<第七章 粘土>
十月になっても俺はあまり変わらない生活をおくっていた。
中尉と話をして、視察へ出かけ、メシ食って、新聞や雑誌を読んで、寝る。
新聞によると米の値段が上がったりして、不穏な感じがしてるけど俺には全く関係ない。
だって、一人で出かけることは無いし、買い物することも無い。
そうそう、給料は貰ってません。どうなってるんだろう。メシはタダだし、着る物も支給されてる。必要な物は言えば買ってきてくれるから良いんだけど。
死ぬまでこのまんまという訳にもいかないし、一度中尉とはじっくり話す必要がある。
ある日、他の陸軍基地へ連れて行ってもらった。
大砲を見せてもらったが、俺の思ってたのと違う。
なんか、ナポレオンとか南北戦争とか明治維新の映画で出てきそうな物だ。オモチャっぽい。
色々驚いたことはあるけど、中でも一番は馬が多いことだ。
戦車やトラックが普及する前は騎兵が居たのは知ってるけど、他にも馬が数十頭単位でいる。大砲や荷物を載せた馬車を引っ張るのに使うそうだ。戦争で馬車? つい笑いそうになった。
戦争映画はたまに見てたけど騎兵以外で馬が出てきた記憶が無い。あと、十年ちょっとで満州事変なのに、こんなので良いのか。日本だけじゃないの。一応外国がどうか聞いてみたら似たようなものらしい。
映画だとアメリカもドイツもソ連もトラックで移動してるイメージだから、やっぱり日本だけこれから遅れていくんじゃないかな。
それから戦車があれば見てみたかったけど、まだ、日本にはないそうだ。この時代のキャタピラとか見てみたかった。残念。
初のキャタピラ式のユンボは1912年の発明だから日本にあってもおかしくないけど、まだまだ日本にキャタピラは普及してないのだ。
本当に大丈夫か日本軍。
何が何でも絶対に戦争はしない方が良いんじゃないの、というのが陸軍基地を見た実感だ。
そこで俺は少しでも協力しようと粘土で見本を作ることにした。
俺は粘土が得意なのだ。子供の頃から粘土でユンボやダンプを作って遊んでた。
中尉に粘土を頼んだら芸術で使いそうな硬い粘土を持ってきた。これではやりにくいので、慣れ親しんだ小麦粉粘土を自分で作ることにした。
目の細かい小麦粉と油と水。これで小麦粉粘土はできる。
この基地に小麦粉は無いかなと思ったら、あった。パンを食べないのに小麦粉が良くあるなと思ったら、そういえばウドンは小麦粉から作るんだった。
小麦粉に油と水を少しずつ混ぜながら、好みの硬さになるまで練る。簡単。これで完成。ほっとくと硬くなるので作り置きはしない。
こうして俺は時間がある限り、粘土で色々な物を作った。
まずは建設機械。
ユンボは実物があるけど、大きさの比較の為に一応作る。それから、大切なダンプカー、ユンボの友だ。
そして、ロードローラー、クレーン車、ミキサー車、ユニック、ブルドーザー、縦穴用の掘削機、杭打機。ユンボの敵(仕事内容が一部かぶる)のショベルローダーも一応作る。それから、建設機械とは違うけどフォークリフト。こんなところか。
一通り終わったので、次は中尉の興味がありそうなミリタリー系を作ってみる。
ゼロ戦、大和、日本の空母、B-29、F4ファントム、A-10、アメリカの原子力空母、自衛隊の潜水艦、タイガー戦車、ロンメル(正式名称は知らない。昔ロンメルと呼ばれてたと知って以来、俺の中ではロンメルになってる)……。
このあたりは、うろ覚えでも大体の形が作れた。
実は模型雑誌を定期購読していたのだ。元々は工作機械のプラモ情報を入手するためだけど、暇な時はパラパラめくって見てた。だから、有名どころは何となく覚えてる。
T-34とM4戦車は一応作ったけどなんかしっくりこない。どこが違うんだろう?
この世界では全く参考にならないだろうけど、F-15、F-22も作った。
満足いくまで作ったら、中尉に同じ物をもう一組作れないかと言われた。
お安い御用と俺は作った。個室で一人雑誌を読んでるより、ずっと面白い。
そうして出来たもう一組は中尉が持って行ってしまった。今後の参考にするんだろう。
次に粘土を見ながらの中尉の質問が始まった。
名前から始まって、国とか、使い方とか、値段とか、性能とか。
建設機械だとだいたいの値段は分かる。ユンボは大体トン百万円。俺が乗ってるのは十六トンタイプなので約千六百万円。一般的な十トンダンプで一千万円ちょっと。
さすがに戦車とかの値段は分からない。
それで、中尉が一番興味を持ったのが大和だ。陸軍なのに。
「この下に付いてるコブは何だ」
「バル……、バル何とかバウっていって、これが付いてると水の抵抗が減るんです」
「飛行機を積んでいるのか」
「水上飛行機を積んでますね」
「主砲の大きさは」
「たしか46センチです」
「では、これは何だ」
艦橋の一番上に付いてるものに中尉が目ざとく気付いた。
「レーダーじゃないですか」
「レーダー?」
そこからレーダーの話が始まる。この時代にレーダーはまだ無いそうだ。
この説明が難しかった。だって、この時代の日本で電波使ってるって無線しかない上に、その原理もあまり知られていない。
「電波を出すと――」
「電波とは何だ」
あぁ、そこからか。
電波とは何だって改めて聞かれると困る。俺だって知らない。
「目に見えないんですけど、とにかく、その電波を出すんです」
「それで」
「すると、その電波が敵に当たって跳ね返ってきて、それを受信するんです」
「目に見えないのに跳ね返るのか。それに、ジュシンとは受け取ることか。目に見えない物をどうやって受け取るのだ」
こんな感じで中々話が進まずに苦労した。
それから一週間以上中尉の質問責めが続いた。
どうやら俺の軍事知識を根こそぎ引き出すみたいだ。
とはいっても、俺の知識なんて一般人に毛の生えたくらいしかない。
タイガーの主砲は88ミリだと知ってるが、でもT-34は知らないし、日本の戦車だとチハという名前しか知らない。
それでも、電撃戦とか空挺作戦とか、俺も忘れてたようなことを引き出して中尉は満足げだ。
ちなみに電撃戦の俺の説明は、
「みんなで一斉に攻めるんじゃなくて、戦車とかが敵の弱い所へダァーっと行くんです。それから……、それから、どうするんでしょうか?」
こんなレベルだ。これでも中尉は理解できて、ピンと来るものが有ったらしい。
ひょっとして中尉はとんでもなく頭が良いのかも。
そして、十一月、俺が言ったとおりドイツで革命が起こり、戦争が終わった。
実をいうと、俺は今まで不安だった。戦争が終わるのが1918年ということに自信が無かったからだ。
戦争って四年で終わるんだと漠然と覚えてただけだ。
第一次大戦が1914年から1918年、太平洋戦争が1941年から1945年。両方四年と同じで不思議に思ったのを覚えてた。間違えてなくて本当に良かった。
間違えてたら俺は刑務所に入れられてたか、最悪秘密の内に死刑だったかも。
だって、俺、この世界に戸籍は無いし、親戚も知り合いも一人もいないし、いなくなっても誰も気づかない。
これで、俺の言う未来情報の信頼度が上がったはずだ。
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