<第三十七章 サモア攻略>
昭和十五(1940)年十月。
ユンボの生産再開はまだ少し先だが、俺は準備のため一足先に戻ることとなった。
中尉からは当初一か月と言われていたが約三週間での復帰だ。
結局、トラック工場でやったことといえば、工員を集めてちょっとした意識改革をやったことくらいだろうか。
会社が儲からないと給料は増えないこと。
自分の周りの小さなことから良くしていくこと。
変えたほうが良いと思ったら積極的に意見を出すこと。
その時に上司を上手く使わないと結果が出ないこと。等々。
奴隷根性すぎるかもと思うし、中にはクズの上司も居るだろう。何でも上手く行くとは限らないが、何もしないと何も変わらないのも事実だ。後は彼ら彼女らの運と努力次第だと思うことにした。
帰る早々中尉が俺の家へやって来た。
「ご苦労さん。単身赴任は楽しかったか。たまに独身気分を味わうのも良かっただろう」
と、本気か冗談か分からないことを言ってきた。
「楽しいわけないだろう。遊びで行ってたんじゃないんだぞ」
「そう怒るな。明日からはまたユンボのために頑張ってもらうぞ。
鉄は何とかするから、一台でも多く作れ。
三交代の二十四時間稼働で休み無しで工場を動かすんだ。
イギリス、ドイツへ国内の中古ユンボを輸出してるから、国内分が全然足りん」
「言われなくても、ユンボは作る。だが、そんなに不足しているのか」
「国内にあるのは教育用を除いて、ほとんど満州へ持って行ったか英独へ輸出予定だ。
日本から輸出できる物は少ないからな。売れる物は何でも売る。
それに、お前の会社の偉いさんは売れるときに売って市場を占有しようと考えてるみたいだぞ」
日本からは中古ユンボ、携帯噴進砲、水上飛行機、飛行艇、艦載機、タングステン、絹(パラシュートに使うらしい)、キニーネ、医療用モルヒネ、除虫菊(この三つは日本が生産量世界一)の現物や技術・生産ライセンスを輸出している。
もちろんユンボは現物しか輸出していない。
代わりに英からは工業用ダイアモンド、希少金属他の工業用資源を、ドイツからは機械油、潤滑油を輸入している。
軍事技術は英からソナーを独から88ミリ砲を入手すべく交渉中らしい。
そして、電子技術でレーダー用の高周波高出力マグネトロンの共同研究を申し入れている。
他にも水冷エンジン、真空管、工作機械など欲しい物はいくらでもあるが対価を支払えなくて買えないそうだ。
俺は操業再開へ向けて飛び回った。
生産量を増やすには原料の鉄が要る。協力会社が作る部品も要る。もちろん工員も要るし、三交代ともなれば交通機関のことや夜中の食事も考えないといけない。
夜中に主婦を働かす訳にもいかないので、夜は男性か独身女性で回すことになる。
そもそも男手が足らなくて女性を採用しているのだから、これ以上男性工員の増加は難しい。
ということで、早々に二十四時間操業は諦め、まずは操業時間の延長と無休体制でいくことになった。
工場の仕事をしながら、俺はイライラするというか、モヤモヤするというか、とにかく落ち着かなかった。
サモア作戦のことが気になって仕方が無い。
そろそろ連合艦隊が日本を出港しただろうとか、トラック環礁に着いた頃か、もうイギリス艦隊とは合流したかとか、作戦の予定を思い出してはやきもきする。
今回の作戦を知る人は皆こうなのだろうか。
だとしたら作戦を立案する人は大変だ。自分が考える作戦に何千人もの命がかかってる訳だ。
あらためて考えると軍人さんも大変だ。
そして作戦実行の二日後、結果の概略は大本営発表として新聞へ掲載された。
『日英合同部隊は米サモア島守備隊を撃滅し、同島を占領』
『米軍は全てが死傷または捕虜へ。対するに我が軍の損害軽微』
成功らしいが、大本営発表だけに信じられないところがある。
元の世界で大本営は嘘の発表ばかりしていたはずだ。
そしてその二日後、中尉が俺を訪ねてくれた。
結果が気になるだろうと教えに来てくれたのだ。忙しいだろうから電話でも良かったのに。ちょっと嬉しい。
「新聞発表は本当なのか。作戦は成功したのか」
「そんなに焦るな、教えてやるから。俺だって詳細は昨日聞いたばかりだぞ。まあ、新聞に出てたことでおおむね間違いない。ただ、こちらの被害は少な目に発表しているがな」
それを聞いて一安心だ。
しばらくの間、ずっと頭の片隅に居座っていただけに、とてもすっきりした気分になる。
多分俺が知らない作戦が俺が知らないところで行われてるのだろうが、知らないだけに途中何も考えず、結果を知っても薄い反応しかしない。
やはり、知っている作戦は違う。
「アメリカは海岸線に沿って防衛陣地を築いていたので、予定通り飛行場破壊の後は艦砲射撃から作戦は始まった。
金剛、榛名、霧島の戦艦三隻と重巡四隻が三十分ほど撃ちまくった。
戦艦分だけでも幅一キロ弱の海岸に三百六十トンの砲弾が降り注いだわけだ。
そこへ満を持して呉鎮の海軍特別陸戦隊が上陸を開始した。
大発に分乗した第一波五百人が海岸を目指す。
その大発がまさに海岸へ乗り上げようとした時にアメリカの反撃が始まった。
重機関銃による射撃だ。それに、高台からの砲撃も始まった。
