<第五章 拝謁>
実演しては歴史を説明するのをあれから二回やった。
二回目の時にはスーツ姿の人が居て、三回目の時には制服がちょっと違う人も居た。
二回目には政府関係者、三回目には海軍関係者が居たらしい。
誰が誰だか教えてくれないから分からないけど、ひょっとしたら歴史上有名な人が居たかもしれない。
そして、なんと、なんと、次は皇太子の前でやることになった。
超、超緊張する。俺にとって皇太子なんかテレビの中の存在だよ。まだ、アイドルの方が身近に感じる。
この時代の天皇って神様でしょ。その子供だよ。神様の子供と話すなんて、どうすればイイんだ。
中尉によると、俺から話しかけるのはダメで、聞かれたことには全部答えて、それ以外は今までと同じで良いらしい。
ほんとかな。『無礼者』とかっていきなり切られたらどうしよう。
そして当日がやってきた。まずはユンボの実演から見せることに。
皇太子は十人ちょっとの人と一緒に居る。
さすがの俺でも誰が皇太子かはすぐに分かった。顔は知らないけど一人だけ若いのが居るから一目で分かる。
そして、俺は緊張しながら、今までより深めに掘ってみました。二メートルはある。垂直面、水平面、角もできるだけ丁寧に仕上げた。やっと俺の腕を全力で出せたので、ちょっと嬉しい。
皇太子が穴に近づいた時、目を合わせたら怒られそうなので、微妙な視線ずらしで直接見ないようにした。
高校時代、ヤンキー相手に磨いた技だ。
それから、全員で会議室へ移動して、今までやったみたいに歴史の話をして、スマホの実演をした。
さて、質問タイムかなと思ってたら、違ってた。
皇太子、お付の人、中尉と俺とスーツ姿の人の五人でちょっと豪華な部屋へ移動した。応接室かな。
それから、戦後の話をするように言われた。中尉もうなずいているので良いのだろう。
なんで、今までダメだったのかな。他の人に戦後の話は聞かせたくなかったのか?
それで、ざっと話した。
戦後の占領、食糧難、朝鮮戦争、経済成長、東京オリンピック、大阪万博、石油ショック、バブル、バブル崩壊、昭和が六十四年で終わって平成になってと、元の時代のことまで一通り話したら、皇太子が低い声で呟くように言った。
「そうか、昭和、平成と続いていくのか……」
ここで俺は気が付いた。
あれっ、良く考えたら、この人、昭和天皇になるんじゃないか。今になって気が付いた。
そういえば教科書に載ってた写真とどこか似てる気がする。あの、マッカーサーと一緒に写ってた写真。
ということは、俺はこの人の寿命について話したことになるのか。複雑な心境だ。
あぁ、それで、今までは戦後の話をしなかったのか。ようやく理解した。次の天皇の寿命は秘密にしたいよな。
俺も自分の寿命を他人に知られるのは嫌だ。
質問タイムが始まって、色々聞かれた。質問の多くは元の時代の生活についてだった。
徴兵性が無いこととか、少子高齢化とか、メタボが問題になってることとか、意外なところに食いついてきた。
もっと、科学の進歩とか外国との関係に興味があるのかと思ってた。
「では、日本は戦争をしてないのだな」
「はい、私の知る限り戦後は戦争で日本人は死んでないはずです」
「そうか……、そうか……」
皇太子はうん、うんとうなずいている。
ここでお付の人が小声で皇太子に何か言って、お開きになった。
「今日は、ご苦労だった。これからも、時折話を聞かせて欲しい」とのことだ。
正直お断りしたいけど、そんな勇気俺には無い。
後日、改めて会合が開かれた。今度は出席者を教えてもらえた。
政府から三名。総理大臣、内務大臣、内大臣。
陸軍から三名。陸軍大臣、参謀総長、教育総監。陸軍三長官というそうだ。
海軍から三名。海軍大臣、軍令部長、元連合艦隊司令長官。こちらは海軍三長官。
この九人に中尉と俺を含めて十一名。
でも、大臣とかが偉いのは分かるけど、教育総監というのが、ちょっと変に感じる。総監というのが警視総監と同じとして、名前から陸軍の教育関係で一番偉いんだろうけど、それがトップスリーの一人だというのは不思議だ。
これからはこのメンバーで集まるのだ。
そして、この会合の名前が決まった。
玉串の会。
俺の名字の一字、榊から名付けたらしい。もっとカッコイイのにしたら良いのに。
他に決まったことは、
・今後会合の内容は極秘で出席者以外には情報を漏らさない
・天皇陛下と皇太子には内大臣が伝える
・既に俺のことを知っている人間には厳重な箝口令を出す
・玉串情報(俺が話したこと)から個人的な金儲けをしない
たしかに、最後のは大事だ。俺も少しだけ考えてたのに、先に釘を刺されてしまった。今から土地とか株とか買ったら凄く儲かると思ってたのに残念。
それと、未来がはっきりするまで――要するに俺の言うことが当たるまで、現状を維持し大きな動きをしないことも決まった。
まあ、確かに、いくら未来の物を見せられてもすぐには信用できないよね。
当面の問題としてシベリア出兵は積極的出兵論を抑え、他国協調と消極的参加で行くと決まる。
ここで俺から一つお願いをした。
「もうすぐ戦争が終わりますが、その時ドイツからディーゼルエンジンの技術を入手できないでしょうか」
概略の仕組みは分かるけど、細部となるとさっぱりだ。できれば技術者ごと引っ張って来て欲しい。国産ユンボの為には絶対欲しい。ユンボには腹に響く重低音がかかせない。燃費も良いしね。
この時代の建設機械の情報は中尉にお願いして入手済みだ。ディーゼルエンジンがまだ日本ではほとんど使われていないことも分かってる。
「それは、必要な物なのか」と陸軍大臣。
「はい、将来建設機械のほとんどがディーゼルエンジンで動きます。トラックもほとんどがそうです。今後のことを考えたら絶対に必要です」
「分かった。神崎中尉、後で詳しい理由を提出するように。それで、他に確保すべき技術は無いのか」
「すみません、建設機械以外のことは詳しくないんです。でも、将来のことを考えたらガソリンエンジンの技術も必要なんじゃないでしょうか。飛行機も戦車もエンジンで性能が決まります。それに、戦後乗用車はガソリンエンジンが主流になります。特許、製作機械、技術者、何でも買い占めた方が良いと思います」
これからドイツは多額の賠償金が払い切れなくなる。それなら代わりにすぐ手に入るエンジン技術を特許、製作機械、技術者ごともらったほうが良い。
ついでに山東省を放棄して米英仏のどこかに譲り、代わりにすぐに役立つものを貰うのも良い。
ちなみにガソリンエンジンや山東省がというのは中尉の考え。なんか中尉に利用されてる気もすけど、このくらいなら何ともない。
「よし、ではそのことも報告を上げるように」
これで国産ユンボに一歩近づいた。
今回思ったけど中尉とはもっと科学技術系の話をしたほうが良さそうだ。
この時代の人はかなり技術に疎い。
まだ若い中尉でさえエンジンの空冷と水冷の違いや2ストと4ストの違いを知らなかった。
できるだけ早く各種エンジン技術を手に入れて、国内技術を育てないと国産ユンボが完成しない。
それに、次の戦争に間に合わない。
でも、間に合うのか。やっぱり、戦争は何が何でも回避したほうが良い気もする。
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