<第三十六章 ドイツ反攻>
昭和十五(1940)年十月。
俺は戦争って毎日毎日戦ってるのかと思ったが、そうではないみたいだ。
海軍はマーシャル沖海戦の後は日本に帰ってきてる。何をしているのか分からない。中尉は戦力補充とは言っていた。
陸軍は瀋陽で小競り合いをしている。あの後に大きな戦闘があったとは聞かない。
新聞によると他にも満朝国境の山岳地帯や樺太とかでも小さい戦いをやってる。
大きな戦闘は数か月に一回で、あとは地味に押したり押されたりをするようだ。
単身赴任をして一週間。トラック工場の生活に慣れつつある。しかし、思ったより辛い。
俺は工場隣接の独身寮に入っている。一応個室だが、ラジオも無いので本を読むしかやることが無い。
普段は酒をあまり飲まないけど、こうもやることが無くて一人だと軽く飲みたくなる。だが、酒は既に配給制が予定されていて、贅沢品になりつつある。
中尉にも会わないので情報は新聞と口コミだけだ。
新聞情報によるとアメリカで敵側の共同宣言が出された。
主要参加国は米国、ソ連、フランス。他に米国の息がかかった中米の国、ベルギーの亡命政府など。
彼らは自分達を平和と自由の為の"国家連合"と呼び、独伊英日およびその協力国を悪の枢軸国家と呼んだ。
宣言の要旨は、独伊英日はファシスト国家とその支援国である。世界平和の為に打倒しなければならない。ということだ。
日本の政府や新聞は激しくこれを非難している。
米国は四カ国を一まとめにしてるが、実は全部が同盟の関係ではない。
日英は単なる友好条約を、独伊は技術協力条約を結んでいるだけだし、日英と独伊は同盟を結んでいない。
さらに言うと、米ソ仏グループ対日英独伊グループで日-仏と英-ソは宣戦布告してないというややこしい状況だ。
この宣言に対して名指しされた四カ国はすぐに非難声明を出した。
そして英は遅ればせながらソへ宣戦布告した。
イギリスはソ連向けの輸送船を拿捕していて、ほとんど戦争状態だったから、機会をうかがっていたのかもしれない。
その二日後、欧州の状況が一気に動いた。
英国艦隊と大船団が突如バルト海へ現れ旧ラトビアのリガへ上陸作戦を敢行した。
海上には英国艦隊が並び、支援の艦砲射撃をおこなうと同時にソ連のバルチック艦隊を牽制する。
船団は百隻を超える大規模さで、イラン作戦に勝るとも劣らないものだ。
ソ連はリガへ治安維持と支配の為の兵力しか置いておらず、英国を海へ追い落とすことはできなかった。
、そして、リガは一日でイギリスにより占領された。
イギリスはバルト三国解放を目指すと宣言し、現地市民に熱狂的に迎えられた。
また、イギリスに呼応してドイツは東プロイセンからリガ方面へ反攻を開始した。リガまで距離二百五十キロ。
ドイツ軍はフランス戦で見せた電撃的な速さで前線を食い破り進撃していく。
ソ連は慌てたはずだ。
リガからレニングラードまで直線で五百キロしかない。ドイツがリガへ到達するとレニングラードが危険になる。
しかも、時を同じくして、フィンランドがレニングラード方面に集結し始めた。
その部隊が、レニングラード防衛へ向かおうとするソ連軍部隊を拘引する。
冬が近づき大規模な戦いは無いと思い込んでいたのかソ連は大打撃を受けて後退を重ねる。
ソ連軍は戦線の整理に迫られ、東欧各国から後退してほぼ戦前の国境線に戻った。
そして、リガの英軍を包囲し、リガへ進撃中のドイツ軍側面を破ろうする。
それに対応してドイツは軍を二つに分け片方はミンスクを目指す。
ポーランド国境付近に居るソ連軍と後方を切り離し、同時にドイツのリガ攻略軍を攻撃しようとするソ連軍も切り離し各個撃破しようというのだ。
「お前の知ってるロンメル将軍がこの部隊に居るぞ」
と中尉がわざわざ電話を掛けてきて教えてくれた。
どこかから俺の境遇を聞いて可哀想に思ったのかもしれない。
