<第四十章 フィリピン戦終結>
昭和十五(1940)年十二月。
師走になったというのに俺はまだフィリピンで重機に乗っている。
もう、ここに来て二週間になる。いつになったら帰れるのか分からないのが辛い。
米軍はやる気が無いのか、たまに飛行機が偵察に来るくらいだ。それも、この前のように機銃掃射をするでもなく高空を飛び過ぎるだけだ。
工事はおおまかなところが終わり、すでに陸軍機が進出してきている。
最前線だからか最新鋭の零式に九九双襲が各一個中隊だ。
俺達工兵隊は三つの組に分かれて、空港施設建設、滑走路の延長、港への道路整備を行っている。
滑走路が延長されたら陸軍の爆撃機がやって来るらしい。
このアパリが順調な一方、もう一か所の上陸地点であるバギオでは結構苦戦しているらしい。
「あっちでは毎日のように空襲があるそうですよ」
例の下士官上がりの少尉が教えてくれた。
彼くらいになると兵の中では神様みたいな存在だから、ある程度の情報は自然と集まってくるのだろう。
ここからも毎日陸軍機が出撃し、被弾し帰ってくる。時には数を減らしていることもある。
「あっちはマニラから近いからアメちゃんも必死でしょう。
こっちは放置して、あっちに全力ってなるのも当然です。
おかげでこっちは楽で良いですよ。
それより、聞きましたか。海でかなり大きい戦闘があったみたいですよ」
「何だそれ、知らないぞ。詳しく教えてくれ」
末端の兵士に全体の話は噂でしか伝わってこない。
中尉から話を聞くのに慣れている俺は、日本の状況が分からないのは結構辛い。
俺が贅沢に慣れているだけだが、他のみんなは、よくこんな状況で我慢できるなと感心している。
「俺も又聞きですからちゃんとしたことは分からんのです。
アメリカの大艦隊がマリアナのほうへ来て、それを海軍が迎え撃ったそうです。
それで、米軍を撃退したが、海軍もかなりの損害を出したとか」
たしかここへ来る前の話ではアメリカは大西洋で大規模船団を準備しているという話だった。
それなのになぜマリアナで海戦が起きたんだ。不思議だ。
「それから」
「聞いたのはそれだけです」
中途半端な話を聞くと、よけいストレスが溜まってしまう。
この少尉を責めるのはお門違いだが、ちょっとだけ恨みがましく思ってしまう。
「実はもう一つネタがあるんです。こっちは朗報ですよ」
「なんだ」
「天気が良ければ明日にでもここへ重爆隊が来るそうです。
先発隊の三機だけですが。それさえ来れば一気に米軍を押せると司令部は大興奮だそうですよ」
「それは確かに良い話だ。俺達もそろそろお役御免となるかもしれんな」
「私らはまだ工事がありますし、ひょっとしたらバギオへ行って手伝えとかありそうですがね。
でも、先生なら帰国命令が出るかもしれませんよ」
確かに朗報だ。
先が見えて、少し元気が出てきた。
この話の翌日、アパリの天気は晴れ。
昼過ぎに護衛戦闘機を引き連れて三機の九七重爆がやってきた。
台湾の天気も良かったのだろう。
九七重爆は延長工事が終わったばかりの滑走路へ無事着陸した。
延長工事は昨夜の突貫工事でギリギリ完成したばかりだ。着陸の数時間前までロードローラーが地固めしていたというかなりの泥縄さだ。
しかも、重爆用の補修部品がまだ届いてないらしい。昨夜高雄を出た輸送船に積んであるので、ここに着くのは早くても明日だろう。
これまた泥縄な感じだが、本当の戦争とは何もかもが計画通りに行くわけでもなく、こんなものなんだろう。
三日後には部品や整備兵も揃い、追加で六機の九七重爆がやって来た。
その二日後からは連日空爆へ出撃していく。
その間も工兵部隊は二本目の滑走路建設や兵舎の増築に追われていた。
そして、十二月二十二日、待ちかねていた帰国命令が届いた。
正月を日本で迎えさせてやろうという中尉の心遣いだろう。
でも、帰国命令は俺一人だけで他の工兵は引き続きここに残ることになる。
俺が申し訳なく思っていると、
