<第四章 説明>
四日目。
朝メシの後、今日も中尉がやって来た。
「貴様から詳しい話を聞くことが決まった。知っていることを全て話せ」
「はい、何から話せばよいですか」
もう、俺的には中尉しか頼る人が居ないので、とりあえず信用して何でもするしかない。
「まずは、歴史からだ。何が同じで、何が違うのかはっきりさせよう」
それから俺は思い出す限りの歴史の話をした。
縄文時代、弥生時代、卑弥呼、聖徳太子、奈良時代、平安時代、平氏、源氏、鎌倉時代、戦国時代、織田信長、豊臣秀吉、江戸時代、明治時代、大正時代。
その結果、大正時代まではおそらく歴史は同じだろうという話になった。
まあ、俺が覚えてることが少ないので完全に同じかまでは分からない。
「さあ、肝心なのはここからだ、これからの歴史を話せ」
「まず、今の戦争が始まってから四年で終わって――」
「なに、四年。ということは今年で終わるのか」
「多分……」
たしか、第一次大戦も第二次大戦も両方四年で終わったはず。不思議に思った記憶がある。
「どちらが勝つのだ」
「ドイツで革命が起こって、ドイツが負けるはずです」
「そうか……、ドイツが負けるか……。それで」
「条約でドイツはお金を一杯取られるんです。日本は南の方の島を貰います」
「ふんふん、なるほど」
中尉は思い当たる節があるみたいだ。
「それからしばらくして世界恐慌があって」
「それは何だ」
「アメリカで株価が急に下がって、世界中が大不況になるんです」
「ほう……」
「で、日本は満州事変を起こして満州に国を作っちゃうんです」
「何、満州にか」
「はい、それで中国と仲が悪くなって、中国と戦争になります」
「日本が勝つのか」
「えーっと、すぐには終わらなくて。今度はアメリカとイギリスと戦争になります」
「支那と戦いながら、アメリカ、イギリスともか」
「はい、それで、最後はロシアも攻めてきて、原爆を落とされて、日本は負けるんです」
「何ぃーーーっ!」
中尉が椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、これまでで一番大きな声で怒鳴った。
「貴様は不敗の神国日本が負けるというかぁぁぁぁぁーーーー」
ひぃぃぃぃー。俺は頭を抱えて小さくなる。
こえぇぇぇぇー。怖すぎる。
何事かと、メシ係の人が慌ててドアを開けて入ってきた。
それで中尉は落ち着いたみたいで、
「驚かせたな。何でもない。大丈夫だ」と言って椅子に座りなおした。
「ということは日本は支那、アメリカ、イギリス、ロシアと同時に戦うということか」
「はい、途中まではドイツ、イタリアと同盟を結んで一緒に戦うんですが、両方とも先に降伏します」
「それからどうなる」
「日本はアメリカに占領されて――」
また中尉が立ち上がろうとしたが、今度は途中で思いとどまった。
もう、怖いよ、この人。驚かすのは止めて欲しい。
「アメリカに占領されて、憲法が変わって、平和国家になります」
「陛下は? 天皇陛下はどうなるのだ」
「いらっしゃいますよ。昭和が六十四年まで続いて、その後、平成になります」
中尉はみるからにホッとしている。
「貴様がいた時代でもまだアメリカに占領されているのか」
「いえ、ナントカ条約で占領は終わります。でも、アメリカ軍の基地が日本の中に残ってて、色々問題になってます」
「なんと、外国の軍が国内に居るのか」
「日本とアメリカは戦後に同盟国になります」
「負けた相手と同盟を結ぶのか……」
こんな感じで俺は中尉に歴史を説明していった。
中尉は頭が良くて、うまい具合に質問して俺の知識を引き出していく。
おおまかなところを聞いたら、その分からない点や細かい点を質問してくる。
それが一通り終わったら世界地図を持ってきて、一か国ごとに話を聞いてくる。
アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア……。
そのやり方で俺はかなり思い出すことができた。
でも、イタリアはムッソリーニとか三国同盟を結んでたのに最初に降伏したくらいしか覚えてない。