「将軍はミンスク攻略部隊に居て、ソ連軍十五万人をまるごと包囲殲滅しようとしているそうだ」
「ドイツにロンメル将軍のことで何か言ったのか?」
「言う訳ないだろう。理由が説明できない」
ということは将軍は攻勢時の機動戦が得意で、ドイツ軍もそれを分かっているということだろう。
リガでは英海軍の空母艦載機、艦砲射撃の援護でソ連は英軍を崩せない。戦艦の艦砲射撃は三十キロ以上飛ぶのだ。
ドイツ軍は西部から引き抜いた航空機による援護を受けながら順調に進撃を続けた。
そして、ついに十日後、リガ南西の町で英軍と手を結ぶことに成功した。
さらにドイツ軍はポーランド国境付近とミンスクでソ連を半包囲している。
この包囲の輪を閉じることができれば合計でソ連軍五十万人近くが孤立することになる。
しかしソ連が包囲軍を逆包囲すれば、ドイツ軍の二十五万人が孤立することになる。
正念場と言っても良いだろう。
動員がほぼ終わり個人装備が行き渡ったドイツは余力の生産分をフィンランド、ポーランドへ供給し始めた。
両国の軍を使ってソ連への圧力を強化するのだ。
それに加えてフィンランド国内での空軍運用を認めさせ、ポーランドからの粗鉄他の輸入をしているそうだ。
英独が動いていた間、連合軍も遊んでいたのではない。
英国海軍のいない隙に米国はアイスランドに大船団を送り、上陸占領してしまう。
イギリスはフランスまたはモロッコ行きの船団だと思い込み、アメリカ本土から離れた時点で攻撃しようと考えていたのに見失っていたのだ。
対ソ輸送船団の中継基地として使うためと予想される。Uボート対策だ。
米海軍は物資輸送に苦労しているようだ。
太平洋側を防備しない訳にいかず、南シナ海、マーシャルでの戦いで失った駆逐艦を若干大西洋から補充した、
それで大西洋の駆逐艦不足に拍車がかかっている。
もちろん宗主国のデンマークは猛抗議をした。無理やりドイツ寄りの政策を取らされているが名目上は中立国なのだ。
アメリカ本土からアイスランドまで直線距離で三千八百キロ。B-17やB-25ならば直接飛ばすことができる。
アイスランドからムルマンスクまでは三千キロも無い。
ということは米本土最東端のメーン州、アイスランド、ソ連のムルマンスクの三か所にB-17を配備されると、米ソ間の全航路が哨戒圏に入ることになる。米ソ間の通商破壊に重大な問題が発生してしまう。
さらに恐ろしいことにイギリス全土が爆撃圏内に入ってしまうのだ。
これをイギリスは放置することができない。
しかし、英軍はリガ上陸作戦を行ったばかりで、すぐには次の大作戦を行うことはできない。
それでも、アメリカが航空機の本格運用を開始する前に叩く必要がある。
近い内におそらく何か手を打つだろう。
他にも戦場はある
ボルドーでは依然フランスが抵抗している。
北アフリカではモロッコへ退却したフランスが反攻の拠点とするべく基地の整備を行っている。
その他、英植民地と仏植民地が接するところでは英側が仏側植民地軍へ降伏を求めている。
紅海に面するフランス領ソマリランドは開戦早々イギリスが占領しているが、アフリカ、中東シリア、アジア(ビルマと仏印は接している)のフランス植民地ではいまだフランス政府に従っている。
カリブ海・南米では米国が英の植民地の島々を一つ一つ潰している。海兵隊が上陸して、武装解除して、立ち去る。
イギリスも維持は無理だと判断して、たいして抵抗しない。逆に米軍が来る前に逃げ出すところもあった。
米が足元を固めアイスランド進駐を行い、英がソ連上陸作戦を行っているため、米英間でまだ大きな海戦は起こっていない。
米輸送船団と英独の通商破壊艦隊との間の小中規模の海戦くらいだ。
そんな時、俺は玉串会議へ呼ばれた。
次の大作戦の検討をするらしい。
もう俺は必要ないんじゃないかと思うが呼ばれたら行かざるを得ない。
会議には政府と軍の高官、俺と中尉と陛下が出席している。
会議は中尉の説明から始まった。
