<第四十一章 大西洋の戦い>
<第四十一章 大西洋の戦い>
昭和十六(1941)年一月。
今年の正月も無事自宅で迎えることができた。
この瞬間も外地で戦争している人達が居ることを考えると、とても幸運だと思う。
俺もカミさんも特に親戚回りをする必要も無いので、のんびりしたものだ。
お節と雑煮を食べ、ほんの少しのお屠蘇を飲んでいると、中尉が一升瓶を抱えてやってきた。
さすが大佐様ともなると時節柄手に入りにくい酒でも手に入れられるみたいだ。
お節をつまみに差しつ差されつしていると、自然と戦局の話になる。
「これから日本はどうなるんだろうな」
「まずはフィリピンだな。あそこを片付けたら、次は仏印。この二つを抑えたら、まあアジアの通商は問題が無くなるだろう。
それに仏印の飛行場を使えるようになったら、シンガポールにも飛行機を乗り継いでいけるようになる。
かなり便利になるぞ」
「そりゃあ便利になるかもだけど、そのくらいじゃ米ソにかなわないんじゃないのか」
「それはこれから次第だな。連合艦隊は今はまだ傷を癒しているところだ。
この傷が癒えた時が勝負だ。
次の戦いは、先月のマリアナ以上の戦いになるだろう。
乾坤一擲の大勝負だ。まさに『皇国の興廃この一戦にあり』となるだろう」
「どこだ。どこでやるんだ」
そんなに、おおげさなことを言われると、気になってしまう。
「それは、お前にもまだ言えん。
まだ何か月も先の話だ。その時が来れば教えてやる。
せめて、長門くらいは使えるようにならんと、勝負にならんからな。
それまで、予想でもしてることだな。
それより、今月は大西洋で大規模な海戦が起きそうだぞ。
アメリカの大船団の出港が近いようだ」
「どうして分かるんだ」
「数百隻もの軍艦や民間船が出港準備をしているんだぞ。
こっちの諜報網に掛かるというものだ」
これは多分、昨年十一月の会議で言ってた大船団のことだろう。
あれから二か月もたつのに、まだ出発してなかったとは意外だ。
それだけ準備に時間が掛かるということだろう。
「英独は勝てそうなのか」
「それはやってみないと分からんな。
単純な隻数では英独の方が上。
だが、個艦の性能をみると、新しい艦の多い米の方が有利だ」
「中尉の予想は?」
「米国の行き先がどこかによって変わる。
モロッコだったら、米が出港してから英独が出港しても十分間に合う。
だが、アイスランドだったら一部の部隊は間に合わんだろう。
それに、船団を二つに分けて片方を囮にすることも考えられる。
まあ、普通に考えれば米の行き先はモロッコで、英独連合艦隊とぶつかる。双方全力で戦い、お互いに大損害を受けるというところだろうな。
うちのマリアナ沖と同じような結果になるだろう。
違うのは一部の輸送船はモロッコに到着してしまうことくらいだ」
「そうか、英独が勝てばいいな。
で、話が戻るが、我が国の次の戦いはどうなるんだ」
「だから、まだ話せんと言ってるだろう。もうしばらく待て」
何度聞いても中尉はそれ以上教えてくれなかった。
そのうちに俺は久しぶりに飲み過ぎて前後不覚となってしまった。
気付いた時には中尉はすでに帰った後だ。
そして、正月二日は二日酔い。三日はやっと元気になって初詣に行き、俺の短い正月休みは終わった。
俺は正月明けからユンボの生産拡大で本当に忙しくなった。
工場は休日無しの二交代制と変わった。三交代にならなかったのは人が集まらなかっただけだ。
うちの工場は全製品を国へ納めることとなり、この工場にも陸軍の軍人さんがやってきた。
陸軍軍人らしく精神論が強いが比較的まともな少佐で、中尉が気を利かせて手を回したのかと思う。
まともだからこそ本流を外れて、工場しかも非武器のところへ回されたのかもしれない。
