<第四十五章 ハワイ上陸>
昭和十六(1941)年九月。
参加兵力は当初予定より膨らみ、
空母六、戦艦三、巡洋艦二十三、駆逐艦五十四、護衛艦十六、潜水艦三十、補助艦艇二十一、輸送船百五十超。
艦戦百六十八、艦爆百四十四、艦攻百三十二、襲撃十二、海軍特別陸戦隊二個旅団、歩兵三個師団に戦車や自走砲の特別大隊。
総兵力十万人以上となった。
作戦は三案用意してある。
奇襲となる甲案。
途中で発見され強襲となる乙案。
ハワイ攻撃を断念しミッドウェー攻撃に変更する丙案。
さらに、それが攻撃時間帯により二つに分けられていた。
通常時間の一案と未明攻撃の二案。
一案は日の出の一時間半前に薄暗い中発艦、早朝に攻撃。
二案は日の出の三時間前に暗闇の中を発艦、日の出直後に攻撃。
海軍は元々甲の一が最上で次善が乙の二だと考えていた。
奇襲でなければまともにやっては絶対に勝てないということだ。
そのため、航空艦隊は一月以上、二案と同じ時間帯に夜間発艦、夜間飛行、未明攻撃の訓練を繰り返していた。
訓練中の事故も多かった。
一部の部隊は機種転換訓練をやりながらだから、ひどいものだ。
夜間訓練はそれは恐ろしいものらしい。
発艦は暗闇へ吸い込まれる感覚になり、飛行中は常に僚機と接触の恐怖に襲われ続ける。
精神的疲労は昼間の何倍にもなる。
しかも、エンジン不良で訓練を中止する場合、夜間着陸をしないといけない。
非常時は近くの飛行場へ着陸することになっている。滑走路両脇にはかがり火がたかれ夜間着陸を補助するが昼間に比べて困難なことにかわりない。
ただでさえ搭乗員には経験不足の者が含まれていたため、一割弱もの損害が出たそうだ。
それでも、海軍は夜間訓練を止めなかった。
九月二日、横浜出港。
今回俺は民間船に乗っていくので横浜から出港する。
東京湾で簡単に隊列を整えて相模湾へ移動。
そこで船団用陣形を作って北を目指す。
柱島、広島、呉、神戸、大阪、横須賀、横浜、東京の各地から集まった船は択捉島ヒトカップ湾に集合。
そこで最終的な艦隊を作りハワイを目指す。
九日、択捉島出発。
すでに戦艦や空母の大型艦は出港していて姿が無い。
周りに居るのは同じ輸送船や何度も見たことのある護衛艦などだ。
そして、ついに俺が乗る船の順番が来て抜錨、出港した。
約二週間の船旅が始まった。
二十三日。
ここまでの船旅はそれほど揺れることも無く比較的快適だった。
中尉と同室の二人部屋で気が置けないのが良い。
考えてみたら中尉と二人で長旅をするのは今度が初めてだ。
もう二度と無いかもしれない。そう考えると感慨深い物がある。
「今回の船はあまり揺れなくて良いな」というと、
「当たり前だ。この日の為に二十年も前から北大西洋の天候を調べてきたんだ。
今回も高気圧の移動に合わせて航海している。揺れが少なくて当たり前だ。
気象観測班に感謝しろ」と言われてしまった。
ずいぶん昔から客船、漁船、潜水艦に観測班を乗り込ませて、今日の為に気象データを集めていたそうだ。
ご苦労なことだ。
そして、朝食の後に甲板に出て風に吹かれながらくつろいでいると、
「第二次攻撃も終わった頃だな……」
と中尉が俺に聞かせるでもなく独り言を言った。
「えっ、今日が攻撃の日?」
大体の話しか聞いていないので、そろそろかなとは思っていたが今日だとは知らなかった。
「緊急時以外は無線封止している。連絡が無いということは作戦続行中ということだ。
この船はアンテナが短いからどうか分からんが、護衛艦の方には攻撃隊からの無電が届いているだろう」
すでに機動艦隊はオアフ島へ攻撃を開始しているというのに、俺達が乗った船団はまだ島の影さえ見えない所に居る。
「俺達は今どのあたりに居るんだ」