「帰国おめでとうございます。
先生はそもそもこんな所へ来る人じゃなかったんですよ。
もっともっと国で活躍して工兵の地位を上げてください」
うるっとなりそうなことを言って、元教え子達は気持ち良く俺を送り出してくれた。
二十三日の皇太子殿下誕生日の少し豪華な食事を頂いた後、俺は日本へ向かった。
帰りは俺一人なので早いものだ。
船で高雄へ渡った後は、飛行機を乗り継ぎ二十五日の夕方には羽田へ着いた。
クリスマス・イブを一人で過ごしたのは少し悲しかったが、この時代の日本では特に何をするわけでもなく俺一人心の中で楽しむだけだ。
毎年、皇太子殿下の生誕祝いということで子供にプレゼントを上げてたのに、今年はできなかったのが残念なくらいだ。
羽田から家へ電話しておいたので、今回も家へ着くと家族全員で出迎えてくれた。
「ご苦労様でした」とカミサンは泣きそうだし、長女と次女は寂しかったのか泣きながら俺にしがみついてくる。
これからも、外国へ行く度にこんなだろうかと思うと同時に、ようやく日本に、我が家に帰ってきたという実感が湧いてくる。
「ただいま、良い子にしてたか」と言って子供の頭を撫でてやった。
翌二十六日、俺は早速中尉へ報告に行った。
この前のイラン帰りの時と同じく蕎麦屋へ連れて行かれた。
「年越し蕎麦には早いがな」
と言いながら、中尉は天ぷらや鴨などちょっと贅沢な品も注文する。
これは飛行場が一度襲撃されたことを知ってるなと思う。
「ご苦労だった。工兵の頑張りでフィリピンは無事に終わった」
終わった? どういうことだ。
俺の不思議そうな顔を見て中尉が言った。
「お前がフィリピンを立った二十四日に在比米軍と停戦交渉がまとまった」
「えぇー、そんなの知らんぞ」
「決まったのが二十四日で、発効が昨日だからな。クリスマスに発表して、いたずらにアメリカを刺激することも無かろうと、明日にでも発表される予定だ。今は降伏条件を話し合ってるところだ」
「驚いたよ。アメリカはほとんど戦ってないじゃないか。いくらなんでも早すぎるんじゃないか」
「マリアナ沖海戦の結果が影響している」
「おう、それそれ。なんかマリアナで大きな海戦があったそうじゃないか」
「意外と耳が早いな。まだ、発表しておらんのに。誰に聞いたんだ」
「部隊に元教え子が居てな。そいつから聞いた。それで、どうなったんだ」
俺は身を乗り出してしまう。
「そう慌てるな、説明してやるから。
西海岸で動きがあるというのは掴んでいたんだ。
だが、それは大西洋での大作戦へ太平洋の戦力の一部を回すためだと考えられていた。
こっちは通商破壊の部隊を増やそうと考えていたくらいだ。
そんな時、南鳥島が攻撃された」
南鳥島はマリアナ諸島とミッドウェーの間にある孤島だ。
「あそこは哨戒の為の航空機が少数配備され、あとは気象観測の人員がいるくらいだ。
島の地形的に防衛は難しいと、防御はほとんど諦めていた。
そこを艦載機に襲われて、施設は壊滅的な打撃を受けた。
通信設備も壊されたが、哨戒の為に出ていて難を逃れた航空機が小笠原まで無電を送って事態が判明した。
そうなると米艦隊の来襲が濃厚と連合艦隊は急ぎ出撃した。
敵はフィリピン救援船団。行きは補給物資を乗せて、帰りは民間人を乗せるという予測だ。
当初大本営は、米艦隊はマリアナと小笠原の間を通ってフィリピンへ向かうと考えていた。
だが、米艦隊は想定外の動きを見せた。
直接マリアナを攻撃してきたのだ。
いずれやるなら今やれば一石二鳥、マリアナが沈黙している間に船団がすり抜けるつもりだったのだろう。
サイパンの部隊は南鳥島壊滅の報を受けてすぐに厳戒態勢に入っていた。毎日哨戒機を飛ばし警戒もしていた。
そして、サイパン東方五百キロ地点で米艦隊を発見した。
哨戒機は米艦隊発見の一報を打つと、相手の戦力を報告する前に沈黙した。
おそらく撃墜されたのだろう」
中尉がお茶で喉を湿らせる。
