<第四十七章 米本土攻撃>
昭和十七(1942)年一月。
今年の正月も昨年同様、自宅で祝うことができた。
今も海外に居る兵隊さんには少し申し訳ない気がする。特にハワイで頑張っている顔なじみの工兵部隊の人達は元気でやっているだろうかと気にかかる。
お屠蘇を飲み、お節を食べ、小さな幸せを噛みしめていると、中尉が年始の挨拶にやって来た。
「あけましておめでとうございます」
長女次女はお年玉をもらえるので嬉しそうに挨拶している。三女はまだ小さくてお年玉が分かってないが、上の二人が喜んでいるので、つられてはしゃいでいる。
ただ、中尉はパナマ作戦のことが気がかりなのか、いつもより元気が無い。
にじみ出てくる威圧感みたいなものが減ってる気がする。
早くいつもの中尉に戻って欲しいものだ。
正月早々生臭い話をするのは気が引けるし、藪蛇になったらいけないので、差しさわりの無い世間話をして終わりにした。
うちの子供達からエネルギーをもらったのか、中尉は帰る時に少しだけ元気になったよう見見えた。
正月明けから工場は忙しい。
戦争は終わりが近いという空気が広がっているが、工場では依然として二交代制の全力生産が続いている。
戦争特需が終わったら重機が余るのではないかと思ったので同僚に聞いてみた。
すると、戦争で破壊された分の追加購入や海外輸出が見込めるので、新工場ができるまで現状の体制を続けるそうだ。
特許が切れる前に市場を占有し、同時に大量生産でコスト削減を図るつもりらしい。
この戦争でユンボの利便性が世界へ伝わっているのだ。
営業の人間は戦争が終わったら世界中へ売り込もうと鼻息が荒い。
さらに、四年前に新工場を建てたばかりなのに、またもう一つ新工場を計画している。
さらに、輸出に便利だからとインドへの工場進出も考えている。
こうなってくると、元一般人の俺には付いていけない。
調子に乗って作り過ぎないことを祈るだけだ。
ということで俺の仕事はいつまでたっても楽にならない。
だが、戦争はまだ終わっていない。
遠く離れた異国で戦っている日本人も居るのだ。贅沢は言ってられない。
『欲しがりません、勝つまでは』なのだ。
二月。パナマ作戦が始まった。
時期は一切知らなかったが、始まったからもう良いだろうと中尉が教えてくれた。
「どんな作戦なんだ」
「簡単に言えば、パナマ運河両岸同時上陸作戦だ。
イギリスがカリブ海側から、日本が太平洋側から同時に上陸する」
「そんなことが上手くいくものなのか」
「正直、やってみないと分からん。不確定要素が多すぎる。
そもそも、同一日に運河沖に集結すること自体ができるかどうか。
片方が悪天候なら、それでしまいだ。
一応、前日や開始直前に短時間通信で連絡を取り合うらしいが」
「無電を打ったら場所がバレるだろう」
「そりゃ、第三国の船を偽装するさ。現在でもパナマ運河は中米の国が使っているからな。
無電の偽装ができないことは無い」
「そうか」
「作戦を最初から説明すると、作戦は三段階で行われる。
第一段はセントローレンス川の封鎖だ」
「セント……、何て川?」
突然外国の川の名前を言われても分からない。
「セントローレンス川だ。五大湖のオンタリオ湖から米国、カナダを通って大西洋に流れている。
今回はこの川のカナダ部分で米国船の臨検を行い、軍需物資の通行を禁止する」
「ふーん」
今一つピンと来ない。
「分かってないようだが、これは大変危険かつ重要な作戦だ。
この川を封鎖するということはアメリカが五大湖周辺で作っている工業製品が船で運べなくなるということだ。
下手したらアメリカがカナダへ宣戦布告するかもしれない。
戦争にならないまでも、アメリカが強行突破したらどうなる。発砲するのか。
そうなったら本当に戦争になってしまう。
ギリギリの状況判断が必要になる作戦だ」
「今まで黙認してきたのに突然禁止すると言われたら、そりゃあアメリカは怒るかもな」