「そうだな、作戦は乙二案が行われたとして、午前三時の時点で機動艦隊はオアフ島から五百キロ北北西の位置に居たはずだ。
その五十キロ後方に打撃艦隊。さらにその五十キロ後ろに俺達が居る。
ということは島から六百キロと少しの位置だな。
今は九時少し前だから、十二ノットで六時間進んだとすると――、ざっと四百七十キロくらいだな」
中尉は暗算も早い。
「まだまだ遠いな」
「これから丸一日かけてハワイ沖まで移動するのだ。このまま何事も無ければ、明日の昼メシはオアフ島で食うことになりそうだ」
と中尉が感慨深げな様子も無く言った。
二十四日。
「おい、起きろ。着いたぞ」
朝早く、中尉に起こされた。
窓の外はまだ薄暗い。かわたれ時というやつだ。
眠い目をこすっていると、
「おい、もう作戦は始まっているんだぞ。早く朝メシを食って、上陸準備だ。いつ順番が来るか分からんぞ。
俺は先に出るから、お前は他の者と一緒に行動しろ。
次は陸で会おう」
中尉はびしっと戦闘服を着こなし、俺に声を掛けると部屋を出ていってしまった。
まあ、そもそも少将ともあろう偉い人が何で俺と一緒の船に乗っていたかは分からないが、中尉なりの理由があったのだろう。
今まで気付かなかったが船は既に止まっていた。
昨夜は緊張でなかなか寝付けなかったので、船の喧騒に全く気付かなかった。
食堂へ向かうと船内にまで砲撃の音が響いているし、すれ違う人も慌ただしげだ。
食事の後に甲板に上がると、オアフ島が良く見えた。
目測で一キロ沖くらいだろうか。
既に何隻もの上陸用舟艇が白い波を引きながら陸地へ向かっている。
何十どころではない。百は優に超えている。
上空には友軍機が舞っている。墜落していく機体があるので空中戦をしているか、対空砲で撃ち落とされたか。
大砲の音は今まで聞いた中で一番大きい。ということは前線が近いのだ。
動悸が激しくなるのが自分でも分かる。
大作戦に参加しているというのが実感される。
それからはフィリピン上陸と同じような流れだった。
ユンボと一緒に特大発に乗せられた。慣れたのか今度は二十分もかからずに積まれた。
整備用品も積み込むとすぐに舟は出発した。
ブルドーザーを乗せた特大発が近くを走っている。
他にも、兵士を満載した舟、補給物資らしき木箱を積んだ舟もいる。
周りに砲撃の水柱は上がらないが、エンジン音、波の音、風の音に混じって聞こえてくる砲撃の音は徐々に大きくなってくる。
たまに後方から重低音が響いてくるのは、おそらく大型艦からの援護射撃だろう。
午後三時過ぎ、俺はユンボに乗ってハワイへ上陸した。場所は分からない。
このユンボは今回の作戦の為に改造されている。
前面ガラスは分厚いアクリル製防弾ガラスになっていて視界が少しゆがむ。
操縦室の横は以前何も無かったが、今は鋼鉄製のドアが付けられている。
小銃弾なら防いでくれるそうだ。ということは重機関銃なら危ないのだ。
それと夜間作業ができる様に自動車用のライトも増設してある。
上陸すると今までに経験したことの無い近距離で砲撃の音がした。機関銃らしき連続の発砲音も聞こえる。
至る所、焦げ臭いどころではななく、まだ煙が上がってる所や、チロチロ燃えている物まである。
死体は片付けられていて血痕も消されているが、よく見ると所々に血の跡がある。
まさに戦場だ。体が震える。
俺達重機隊は陸軍兵の案内に従ってバーバース岬飛行場へ向かった。上陸地点から東に一キロの距離にある。
近いので自走していくのだ。
上陸地点はオアフ島西南端のバーバース岬近くの海岸だった。案内係の兵が教えてくれた。
日本軍は五キロ先まで確保しているらしい。飛行場を奪還しようとする米軍と激しくやりあっているそうだ。
五キロは迫撃砲は届かないが大砲なら余裕で届く距離だ。