「まずは、作戦の概要からご説明いたします」
そこで俺は次作戦の概要を知らされた。サモア上陸作戦だ。
南太平洋の最前線はサモアになる。ここを奪取して太平洋の米軍をハワイへ押し込めるというのだ。
イラン作戦に続く日英合同の作戦となる。
サモアは日本から遥か七千五百キロ、トラック島からでも四千六百キロ。ハワイよりも遠い。
このため準備に時間が掛かっていたのだ。日本海軍も遊んでいた訳ではないらしい。
サモアは開戦前には東半分をアメリカが西半分をイギリスが支配していた。
それが、開戦直後イギリスはオーストラリア海軍の協力で島から撤退している。
それで今はアメリカが全島を支配している状況だ。
サモアからオーストラリアにかけてはどうなっているかというと、
フランス領ニューカレドニアは当初、降伏の条件として戦後のフランスへの復帰保証を求めたが、英豪新の三カ国首相は拒否。
代わりに民間人の生命と財産の安全を保障した。それでニューカレドニアは降伏を内諾している。
作戦部隊の海軍主力は日本、陸軍主力は英インド軍。オーストラリア、ニュージーランドは後方支援となる。
作戦は簡単だ。空母で敵飛行場を叩き、艦砲射撃の後、特別陸戦隊が上陸、橋頭保を確保する。
その後英インド軍が上陸し全島を占領する。
「本作戦の目的は第一に南太平洋からの米軍駆逐。
これによりオーストラリア、ニュージーランドの安全を確保します。
米潜水艦の拠点はハワイ、パルミラ島になります。米潜水艦は不活発にならざるをえません。
第二に米国侵攻の拠点となりうる場所を事前に確保すること。
間接的目的としましては豪新を完全に英国側へ引き込むこと。
また、本作戦後は豪からの資源輸入の内諾を得ております。
他に日英共同作戦の問題点洗い出し、上陸作戦、特に特別陸戦隊の実戦経験取得などが有ります。
上陸専門部隊である特別陸戦隊はまだ営口の無血上陸しか実戦がなく、本格的島嶼上陸戦の経験がありません。
グアムがあると言えばありますが、ほとんど抵抗が無かったので経験の内に入りません。
これからのフィリピン戦の前に是非とも経験を積む必要があります」
中尉がサラッと聞き捨てならないセリフを言った。フィリピン上陸は既定事項なのか?
「ここまでで、ご質問は」と中尉。
「指揮はどちらが取るのかね」と陸軍参謀総長。
今回陸軍は全く参加しないので、十分な根回しがされていないのか。
「参加人数は英側が圧倒的に多いので、英になります。ただ、海上戦については日本が主導します。指揮に関して混乱が予想されますので、その問題点を今回で洗い出します。もちろん、事前にできるだけの手は打ちます。
相互に連絡員の派遣。直接連絡方法の準備。支援要請の方法取決めなどが考えられます」
「油は足りるのかね」と総理大臣。
「トラックからの往復分は英が無償提供してくれます。ただし、自分でイランまで取りに行かなくてはなりませんが。そのための油槽船は確保済みです」
総理は納得したみたいだ。
「ここまでで、他にご質問はございませんか」
中尉が一同を見渡した。
「では詳細の説明に入ります
我が艦隊は分散出港したのち、トラックに集結。補給と若干の休養を済ませた後に、ニューカレドニアへ向かいます。
その際、いったん進路を東に取り、多少の欺瞞をしてから転進します。
ニューカレドニアが今回の策源地になります。フィジーだと、サモアからの空爆圏内に入ってしまうからです。
そこを出港した後はフィジーで英艦隊他と合流。補給を済ませます。
天候、サモア潜入の工作員による情報から作戦決行日時を最終決定し、サモアへ向かい、先ほど申した通り、空母艦載機による空爆、艦砲射撃、上陸、占領となります」
「彼我の戦力は?」と陸軍参謀総長
「米軍は地上兵力一個師団強二万五千人、戦闘機百機、爆撃機三十。常駐艦隊は駆逐艦数隻。その他に軽巡一隻、護衛空母一隻を含む護衛艦隊がハワイ間を往復しています。