「その時連合艦隊は小笠原近くに居た。さすがに、そこからでは艦載機は届かない。
連合艦隊は米艦隊を求めて十六ノットの艦隊速度で南へ急ぐ。
その間にサイパン・グアムの飛行場は空襲を受けてしまった。
やつらは日本の空母が近くに居ないことを知っているのか、小隊単位でダラダラやってくる。
編隊を組むということを知らんのかと思うくらいだ。
あまり一度に来られても困るが、かといって途切れなく来られると迎撃機が燃料と弾薬の補給に降りられんからこれまた困る。
最初の内はなんとか敵を抑えていたが、その内最初に上がった迎撃機が着陸せざるをえなくなった。
そうして、空に誰も居ない時に来た敵機に飛行場を攻撃されてしまったのだ。
それで、サイパン、グアムの飛行場が一時使用不能になった。
ブルとダンプがあるので半日で復旧できるが、敵機が居ればそれもままならん。
サイパンの方はかろうじて弾薬庫、燃料タンクは無事。偽装が効いたのだろうが、それ以外は壊滅に近い。
管制塔、レーダー、対空銃座、司令部、宿舎と軒並みやられた。
グアムの方は米軍が残した施設を使っていたので、ほぼ全ての物が破壊されてしまった。
全部の場所がバレてるのだから仕方が無い。
米艦載機にも被害を与えたが、撃墜が五十、撃破が六十五。半数が重複だとしても五十以上はやったことになる。
そして初日は日没で戦闘終了となった」
「マーシャルの時みたいに飛行艇は出なかったのか」
「飛行艇は生産を急いでいるんだが、まだまだ数が少ない。
今は台湾周辺と日本海で米ソの潜水艦狩りに忙しい。
サイパンには虎の子のレーダー搭載の九七飛行艇が三機居た。一機は整備中なので実働二機だ。
敵艦隊発見後はこの二機で夜間は常に監視していたが、米艦隊はこちらの意に反してなおもサイパンへ接近してくる。
この報告を受けた時、サイパンの司令部も大本営も少し慌てたぞ。
すわ艦隊決戦だと艦隊主義の連中がいきりたった」
「決戦か……」
「翌午前五時の時点で、米艦隊はサイパン東方九十キロと百七十キロの二つあった。
レーダーの反応から前者が戦艦と空母を含む打撃艦隊、後者が輸送船団だと思われた。
この時、日本艦隊はマリアナ諸島北部のアグリハン島沖でサイパンまで四百キロ、米の艦隊まで四百十と四百三十キロ。
ここで連合艦隊司令長官は悩んだ。
米軍の目標が分からんからだ。
敵はあくまでもサイパン他の飛行場を攻撃するのか、それとも連合艦隊を迎え撃つのか。
また、大本営の基本方針は輸送船団を優先して攻撃せよだ。
そこで、長官は決断した。
艦載機で敵輸送船団を叩き、主力艦隊で敵艦隊に艦隊決戦を挑むと。
まずは索敵機六機が放たれた。
夜明け前に飛行艇は引き上げているから、敵の正確な位置を確認するためだ。
そして午前五時過ぎ、加賀・土佐・蒼龍・飛龍の四空母から第一次攻撃隊が発進した。
さらにその三十分後翔鶴型・改翔鶴型の四隻から第二次攻撃隊が。
さらにその一時間後、最初の四隻から第三次攻撃隊が。
さらにその四十分後に残りの四隻から第四次攻撃隊が発進した。
合計で三百五十機に及ぶほぼ全力出撃だ。
戦闘機の残り八十機は交代で艦隊直掩に当たる」
中尉はいつもみたいに実際に見てきたかのように話す。
報告書を読んでるからできるのだが、細かい数字まで覚えているのが凄いところだ。
「敵を先に見つけたのは日本だ。明け方近くまで飛行艇が監視していたので、発見は比較的容易だった。
途中まで進んでいた攻撃隊は、その報を受けて進路を調整し米艦隊へ向かう。
敵は百隻を超える大船団だった。反対側の船は黒点の後ろに白い棒が付いてるようにしか見えない。
西海岸中の輸送船をかき集めたんだろう。
後はひたすら一方的な攻撃だ。
輸送船団に付いてる米の駆逐艦は旧型で対空兵装は貧弱だ。とても我が軍の猛者を防ぎきれない。
それに、搭乗員にも駆逐艦より輸送船を狙うように徹底している。
戦果として駆逐艦も輸送船も同じ一隻として数えるからな。大抵の奴は簡単な輸送船を狙う。