「だから、これは期間限定だ。日英の艦隊がそれぞれ本国を出発して、中継地点へ到着する頃に発表される。
封鎖はあと数日で発表、即日実施される予定だ。
すると、アメリカは間違いなく怒る。
いきなり戦闘を仕掛けてくることは無いだろうが、必ず期限付きで中止を強要してくる。
いついつまでに中止せよ、とな。
大義名分はカナダ側にある。それでカナダには一日でも長く交渉をしてもらう。
不測の事態を回避しつつ粘ってもらう。
交渉が長引くほどアメリカの物流は混乱する。それが狙いだ。
最終的には中止せざるを得ないが、それは仕方が無い。織り込み済みだ。
それと時期を同じくして作戦第二段を発動する。米国北東沿岸への大規模機雷設置作戦だ。
これはドイツ海軍が担当する。
行動可能な全潜水艦を使用して、ノーフォーク海軍基地からカナダ国境までの海域を機雷で埋め尽くす。
その数はざっと千個以上。
これまでは、機雷設置と掃海のいたちごっこだったが、今回はアメリカの掃海能力を超える機雷を一気に敷設する。
それで、一時的にアメリカ大西洋艦隊を封じ込めると同時に、沿岸航路を破壊する。
これも最終的には掃海されるだろうが、時間さえ稼いでくれれば良い。
最低、日英がパナマへ上陸する瞬間に米艦隊が間に合わなければそれで良い。
ちなみにフロリダ半島の付け根にもメイポートという米海軍基地があるが、こちらはイギリス潜水艦が封鎖する」
作戦の前段階からかなり大がかりだ。
イギリスの本気度が分かる。
「そして第三段階の上陸作戦だ。
イギリスはトリニダード・トバゴ他の英国領のカリブ海の島で待機後パナマへ。
日本はサモアで待機。ガラパゴス諸島を経由してパナマへ向かう」
「ガラパゴスって、あのガラパゴスか」
「あのか、どうかは知らんが、エクアドル沖の島々だ。珍しい動物が居るそうだな」
エクアドルの正確な位置は知らないが、多分中米か南アメリカの北の方だろう。
ガラパゴスがそんな所にあるとは知らなかった。
あとで世界地図を調べてみよう。
「ガラパゴスはエクアドル領で、エクアドルは今度の戦争で中立だが、英国政府と話は付いているそうだ。
日英両艦隊はそれぞれ、パナマ到着が同日となるように時期を見計らって出発する。
あとはハワイの時と同じような流れだ。
未明に発艦。現地時間午前七時三十分に空爆開始。一時間後に第二次攻撃を行う。
目標は敵飛行場と対空砲火。要塞砲は今のところ確認されていない。
それから翌朝までに上陸部隊はパナマ沖へ移動。
この後、再び空爆、掃海、艦砲射撃、上陸となる」
「今度の作戦は中尉が考えたのか」
「いや、違う。基本は大本営の作戦課が考えた。
俺はガラパゴスを経由したほうが良いとか、カナダに妨害活動をしてもらうように依頼したほうが良いと私見をいくつか述べただけだ。ほとんどが俺の元部下たちの立案だ」
「ということは中尉の元部下は優秀なんだな」
「ああ、奇想天外な作戦は思いつかんかもしれんが、堅実な作戦なら十分以上に力を発揮するやつらだ」
「最後に一つ聞いていいか」
「ああ」
「今さらな質問だが、最初に話を聞いた時から分からないんだ。どうして占領なんだ。どうして破壊しないんだ。壊す方が簡単だろう」
「そのことか。
確かに破壊したいところだが、それだと中南米の国を敵に回すことになる。
あの運河を使うのはアメリカだけじゃない。中南米の国にとっても生命線になっている。
運河破壊はせっかく我らの方へ傾きつつある国をアメリカへ押しやることになる。
だから破壊は最後の最後の手だ。
上陸作戦が失敗した場合は航空攻撃又は艦砲射撃で破壊することになっている」
そうだったのか。スッキリした。
俺が考えるようなことは、軍の人もちゃんと考えているのだ。
こうして俺はパナマ作戦の話を聞き、それから落ち着かない一週間を過ごすことになった。
作戦の話を聞けないのは、つまらない。だが、話を聞いてしまうと結果が気になって仕方なくなる。
贅沢な悩みだ。
それから十日後、中尉からパナマ作戦の結果を聞くことができた。
