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<第四十三章 日米空母戦>

 昭和十六(1941)年三月。


 初の主要四カ国首脳の統一方針会議がパリで開催されることとなった。

 日本からは総理大臣他政府と軍の首脳が出席し、中尉も実務者として参加する。


 中尉はこの直前に少将へ昇進し、大本営統合作戦本部作戦部長に就任している。

 餞別を渡しがてらお祝いを言いに行くと、


「単なる箔付けだ。俺は外国へ行く度に昇進してる」


 と醒めた笑いを浮かべた。

 そして、中尉は首脳達よりも一足先に事前協議の為にパリへ向かって行った。



 会議が始まるとラジオや新聞は誰と誰が会談したとか、会場の豪華さなどの様子を伝えてくるが、内容は一向に報道されない。

 結局、一週間に及んだ会議の声明としてありきたりな内容が発表されただけだ。


 今次大戦勃発の責任は米ソにある。

 両国は直ちに戦闘行為を停止し終戦交渉につけ。

 などである。


 降伏や賠償という言葉が入っていないのはわざとなんだろう。

 いくらなんでも決まったのがこれだけとは思えない。

 発表できないことがたくさんあるはずだ。

 中尉に話を聞くのが今から楽しみだ。

 でも、教えてくれるかは分からない。



 中尉が約一ヶ月間の出張から帰り、しばらくして話を聞くことができた。

 会議では四カ国の主張が分かれたそうだ。


「各国は自国の利益を最優先に考えるから当然だ。

 もちろん、我が国も自国の利益最優先で主張した」


 イギリスはベネズエラとの連絡、米国と中南米の切り離しを主張。

 その為にはカリブ海の島々から米軍の駆逐が必要である。

 中南米との通商を破壊することは米国の継戦能力を削ることとなる。

 最終的に米国を屈服させない限り、この戦争は終わらない。

 という至極当然な意見だ。


 ドイツはモスクワ攻略最優先と英艦隊の黒海派遣を要請した。

 まずは、戦闘が続いているソ連を先に片付ける。

 米国はその後、日英独伊の四カ国の総力で封鎖、侵攻しようということだ。

 現在も日々出血しているドイツとしては当然な主張だ。

 だが、米国を弱らせれば対ソ援助は停止され、ソ連も自然と弱まる。その後にソ連を片付けるという考えもある。


 イタリアはモロッコの平定を強硬に主張。

 モロッコを占領すれば、その南はスペイン領サハラであり、防壁として使える。また、米仏の反攻の拠点はアイスランドか赤道付近のアフリカになり、フランスへの反攻を事実上断念させることができる。