それに対して我が方は
戦艦四、重巡四、軽巡一、駆逐戦隊1、空母四、護衛空母四、護衛用駆逐艦が二十。艦載機は正規空母分で二百四十機、特別陸戦隊は一個連隊相当三千人。
二個潜水戦隊をパルミラ島とサモアの間へ展開し、米艦隊の接近を監視します。
ちなみに護衛空母二隻は一時的に護衛艦隊から引き抜き、艦隊護衛に使用します。
英側は重巡一、軽巡一、駆逐艦、軽空母1。陸軍が三個師団。
ただし、陸上戦力は植民地軍主体なので装備、練度はかなり低いと思われます」
「何か問題は無いのか」
「四つあります。一つは米艦隊が出てきた場合。これは作戦を中止し空母戦を行っている間に撤退します。
第二に現地の要塞化の程度の詳細が不明な点。目立つ要塞砲はありませんが、サモアは南半球なので太平洋条約の要塞禁止条項の適用外です。よって、米国はこれまで自由に要塞化できました。ただし、最近まで重要視していなかったようです。開戦前後から多数の船を送り込んでいます。この二か月でどれだけ防備を固めているか。現地潜入員からの情報には限りがあります。
第三に、敵が陣地を放棄し熱帯雨林に逃げ込んだ場合、掃討が面倒になります。米軍が奥地にまで物資集積所を準備していた場合、さらに面倒なことになります。
ジャングルの中というのは想像以上に過酷な所です。高温多湿で害虫や蛇がおり、毒を持ったモノも居ます。食料は少なく、平地も無く、飲み水と燃料の確保も難しい。準備と訓練をしていないと急速に戦力を失います。
榊原が言っていた、南の島で多数の日本人が餓死した。その状況が発生すると思われます。
そして、最後に第四の――」
「まだあるのか」
参謀総長がうんざりした顔で口を挟んだ。
「はい、第四に、これが一番問題なのですが、空母戦力の練度不足です。
前回のマーシャルの戦いで、空母戦力は大打撃を受けました。約三割の損耗です。
これは開戦前の予想の五割増しに当たります。
そのため搭乗時間の短い者を空母に回さざるをえず、平均飛行時間が千時間を割っております。
サモアの米軍はおそらくフィリピン程度の練度の低い搭乗員だと予想され、操縦技術では負けないでしょう。
しかし、これからのことを考えると搭乗員の大量育成を行う必要があります。
航空機用ガソリンと訓練用機体を確保し、訓練課程の見直しが必要です。
この件に関しては後日ご報告させていただきます」
「占領した後は、どうするのだ」
「一個大隊程度と哨戒用の航空機を若干残して英軍が維持します」
「米軍が取り返しに来たら」
「取り返させます。この島の軍事的価値は高くありません。無理して維持するほどの所ではありません。サモアを維持するのは英よりも米国の方が負担が大きい。米軍もそう考えるでしょう。もし、米軍がここを欲しがるとしたら、日本より先に豪と新を攻略する場合です。ただ、B-29が完成した後だと話は変わります。豪と新の一部がギリギリ爆撃圏内に入ります。政治情勢にもよりますが、犠牲を覚悟してでも確保が必要かもしれません」
「サモアへ行ってる間の本土の防備は」
「残存艦隊と航空戦力で守ります。哨戒をいつも以上に厳重にし、近海用潜水艦を出撃させて、これにも哨戒させます。万が一、本土へ向けて敵艦隊が侵攻してきた場合、作戦を中止し全力でマリアナへ引き換えし、燃料補給後この艦隊を撃つ予定です。これは英国側も了解済みです」
「サモアの次はどうするつもりだ」
「仏印を落としてもフィリピンは降伏しませんが、フィリピンを落としたら、仏印は降伏する可能性大です。また、台湾からの航空支援が可能なことも考え、先にフィリピンを落とします」
「仏印は『戦わずして勝つ』だな。それで蘭印はどうするのだ」
「現状通りで放置です。
一応オランダ政府の統制下にあり、不要な刺激を与える必要はありません。
ただ、ボルネオで出る航空機ガソリンとして使える石油は輸入交渉を行います。