参加兵力
日本:空母四、戦艦三、重巡二、軽巡二、駆逐艦二十八、護衛艦十、補助艦艇三十、潜水艦十八、艦載機二百九十
英国:空母四、戦艦八、巡洋艦十六、駆逐艦六十、護衛艦五十二、補助艦艇五十、潜水艦三十二、艦載機百八十、輸送船百三十
「イギリスは大艦隊だが日本は戦艦が少なくないか。それに空母はもう一隻あるだろ」
「そうだ。だが、出し惜しみじゃない。仕方ないのだ。
空母土佐は艦載機をハワイへ置いてきたので、再編成が間に合わなかった。
長門陸奥は石油不足だ。タンカーが足りない。
イギリスは今回の作戦の為に石油を提供してくれるが、シンガポールまで取りに行かねばならん。
ハワイ作戦で国内備蓄が大幅に減った後だ。長門陸奥は諦めた。
代わりに修理の終った金剛榛名を使う」
「そうか。それで」
「今回の作戦はアメリカの対応次第のところがあったからな。
サモアはパナマから遠いから、日本は英国艦隊出港より先にサモアに集結した。
この時点で、日本の目標はパナマだと教えているようなものだな。
他の場所を攻撃するならハワイから行ったほうが早い。
実はパナマも最短距離で行くならサモアよりハワイの方が近い。ただそれだと米本土近くを通ることになるので避けたみたいだ。
太平洋側の陸軍主力はアンザックだから、サモア経由の方が奴らを連れて行きやすいというのもある」
「アンザック?」
「オーストラリアとニュージーランド陸軍のことだ。頭文字をつなげるとアンザックになる。
それでアメリカは、イギリスでの大船団準備の動きも掴んでいるだろう。となると大規模な作戦を予想する。
そして、英国艦隊の出撃だ。
ここで米国がどう考えるか。
英艦隊の攻撃目標としては複数考えられる。
日本が陽動であり、英国が主攻で米本土北東部またはキューバ周辺。
日英共同でのパナマ攻略。
フロリダの海軍基地も可能性はゼロじゃない。
米残存艦隊壊滅という線もある。
そこへ、カナダの臨検開始だ。さらに英独の潜水艦の出没情報が急増する」
「前置きが長いぞ。アメリカはどうしたんだ」
「待て、待て、焦るな。
アメリカは主力を北東部防衛に付けたようだ。
他の場所は現有戦力で戦うということだな。
キューバやパナマを攻撃されてもアメリカは耐えられるが、ノーフォークやニューヨーク、ワシントンを攻撃されたら耐えられん。
大統領や軍の責任問題になる。
そうしたところで、英国艦隊の行き先はカリブ海らしいという情報が入る。
米海軍は急いでカリブ海へ向かおうとするが、それを英独の潜水艦が妨害した。
結局、米軍はカリブ海の戦力増強が間に合わなかった」
「ということは、作戦は成功したのか」
「それがそう簡単にはいかなかったのだ。
パナマだけで二百機以上、キューバ周辺は四百機以上の航空機が居る。
かなりの激戦だったみたいだ。
我が軍は大した抵抗も無くパナマ沖に到着。
英国も作戦期日に間に合い、天佑なのかほぼ同時攻撃に成功した。
初日は日英の攻撃で敵飛行場の破壊に成功。地上で撃破した敵機も多い。
だが、完全な奇襲ではなかったから、我が方の被害もそれなりに出た。日本側だけでざっと九十機の損害だ」
「多いな」
「ああ。だが、想定内だ。
そして、上陸作戦が行われた。
日本はパナマ市東方の海岸へ上陸。そこはパナマ領だが、パナマ側の抵抗はほとんど無かったそうだ。
パナマ国民はアメリカを嫌ってるからな。敵の敵は味方というやつだろう。
そして、上陸部隊はパナマ市を抜けて運河へ向けて進撃。米軍との戦闘が始まる。
そこからはアンザック五万人が主力だ。
戦闘はかなりの接近戦となった。
アメリカの管理地域は運河両岸の狭い範囲で大型砲は使いにくい。
パナマ領で被害が出ると、戦後に問題となるからな。
それに山も多い。
日本もパナマ運河を壊せない上に、運河上には第三国の船も居る。艦砲射撃はあまり使えず、航空攻撃を主に敵を攻撃した。
今回もあの艦上襲撃機を十二機持って行ったが、それが活躍したそうだ。