中尉はドイツのユダヤ人に対する仕打ちで怒ってた。アメリカの空襲や原爆でも怒ってたし、シベリア抑留でも怒ってた。
怒りっぽいみたいだ。
最後に中尉は俺から聞いたことを年表の形にまとめていた。
歴史の授業で使えそうな出来栄えだ。ただ、年号が入って無いところがほとんどなので、残念ながら使えない。
だって生まれるはるか前のことの年なんて覚えてられないだろう。ベトナム戦争がいつからいつまでなんて、さっぱりだ。
バブルだけは知ってる。平成元年に株価が最高値になるのだ。俺の生まれた年だから覚えてた。
歴史の説明が終わった後も、中尉との話は続いた。
歴史の次は政治、経済、科学とかだ。
日本国憲法、選挙制度、給料、仕事の内容、等々……。
それからスマホの説明もした。中尉が俺から没収したものを持ってきてくれたのだ。ただ、財布はまだ返ってきてない。まあ、持ってても使えないんだけど。
この時は忘れていたが、操縦席の片隅に置いていた暇つぶし用の雑誌も中尉に回収されていたが、俺は気付いていない。
録音、撮影、録画、ゲームとやってみせる。さすがに通話は無理だった。思いっ切り圏外だもん。
中尉はこのスマホが一番驚いてた。唖然としてた。まあ、それはよく分かる。これって、元の世界でいうと突然目の前にUFOが現れたくらいの衝撃なんだろう。
ちなみにスマホの充電はユンボのシガーソケットからやった。コネクタとケーブルを積んでてよかった。
その時に、ふとユンボの燃料が気になったので中尉に聞いてみた。できるだけ同じものを用意してくれるそうだ。中尉に軽油といっても通じなかったので、サンプルとして少し燃料を抜き取って調べるらしい。
ユンボはこの前動かしたときのまま置かれてた。
塀で囲っているだけで上から見られそうだ。多分、見られたらまずいんだろうと思って中尉に聞いたら、周りに高い建物は無いし、飛行機も宮城(皇居のこと)の近くは飛ばないから大丈夫らしい。
それから、部屋が独房みたいな所から個室へ変わりました。ベッドと机と椅子とランプしかありません。ベッドといっても木の台に畳が置いてあるだけです。
窓らしき所には板が張り付けられてます。外は見えません。それでも、独房よりは何倍もまし。
そして二十四時間監視が付いてます。
人は中尉とメシ係しか会いません。
部屋の外の監視の人は会ったことないので顔も知らない。夜中にドアの外に居るのが気配で分かるだけ。夜中にトイレへ行きたいと言えば会えるかもしれない。
中尉は話の途中で抜けることもあったので、多分自分の仕事をしてたか、上司に俺から聞いたことを説明してたのだろう。
そんなある日、陸軍のお偉方の前で話をすることになった。中尉によると、ここで一番偉い人もいるそうだ。
超怖い。超緊張する。
できればお断りしたい。
俺が渋っていると、中尉が言った。
「戦争を防がないと、貴様も死ぬのかもしれないんだぞ」
それを聞いてガーンとショックを受けた。本当に頭の中にガーンと音が響いた気がした。
今まで自分が死ぬなんて考えたことが無かった。
親戚や近所、友達の家族の葬式は出たことがある。だから人の死体を見たことはある。でも、それは言葉通り他人事だ。
このまま、元の世界へ帰れなかったら、ここで生きていくしかない。そうなると絶対に戦争に巻き込まれる。
空襲で死ぬのは嫌だし、戦後の食糧難も経験したくない。
完全に自分事だ。
人生に実感が湧いた。今までユンボのことしか考えてなかったけど。初めて真面目に生きてみようと思った。
よし、目標を決めよう。
とりあえずは国産ユンボの開発だ。今のユンボは保守が無い以上何年使えるか分からない。
となると壊れる前に新しい物を作らないといけない。もうユンボの無い生活は考えられない。
真面目に生きようと思ったそばからユンボのことを考えるけど、こればっかりは変えられない。
当日はいつもの建物から少し歩いたところにある赤レンガ造りの建物へ行った。
外から見るとオシャレな洋館という感じで、現代的な感じもする。ただ室内に入ると床も窓枠も木で、中は単に古い建物だ。