俺の仕事はというと忙しい皆の代わりに色々な雑用を片付けることだ。
新型の開発は完全に止まっていて現行機種の生産へ全力投入なので、テスト・オペレータの俺としてはやることが無い。
我がままを言ってられないので仕方が無い。
そして、もう一つの大切な仕事が工場配属の少佐の相手をすることだ。
この少佐が工場の邪魔をしないように、ほぼ付きっきりで話し相手になる。
工場の案内をしたり、重機の説明をしたり、満州・イラン・フィリピンでのことを話す。
この工場にまで軍人は要らないだろうと思うし、やりがいは全く感じないが誰かがやらないといけないので、これまた仕方が無い。
こうして俺は安全ながらもむなしい仕事を続けることとなった。
俺の忙しさとは別に、クリスマス前から始まったフィリピンの降伏交渉は正月三が日の間も続いていた。
先月時点で在比米軍は降伏の軍使を送ってきていたが、捕虜分の食料・医薬品不足を理由に日本は拒否。
フィリピン全土一括の条件付き降伏ならと回答していた。
その後も米軍が早期の降伏受け入れを求めて、しつこい交渉をした結果次の条件で降伏が決まった。
・在比米軍司令部は麾下全軍へ停戦および降伏を命令する
・日本は人道的見地から緑十字船による傷病軍人、民間人の米国本土移送を認める
・米軍降伏後のフィリピン行政、治安維持に日本は責任を持たない
・日本の輸送船が到着する度に、乗船できる人数だけ順次米軍の武装解除を行い降伏を受け入れる
・フィリピン兵(米国籍非保持者)は士官及び特殊技能保持者を除いて、その際に順次解放する
・日本は捕虜の早期全員移送の為に努力する
・米国側が費用を負担するのであれば、日本側はフィリピン統治機構へ食糧他必要物資を供給する
・日本占領地以外の米国の行動に日本は関知しない(身辺警護の為の最低限の武器携帯を黙認する)
・フィリピン内の一切の航空機の使用を禁止する
・フィリピン統治機構管轄内の船舶自由航行は認めるが、管轄外への航行は上記緑十字船を除き禁止する
他にも細かい条項が続くが、要するに外部とやり取りせずに大人しくしていろということだ。
マリアナ沖海戦の結果、米太平洋艦隊は大きく傷ついたので、フィリピンがどうなろうとも、もう救援する方法が無い。確実に見捨てるだろう。
それで、戦後のフィリピンの対日感情を考慮して、このまま放置するのはまずいとなり、できるだけ少ない負担でのフィリピン戦終結を選んだ結果だ。
日本としては米が何度もフィリピン救援にくるのをその都度叩こうと考えていただけに、当てが外れた形になる。
早速高雄郊外に捕虜収容所が作られて、輸送船が往復して捕虜を運んだ。
同時に、タイ・オーストラリアからフィリピンへ食料が運ばれた
日本はアパリ、バギオ、マニラの占領地に対潜哨戒機を派遣し、米潜退治に努めた。
といっても米軍の最前線は依然引きこもっている青島を除けばミッドウェーまで下がっているので、この辺りまで出てくるのは一苦労だろう。
ソ連海軍の潜水艦もあらかた沈められたか、補給切れで動けなくなっているはずで、日本-シンガポール間の被害は急速に減少している。
また、在比米軍は降伏で少しずつ人員が減るにつれ食糧事情が改善している。
米軍から入手した軍需物資は食料を除いて全て日本へ運ばれた。
食料は米国政府のフィリピン統治機構へ売却する。一部代金は現物(鉱物、麻、パーム油等)で、残りはスイス銀行決済の金で支払われる。
今、ドルを貰っても使う所が無いし、将来紙くずになるかもしれない(紙くずにしたい)からだ。
武器弾薬は一部を性能試験、戦技教育で使い、残りは中国国民党へ売却予定となっている。
これまで米国製武器を使用していた国民党ならば使えるだろうという考えだ。
