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<第八章 講和>

 大正七(1918)年十二月。

 暮れも迫ったある日、第三回目の玉串の会が開かれた。


 ちなみに二回目は俺が関東大震災を思い出した後に、それを説明するために開かれた。

 その時から元老とかいう威圧感が半端ない二人のおじいさんが参加している。

 視線で人を殺せるんじゃないかという迫力だ。きっと維新の時に人を殺したに違いないと思う。

 さらに今回から外務大臣も参加している。

 そして、米騒動の影響で総理大臣が変わっている。


 ということで今回の出席者は政府四名、陸海軍各三名と元老二名、中尉と俺の十四人。

 議題は対ドイツの講和条件とシベリア出兵をどうするかだ。

 会議は特に揉めることも無くすんなり進んだ。

 決まったのは講和に関することで


・賠償は通貨での額を抑え、現物入手を増やす

・優先すべきは発動機、航空機、無線、電子機器、銃器、車輌 等々

・形態は特許、製造権、設計図、現物、製作機械治具、技術者の役務 等々

・上記とは別に潜水艦二隻を入手する。設計図も可能な限り入手する

・山東半島は積極的確保を行わず他国へ譲り、もって代価の獲得を図る

・同時に日本が突出して中国進出する意図が無いことを他国へ知らしめる

・その相手先は英国、米国、仏国の順とする

・他国譲渡が不首尾の場合、中華民国への有償返還を交渉する

・山東半島への日本人進出は極力抑制する

・山東半島の譲渡、返還が決定次第、現地占領軍は迅速かつ円滑に後継勢力へ統治を引き継ぎ撤収する

・早期に対華21カ条要求の山東省に関する部分の撤回を公表する


 まだウラジオストックと北樺太を占領しているシベリア出兵に関しては


・他国と強調し極力早期撤収を図る

・北樺太からは順次撤退する

・ロシア領内在住の邦人へ引き揚げを勧告する

・赤白ロシア両軍に対して不干渉を図り、人道的見地から民間人の救護のみ行う


 その他として


・暗号の使用については十分留意する

・講和、シベリア出兵の措置に関して国内で反対活動を行う勢力に関して事前に予防措置を取る

・この件に関して御前会議を開き天皇陛下のご裁可を頂く

・以降の国家の方針については講和条約締結後に改めて策定する



 などが決まった。

 やけにすんなり決まったと思ったら、事前に中尉が入念な根回しをしていたそうだ。


「私以外に動ける者はいない」と中尉。


 俺のことを知る人間で自由に動けるのは中尉しかいないから当たり前と言えば当たり前か。

 それに今度の総理は平民出身で外務省勤務経験があり、国際感覚に優れてるのも関係あると思う。


 そして、年が変わって大正八(1919)年。

 この世界で迎える初めての新年。

 朝食は少し豪華だった。そして、昼からは中尉がお節料理を持ってきてくれた。

 それで二人でお節をつまみながら、お酒を飲んだ。

 この世界での酒は初めてだ。

 俺はあまり強くないので付き合いでしか飲まなかったから。本当に久しぶりだ。

 酔いも手伝って中尉のプライベートに探りを入れてみる。前から聞きたかったが、なかなか聞けなかったんだ。


「この料理って、中尉の奥さんが作ったんですか?」

「私は独身だ。これは嫁に行った妹に作らせた」

「結婚してないんですかぁ、いがいー、モテそうなのにー」

「貧乏中尉に結婚は無理だ。それに去年、やっと妹を嫁に出したばかりで金が無い。それに今はお前の面倒を見ているから、もうしばらくおあずけだな」

「中尉って何歳なんですかぁ」

「数えで二十七」

「ということは?」

「お前風の言い方だと今年で二十六になる」

「にじゅーろくー。ということは……、なんだー、俺とタメじゃないですかー、てっきり年上だと思ってたのにー、損したー」

「タメ? なんだ、それ」

「同い年ってことですよー。これからも、よろしくー、はははははぁーー」


 こうして元日は楽しく過ぎた。だけど、正月明けで中尉に初めて会ったとき少し視線が痛かった。



