使い道が無いから、中尉が海軍へ話す時に大げさに盛ったんじゃないかな。そして海軍の予算で研究させるんだろう。
中尉の腹黒いやり方がだんだん分かってきた。
まあ、レーダーは重要だからしょうがない。陸海のどっちかがやらないといけない。
無かったら敵の飛行機が来ても分からない。それに、空港の管制塔なんかでモロに使ってるし、天気予報にも使えるし、魚群探知機もレーダー技術の応用だったはずだ。
まあ、俺としては『工作部隊の能力強化』この言葉が入っているだけで大満足だ。
こういう時こそ意見を聞いてほしいのに、俺を軍事の素人だと知ってるので聞いてこない。くそっ。
(5)の関東大震災は
・陸軍東京砲兵工廠の関東外への移転
・陸軍糧秣本廠、衛生材料廠を練馬へ移転
・海軍横須賀工廠での新規造艦の停止
・震災発生時の陸海軍の行動規定の策定
・九月一日は下半期の開始日という名目で出動可能状態にする。来年度から実施。偽装の為四月一日も同様とする
・消防組織設置、防災教育の実施、避難場所の指定、等の対災害政策は内務省が作成
となった。
糧秣本廠と衛生材料廠が練馬へ移転になる。備蓄食料や医薬品が燃えたら救援活動ができないからだ。
場所が練馬になったのは、俺が知ってる自衛艇の基地は市ヶ谷、練馬、朝霞で、市ヶ谷は近すぎるし朝霞は遠いしで決まった。
今日の会議は盛り沢山の内容で朝から始めて終わったのは夕方だ。
やれやれ、やっと帰れる。
でもひょっとして、皇太子殿下にまた呼ばれたりして、とか考えてたら本当に呼ばれました。
「今日は榊原の時代の教育について話して欲しい」
どうしても緊張してしまう。殿下は楽にして良いとか言うけど、無理だよね。
ほんとに疲れました。
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