そして、ここから真珠湾まで十五キロ。
よくこんな敵の近くに上陸したなと思う。
上空には友軍機が居て、歩兵が護衛に付いているが、とても安心できない。
飛行場へはすぐに着いた。
だが、そこはフィリピンの時以上に破壊されていた。
至る所に穴が開き、飛行機などの残骸が多数転がっている。
ここを一日でも一時間でも早く復旧するのが任務だ。
不安なことばかりではない。工兵隊の面々はフィリピンでの顔見知りも多い。皆経験者だ。
元教え子のあの少尉も居る。
俺とは違う船の乗っていたのか、上陸してから気が付いた。
「先生、また会いましたね。今回は危ない感じがビンビンしますから気を付けてくださいよ」
と怖いことを言ってくる。
真顔で言ってるので本当のことなんだろう。
その時、滑走路から爆音とともに煙が上がり、俺は反射的に思わず体をかがめてしまう。
他の者は平然としている。
「今のは、なんだ」
「不発弾処理ですよ。
砲弾の風切り音が聞こえなかったでしょ。
ヒューンみたいな音が近づいてきたら、それは敵の砲撃ですからすぐに隠れてください。
本当に危ないですから。
特に音が自分に向って来た時、その時は待ったなしで壕へ飛び込んでください。
まあ、今は撤去する時間が惜しいので、穴が増えても良いから爆破してるんでしょう」
と少尉が自慢げに教えてくれた。フィリピンでもやってたのだろう。
ここからは時間との戦いだった。
まずは滑走路が最優先だ。
滑走路脇には地上撃破された敵機が並んでいるが後回しとなる。
滑走路上の敵機はブルドーザーが無理やり押して横の空き地へ移動させる。
まだ使える物、後送する物をより分ける暇はない。
俺はいつものごとく退避壕の作成から始める。いつ敵の砲弾が来るか分からないのだから当然だ。
俺は危ないからと飛行場の南側の管制施設付近での作業になった。
この飛行場は海岸間際にあり二本の滑走路が×の形に交わっている。
その交点の南側に管制他の施設があり、北側に駐機場や格納庫がある。
戦線はここの北と東にあるので、南側が幾分安全なのだ。
焦って一度にたくさん掘りたくなるのを何とか抑える。
『落ち着け、落ち着け』と心の中で唱え、気持ちを落ち着かせようとするが、簡単にはいかない。
手の平にはびっしょり汗をかいている。
そして用も足さずに無我夢中で操作している内に一回目の休憩時刻である午前零時がやって来た。
今回この飛行場にはユンボ一台、ブルドーザー一台、ダンプ一台しか来ていない。
他の輸送船にも重機を積んであるそうだが、揚陸は戦闘車輌優先なので、明日以降にならないと到着しない。
だから俺達が徹夜でやるしかない。
この休憩も人間様の為というより整備点検の為の時間だ。そのついでに人間も休ませようか、くらいの感じだ。
暗闇の中、壕の横で乾燥したパンみたいな物(乾パン?)を水で流し込んで食事とする。
食欲は無いが何か食べないと体が持たない。俺がイランの現場で学んだことだ。
少し仮眠を取りたいが、目が冴えて寝られない。
すると、
「おい、生きてるか」
と、夜中に中尉が様子を見にやって来た。
半分崩れた管制塔に上陸部隊の臨時司令部が置かれたそうで、そこから歩いてきたそうだ。
時折遠くで発砲音は聞こえるし曳光弾の光も見える。こんな所では寝られたもんじゃない。
中尉と二人で人気の無い所へ行き、話を聞くことにした。
「司令部の会議で色々聞いてきたぞ」
「作戦はどうなってるんだ」
全体の状況がさっぱり分からないのはつらい。
「想定はしていたが、ハワイ接近前に敵に見つかった。
ここオアフ島から千キロ弱を航行中、突然敵の無電を傍受した。
米潜水艦が網を張っていたんだろう。択捉島に集結したのがバレてたのかもしれん。
それで機動艦隊はすぐに速度を上げて作戦開始位置へ向かった。