あれはこういった特殊な戦場ではそれなりに使える。爆撃よりも機銃掃射の方が誤爆は少ない。
お前に見せたことがある、あの携帯噴進砲も随分役に立った。
今回アンザックへ特別に供与して、サモアで簡単に訓練してから行ったのが良かった。
ハワイ作戦用に置き場所に困るくらい作ったからな。その残りを渡したんだ。もちろん有償でな。
そして、上陸初日は河口付近を確保。二日目からは内陸部へ向けて掃討戦に入った」
「イギリスの方はどうだったんだ」
「大西洋側には上陸に適した場所が少なくて、英国が選んだのは運河から東に十五キロ離れた小さな漁村の海岸だ。
上陸自体は上手くいったが、そこから山の中の悪路を進まなくてはならん。
初日は河口の町コロンの郊外へ到達するので一杯だった。
二日目は準備万端整えた米軍との戦闘だ。
英国は実戦経験のある精鋭を投入していた。
米軍は地の利があるとはいえ、実戦経験の無い二線級部隊だ。
激しい戦いだったようだ。
在パナマの米軍主力が大西洋側に居たことも英国が苦戦した理由の一つだな。
そして英軍へさらなる被害が出た。
おそらくジャマイカから飛んできたB-24に英国艦隊が攻撃された。
イギリスの対空装備はあまり優秀じゃない。輸送船を中心に被害が出たようだ。
そして、三日目には敵主力をコロン内部へ押し込め、ガツン閘門東岸へ進出できた。
だが、運河西岸や内陸部へ逃げた敵は追うことができず、すでに膠着状態に陥りつつある」
「それで運河は今どうなっているんだ」
「一応、両出口は我らが抑えているが、運河中央部はまだ米軍の勢力圏下だ。危険で誰も通れない状態だな。
この状態が長期間続くようなら国際問題になるだろう」
「ということは作戦は失敗なのか」
「そうとも言い切れん。
日本としては、米国の海運を断ち切ったのだから目的は達している。国際問題うんぬんはイギリスへおっかぶせれば良い。
イギリスも戦後の利権主張の為の足場は作った。
後はできるだけ早く通航可能にして、いかにして防衛するかだ。
パナマ運河はジャマイカからの爆撃圏内に入っているからな。
アメリカは破壊しようと思えばいつでも破壊できる。イギリスがそれを防ぐのは難しい。
それにアメリカが奪還しようと思えば、大西洋側はやってできないことも無い。
最終的にはアメリカが決定権を握っているということだ」
戦争というものは上手くいかないものなんだとあらためて思う。
向こうも必死にやっているのだから、それが当たり前なのだろう。
「ところで、アメリカの艦隊はどうしたんだ。パナマへ来たのか」
「いや、途中で引き返したらしい。
艦隊の半分が新兵の状態ではまともに戦えんのだろう。
大西洋には機雷を設置した英独の潜水艦がそのまま残っている。
米海軍は対潜行動もまともにできんそうだ。
代わりに、キューバの航空機を増強していると情報が入っている。
パナマが落ち着くのはもうしばらく先だな」
「そうか。なら、日本軍が帰って来るのはまだ先なんだな。ご苦労なことだ」
「いや、もう帰ってる途中だぞ」
「えっ、でも、まだ終わってないんだろ」
「後はイギリスの責任だ。
我が軍は分解して持って行ったゼロ戦三十機とその部品と弾薬、残りの携帯噴進砲を全部置いて引き上げた。
航空機の整備兵が技術指導に少し残っているが、後は連絡要員が若干残っているだけだ。
残りたくても輸送力の限界だから仕方が無い。
食料はオーストラリア、ニュージーランドから支援を受けているが肉と小麦が主体でな。
小麦をもらっても、毎日ウドンでは兵が反乱を起こす。それにパン用の小麦はウドン作りに向いてないらしい。
日本兵は米、味噌、醤油が無いとどうにもならん。これらは自前で運ばなければならない。
それに油も足りん。軍艦は何もしなくても油を使う。運ぼうにもタンカーが足りん。
帰るのがギリギリだ。しかも、油不足でトラックで一週間足止めをくらいそうな状況だ。