 七月。

 講和条約ではほぼ日本の希望がかなった。


 日本はいちはやく山東半島の利権売却をイギリス、アメリカへ内密に打診。

 英国は現地の対外感情悪化を懸念して回避。

 どうしても中国進出の足場が欲しい米国が代わりに手を上げて、五千万円相当の現物提供と引き換えに譲ることが決まった。現地資産で日本へ持ち帰れない物込みの値段だ。

 これは元の世界の物価で言うと四千億円もの高額になる。

 交渉途中では支那が大反対したが、米国が説得した結果、承認することになった。

 中尉によると


「米国から武器供与の話でもあったのだろう。内戦で武器はいくらでも欲しいだろうからな」


 ということらしい。

 また賠償問題では一部現物支払を求めてドイツとの交渉を進め、各種技術と現物と潜水艦二隻の入手に成功した。

 もちろん、ここには俺がお願いしていたディーゼルエンジンの製造権、製造機械、技術者派遣が入っている。

 ちなみに船舶用のディーゼルはあるけど、車輛用の小型はまだないらしい。どうしよう、日本で開発できるのかな。

 他にもガソリンエンジン、航空機、無線機もあり、一年以内にはすべてが日本へ届く予定になっている。

 そして、まだ決定していない賠償金交渉では現物分減額されることになっている。


 他にも、南洋の島々が日本の信託統治下に入ることが決まった。

 日本は北東ニューギニア、ソロモン諸島の取得も狙ったが、オーストラリアと近いことから英国が難色を示す。それで日英同盟継続を考えている日本はすぐに引き下がった。



 講和が俺の言ったとおりにほぼ決まり、ますます俺に対する信頼が高まったはずで、俺はホッとした。

 そして俺はいつも通りの生活を続けてた。

 すると、突然、中尉に横浜まで呼び出された。

 そこには自慢げな顔をした中尉と一緒にキャタピラー式の車輌があった。

 まさか、あれは、ネット上の小さな写真でしか見たことの無い……。


「お前のために手に入れてやったぞ」

「これは……」

「アメリカから手に入れたホルト社製のキャタピラー式牽引車だ。作るんだろ、ユンボ」

「俺に……、くれるの……」


 突然のことに声が震えてしまう。


「馬鹿を言うな、やるわけないだろう。これを元にユンボを作れ。あの機械が多数あれば戦争のやり方も変わってくるだろう。工場はまた今度紹介してやる」


 思いもしなかったことに中尉が手を回してユンボの元になる車輌を手に入れてくれたのだ。

 これから○菱へ送って、そこで俺が協力して国産ユンボを作れと言うことらしい。

 ちなみに○松製作所はまだできてないので仕方なく○菱だ。俺としたら重機は○マツ、その次が○菱と○立なんだけど、まだ会社が無いんだから仕方がない。

 元の世界だと戦後○菱がキャタピラー社のライセンス生産で重機を作る。

 そして、このホルト社は後に別の会社と合併してキャタピラー社となるのだ。

 元の世界と似たようなことを、こっちの世界でもやることになるとは、運命の不思議を感じる。


 俺の物にできるわけじゃないけど、それでも大感謝。大好き、中尉。抱きしめてチューしてあげたいくらい嬉しい。

 これで、この世界での俺の目標、国産ユンボ開発に目途が立った。

 でも、なぜ中尉は俺がユンボを作りたがってるって知ってるんだろう。言ってないはずなんだけど。超能力でも持ってるんじゃないか。



 牽引車を買ってくれるくらいだし、俺の待遇は今後良くなるのかと思って、気になってたことを中尉に聞いてみた。


「あのー、中尉、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ」

「俺の給料ってどうなってるのかなぁーって」


 思いっきり低姿勢で中尉を怒らせないように言った。

 これも高校時代に磨いたヤンキーを怒らせないで話しかけるテクだ。


「食事も衣服も支給しているだろう。それに必要な物は買っているはずだ」

「でもぉ、やっぱりぃ、お小遣いとかぁ、自由になるお金が欲しいというかぁ……」