中には血の気の多いはねっかえりが駆逐艦を狙うが多少はご愛嬌だ。
四波におよぶ攻撃で米輸送船団は壊滅した。動ける船は数えるほどだ。救助された船員も少ないだろう。
とどめとばかりに戦闘機が機銃掃射までしたそうだ」
「それで、敵の主力はどうなった」
「結局やつらの艦載機は連合艦隊へ向かってきた。
合計百五十機におよぶ大編隊だ。今度も小隊単位でバラバラにやって来た。
さすがに八十機の直掩機では防ぎきれんかった。
戦艦以下、各艦艇は防空に尽力した。味方撃ちが出ようとも手を抜かずに撃ちまくる。
まさにヤマアラシ。
敵は駆逐艦の線を突破時に少なく無い被害を出し、そこを超えても対空巡洋艦、さらに戦艦、空母の対空砲が待ち受ける。
敵雷撃機は速度が遅い。我が軍は次々と撃ち落とし全滅に近い戦果をあげる。
普段は九七艦攻や零式艦攻で訓練しておるから、それより遅いデバステーターならやりやすかっただろう。
敵急降下爆撃も見事な操艦でかわしていく。
だが、米軍も艦に激突するかと思われるほど勇敢に突っ込み、爆弾を投下していく。
結果、多少の被害が出た。
空母は中破一に小破一、戦艦一が小破、重巡一が中破、駆逐艦三が撃沈、五が大中破。
この後、連合艦隊は空母、油槽艦、損傷艦を切り離して敵主力へ向けて進撃した」
このくらいの損害は発表できないほどではない。
ということは、まだこの後に戦闘があったということになる。
「我が艦隊が攻撃を受けている間に、サイパンの司令部は残存航空戦力を敵艦隊へ向かわせた。
戦闘機十五、爆撃機十八、攻撃機が雷装八・爆装十三の合計五十四機の全力出撃だ。
元々ここには戦闘機三十八、爆撃機、攻撃機が各二十九が定数で配備されていたが、前日の攻撃で撃墜されたり使用不能になった物が多く、この数になった。
残念なことにこっちの攻撃はそれほど成果を上げられなかった。
敵の直掩が三十機も居たからな。いくら零戦が強くても倍の戦闘機を相手にはできん。
巡洋艦一、駆逐艦五を撃沈破しただけだ。
だが、この攻撃で敵の全貌が明らかになった。
敵艦隊は戦艦九、空母二、巡洋艦十四、駆逐艦およそ三十、その他八。
戦艦はネバダ級、ペンシルベニア級、テネシー級、コロラド級で新鋭のノースカロライナ級、サウスダコタ級は居ない。
連合艦隊を舐めてるのだろうな」
「こっちとしては舐められた方が都合が良いんだろ」
「それはそうだ。
米艦隊はサイパン沖に到着すると、今までのお返しとばかりに戦艦が主砲を撃ってきた」
「ちょっと待ってくれ。サイパンには要塞砲があるんじゃないのか」
「ああ、あるぞ。タッポーチョ山をくりぬいて設置した連装三十六センチ砲三基六門がな。
だがな、いくら要塞砲でも九隻の戦艦相手では分が悪い。
しかもやつらは三万くらいから撃ってきた。半分メクラ撃ちだ。
それでも九隻九十二門の主砲の全力射撃は凄まじい。
こちらが有効弾を出す頃にはサイパンの主要地区は軒並み破壊されてしまった。
飛行場や港に隣接した市街地も流れ弾で大部分がやられた。
せっかく修理した飛行場もまた、穴だらけだ。
重機にも被害が出ており回復には月単位で時間が掛かるだろう。
そして、三十分で三千発近くの主砲を撃ちこんだ米艦隊は颯爽と引き揚げていった。
そこで、近海防御で潜んでいた潜水艦が駆逐艦一隻を轟沈したのがせめてもの幸いだ」
「要塞砲ってもっと強いのかと思ってたが」
「要塞砲と戦艦が一対一でなぐり合えば、たいてい要塞砲が勝つ。
だが、今度みたいに、遠距離から数にあかせて撃たれると対応できない。
要塞砲も万能ではない。一つ戦訓が増えた訳だ」
「連合艦隊は何してたんだ」
「待て、待て、この次に出てくる。
連合艦隊は日没ギリギリに米艦隊と接触することに成功した。
お互いにレーダーで捉えていたのか、お互いに水上機を出して偵察を行う。
それで彼我の戦力もはっきりした」
日本:戦艦九、巡洋艦九、駆逐艦十六
米国:戦艦九、巡洋艦十一、駆逐艦二十四