 という意見だが、これは日英独の三か国により否定された。

 現在のアメリカには欧州で反攻する海軍力は無いからだ。


 日本はハワイ占領を提案した。

 米国を交渉の席に着かせるには米本土攻撃が絶対に必要であり、そのためにハワイ占領はかかせない。

 日本が主力で攻略するからと英連邦各国に支援を要請した。


「こうも各国の意見が分かれると、まとめるのは無理だった。

 特にドイツの反対が強かった。

 イギリスはベネズエラの石油利権確保と中米の属国化が狙いだ。

 日本は米本土一番槍を遂げ、発言権拡大を狙っている。

 とな。

 こう言われては返す言葉が無い。事実だからな」


 結局統一方針の話はまとまらず、各国が協力しながらそれぞれの作戦を遂行するという、玉虫色の結論になったそうだ。

 だが、成果が全くないわけでもなく、対ソ戦については五月中旬をもって各国が攻勢に出るという協定が結ばれた。

 そして個別の作戦について摺合せが出来た。


 英国は、

・カリブ海の小アンティル諸島の奪還を行うと同時に米海軍の消耗を図る

・米国からアイスランド、モロッコへの輸送路を破壊する

・イランからバクー方面への攻撃を引き続き行い、ロシアの石油事情を悪化させる

・独伊両国へ友好国価格で石油・天然ゴム等の資源を供給する

・黒海への艦隊派遣

・フィンランド領内からソ連兵站施設へ空爆の実施

・ジブラルタルからモロッコへ空爆の実施


 ドイツは、

・モスクワ方面を主攻、ハリコフを助攻とし、ソ連の主戦力を吸引する

・今年秋までにレニングラード-モスクワ-ボロネシ-ロストフまでの地域を占領し防衛戦を構築する

・可能であればスターリングラードを攻略する

・アイスランド-ソ連間の輸送路を破壊する


 イタリアは、

・黒海への艦隊派遣を継続しドイツの攻勢を支援する

・ソ連黒海艦隊を壊滅させる

・クリミア半島を攻略する

・フランス監視の主力となる


 日本は

・シンガポール-インド-紅海までの海域の安全を確保する

・太平洋で米海軍消耗の為の作戦を行う

・極東戦線でソ連へ攻勢をかけ、戦力拘引を図る


 その他として、トルコの陣営参加が決まった。

 キプロス島他英土間の問題は二国間問題とし、以外の国は不干渉とすることとなった。

 トルコには黒海東岸地域の占領任務が割り振られた。

 そこはスターリンの故郷グルジアである。ソ連は威信を掛けて防衛するだろう。

 すなわち、戦力の拘引ができるということである。

 グルジアは一部を除いて山岳が多い。

 自動車化、重火力化が遅れ航空戦力の少ないトルコでも活躍できそうな場所は、そこしかなかった。



 全体でみると現時点で一番死傷者の多いドイツの発言がどうしても強くなる。

 実際、ドイツが転ぶと全ての国が転んでしまうのだから仕方が無い。


 また、いずれの国の為にも米海軍の弱体化が必要との認識は各国で一致した。

 アメリカは海軍軍人・民間船員の消耗が激しい。すでに十万人以上が死傷または捕虜となっている。

 それをアメリカは退役海軍軍人を復帰させるなどして補っているが到底追い付かない。


 一口に十万人と言うが、これはかなりの数だ。

 開戦からの一年弱でアメリカは二百五十万トンの商船を失っている。

 開戦前の商船保有量千二百万トンの約二割。

 年間建造量を六十万トンとすると四年分にあたる。


 海軍艦艇でみるともっとひどい。

 なんせ戦艦だけで二十隻が沈んでいる。この乗員だけで三万人になる。

 普通各国とも戦艦には優秀な者を乗せるので、海軍軍人上位の三万人が消えたことになる。

 そして、巡洋艦以下の乗員が六万人。

 これでは乗員の不足どころの話ではなく、教官にも事欠き人員補充もままならないはずだ。

 さらに乗員の5%が士官だとすると、士官が五千人も消えたことになる。

 アナポリス海軍兵学校の一年間の卒業生が千人である。士官不足が起きていることも間違いない。


 あと十万人ほど死傷させれば米の海軍・海運は麻痺し海上兵力は一掃されると考えられた。

 陸軍と航空兵力は一年程度の短期間である程度の戦力補充はできる。工業力がモノを言うからだ。

 しかし、海軍は違う。優秀な船乗りを育てるのは時間が掛かる。船は大量生産できても、船乗りを工場で作るわけにはいかないのだ。


 ただ懸念事項はある。

 今年前半にもアメリカでアイオワ級戦艦二番艦と新型空母一隻が実戦配備される。

 また、今年中にさら重巡四隻、軽巡七隻、駆逐艦七隻、護衛空母二十隻、潜水艦七十隻と大量の艦艇が続々と配備される見込みだ。

 来年以降はさらに建造スピードが上がると考えられる。

 これらの敵戦力をいかに効率良く叩けるかが今後の鍵となる。



 方針とは別に短期的な合同作戦が計画された。

 パナマ両側での大通商破壊作戦だ。

 英、独情報部がそれぞれ別の経路から米国大輸送船団出港が近いとの情報を入手したためだ。


 これまでにかなりの数の輸送船を沈めたはずなのに、まだ大船団を組むだけの船の数が残っていることに驚く。


 この日英独合同作戦では米海軍が大増強する前に少しでも海運力を削ぐことを目的としている。

 といっても参加国が協調して作戦を遂行するのは困難で、単に作戦地域が割り振られただけだ。

 各国は今後の主導権を握るため、自国のメンツを守るために全力を尽くす。

 自分の担当海域で取り逃がしたとあっては恥をさらしてしまう。

 各国海軍は自分の受け持ち海域に米船団が入ってきた時点で攻撃を行う手筈になっている。

 ドイツは米東海岸を潜水艦で担当する。

 英国は本国艦隊、地中海艦隊を使ってカリブ海東半分。

 日本はパナマ運河から米西海岸までが担当で連合艦隊を使っての通商破壊をおこなう。それを英国東洋艦隊とオーストラリアが後方支援する。

 日本としては主導権もメンツもあまり意識していない。だが、もし西海岸へ大量の物資が届いてしまうと、人心を乱れさせることで政情不安定を引き起こすという戦略に齟齬が出てしまう。