中国共産党と国民党が同じ連合国の武器同士で戦うのは皮肉な話だ。
ただしB-17、B-24は国民党に持たせると危険なので日本が保存する。ほとんどが空爆で壊されていて、稼働機は数えるほどしかない。
こうして、フィリピン解放は進んでいるが、在比米軍全ての収容所収納は一か月以上かかる見通しだ。
武装解除をやりながらだし、何しろ島が多い。
それから日本軍にやる気が無いのもある。
降伏が公表されると、すぐにフィリピン人が交渉にやって来たそうだ。
独立するから承認しろということだ。
これに対して日本は、
・独立は米国とフィリピンの問題であり日本は関知しない
・英国他と共同歩調を取る
・米国との戦争中、現在占領している場所は継続使用する
・終戦後、可及的速やかに撤退する
と要求を突っぱねた。
将来不良債権になりそうな利権は要らないし、英国他に不信感を持たれたくないということだ。
日本は連合艦隊主力の修理、改装、休養。訓練に入っている。
艦艇の損害は大きい。
五隻の戦艦が残っているといっても無傷なのは後方に居た比叡だけだ。
長門、陸奥は上部構造物の被害が大きい。
金剛は本土まで帰ってこられたのが不思議なほどで一時は廃艦も検討された。
巡洋艦以下もかなりやられていて、一万トン以上のドックはほとんどが修理中の艦で埋まっている。
それで今は必要性が減った護衛艦隊から艦を引き抜き、全海軍での再編が行われている。
また、艦載機の損耗は日本側の予想よりかなり大きかった。たかが輸送船団の攻撃でも被害が出ている。
また、地上機では米主力艦隊への攻撃で全滅に近い損害が出ている。
一応、中尉に、『最後の頃の日本軍はベテランパイロットが居なくなって、まともに戦えなくて特攻しかできなかった』と言ってあった。それで、搭乗員の養成には力を入れていたそうだが、それを上回る損害だったのだ。
航空戦力を再建するには無理して三か月、普通にやれば半年はかかる。
サイパン・グアムの飛行場再建も必要だ。
そんな傷だらけの日本は、英国からさらなる攻勢を求められている。
大西洋でのアメリカの大輸送船団の出港が近いとの情報があるのだ。
そこで日本は仏印へ降伏勧告を行った。
連合国側へ揺さぶりを掛けると同時に、同盟国への言い訳の為だ。
連合艦隊の無傷の艦と護衛艦隊から船を引き抜いて、
海軍は臨時の南遣艦隊を編成し仏印沖へ派遣した。
唯一の稼働戦艦比叡が旗艦。
マリアナ沖から帰って間もないというのに貧乏くじを引かされた空母蒼龍、飛龍。
その他、巡洋艦、駆逐艦、輸送艦をかき集め、呉の特別陸戦隊とフィリピン攻略用に用意していた歩兵師団を連れている。
降伏に従わなければ実力行使をするという脅しの為だ。
そして猶予期間の最終日、仏印現地政府は降伏を了承した。
そして、日本はまたやりたくも無い雑事を一つ増やすこととなった。
一月下旬某日。
ついに米軍は大艦隊を出港させ、大西洋を押し渡りアフリカを目指した。
米政府も切羽詰っているのだろう。
これ以上敗色が濃くなると、国内で反戦運動が始まりそうな情勢だ。
開戦以来一方的に押されるだけで、やったことと言えばアイスランドとカリブ海を抑えたくらいだ。
新聞ではメキシコ特派員の記事でアメリカ国内の様子を紹介している。
米国内では一部物資の不足が始まっているらしい。コーヒー、紅茶、砂糖は配給制が敷かれ、バナナ、パイナップルなど熱帯性果物は手に入らなくなっている。
また、天然ゴムの不足から自動車の使用制限も出ている。
米国としてはこの辺りで是が非でも戦意を高揚させる何かが必要なのだろう。
この状況に対して、中尉のことだからきっと悪だくみをしているに違いないが、さすがに教えてくれなかった。
そして、英独がこの米大艦隊を見逃すはずは無く、大西洋で一大決戦が行われた。