イギリスには一人でもう少し苦労してもらう。
今回の買い物はイギリスにとって高いものになるだろう」
腹黒具合では中尉に負けてないイギリスのことだから、その辺りも踏まえての作戦だったのだろう。
それでもパナマが欲しかったのだ。
昭和十七(1942)年六月。
短い休息の後、日本海軍は次の作戦を行う。
シアトル空襲だ。かなりの被害が出るだろうが一度はやらないといけない。
米国民に西海岸は安全ではないと思わせるのだ。
シアトルには海軍造船所やボーイングの工場がある。これを叩く。
連合艦隊が一旦ハワイに集結した。
空母五隻、戦艦五隻のそろい踏みだ。太平洋にアメリカの艦艇はほぼ居ないので文字通りの全力出撃。
護衛艦隊と沿岸警備、慣熟訓練中の新艦を除いてほぼ全てが集まっている。
この日の為に、民間への石油供給を減らしてまで準備していた。
残念なことにパナマ作戦で艦載機搭乗員が不足している各空母は定数を割ったまま参加している。
正確に言うと、艦載機は定数載せているが搭乗員が機体の八割分しか居ない状態だそうだ。
その戦力不足を補うため二式戦闘機乙型の増加試作機十二機が参加している。
二式戦闘機
1580馬力、最高時速580キロ、武装20ミリ機関砲×2、13ミリ機銃×2、航続距離1380キロ(増槽無し)。2460キロ(増槽有り)
一人乗り
この二式戦闘機乙型はB-17を撃墜できる艦上戦闘機という発想で開発された。
その為に二十ミリ機関砲二門を翼内に搭載している。高速、重武装、重防備の考えだ。
反面、一式と比べて格闘性能と航続距離で劣っている。
また、九七式から一式までは陸海で機体は共通だったが、この二式では最適化を図るため機体に一部違いがある。
今回、この機体に教官級の搭乗員を乗せている。
全員搭乗時間が二千五百時間を超える化け物みたいな人間だ。中には三千時間を超えるのも居る。
噂だと目隠ししたまま空母から発艦して、上昇して左捻り込み、無線の指示を受けながら目隠しのまま着艦できるそうだ。
さすがに嘘だろうが、突拍子もない噂が出る位の腕前なのだ。
「しかもだ、この部隊には実際のB-17を飛ばして訓練させている。
攻撃方法は生物と数学の学者に協力してもらい編み出した。
人間は斜め方向の角速度の変化に追従しにくいということで、左右後方上空からの一撃離脱だ。
敵が弾を当てにくいということはこちらも当てにくいということだが、熟練のやつらならやるだろう」
と中尉はかなり自信を持っている。
「教官を引き抜いたらまずいんじゃないのか」
「今度の作戦で戦いはほぼ終わる。
終わらせねばならん。
だから、今さら教育が三か月ほど遅れてもどうということは無い。
それに戦争が終われば搭乗員も余るのだ」
まるで背水の陣みたいな考えだ。
中尉は最終決戦の覚悟をしているみたいだ。
しかし、作戦が失敗したら、成功してもアメリカが屈服しなかったら、どうするんだろう。
都市を一つ爆撃されたくらいで停戦に応じるだろうか。
元の世界の日本はあれだけ空襲されても簡単には降伏しなかった。
アメリカ人に大和魂は無いかもしれないが、フロンティア・スピリットというか征服欲は凄く強いはずだ。
最後の一押し、二押しが必要だと思う。
元の世界の終戦は知ってる限りを中尉に伝えてある。何か考えていると信じよう。
「作戦は七月に行われた。シアトルは夏以外は雨が多い街らしい。雨の少ない時期を選んだんだな。
街は太平洋から百キロほどピュージェット湾が入り込んだ先にある。
普通に太平洋側から攻撃したのでは敵に迎撃準備の時間を与えてしまう。
そこで、カナダ沿岸をバンクーバー島まで近づき発艦。第一次、第二次それぞれ百二十機で合計二百四十機の編隊だ。
編隊はカナダ領を通り島の影に隠れレーダーを避けながらアメリカへ接近。
そして、国境を超えると同時に高度を上げてシアトルへ突っ込んだ。
もちろん、カナダとはイギリスの仲介で事前に非公式で交渉済みだ。
作戦後、カナダは形式的に日本へ抗議している」