敵に見つかった以上、甲一案ではなく乙二案になる。
そうなると、発艦が九十分早くなる。その九十分の遅れを取り戻さんといかんからだ。
そして、昨日の現地時間午前三時、乙二案の作戦が開始された。
各空母から発艦した合計百九十機の大編隊は飛行艇に先導されてオアフ島へ向かった――」
ここで中尉は一旦息を継いだ。
念のため周りの気配を探っているようだ。
「米軍は日の出と同時に攻撃してくるとは考えていなかったんだろう。上空に上がっている敵は三十機にも満たなかった。
これまで日本は未明発艦、早朝攻撃しかしてこなかった。今回もそうだと思い込んでも仕方が無い。
まあ、そう思い込むように仕掛けたんだが、まんまとはまってくれた。
普通の人間は夜間発艦に夜間の編隊飛行を二百機の大編隊でやろうとは考えん。
第一次攻撃隊は敵機を蹴散らすとオアフ島の主な飛行場を軒並み爆撃した。
ヒッカム、フォード島、ベローズ、カネオヘ、ハレイワ、ホイラー、バーバース岬、エワの八か所だ。
乙案(強襲)の場合、第一波の攻撃目標は飛行場のみとなっている。
艦攻隊は高度三千で傘型編隊を作り水平爆撃。艦爆隊は撃ち漏らしに急降下爆撃。
敵の勢力をかなり削れた。
だが、攻撃があと三十分遅ければこちらの被害は大きくなったはずだ。危ないところだった」
中尉の顔は見えないが、口調からして本当に危なかったのだろう。
「一時間少々たって今度は第二次攻撃隊の出番だ。
こちらもおよそ百九十機の大編隊になる。
島はすっかり夜が明けて既に明るい。
各飛行場へダメ押しで一個中隊ずつの攻撃機を送り、残りは敵要塞砲の破壊に当たった。
開戦前から設置してある五インチ以上の砲は全て部隊が割り振られた。その数、十七。
だが、開戦後に作られた物は分からない。これは判明次第攻撃するしかない」
「真珠湾の敵船は攻撃しないのか」
「連合艦隊主力が行くのに空爆する必要はない。
というよりも、予想通り空母も居なかったし、ほぼもぬけの空だ。攻撃する相手がいない。
空母の弾薬量は限られてるからな、今回は対地用爆弾を多めに積んでいったが節約が必要だ。
それで、こちらの被害は三分の一が撃墜・未帰還・帰還後廃棄となった」
「えっと……」
「ざっと、百三十機だ」
「それはひどいな」
「ああ、ひどい。迎撃機は上がってなかったが、対空機銃はすぐに撃てるからな。
敵を確実に潰すために艦爆を定数通り持ってきたが、被害を減らすためには艦攻を増やしたほうが良かったのかもしれん。
これは後日検証が必要だとして、これで昨日の戦闘は終わった」
「そういえば特殊部隊はどうなったんだ。レーダーをやる予定だっただろ。上手くやったのか」
それがはっきりとせん。敵支配地域の中だからな。まだ連絡が付かんらしい。
無線を一台持って行ってるはずだが、故障したか既に捕まったか、それとも連絡できない状況にあるか。
いずれにしろ、上がっていた迎撃機の数が少ないということは何台かは破壊に成功したんじゃないかと思う」
「なんとか逃げててくれれば良いな」
「それから、機動艦隊は敵に見つからんように場所を変えて、残りの艦隊は夜の内にオアフ島沖へ移動した。
今朝になって、まずは掃海艇による機雷除去だ。
木造の小型艇で大型の磁石を引っ張ったり、潜水夫が爆薬を取り付けたりして破壊。
最後に水上機が機雷爆破用の爆弾を投下して仕上げだ。
それと並行して、機動艦隊から来た攻撃隊が再び飛行場を攻撃した。
敵も日の出と同時に来るのが分かっているから迎撃を上げていた。四十機弱だな」
「飛行場は破壊したんじゃないのか」
「敵もブルドーザーを使ってるから滑走路の修復は早いんだろう。
おそらく、この四十が敵の全てだ。