俺が知ったのはラジオのニュースだった。
英国特派員からの記事で、米と英独の艦隊が衝突して双方にかなりの被害が出たと公表されたというのだ。
詳しいことはさっぱり分からない。
中尉の所へ聞きに行こうかと考えたが、昨日の今日で詳しい情報は届いていないだろうと諦めた。
それに、中尉の方から教えに来てくれるかもしれない。
だが、二日待っても三日待っても中尉は家にやってこないし、連絡も無い。
ニュースから一週間後、しびれを切らした俺は自分から中尉へ電話を掛けた。
なんか、我慢比べに負けたような気になる。
「そろそろ来る頃だと思ってたぞ」
悔しいことに中尉がしれっと言った。
「わざと連絡しなかった訳じゃない。俺も詳細を昨日知ったのだ。
観戦武官からの第一報は海戦の翌日には届いていたが、詳細な報告は英国駐在員が飛行機を乗り継いで持って帰ってきた。
まだ、ざっとしか目を通してない。今は印刷しようとしてるところだ」
「観戦武官?」
「ああ、我が国の観戦武官が英艦隊に参加していた。
マリアナの時に英国海軍の士官を乗せてやったんだから、お互い様だ」
「それで、どうだったんだ」
「結果から言うと、引き分けのような勝ちのようなはっきりしない結果だな」
「もっと詳しく教えてくれ」
「あせるな、あせるな、ちゃんと教えてやる。
英独は米大艦隊出港近しの情報に、米艦隊の予想進路に潜水艦を集中させていたはずだ。
おそらく場所はニューヨークとモロッコの中間点。モロッコ西北海上三千キロの辺りだろう。
ここなら、米軍の地上機による対潜哨戒に見つかることも無い。
そして、戦闘はUボートの攻撃から始まった……」
この配備された内の一隻のUボートが敵艦隊を発見。敵の位置を打電後、魚雷を発射した。
Uボートは攻撃後すぐに潜航したため戦果は不明。
この報を受け、アイリッシュ海とジブラルタルに集結していた英独艦隊はただちにモロッコ沖を目指して出港した。
その数は、イギリスが空母四、戦艦十七、巡洋艦二十一、駆逐艦四十五。ドイツが空母一、戦艦四、巡洋艦六、駆逐艦五。
これに対して予想される米軍戦力は空母三、戦艦十二、巡洋艦十二、駆逐艦多数、輸送船百五十から二百隻。
「凄い数だな」
「ああ、マリアナの時以上の大海戦だ。
空母や艦載機はマリアナの方が多いが、戦闘艦は五割増しというところだ」
「ところでイタリアは」
「イタリアは黒海でソ連を抑えんといかんし、地中海を空にすることもできんしで、不参加だ。
イタリアの艦艇は波に弱いからな、大西洋での戦いに向かんのもある」
「なるほど、それからどうなった」
「米艦隊発見場所の近くに居た潜水艦が予想進路上に集まってきた。
そして、夜になると攻撃を開始した」
この辺は夜間なこと、攻撃の主力がドイツ軍だったこともあり、英艦艇に乗っていた観戦武官に詳細は分からない。
開戦以来、米独共に対潜、対船団攻撃に習熟してきており激しい戦いだったらしい。
「潜水艦は英独合わせて三十隻以上が参加しており、ある程度の被害は出ただろう。
損傷艦は護衛を付けられ米本土へ引き返した。
一日目はこれで終わり。二日目の夜も前日より規模が小さいながらも潜水艦によって攻撃が行われた。
戦局が大きく動いたのは三日目の朝だ」
潜水艦からの報告で米艦隊の大まかな位置は分かっている。その距離およそ五百キロ。
対して米軍はこちらの位置を掴んでいないはず。圧倒的有利な状況にある。
英機動艦隊は米空母を叩くために索敵機を出すと同時に米艦隊の予想位置へ向けて速力を上げた。
英艦載機は航続距離が短い。まだ、出せない。
そして二時間後、米艦隊発見の報を受けると、すぐに艦載機を飛ばした。