現時点でもカナダは一応中立国となっている。
三か月前のセントローレンス川での臨検実施以来、アメリカとの仲は冷え込んでいるが、戦争にはなっていない。
アメリカもこれ以上敵を増やしたくないなどの理由があるのだろう。
その中立国を通過するのだから、事前協議が必要なのだ。
何か言い訳を作っておかないと、米国へカナダ参戦の口実を作ることになるからだろう。
その位は俺にも分かった。
「国境からシアトルまで百キロ強。時間にして二十分。
時間との勝負だ。
この時間でアメリカが上げた迎撃機は少ない。
我が軍は戦闘機隊が敵迎撃機と戦っている間に爆撃隊が飛行場を叩いた。
だが、さすがのアメリカだ。飛行場がまるで軍艦のように大量の対空砲や対空機銃が設置されていて、視界が黒ずむほどの弾を撃ち上げてきたそうだ。
第一次攻撃隊は多大な損害を出しながらも、敵飛行場を一時使用不能にして引き上げた。
その五十分後、第二次攻撃隊がシアトルへ襲い掛かった。
目標は海軍造船所、ボーイングの工場、鉄道施設だ。
そこで、飛行場は潰したはずなのに、迎撃機が上がってきた。おそらく、周辺に予備飛行場が何か所か作られていて、飛行機は分散配置されていたのだろう。
その数は我が軍の艦戦とほぼ同数の四十機。機体性能は同等。
アメリカ軍は初陣だが技量は高かった。
対する日本は半数以上は実戦経験があるが、初心者も多い。初心者はベテランの僚機に付いていくのがやっとで、ほとんど役に立たない。
それでも、ベテランは後ろの心配が減るだけでも助かるらしい。
日米は互角の戦いを続けた。
艦戦が奮闘している間に、爆撃隊が目標を叩く。
造船所では建設修理中の船ごとドックを一つ吹き飛ばし、附属工場にも爆弾をばら撒いた。
飛行機工場の方は問題があった。工場が偽装されていて見つけにくいと同時に、複数の工場があり、どれが重要な物か分からなかったのだ。
それで第二次攻撃隊の隊長は次の命令を下した――」
なんか、中尉の話し方がだんだん芝居口調になってきた気がする。
「工場は擬装されている。ということは擬装されている建物を大きい物から順にねらえ。それが主要工場だ、と。
そうして、攻撃隊は擬装工場を爆撃して引き上げた。
この結果はまだ分かっていない。
おそらくボーイングの工場には間違いないだろうが、主工場か部品工場かまでは分からない。
アメリカの防諜が進んでいて、情報入手に時間が掛かるようになっている」
「それで、損害と戦果はどうだったんだ」
「いや、待て、まだ終わりじゃない。
艦隊へB-17が襲ってきたのだ」
「それは、それは」
「奴らは攻撃隊の帰投方向から大体の辺りを付けてB-17を飛ばしてきた。
B-17は爆弾搭載時でも三千キロは飛べるからな。
索敵しながら見つけ次第爆撃なんていう手が使える。
レーダー搭載のB-17が混ざっていたからと思われるが、艦隊は発見された。
第二次攻撃隊収容がもうすぐ終わるという頃だった。
艦隊は全速で逃げると同時に迎撃機をあげる。そして、虎の子の二式戦闘機乙型を出した。
三十分後にはB-17の編隊がやって来た。敵の護衛戦闘機は両手ほどの数しかいない。
一式艦戦だけで十五機上げたので、敵護衛はすぐに蹴散らすことができた。
二式はザコを一式に任せてB-17へ向かう。
一式の十三ミリではB-17は中々落とせないことは分かっているからだ。
そして、B-17と二式の戦いが始まった」
話を聞いているだけでドキドキしてくる。
「B-17の数はおよそ四十。
かなりの数を地上撃破したはずなのに、さらにこれだけの数が来ることに驚嘆せざるを得ない。
B-17は改良されているのか、開戦時と比べると明らかに機銃の数が増えていた。
フィリピンで鹵獲した物よりも増えていて、なおかつ防備も強化されていたそうだ。
その状況下でも二式の部隊は頑張った。
上空から突っ込みながらの射撃だから発砲の瞬間は一瞬しかない。