大型機は一機も居なかったらしいから。ミッドウェーか他の島へ退避したか、隠したかだろう。
こいつらは明日攻撃しにくる可能性が高い」
「なるほど」
「その後は艦砲射撃だ。
観測機の着弾修正を受けながらの砲撃だからな、敵飛行場は壊滅だ。
砲撃対象が多いから一艦に一か所ずつ目標を割り振ったから、混乱も少なかった。
その間、敵潜水艦の襲撃を警戒して戦艦の周りは駆逐艦や艦爆が哨戒していた。
それが済んで、午前六時四十五分、上陸が開始された」
俺が起こされたのが多分この頃だ。
「上陸地点は二か所。
お前が上陸したバーバース岬横の海岸と、北東のハレイワ飛行場北の海岸だ」
「ワイキキ・ビーチじゃないのか」
ハワイというとワイキキビーチとダイアモンドヘッドくらいしか知らない。
どこに在るか知らないが、多分オアフ島の中心地から近い所にあるのだと思う。
「ワイキキは市街地に近すぎる。上陸してすぐに市街戦になって、占領地拡大に時間が掛かる。
それで真珠湾を挟んでワイキキの反対側にあるバーバース岬が選ばれた。
ハレイワは農地や荒れ地が多いから、歩兵一個師団と戦車や自走砲。
こっちは市街地が多いから歩兵二個師団が上陸した。
それでハレイワは飛行場を中心に周辺五キロを制圧。
こっちは真珠湾の手前まで抑えた。
敵は島中央部の平地に主力が居て、他に東部と西部に分断されている。
初日はほぼ作戦通りということだ」
「それは良かったじゃないか」
「占領地域は予定通りだ。だがな、損害が多い。
航空機もそうだが、地上部隊の被害が大きい。
アメリカは初陣のくせに意外と粘る。
補給不足で士気が低いと考えていたが、自国領土を守るためか、なかなか後退や降伏しない。
この調子で行くと、島を占領する前に陸軍が消耗してしまう。
だからな、一刻も早く飛行場を使えるようにして陸軍を援護しないとまずい。
ハレイワ飛行場も別の部隊が復旧を急いでいるはずだ。競争だな。よろしく頼むぞ」
「言われなくてもやるさ。
それより、もっと重機を持って来てくれ。一台ずつじゃどうにも足らん」
「分かっている。できるだけ早く送る。
明日、いや、もう日付が変わって今日だが、敵は反撃を開始するはずだ。
そっちも重要なのだ。
それに米軍の空母の居場所が分からん。明日こそ、空母を討つ」
そう言って中尉は帰っていった。
ただでさえ眠れなかった俺は寝るのを諦め横になり星を眺めた。
こんなに綺麗な星を見るのはイラン以来かもしれない。
気持ちのたかぶりが少しずつ、ほんの少しずつ落ち着いて行く気がした。
午前三時に作業を再開、八時過ぎに操縦席に座ったままクソ不味い乾燥パンを食べていた。
その時だった。
ヒュルルルルーという聞いたことがある音がしたと思った。
爆弾? と考えていると、北側滑走路脇の草地で爆発が起きた。
俺はとっさに身をかがめた。そして、すぐに元に戻り音がした方を見ると煙が上がっていた。
何秒くらい見つめていたのだろう。
車体に何かが当たる音で我に返った。
朝っぱらから攻撃だ。こっちはまだ朝メシも食べ終わっていないのに。
俺が無性に腹を立てていると、操縦室のドアが開けられ誰かが怒鳴った。
「せんせぇ、何してんだ、逃げるんだよ」
そして、俺は手を引っ張られ、壕に蹴落とされ、その上に例の少尉が覆いかぶさってきた。
砲撃は十分足らずで終わった。
敵は滑走路を狙ったのか、せっかく直したのにまた何か所の穴が開いている。
「先生、しっかりしてくださいよ。
実戦なんだよ、死んじゃうよ。
まったく、もう、世話が焼けるんだから」
少尉は俺の体に怪我が無いのを確かめると、自分の重機へ戻っていった。
それから少しずつ我に返ると、恥ずかしいやら、今さら怖いやらで、どうして良いか分からない。
もう、作業して忘れるしかないと、操縦に没頭した。