 そういう意味でやる気になっている。


 今回はキューバ・バハマ・ジャマイカなどは米本土から近くかなりの戦力が居ると思われ、周辺海域は作戦区域から外された。

 そこは次期作戦での攻略とされた。

 作戦が成功すれば米海上補給線はキューバから米南海岸までに限定され、徐々に米国の力を削ぐと考えられる。


 準備期間は一月も無い。

 修理中の艦は突貫で工事が行われた。マリアナ沖海戦の傷が癒えていない艦は多い。

 石油の確保も重要だ。この作戦にはハワイ攻略用に備蓄された一部も使われる。


 俺は気になったことを中尉に聞いてみた。


「前に言ってたマリアナ沖以上の大海戦というのはこの事なのか」

「いや、違う。この作戦は計画に無かった。

 予定ではハワイ沖で日米双方が残存艦隊全てでぶつかり合う大海戦を行う予定だったのだ。

 その予定が崩れた。本音ではやりたくない。ハワイ作戦の前に戦力を消耗したくないからな。

 だが、決まった以上はやらねばならん。

 そして、やる以上は勝つ」


 中尉は不本意ながらも、やる気はあるようだ。



 昭和十六(1941)年四月。

 日本の防備をほとんど空にして連合艦隊は出撃した。パナマまでの往復に耐えられそうにない老朽艦を除いたほぼ全力だ。

 これは、米側に我が国へ攻撃を仕掛ける余力はないとの判断からだ。

 艦隊は一旦トラック環礁に集結し補給を行う。パナマは遠い。無補給で往復できない。

 ここで米船団の動きをにらみながら休養する。

 海軍将兵は南国でのしばしの休みに大いにはしゃいだことだろう。

 補給を済ませた艦隊はサモアへ移動し、そこで命令を待つ。

 再び補給を済ませるが、いつ出動するか分からないので上陸許可は出ない。


 四月七日。

 そして、敵船団がニューヨークを出港したのを確認して、こちらもサモアを出港

 次にパナマ運河到達の情報が届いたら速度を調整し、メキシコのアカプルコ沖で接敵できるようにする。


 我が軍の作戦目的が単なる輸送妨害であれば、こちらの出港情報に合わせて敵が引き返してくれれば、それで終わりとなる。

 だが、今回は違う。敵海軍損耗が目標だから来てくれないと困る。

 もう一つ問題なのは行先だ。

 考えられるのは米西海岸、米南部、キューバ、南米。積荷や搭載燃料などの間諜情報から西海岸の可能性が高い。

 米南部やキューバ、南米行きであれば日本は何もしなくて済む。大本営的にはこれが一番良い。

 西海岸の場合、ドイツが多少敵を削るだろうが、英海軍は迂回され日本海軍が主力で戦うことになる。

 海軍の多数としては手柄を立てる機会だと喜んでいるだろう。



 四月八日、中尉から電話がある。

 二日前、ハワイ、サンディエゴから米艦隊が出撃した。パナマまで迎えに行く可能性が高いとのことだ。

 連合艦隊出撃の情報を掴んでいるのかもしれない。

 問題は米太平洋艦隊にはまだ空母が一隻残っていることだ。


 十五日、中尉から再び電話。

 パナマの諜報員から米船団到着の報が入る。

 それはメキシコ沖を目指す連合艦隊にも伝えられたはずだ。


 そして、十九日、日米艦隊激突の連絡が入る。


「メキシコ沖で始まったぞ」

「どうなった」

「まだ、分からん。始まったという第一報が届いただけだ。結果が分かったら教えてやる」


 そういって中尉は電話を切ってしまった。

 気になって仕方が無い。


 中尉が我が家へ来たのは三日もたってからだった。


「待ちくたびれたぞ」

「おい、おい、まだ派遣艦隊は日本へ帰ってないんだぞ。

 暗号での長文送信を禁止しているから、報告の為だけにサモアから数の少ない飛行艇を飛ばしているんだ。

 サモア、ガダルカナル、ラバウル、トラック、サイパン、小笠原、横須賀と一万キロに及ぶ飛行だ。

 搭乗員の苦労を考えろ。

 教えてもらえるだけありがたいと思え」

「そうだな、すまんかった」

「詳細は艦隊の帰国待ちだが、大体のところは分かったので教えてやる」


 日本側戦力:空母七、戦艦二(長門、比叡)、巡洋艦十六、駆逐艦四十四、護衛艦隊二個戦隊、補助艦艇(油槽船、病院船、水上機母艦、潜水母艦、補給艦他)