第一波、第二波合わせて戦闘機フルマー四十機、爆撃機スクア三十六機、雷撃機ターン三十五機。
このターンというのは日本が輸出した九七式艦上攻撃機のエンジンを換装したものだ。
だが、米軍はこの攻撃を予想していたのか、直掩戦闘機を大量に上げて待ち構えていた。
さらに、空母と戦艦を中心に二重の輪形陣を敷いており、到底空母まで到達できるものではなかった。
半数近くが撃墜もしくは廃棄の大損害を出しながら、戦果は僅かでしかなかった。
「ひどいな」
「ああ、ひどい。これでイギリスがもう少し日本の艦載機を買おうという気になってくれたら良いのだがな」
米軍も索敵機を飛ばしていたのか、英軍の攻撃から一時間と少したった頃、米軍機が英艦隊に襲ってきた。
英軍も直掩機を上げていたが、その数はおよそ三十。
米軍は総数百二十機もの大軍で到底抑えきれない。
その結果、空母は四隻とも爆弾、魚雷が命中してしまう。一隻は当たり所が悪く大破炎上、残り三隻は爆弾の当たり所が良かったのか、装甲のおかげで二隻が発着艦不能の中破、一隻がかろうじて着艦可能の小破となった。
他に、護衛の駆逐艦が五隻が撃沈破されている。
半日で空母戦力が壊滅してしまったのだ。
こうなると英海軍は艦隊決戦でしか取り返せない。
復讐に燃えて戦闘艦艇を米艦隊へ急がせた。
そして、四日目の夜、英独海軍は米艦隊と接触することに成功した。
「昼間だと米空母の艦載機にやられることを恐れて、夜に接敵することにしたんだろう。
それに夜戦の方が練度の差が出やすいからな」
イギリスはキング・ジョージ五世級五隻を先頭に、ネルソン級二隻が続く
その横にはドイツのビスマルク級二隻、シャルンホルスト級二隻が居る。
この二本の縦列のうしろにはリヴェンジ級五隻とクイーン・エリザベス級五隻がそれぞれ縦列で並ぶ。
要するに二掛ける二の四本の線となっている。
米海軍も後ろには船団が控えているため逃げられない。
レーダーで英独艦隊の隊形を確認したのか、夜間にもかかわらず艦同士の距離を詰める。
そして夜戦が始まった。
個艦同士を比べると全体的に英は米よりも劣っている。
だが、英海軍は自信があった。まだ、アメリカが搭載していない射撃統制レーダーを先頭の七隻の戦艦に積んでいるからだ。
英独側は事前に目標を割り振っていたのか、統制された動きで米軍に接近する。
キング・ジョージ五世級五隻がサウスダコタ級四隻に、ネルソン級二隻がノースカロライナ級二隻に、リヴェンジ級四隻がニューメキシコ級三隻に、クイーン・エリザベス級四隻がニューヨーク級二隻に。
そして、ドイツの戦艦四隻がアイオワ一隻に向かう。
それほど、英独側は米最新鋭艦を重要視しているのだろう。
また、巡洋艦、駆逐艦も同格の相手を求めて動いている。
砲戦は空母戦と違って英独側優勢で進んだ。
老朽艦同士の戦いではクイーン・エリザベス級が二倍の隻数と練度で圧倒し、早々にニューヨーク級を血祭りに上げた。
こうなると、後は将棋倒しの様に進んでいった。
互いに善戦していたリヴェンジ級とニューメキシコ級の戦いにクイーン・エリザベス級三隻(一隻は自力航行不可)が助太刀すると、ニューメキシコ級が沈黙するまでにそれほど時間はかからなかった。
ノースカロライナ級はただでさえネルソン級の命中率の高さに押されていた。そこへ敵が増え、至る所へ命中弾が発生し火災が多発し手が付けられなくなった。
サウスダコタ級はかなり善戦した。
最初に戦っていた相手のキング・ジョージ五世級は主砲が十四インチであり、自身の十六インチ砲がより大きい。
それで何とか耐えると同時に、敵の被害を増やしていった。
英側の残っている戦艦は多かったが、多すぎても射撃統制が出来なくなる。
そこで、十六インチ砲を持つネルソン級二隻だけを参加させ、合計七隻対四隻の戦いへもっていった。