「お前は戸籍が無いんだぞ。そんな人間にどうやって給料を払うんだ」


 うわああああぁー、そう来たか。来ましたか。

 それは考えてなかった。

 戸籍なんてコンピュータ化されてるわけじゃなし、偉い人が一声かけたらすぐにできるだろう。

 絶対、給料を払いたくない言い訳だ。


「じゃあ、俺は、一生あの部屋に住んで、給料無しですか」

「まあ、しばらく待て。その内に戸籍を作って、住む家も用意してやる」

「ほんとに、お願い。俺、死ぬまで、このままなんて嫌だから」

「あぁ、分かった。分かった。だから、お前はユンボ開発をがんばれ」


 俺ってユンボを開発するまで戸籍を作ってもらえないんだろうか。悲しい。

 あぁ、頑張るしかない。



 そして、この頃から俺はかなり自由に動けるようになった。

 もちろん、メシ係さんの監視付きだし、住んでるのは殺風景な兵舎の一室だ。

 俺の肩書きは外国帰りの技術者ということになっている。

 中尉の紹介で○菱の担当者とも会った。これから、この人と国産ユンボを目指すのだ。


 それから海軍の人とも話をするようになって、呉の海軍工廠にも連れて行かれた。

 急にやることがたくさんできてうれしい悲鳴だ。


 海軍工廠では実物の軍艦を見て大きさに驚いた。想像以上にデカかった。

 それと、軍艦の形が太平洋戦争の時とかなり違う気がする。特に潜水艦は俺のイメージするクジラ型と全く違う。帆を取ったヨットに艦橋? を付けたような形だ。

 あんな形だと水の抵抗が大きすぎてスピードが出ないんじゃないか。

 それから、ここで一番驚いたというか訳が分からないことがあった。


 鋲打ちだ。


 最初は何をしているのか意味が分からなかった。

 鉄のキノコみたいな円柱を真っ赤になるまで火で焼いて、一人がそれを上に投げる。危ねっと思うと、上で別の人がキャッチして穴にハメる。それを別の人がハンマーでドゴンドゴン叩く。その反対側では別の人が板で抑えてる。

 デザイン的な物ではないようだし、さっぱり意味が分からない。


「あれは、何やってるんですか?」と案内の人に聞いたら

「鋲打ちですが……」


 何を当たり前のことを聞くんだという顔をしている。

 詳しく話を聞くと鋲打ちと言って、ああやって鉄板同士をつなげるそうだ。

 いやいや、鉄って溶接で繋げるんじゃないの?

 こんな繋げ方初めて見た。いや、そういえば、昔、溶接の授業で聞いたかもしれない。

 んっ。ということは、ゼロ戦で空気抵抗を減らすためにナントカの頭を平らにしたとか聞いた気がするけど、鋲のことなのか。


 実を言うと俺は溶接の資格も持ってる。高三の夏休みに就職に役立つからと先生に騙されて取ったのだ。

 ガス溶接とアーク溶接の二種類。

 実際は就職には全く関係なく、就職してからも必須ではなかった。

 でも、溶接は持ってれば便利で、プロほど上手くなくてもそれなりに使える技術だ。


 例えば重機をぶつけてへこませてしまった時。へこんだ部分に溶接でフックを取り付ける。それをゆっくり引っ張るとボコンと前に出る。後はフックを溶接で取って、ハンマーで叩いて微調整して、色を塗って、お終い。これで跡はけっこう目立たなくなる。

 社内に溶接ができる人がチラホラ居るので、最初は教わりながら一緒にやって、途中から俺一人でやるようになった。

 他にも現場で使う機会はチョイチョイあるので、俺はそこそこ溶接が使える。


 そんなんで溶接は身近なので、鉄をつなげるのに溶接を使わないなんて考えられない。

 案内の人は溶接を知っていたが、日本では使える人がまだ数えるほどしかいなくて、ましてや、造船では全く使われていないそうだ。


 この時、中尉は付いてきてなかったが、後日メシ係さんから聞いたみたいで溶接の先生を連れてきた。

 俺は溶接の先生の先生までやることになった。俺程度の半端な知識と技術でも日本では最先端なのだ。

次章は5/17(土)19時に予約投稿しています。

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