そして、午後四時少し前、ようやく待望の追加の重機と交代要員が来た。
これで完全二交代制で二十四時間作業ができる。
午後六時過ぎ、俺は今日の作業を終えて、ミィーティングをしていた。
俺はここの指揮官ではない。名目上の指揮官は例の少尉に成っている。
だが、その少尉が是非にと言い、俺がチームリーダーみたいな感じになっている。
それで俺達昨日からの組(一班)と、今から明日の朝までの組(二班)の全員が集まって引継をしている。
その時、再び敵の砲撃が始まった。
今度は前回よりマシに動けた。
風切り音が聞こえたらすぐにしゃがみ。爆発音が収まったらすぐに立ち上がった。
「全員、ケガはないか。
よし、無ければ、全員退避。急げ」
そう言って、俺は真っ先に壕へ走った。
今日は一日、頭の中で仮想訓練をしていた。
風切音→伏せる→被害確認→避難。
セリフも戦争映画を思い出し、色々考えていた。それが良かったみたいだ。
今回も砲撃は約十分で唐突に終わった。
どうやら敵は日本軍機が少なくなる時間帯を狙ってゲリラ的に砲撃してきたみたいだ。
ハワイの制空権は既に日本が抑えている。
飛んでいるのは日本軍機だけである。
そんな中、砲撃しようものならすぐに場所がばれて、日本にやられてしまう。
かといって夜だと目標が見えず砲撃できない。
だから敵は日の出日の入りの前後に砲撃してくるのだろう。
日本軍機はどこに居るのか知れない空母からやって来る。
だから日の出とともに飛んで、日の出近くまで居たとしても。どうしても空白の時間が出来てしまう。
だからこそ、早く飛行場を使えるようにしなければいけないのだ。
午後七時過ぎ、握り飯とたくわんと水の夕食。
上陸して初めての米だ。少し元気が出た。
そして、おれは自分で掘った壕の底で泥のように眠った。
遠くで聞こえる銃声も全く気にならなかった。
それからは似たような日が一週間続いた。
朝、目覚まし時計代わりの砲撃音で目覚める。
砲撃がやんだら、壕から出て深夜組と引継を行う。
すぐに搭乗し作業を始める。まずは朝一で空いた穴を塞ぐ、その後は深夜組の続きの作業。
しばらくすると陸軍兵が朝飯を持って来てくれるので、ユンボに乗ったまま朝メシ。
昼メシも乗ったまま。
途中で降りるのは用を我慢できなくなった時だけ。
そして、六時になったら、深夜組と引継をして、敵の砲撃が始まったら避難。
その後は晩メシを食って、すぐに寝てしまう。この島の戦況を考える余裕は無い。
変わったことと言えば、昼間に味方戦闘機が燃料補給に降りるようになったこと。
ここで、問題が一つ発生した。
重機が滑走路上で作業したり、移動したりすることが多い。
その時に誰かが着陸して来たり、敵の砲撃が始まったら危険だ。
だから、誰かが重機と航空機に知らせなければいけない。
方法はすぐに決まり、管制塔横の塔に旗を立てることになった。
問題は誰か立てるかだ。
飛行場は歩兵師団臨時分遣隊の物、飛行機は海軍の物、重機隊は司令部直轄で下士官以上しかいない。
誰も敵の砲撃中に外で旗を上げるなんてことはしたくない。
多少揉めたが、司令部の鶴の一声で決まった。
「管理している者がおこなうべし」
ということで、分遣隊の隊長の責任の元、下っ端の兵士が行うことになった。
他に変わったことは大砲の音が段々遠くへ移っていったことだ。
それと、朝晩の敵の砲撃の命中精度が下がっている。
前は滑走路かその周辺に落ちていたのに、ここ数日は大きく外れることもある。
滑走路修復の手間が減るので、その面では嬉しいが、逆の面では滑走路から離れて作ってある壕へ飛んでくる確率が上がったということであり素直に喜べない。
おそらく日本軍が押している結果だと納得するしかなかった。
次章は9/13(土)19時の予定です。