米国も空母他を切り離して、戦闘艦艇だけになっていた。
「日本艦隊は見敵必戦と速度を上げる。
戦艦は長門を先頭に以下陸奥、金剛、榛名、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向と続く。
その左右には重巡が三隻ずつの単縦陣で脇を固める。
そのまた外側には軽巡を先頭に駆逐艦が続いた。
戦力では日本側が劣っている。特に戦艦の主砲の門数は日本が五十二に対して米国は九十二。
だが日本は全てが四十一センチ砲なのに対して、米国は14インチ(35.6cm)が六十八、16インチ(40.6cm)が二十四であり、単純には比較できない。
これに対して米国も日本と同様戦艦の単縦陣を中心に両脇に重巡と軽巡・駆逐艦を配して正面から向かってきた。
そして、戦闘は距離二万五千で米艦隊の発砲で始まった」
俺はドキドキして文字通り手に汗を握った。
「日本はまだ当たらんと悠然と距離を詰める。
あたりは日没直後で西の空はだいだい色に染まっているが、東の空はすでに暗い。
そして距離二万で日本は全艦東へ転舵すると同時に突撃を命じた。
米艦隊の頭を抑え、また、暗い空を背負い少しでも戦闘を有利にしようとしたのだ。
これに米艦隊も即座に反応。同様に東へ転舵した。
こうして二つの艦隊は対向戦から同航戦へと移行していく。
ここで驚くことに金剛型の三隻がさらに速度を上げて先頭の長門陸奥を追い越していく。
そして、米艦隊の頭を抑えるべく進路を取る。
これには米軍も驚いたろう。一番旧型の戦艦が一番前に出るなど普通は考えられない。
コロラドの主砲が当たれば、金剛など当たり所が悪ければ一発轟沈もありうるのだ。
最高速で六ノットも差が有るコロラドはこの動きを阻止できない。
代わりに米重巡部隊が向かおうとするが、日本の重巡部隊がそれを許さない。
金剛型三隻は弾を避ける為、右に左に進路を変えながら、米艦隊の前面へ回り込んでいく。
そして、戦いは混戦へと変わっていった……」
最初に当てたのは日本側だ。
長門、金剛、榛名、霧島の二十門で集中攻撃を受けたコロラドは一たまりも無かった。
この日の為に日本は三艦で同一目標を狙う複数艦統制射撃なるものを訓練していたらしい。その結果が出たのだ。
最初に機銃群が吹き飛び、主砲一基が旋回不能になり、5インチ速射砲が破壊され艦内に火災が発生。
その後しばらくは戦闘を続けていたが、やがて艦速が落ち脱落していった。
コロラドの唯一の命中弾は金剛の二番主砲を使用不能にしたことだけだ。
陸奥はメリーランドと互角に戦っていた。そこへ長門以下四隻が参加すると、あとは一方的だった。
メリーランドもすぐに沈黙した。
だが、日本の一方的な戦いはここまでだった。
伊勢は格上のウエストバージニアに叩かれ半身不随の状態。
日向、扶桑、山城はそれぞれ二隻の敵を相手に奮闘していたが、艦内で火災が発生し今にも沈みそうな状態だ。
そして相手を変えての第二回戦が始まった。
動ける船は日本が長門、陸奥、金剛、榛名、霧島の五隻。
米側はウエストバージニア以下七隻。
隻数では日本が不利だが、米側の16インチ砲はウエストバージニアのみ、あとは14インチ砲しか残っていない。
そして、時が日本に味方した。
日米ともに警戒用レーダーは積んでいるが、射撃用精密レーダーは積んでいない。
となると目視での夜間砲撃戦になる。
戦闘開始から三十分以上たち、あたりは日が落ちている。わずかに西の水平線がほのかに明るい程度だ。
こうなると練度がものを言う。
空では互いに水上機を飛ばして弾着観測しようとするが、互いに邪魔をしてなかなか上手く行かない。
そこで珍しい水上観測機同士の空中戦が発生した。
性能で米のキングフィッシャーを上回る零式水上偵察機が次々と敵を撃墜していき、夜空を支配することに成功した。
米戦艦は背後に照明弾を落とされると、日本側の驚異的な視力を持つ観測員によって測的され撃破されていく。