そして英米双方一隻ずつが倒れ六対三となるとそこからは早かった。射撃レーダーのおかげでただでさえ(夜間の割に)命中率が高い上に倍の数の敵に撃たれたら持ちこたえられなかった。
また米対独の戦いも激しい物だった。
アイオワは十六インチ五十口径。シャルンホルスト級は一発轟沈の可能性もある。
そこで、ビスマルク級が敵の攻撃を受け止めている間にシャルンホルスト級が敵戦艦へ向けて突撃していった。
シャルンホルスト級には戦艦らしからぬ魚雷発射管がある。これで刺し違えようというのだ。
「敵の最新鋭戦艦を倒せばドイツ海軍の面目が立ち、ヒトラーも喜ぶだろう。
そのために英独の対戦相手の割り振りで強硬にアイオワを主張するのが目に浮かぶよ」
中尉がニヒルに言う。
独裁者の国の人は大変だ。
独艦には射撃統制レーダーは積まれていない。
独と米は壮絶な撃ち合いをした。
ビスマルク級は三十八センチ四十七口径が八門、これが二隻で十六門。
相手のアイオワは十六インチ(40.6cm)五十口径が九門。
一発当たりの威力はアイオワの方が大きい。質と量の戦いだ。
そして、ドイツ側は複数艦統制射撃の訓練をしていないのか、門数にもかかわらず命中弾が思ったよりも出ない。
二対一でもドイツ側が撃ち負けてしまう。
まず、ビスマルクの主砲が一基吹き飛び炎上した。そうなるとさらに門数は減り、ビスマルクは大破してしまう。
アイオワはシャルンホルスト級が魚雷を積んでいるのを知らないのか、接近するのを無視してティルピッツに照準を変える。
そして、ティルピッツも炎上し始めた頃、シャルンホルスト級の二隻は五千メートルまで接近していた。
そこで、ようやくアイオワは主砲の目標をシャルンホルストへ変更した。
そして、シャルンホルストが複数の命中弾で轟沈する間にグナイゼナウは魚雷六本を発射。その内の二本が命中する。
一発は船体中央に、一発は船尾付近に命中。アイオワは速度がガクンと落ち、旋回を始めてしまう。
そうなると、もうまともな射撃はできない。
その間にグナイゼナウは全速で退避していく。
そして、駆逐艦同士の戦いが終わり、なんとか生き残った英駆逐艦が駆け付け、アイオワを魚雷で集中攻撃した。
さすがの新鋭艦もこれにはたまらず傾斜していった。
これで、激しかった夜戦は終わりとなった。
「米国の船団はどうなったんだ」
「そっちの方は大丈夫だ。ドイツの巡洋艦三隻と駆逐艦が突入して、さんざん撃ちまくったらしい。
だが、主砲では貫通してしまうこともあって、副砲も使ってかなりの船に被害を与えたそうだ」
「最終的に結果はどうなったんだ」
「朝になると米空母から攻撃される可能性があるからな、英独艦隊は溺者救出もそこそこに海域を脱出しなければならなかった。
それで、戦果ははっきりしないんだが、推定ではこうなる――」
イギリス
空母:大破一、中破二、小破一
戦艦:沈没二、大破二、中破五、小破六
巡洋艦:沈没一、大破二、中破二、小破三
駆逐艦:沈没三、大破三、中破五、小破六
ドイツ
戦艦:沈没一、大破二
巡洋艦:中破一、小破一
駆逐艦:中破一、小破二
アメリカ
戦艦:沈没十一、大破一
巡洋艦:沈没三、大中小破五
駆逐艦:沈没五、大中小破二十、鹵獲三
輸送船:沈没三十、撃破五十
この結果を聞いて俺は言葉を無くしてしまった。
この一晩だけで何万人の人が死んだのだろう。両軍の死傷者を合わせたら十万を超えるのではないだろうか。
「これで、米軍はかなりの間、動けんだろうな……。それは英独も同じだが」
中尉が真面目な顔をして言った。
こうして、世界最大の海戦は終わった。
次回更新は8/30(土)19時になりそうです。
間に合えば、8/27(水)19時にします。