「空母が一隻足らない?」

「ああ、翔鶴は修理が間に合わなかった。代わりに瑞鶴に積めるだけ積んでやった」


 米軍側戦力:空母三、戦艦二(アイオワ級、サウスダコタ級)、巡洋艦十四、駆逐艦およそ五十、輸送船二百隻以上


 これに米太平洋艦隊の空母一隻と駆逐艦若干が加わる。


「んっ? サウスダコタってこの前の大西洋大海戦で沈んだんじゃなかったのか」

「ああ、そうだ。だが実は沈んでなかったらしい。

 あの時は夜だったし、空母を恐れて英独は早々に撤収したからな。

 始末が漏れたのが居たのだろう。

 おそらくだが、当たり所が悪くて戦闘の早い段階で艦が漂流して難を逃れたのだ。

 それで上部に被害が少ないから短時間で修理できて今度の作戦に投入したんだろう。

 アメリカは防諜が進んできて、情報が入りづらくなっている。

 こんなこともあるだろう」



 戦闘の場所は日本側が決定するつもりだったが、敵を発見したのはほぼ同じ頃だった。

 日米ともに予想海域に多数の潜水艦を配備していたためだ。

 この時点での日本側の不確定要素は米太平洋艦隊の空母一隻の場所が分からないことだった。

 有利な点は輸送船を連れていないので自由に動けることだ。


 そして、日米初の空母対空母の本格的な戦いが始まった。

 日米ともに索敵機を出して、敵の正確な場所を探る。


 日本は予想海域に近づき、直掩機二個小隊八機を上げていた。

 レーダーに敵機が映ると、すぐさま直掩機が迎撃に向かうが撃墜前に打電されてしまう。


 その後、しばらくして我が軍の偵察機も敵艦隊発見の報と同時に連絡が途切れる。

 撃墜されたものと思われた。


 彼我の距離は五百五十キロ。少し遠いが十分攻撃圏内に入っている。

 日本は直ちに第一次攻撃隊を発艦させる。

 戦闘機六十一、攻撃機六十(雷装四十二、襲撃七、爆装十一)、爆撃機五十九。計百八十機。

 太平洋艦隊のヨークタウン級一隻が不明の為、瑞鶴を除いた六隻からの全力出撃だ。

 そして直掩機二十四を上げ、さらに直掩の交代用に戦闘機二十四機が甲板上で待機する。


「その、シュウゲキというのはなんだ」


 空母でシュウゲキというのは聞いたことが無い。

 陸上機の襲撃機と関係あるのか。


「九九式双発襲撃機を参考にして作ったやつだ。

 零式攻撃機を改造し機体下に三十ミリ機関砲を搭載した急造機だ。

 魚雷を積まない分、機体前面に重装甲を施している。

 そして、左右の翼の下に噴進砲を一発ずつ積んでいる。これは当たれば儲けものの気やすめだがな。

 まずは、この襲撃機が一番外側にいる敵駆逐艦に肉薄し、機関砲で敵対空機銃を破壊する。

 そして、敵対空砲火が弱まったところで、爆撃・雷撃を行う。

 そうして、敵陣形に穴をあけ、そこから内部へ侵入する寸法だ」


 第一次攻撃隊の後、一時間半で第二次攻撃隊が発艦した。

 戦闘機五十九、攻撃機五十八(すべて爆装)、爆撃機五十七。計百七十四機。



 攻撃は米軍側が先だった。

 日本はレーダーで敵を察知すると、残りの直掩機を全て上げて迎撃に向かった。


 日本側は二重輪形陣。

 六隻の空母が同型艦二隻ずつの組になり、その周りを四隻の駆逐艦が取り囲む。

 瑞鶴は翔鶴が居ないので戦艦比叡と組んでいる。

 この四組の後には長門が続き、後方上空を警戒する。

 この九隻の周りを重巡、軽巡、駆逐艦が囲んで二重の防衛戦を築いている。


 米軍の攻撃はマーシャルやマリアナの時ほどではないにしろ、バラバラに飛んでくる。