もちろん日本側も無傷ではない。
米側は精度の粗いレーダー情報とかすかな発砲炎をたよりに撃ち返してくる。
主戦力として米と撃ちあった長門と陸奥には多数の命中弾があった。
ほとんどは14インチ弾であり、主要部分を貫通することができず、機銃や副砲を破壊されるにとどまった。
そして、一時間にも及んだ第二回戦は米側戦艦の全滅という形で終了した。
米戦艦は九隻とも沈没または総員退艦しており、かろうじて浮いている艦には魚雷が撃ち込まれた。
重巡以下も戦闘を終わり、生き残った米艦艇は救助中の駆逐艦数隻を残して撤退していった。
こうして今次大戦初の艦隊決戦は終わった。
最終的な損害は、次のようになる。
日本側損害
空母:中破一、小破一
戦艦:撃沈自沈五(伊勢、日向、扶桑、山城、霧島)、大破二(陸奥、金剛)、中破二(長門、榛名)
巡洋艦:大破一、中破四、小破三
駆逐艦:撃沈六、大中小破八
艦載機:二十一機
地上機:七十二機(地上撃破含む)
その他:サイパン島飛行場壊滅、港湾施設大破、グアム島飛行場壊滅
米国側損害(重複誤認あり)
戦艦:撃沈自沈九
巡洋艦:大破一、中破三、小破五
駆逐艦:撃沈十七、大中小破十三
艦載機:百五十七機
輸送船:撃沈およそ八十
日米ともに大損害を出している。
「それとな、ここだけの話だがな、実は海戦はもう一つあったのだ」
「えっ」
「日本海軍主力の留守を狙って、米ソ船団が千島列島を強行突破しようとした。
たまたまアリューシャン方面を哨戒中の潜水艦が幸運にも米ソ船団を発見した。
中部太平洋のどさくさに紛れてソ連へ物資を送ろうという腹だろう。
ソ連も内情は厳しいのか、実際満州ソ連軍の圧力がかなり弱くなっている。
連絡を受けた海軍は戦力をかき集めた。
だが根室には第一次大戦の頃の旧型艦しか居ない。
それでも何とか七十機ほどの航空機を根室へ送り込んだ。
千島列島の飛行場へ送っても、燃料も弾薬も整備士も足りんからな。
少ない戦力でも北方担当の第五艦隊は迎撃へ出た。
そして、カムチャッカ半島東方海上で戦闘になった。
艦隊といっても軽巡三に駆逐艦八と潜水艦しかいない。
敵は重巡一、軽巡二、駆逐艦十二でこちらよりも優勢だ。
海軍機による空襲と艦隊戦が行われ、第五艦隊は善戦むなしく敗れてしまった。
米ソの輸送船の半数は撃沈するかアメリカへ引き返したが、半数はマガダン方面へ逃げて行った。
この負け戦も、この二海戦をまだ公表してない理由だ」
「その話は全く知らなかった。アメリカも必死だな。それにしても、アメリカの目的はなんだったんだろうな」
「それが今でもはっきり分からん」
何にでも明快な答えを出す中尉には珍しく本当に分からないみたいだ。
腕を組み、わずかに首をかしげている。
「マリアナの基地破壊か、連合艦隊の撃滅か、フィリピン救援か。
どれか一つかもしれんし、全部かもしれん。
主力艦隊がオトリで輸送船団が主目的だったかもしれんし、その逆かもしれん。
敵の行動から考えると全部が目標だった気がする。
マリアナと連合艦隊を各個撃破し、フィリピンへ救援物資を送り、ついでに日本の上陸部隊を叩く。
そして、裏でソ連へ支援物資を送る。
目標が多すぎていずれも達成できなかったがな。
マリアナは、サイパンを潰したがグアムの破壊は中途半端だし、テニアンは無傷で残っている。
連合艦隊も被害は大きいが壊滅というほどではなく、米艦隊の方が被害が多い。
それに、フィリピン救援は完全に失敗している」
「結局日本は勝ったのか」
「難しいところだな。
日本の目標は米船団を叩いてフィリピン救援を失敗させる。
そして、何度もアメリカに救援活動を行わせ、そのつど船団を叩くというものだった。
今回の船団は叩いたが、おそらく米は今後もうフィリピン救援をせんだろう。その戦力が無い。
となると、我が軍は短期的には目標を達成したが、中期的には失敗したことになる。