会議室らしき部屋で長テーブルの一番端に座らされる。横に中尉が居なかったら、緊張で死んでるかもしれない。
出席者の人はそのくらい迫力があった。うちの会長もけっこう迫力ある方だけど、この人達はそれよりかなり上だ。
イメージで言うと、なんか武士と政治家と金持ちを足して二で割ったよう感じだ。
話自体は一度中尉に話したことなので結構スムーズに話せた。一応、メモも用意してたし。
途中で怒り出す人もいたけど、中尉が「閣下!」と声を掛けると、黙った。
そして、話が真珠湾の次のところで、
「暗号が解読されてて、ミッドウェイで空母がやられたり、やまも――」
「榊原っ」
中尉が小声で鋭く声を掛けてきて、俺の腕をつかんだ。
オッと危なかった。個人名は出したらまずいよな。
「えっと……、偉い人が待ち伏せされて死んだりします」
中尉から注意された。ダジャレかよと瞬間、笑いそうになる。
「暗号が破られる訳がないだろう」と偉い人。
「いえ、開戦前から解読されてました」と俺。
「未来では暗号を破る方法が発明されるのか」と別の誰か。
「海軍の暗号なら有りうる」とまたまた別の誰か。
まだ話の途中なのに、一人が発言するとそれをきっかけに俺をほったらかして議論が始まってしまった。
「あのー……」
俺は恐る恐る手を挙げた。
「なんだ」
気付いた偉い人が指名してくれた。
「多分、この時代の暗号って文字を置き換えてるだけですよね。アメリカならすっごくたくさん人を使って、力ずくで解いちゃうんじゃないでしょうか」
「いったい何通りあると思ってるんだ」
素人が何を言うかという空気だ。
「でも、実際、暗号を解かれてて、作戦に負けるんです。大学の偉い先生に調べてもらったら良いのではないでしょうか」
これは俺のアイデアではなくて、中尉に頼まれたから言ってるだけだ。でも、俺もそう思うので俺の意見でもある。
「それはまたの話だな。話を続けてくれ」
さっき俺の挙手に気付いてくれた人が話を進めてくれた。
そして、俺は終戦まで話をした。
この会に出るため、事前に中尉と打ち合わせをしている。決めたのは二点。
・範囲は第一次世界大戦の終わりから第二次世界大戦の終わりまで
・個人名を出さない
それで話はここまでだ。後は質問タイム。
「原爆というのはそんなに凄いのか」
「はい、まず爆発で十万人くらい死にます。爆発と同時に放射能という毒がばらまかれるんですが、その毒でまた十万人くらい死にます。それが広島と長崎に一発ずつです」
数字はうろ覚えだけど、そんなに違わないだろう。
中学の歴史の先生が平和運動をしている人で、戦争のところは授業に力が入ってた。それで何となく覚えてる。
「ロシアが攻めてくるというのは?」
「ロシアとは条約を結んでましたが、原爆が落とされる頃、満州と南樺太と千島列島にロシアが攻めてきます。それで戦後、満州は中国になって、南樺太と千島列島はロシアの物になります。そこに居た人は多くがシベリアの収容所へ送られてたくさん死にます」
地名は覚えてなかったけど、中尉が教えてくれた。
それからも、しばらく質問に答えて質問タイムは終了。
質問タイムの後は、スマホの実演。
オジサン達はオオォと、どよめいてる。そうだろう、そうだろう。俺の力ではないのに、なんか誇らしい。
その後は、中尉による締めがあった。
「この者の言ってることが本当かを確かめる術は今はありません。
だが、近い将来確認することができます。
この男の持っているものは、どれも現代の技術では解明できない物ばかりです。
穴を掘る機械、この小さく豊富な機能を持った機械、それに、雑誌、紙幣。
このことから通常の科学では考えられないことが起きていることは間違いありません。
この機会を逃さず、国益につなげるよう行動すべきです。
ご検討のほどよろしくお願いいたします」
みんな黙り込んでしまった。
手元の資料をにらむように読んでる。
それからしばらくして会はお開きになった。
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