 戦闘機は八機、攻撃・爆撃機は九機くらいの単位で固まってやってくる。


 最初の先頭は戦闘機同士の戦いだ。

 米大西洋艦隊の空母はこれまでほとんど戦闘を行っておらず、もっぱら船団護衛や航空機輸送に使われていた。

 そのため実戦経験が無く、技量は日本以下と考えられていた。

 最初は日本軍が優勢に押していた。


「そこで、想定外なことにアメリカの新型戦闘機がやって来た。

 これが手ごわかった。

 機体に弾が当たったくらいじゃびくともしない。

 操縦席かエンジンに当てない限り落ちない。

 それで、我が軍の直掩隊は敵攻撃機の相手をする余裕をなくして戦闘機の相手で一杯になってしまった。

 新型の数が少なかったから良かったが、こいつが主力だったら危なかった」


 自由に動けるようになった敵攻撃隊が狙ったのは重巡だった。

 一番外側に居る大型艦ということで狙いやすかったのだろう。

 だが、日本の重巡は対空戦闘を重視した設計になっている。

 敵爆撃機は対空砲で威嚇し爆撃コースに乗せず、雷撃機は多数の機銃で追い払う。

 それに今回から戦艦には高度計測レーダーが積まれており各艦に随時連絡が入る。対空砲の効果も多少上がっていた

 それでも、第一次攻撃が終わるころには重巡はいずれも何らかの被害が出ていた。

 駆逐艦も数隻から黒煙が上がっている。輪形陣がほころび始めていた。

 幸いなことに空母にはまだ命中弾が一発も無かった。

 至近弾で機銃の一部が使用不能になった程度だ。


「そこに、我が軍の攻撃隊から攻撃開始の連絡が入った」


 我が軍が見つけたのは戦艦を中心にした輪形陣で、小型空母二、戦艦二、重巡四、駆逐艦八の艦隊だった。

 大型空母と輸送船は戦艦と切り離され別行動を取っていたのだ。


「我が軍としては敵空母を叩きたかった。だが、居ない物は仕方が無い。

 全軍突撃となった。

 敵の直掩機は二十機ばかり。あっというまにゼロ戦に蹴散らされた。

 そこからは一方的な殺戮だ。

 なんせ十六隻の艦隊に百二十機の攻撃機・爆撃機が襲い掛かったんだからな。

 単純計算で一隻当たり七.五機。

 艦隊攻撃では小さい艦から狙うように決められているから、まず駆逐艦が血祭りに上げられた。

 訓練に訓練を重ねた雷爆同時攻撃で一艦ずつ確実に仕留めていく。

 そして、巡洋艦、小型空母と狙われ、最後は戦艦にも攻撃が行われた。

 さすがに戦艦は簡単に沈まんが、魚雷が何発も当たり、停止・傾斜し黒煙を上げていたそうだ」

「それは、よかった。

 ところで、襲撃機は活躍したのか」

「んっ……、まあ、そうだな……」


 なんか、中尉の歯切れが悪い。


「活躍はしたが、被害も大きかった。

 七機が出撃して、六機が撃墜、一機が帰投後破棄だ。

 要は全滅だ」

「全滅……」


 満州での活躍を聞いていただけに、期待していたら全滅とは。

 俺は言葉を無くしてしまう。


「三十ミリ機関砲の威力は大きい。敵機銃を沈黙させられるほどだ。

 だが、こちらの弾が当たるということは敵の弾も当たる。

 向こうは二十ミリだが数が多い。結局、敵駆逐艦の機銃群と相討ちになった形だ。

 あまりに被害が大きすぎる。搭乗員には済まんことをした。

 次からは輸送船や潜水艦相手でしか使えん」


 中尉が神妙な顔をしている。


「結局どうなったんだ」

「戦艦二は大破。残りの十四隻は撃沈・自沈確実となった」

「それは良かった。第一次で済んだということは第二次はどうしたんだ。帰ったのか?」

「いや、偵察攻撃に移った」

「偵察攻撃?」