だが、長期目標のアメリカの船員を死傷させ、海運を麻痺させるという面で考えるとまた違ってくる。
今回の海戦で二万人近くの海軍軍人と船員を死傷または捕虜にした。
どこの国でも戦艦には最高の船員を乗せる。これを九隻分は大きい。
これだけの軍人を補充するのはいくら大国アメリカでもかなり厳しいはずだ。
ということで総合して考えると勝ちと言っても良いが、詳しいことを知らぬ国民は素直に勝ちとは思わんだろうな。
優勢勝ちというところだろう」
「それにしても終わって二週間以上たつだろう。なぜ、発表しないんだ」
「被害が大きすぎるからな。他の勝ち戦と一緒に発表して戦意が下がるのを抑えようという考えだ。
一応政府と軍の高官には、嘘で塗り固めた大本営発表は国を誤らせるという認識がある。
だが海軍の中には戦艦を五隻も沈められたのは恥だと考える者も居るし、敵に真実を教える必要はないと考える者も居る。
それで、嘘の発表をしようという意見を抑えて、遅らせるのが精一杯だったのだ」
軍内でも色々な意見があるもんだ。
海戦のことはこれですっきりした。
んっ? 何の話からマリアナ沖海戦の話になったんだ。
そうだ。フィリピンだ。
「それで、フィリピンはどうなってるんだ」
「だから、米太平洋艦隊が大打撃を受けて、在比米軍は救援を諦めたんだろう。
それにフィリピンでは海戦前から戦意がかなり後退していた。
連日続く空爆、日本軍を追い出せない米軍、食糧不足。
米軍はマニラのあるルソン島に部隊を厚く配備していたから南のミンダナオ島よりルソン島の方が食糧不足が厳しい。
このままでは戦わずして軍が崩壊すると米軍は考えたんだろう。
在比米軍のほとんどはフィリピン人だからな。元から忠誠心や戦意は低い。
それでクリスマスを前に我が軍に停戦を申し込んできたんだろう」
「それにしても、停戦とか降伏とか早すぎる気がするが」
詳しくは知らないが、元の世界では真珠湾で戦艦がほとんどやられても結構戦ったんじゃないかと思う。
すぐに降伏したイメージは無い。
「反米系の集団に民間の食糧倉庫を襲わせたり、軍からの脱走を手引きさせたりしてるから、その辺も影響あるかもしれんな。
どうせ、アメリカも占領した場所で同じようなことをやるだろうからお互い様だ」
やっぱりだ。やっぱり黒いこともしてる。
「でも、どうして停戦を受けたんだ。戦闘を続けた方が有利なんじゃないか。
これから米軍は補給不足でどんどん弱ってくるんだろ。
十分勝てるじゃないか」
勝てる勝負をわざわざ放棄することもないだろう。
「それもそうだがな。
いくらこちらが優勢でも、戦争を続けるには金がかかる。
それにフィリピンを落としても日本に利点が少ない。逆に足枷が増えるくらいだ。
フィリピン人の食糧まで考えないといかんからな。
フィリピン人の対日感情を悪化させたくないというのもある。
それで停戦にしたのだ」
「陸軍は納得してるのか」
「そりゃあ納得してない奴は居る。
だが、上陸作戦は成功し、優勢に戦闘を続けていた。面子は立ったと考える者は多い。
後は、在比米軍が降伏してくれりゃ戦わずして勝つのお手本みたいなもんだ。
そうすればアメリカは皇軍に恐れをなしたと言い回れる。
強権を発動しなくても、停戦で意見をまとめることができた」
「敵は降伏するのか」
「相手は降伏したがってるが、こちらが断ってる状況だ。
条件が合わなければ降伏を受け入れる義務はないからな。
相手はこれからの全ての面倒を日本に押し付けようとしてるが、我が国はそんなことしたくない。
今は米軍と降伏条件を話し合ってるところだ。
降伏を受け入れるとしても、早くて来年の正月明けだろう」
いずれにしろ、これだけの大きな戦闘があったのだ、しばらくは戦争も小休止だろう。
フィリピンに残してきた弟子達も安全になるだろう。
これで気持ち良く正月を迎えられそうだ。
俺は胸のつかえが取れたような気がした。
すみません、次回更新も未定です。
8/20(水)か23(土)の19時に更新します。