しかも後方からではなく斜め後方上空からなので見越しも難しい。
搭乗員は何度も突撃と上昇を繰り返し攻撃した。
それで二十機弱を撃破撃墜したが、二十ミリの弾が切れ、残りは指をくわえて見ているしかなかった」
中尉の口調もくやしそうだ。
「B-17が一機当たり爆弾三トンを落としたとして、二十機では六十トンになる。
それが連合艦隊へ降り注いだのだ。
水平爆撃で命中率が低いといっても、これだけ落とせばいくつかは当たる。
その内一発が空母土佐に当たった。
通常空母は同型艦と組を作り、共同で防空する。
だが、土佐は僚艦が居ないので、単艦で行動していた。
もちろん、周りは二重に陣が組まれていたが、二隻の組より対空能力が落ちるのは否めない。
そして、土佐は足が遅いので空母の中では一番後ろに居た。
そんなこともあってか、土佐は一番多くの爆撃を受けることとなった。
敵の爆弾は飛行甲板を直撃し格納庫に到達。
攻撃隊収容後であったため、格納庫は艦載機で一杯であり、すぐに引火した。
さらに逃げ道が無い爆風はエレベータと飛行甲板の一部を破壊してしまった。
他に、土佐の護衛をしていた駆逐艦にも被害は出た。
土佐の火災は収まらず、飛行甲板も使えないことから自沈処理とされた」
「それはもったいない。ハワイまでなら持って帰れたんじゃないのか」
「だがな、ハワイまで四千キロ。時刻は午後三時。B-17の攻撃半径の内側。敵潜水艦が出る可能性もある。
大至急、現場を離れなければならない。
自沈とした艦隊司令は責められん。
貴重な搭乗員はほぼ全員救助できたのだから良しとすべきだ」
「そうだな。で、最終的な戦果は」
「概算だが、
戦闘機が三十にB-17が二十。地上撃破の航空機が百機以上。
ドックに居た駆逐艦一隻を破壊。小型船舶十隻というところだ。
滑走路は一日で直るだろうが、飛行場施設や港は数週間かかるだろう。
損害は艦載機が百三十。これは帰還後廃棄を含む。
空母一隻自沈、重巡一隻大破、駆逐艦二隻撃沈、二隻大中破だ。
艦載機の消耗が激しい。半年は大きな作戦はできんな」
「それで、戦争は終わるのか。アメリカは停戦するのか」
中尉は少し考えてから答えた。
「すぐには終わらんだろう。
当面は地道に通商破壊を続けるしかない。
あとは政治の世界だな」
そういった中尉の顔は腹黒い考えをしている時の顔だった。
付き合いの長い俺には分かる。
それで、俺は少し安心することができた。
昭和十七(1942)年七月下旬。
枢軸国、連合国の双方とも手詰まりの状態になりつつある。
日英独は米本土攻略の戦力が無い。だからせっせと機雷敷設と通商破壊に励んでいる。
連合艦隊は戦艦五隻、空母四隻と堂々たる陣容を誇っているが、肝心の艦載機は定数割れのままで平均七割しかいない。
定数に戻るまであと三か月、実戦で使い物になるのはさらに三か月、合計半年は動けない状況だ。
米は陸空の戦力は余っているが、海軍が壊滅で外に出られない。
海軍が新兵を鍛えようにも外洋は危険。沿岸沿いでちまちまやるか、五大湖でやるしかない。
五大湖では水路を通れる最大規模の輸送船の大量建造が進んでいる。だが乗員不足で動かせない物が多い。
世界はというと枢軸国側へ傾いている。
南米各国は米国との自国船での貿易を中止した。危険だという名目だ。
ただし、米国が船を出すなら取引するという条件がついている。
実際日英独は米国相手の取引は全て拿捕するとの声明を出している。
また、米国の代わりに枢軸国側が買うということも発表している。
海運が崩壊しかかっているアメリカにとっては事実上の貿易停止に等しい。
誰の目にも戦争の終わりが近いことが明らかだが、最後の決定的な物が欠けている。
そうした中、終戦へ向けての玉串会議が開かれることが決まった。
今後の予定は次の通りですが、多少ずれるかもしれません。
9/18(木)19時 第48章
9/19(金)19時 第49章
9/20(土)19時 第50章(最終章)+番外編で完結