「敵を偵察して発見次第攻撃するやり方だ。

 今回のは厳密に言うと違うんだがな。

 攻撃隊の内八機が爆弾を捨てて、南東方向に偵察に出た。

 残りの機はできるだけ燃料消費を抑えて、大体の方角へ進んでいく。

 そして、発見したら向きを変えて攻撃に行く」

「ほぅ、そんなやり方があるのか。初めて聞いた」

「普通はやらんからな。今回が初めてだ。

 艦載機が発艦後に目標を変えるのは難しい。

 特に一人乗りの戦闘機だと、途中で迷子になる可能性が高い。

 燃料も足りなくなるかもしれん。

 そこで艦隊は敵残存艦隊の方へ針路を変えた。

 少しでも帰投距離を短くするためだ。

 そして、迎えに行くため、艦隊から水上機が飛ばされた」


 攻撃隊は進路の再計算に忙しかったが艦隊の方も忙しかった。

 溺者を救援し、艦隊行動が不可能な損傷艦を駆逐艦の護衛を付けて後退させる。

 負傷者を治療し、弾の補充を行い、銃身の冷却を行う。



 敵第一次攻撃終了から四十分後、敵の第二派がやって来た。

 今度も総数は百機近い。

 四十分の間で着陸、補給が出来た直掩機は少ない。補給が間に合わなかった機体は上空退避した。

 最初の直掩機は全て瑞鶴から発艦していた。

 敵の多さに各空母に戦闘機を上げられるだけ上げるように命令が飛んだ。

 各艦では組み立て済み予備機などを大急ぎで準備し、一機、また一機と上げた。

 そして、最終的に四十機が直掩隊として敵を待ち構えた。


 第二波は第一波よりも過酷な戦いとなった。

 艦の数が減っている分、一艦当たりの担当範囲は広がり、敵機の数も増える。

 しかも敵は第一波と戦法を変えて艦隊の左側と後方だけに攻撃を集中してきた。


 また、直掩隊は各艦からバラバラに上がったために統制された迎撃を行えず、どうしても各自が身近の敵を攻撃する形になってしまった。

 しかも、第二波にも敵新型戦闘機が十機ばかり混ざっていた。


 こうしたことが重なり、ついに輪形陣の外周は突破され、空母にまで本格的な攻撃が襲った。


 全体の中では後方に居た蒼龍、飛龍に攻撃が集中し、両艦とも発着艦不能の大破の被害を受けた。

 格納庫が空で、延焼の被害が出なかったのが不幸中の幸いだった。



 敵第二波が引き揚げた後、日本海軍にのんびりしている時間は無かった。

 直掩機を収納すると、駆逐戦隊一個を溺者救済と護衛に残し、動ける艦は敵方向へ急ぐ。

 急いで攻撃隊を迎えに行かないと、燃料不足で墜落する機体が出てくる。


 その時、待望の連絡が入った。

 敵空母発見の報だ。

 艦隊はすぐに進路を変えてそちらへ向かう。


 敵空母は敵戦艦部隊の百キロ後方に居た。

 これなら、ギリギリ攻撃できる範囲だ。

 すぐさま第二次攻撃隊全機が攻撃に向かう。



 米軍は空母三隻が三角の形に並び、その外側を駆逐艦十二隻が取り囲んでいた。

 そして上空には直掩機がおよそ四十機。


 そこへ日本軍第二波が突入した。

 戦闘機の数は日本が多い。しかも、ここに新型機は居なかった。全てF4F。

 敵機はすぐに蹴散らされ、攻撃機五十、爆撃機五十七機が襲い掛かる。

 まずは後方に位置する駆逐艦に一個小隊三機ずつが急降下爆撃を行う。

 外れた艦にはすかさず次の三機が再び爆撃する。

 三十機が攻撃を終えた時には後方の四隻は轟沈か大破漂流していた。

 米軍は空いた穴を別の艦で塞ごうとするが、それよりも早く残りの爆撃機二十七機が空母に襲い掛かった。

 合計八発が命中。