我が軍は上空に爆撃機を飛ばしていたので、敵の発砲煙を見つけては爆弾を落として潰していく。
それで、敵の砲兵陣地は大体潰したが、機関銃陣地や迫撃砲までは潰せない。
まず、上空からは場所を見つけにくいし、目標が小さくて当てにくい。それに機関銃陣地なんかは味方に近すぎて誤爆の可能性もあった」
俺の頭にあの映画冒頭の上陸シーンが浮かんでくる。
ドイツの機関銃で連合軍がバタバタやられていくのだ。
「それで、どうやって攻略したんだ」
「それは、もう、敢闘精神で突破した。特別陸戦隊は我が国で一番小火器の火力が充実している。
重火器が運べん代わりに、移動距離が短い。それで機関銃と迫撃砲が多い。携帯噴進砲も持たせている。
だから小火器同士の戦いなら強い。練度も高いしな。
第一波が敵第一線を抑えている間に、第二波が上陸して橋頭保を確保。
そこへ第三波を乗せた上陸専用艦が直接海岸へ乗り上げて揚陸開始。
そして、戦車やブルドーザーが荷揚げされ、動き始めた。
あとは上陸する英軍の為に橋頭保の拡大、荷揚げ地点の整地、陣地構築と続いていく。
そして、英インド軍が順次上陸してきて、特別陸戦隊と後退して終わりだ」
「どのくらい被害が出たんだ」
「特別陸戦隊でいうと死傷者がざっと二割だな」
「そんなにか……」
たしか三千人が参加するといってたから、ざっと六百人だ。
「あぁ、隊の再編成に三月から半年はかかるな。かなりの被害だ。
お前の艦砲射撃は効果が薄いという言葉通りになった。
敵が良くできた陣地を作っていた場合、今回くらいの射撃では潰しきれんということが分かった。
次からはもっと何かの手を打たんといかん。
だが、悪いことばかりじゃない。
逆に考えれば、我が軍が守る島も落とされにくいということになるからな」
「アメリカの艦隊は出てこなかったのか」
「来なかった。
どうやら、やつらは太平洋側では持久防御を考えているのかもしれん。
最低限の戦力で太平洋を守り、主戦場である大西洋で全力を出す。
そんなところだろう。
サモアの重要度が低いというのもあるが、アメリカの戦車はM2、M3主体が携帯噴進砲で破壊できた。
空も容易に日本が制することができた」
上陸翌日、日英軍はサモアの中心地アピアのほぼ全域を掌握した。
米軍の大部分は降伏して捕虜となったが、ごく少数が密林へ逃げ入った。
捕虜によると密林内に物資を備蓄していないとのことなので、そのうち降伏するだろう。
「このまま日本が優勢なのもあと一年だ。
大本営の情報部はアメリカの新型戦艦、新型空母は来年夏から秋頃に実戦配備されると予想している。
そうなると、かなり厄介なことになる。
16インチ砲の数で米は圧倒的に有利になる。また、正規空母の数も日米で逆転する。
アメリカはそれまで防備を固めて時間を稼ぐ気なんだろう」
米国の意図をくじくために中尉はどうするつもりなのだろう。
教えてくれないので、俺には分からない。
サモア作戦の間にイギリスは大西洋側でも色々動いていた。
サモアをアメリカの目くらましに使ったのかというくらいの大きな動きだ。
第一にアイスランド攻撃。
グラスゴー郊外の飛行場を飛び立った英空軍のハリファックス爆撃機がアイスランドのレイキャビクを空襲。
建設中の飛行場を破壊した。
翌日早朝には英海軍駆逐艦部隊がアイスランド西方沖に現れ艦砲射撃を行い、米海軍建設隊に壊滅的打撃を与えた。
第二に英独共同によるフェロー諸島の占領だ。
デンマーク政府から半ば強制で同諸島の使用許可を取り付け、電撃的に占領した。
リガ上陸作戦からさほど時間が立っていないのに再び大規模な輸送作戦を行うとはさすが海運世界一の国だ。
「ここに飛行艇の基地でも作って哨戒に利用しようという考えだろう」と中尉は言う。
第三にフィンランドへ英独から大量の武器援助が行われた。
特に英国の航空機、航空機用ガソリンが運び込まれた。
対ソ連の圧力を増やすのだ。
「これは我が国にも連絡があった。
フィンランド北部に爆撃機用の飛行場を作り、ムルマンスク、アルハンゲリスクの両港を攻撃するのだ」
この二つの港は米国からの支援物資が到着する場所だ。
ここを破壊することで支援物資輸送を妨害する作戦だそうだ。
最後第四としてフランス国内にイギリスの戦闘機と重爆撃機が進出した。
ボルドーに立て籠もるフランス軍を叩き潰すための布石だ。
「イギリス陸軍、空軍は開戦以来ほとんど活躍してなかった。
イラン作戦以降、たまった鬱憤をはらしてるんだろう。
英国も我が国ほどではないが陸海の仲は悪いからな。
この辺で存在感を示しておく必要がある」
中尉は他の国のことなのに、さも知っているかのように話すのは大人げない。
と思ったが、良く考えたら中尉は半年ほどイギリスへ出張していたのだ。
それなら、内情に詳しいのも納得だ。
そしてこの頃、枢軸四カ国の中で一番影が薄かったイタリアも動いた。
トルコの黙認の元、イタリア海軍が黒海へ侵入したのだ。名目は黒海沿岸のドイツ軍を援助するためと言っている。
だが、戦後の分け前配分で少しでも自分の取り分を増やそうというというのが透けて見える。
どの国も大変なのだ。
次章は8/6(水)19時に予約投稿しています。