 そこへトドメとばかりに攻撃機五十機が八百キロ爆弾の水平爆撃を行う。

 これは四発が命中した。

 そして、空母三隻全艦大破炎上を確認し、第二次攻撃隊は引き上げた。



「最終的にどうなったんだ」

「いや、待て、まだ続きがあるんだ。

 残された損傷艦の所へ、敵の第三波がやって来たんだ」

「何っ」

「数からして、東からきた空母のじゃない。

 ハワイから来たやつだ。

 方角も南東ではなく、北西だったそうだ」

「やられたのか」

「ああ、こっぴどくな。

 直掩機は居ない。残されていたのは、損傷艦と救助した兵が溢れている駆逐艦。

 そこへ三十機からの敵機が来たのだ。

 せっかく生き残っていた蒼龍、飛龍は大破炎上。重巡一、駆逐艦二も沈んだ」

「ひどいな」

「お互い様だがな。

 だが、これで、連合艦隊は怒り狂った。

 救難活動中の艦を攻撃するとは何事かと。

 だが、すぐに攻撃はできない。

 自分達の攻撃隊を収容中だからな。

 それが終わるころには、敵はどこへいったか見当も付かない。

 ハワイへ帰ったか、サンディエゴへ向かうか、それとも我が軍への攻撃を続行してくるか。

 それで、苦悩の末、連合艦隊は敵船団へ艦隊突撃を行うことになった。

 仇は取りたいが、本来の任務も重要。

 艦隊内に二空母の噂が広まるのも時間の問題。何もしなければ士気に係わる。

 それで、艦隊突撃だ。

 空母は収容作業中なので、戦艦や水上機母艦から水上機が飛ばされた。

 だが、ここで意外なことになった。

 いや、意外でもないな」

「なんだ、なんだ、もったいぶるな」

「索敵機から複数報告が上がってきた。

 ある機はパナマ方面へ撤退中と報告してきた。

 ある機はメキシコ沿いに進行中、ある機は陸へ向かっていると言った」

「どういうことだ」

「船団に解散命令が出て、バラバラに逃げたんだな。そうしたほうが被害は少なくなる。船団護衛ではありうる話だ。

 そうなると、艦隊突撃して一網打尽はできなくなる。

 そこで、依然西海岸へ向かっている船だけでも叩こうという話になった。

 それで、翌朝攻撃隊が編成されて、空母から発進することとなった。

 とまあ、飛行艇で送られた報告はここまでだ」

「すっきりしないな……」

「そうだな。

 その後、結果だけは無電で送られてきた。

 西海岸へ向かった輸送船二十隻は壊滅させたが、残りは追撃を諦め帰還するということだ」


 本当にスッキリしない結末だ。胸の奥にモヤモヤが残る。


「作戦は成功と言えるのか」

「これがまた微妙なところだ。

 戦果は空母三、小型空母二、戦艦二、巡洋艦四、駆逐艦十四、輸送船二十。艦載機およそ百機。他に百五十以上が不時着したはずだ。

 損害は空母二撃沈、巡洋艦は撃沈自沈が四、中小破五、駆逐艦二が撃沈、三が中小破。艦載機の撃墜自爆が六十。

 損害比で考えれば勝ちだし、敵船団も途中でたどり着いていない。

 だが、輸送船のほとんどは取り逃がしている。

 辛勝というところだな」

「厳しいな」

「敵も馬鹿じゃない。一方的には勝たせてくれんさ。

 それより、空母二がやられたのが痛い。

 これで、ハワイ作戦が厳しくなる」


 中尉の顔がいつになく真剣だ。

 これは本当に厳しいのだ。

 このすぐ後には対ロシア大反攻作戦も始まる。

 日本は正念場に来たということだ。

 俺は日本の勝利を祈るしかない。

次章は9/6(土)19時に予約投稿します。


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