運ぶのは近い方が良いですから。
一応ドイツへの根回しは外務省でお願いします。
スマトラ島に米仏側の間者が居て、我が国の艦船がマラッカ海峡を通過するのを監視している恐れはあります。
ですが、外国領である以上手が出せません。
もし、手が出せたとして海岸線は長く、完全な排除は無理でしょう。
海峡を通る船は全て米軍に知られているという前提で作戦を考えるしかありません」
「暗号が解読されている可能性は」
「今作戦において我が軍からはありません。そもそもこの件で暗号は使っておりません。すべて電話か直接人間が伝えています。出港後は緊急時を除いて一切無線は禁止。ただ、英国側は分かりません。英と豪新の間でどうしても通信が必要となります。それにフィジーはイギリス領ですが英軍は撤退していて、文官のみが残っている状態です。軍事的空白地帯となっています。
よって諜報員は必ず居ると考えた方がよいでしょう。フィジー出港は必ず察知される。だから奇襲ということはありません。おそらく強襲になります。しかし、フィジー出港後米軍が慌ててハワイを出港しても上陸作戦には間に合いません。それでも、米が無理攻めしてきた場合、艦隊戦になります。それも想定して、対艦用の爆弾も積んでいきます。その分、陸用爆弾は減るが仕方ないと考えております」
その後、いくつか質疑応答があり、意見も出尽くしたかというところで、
「榊原から何かあるか」
と陛下のお言葉があった。
うぉっ、ずっと気配を消してたのに。
「えっと、艦砲射撃は意外と効果が薄いはずです。ですから上陸の際は十分に気を付けてください」
俺はノルマンディと硫黄島の映画を思い出していた。
両方とも映画がヒットした。俺はレンタルで見た。プライベートの意味が二等兵だと知った時は衝撃だった。
特にノルマンディの方の映画は、上陸部隊が機関銃でバタバタやられるのが衝撃的だった。
映画が事実と同じだとは思わないが、全く違う訳でもないだろう。
日独とも猛烈な艦砲射撃の後に激しい抵抗をしている。
今度の日本軍が同じ目に合わない保証はない。
「そうです。本格的な上陸作戦は今回が初めてな訳ですから、各行動の効果を確かめることも必要だと考えております」
中尉がフォローしてくれた。ナイスフォローだ。
「そういえば、敵の輸送路破壊はどうなっておる。前回の報告以降に進展はあったか」と知らない人が聞いた。
前回の報告って何だ? 聞いてないぞ? やはり、俺抜きでも会議をしてるのか。
当たり前か。
「これまで、敵通商破壊に従事しているのはトラックを拠点に通商破壊型重巡二隻が、マーシャルを拠点に二個潜水戦隊が交代で従事しております。
前回は開戦劈頭の通商破壊と潜水艦による機雷設置をご報告しましたが、その後、本格的な通商破壊に入っております。
戦果は専用重巡によるものが八万トン、潜水艦によるものが十一万トンです。
しかし、米国の対応も早く、早くも護送船団方式を取り始めており、また、旧型駆逐艦および陸上機による哨戒も開始しております。
といっても駆逐艦の数が不足しておるようで、正確に言うと仏ソ向け船団の護衛に駆逐艦の大部分を取られ、太平洋側はまだ数が少ない。
それに、まだ駆逐艦へのレーダー装備を行っていないようで、レーダー装備の我が重巡は今しばらく活動できるかと思います。
ただし、潜水艦の方は我が方もレーダー装備が間に合っておらず、今後は戦果が減少していくと思われますので、機雷設置へ軸足を移す予定です。
ただ、厄介なことに米軍はB-17まで対潜哨戒に繰り出しており、これが潜水艦の昼間の活動を著しく困難にしています。
さらに諜報員の報告では、米国は我が国の護衛空母に相当する小型空母や護衛艦の建造に力を入れています。
これらが実戦投入される一年後以降は困難な作戦になると思われます。
現在の主な活動域は、パナマ運河-メキシコ沖、西海岸-ハワイ、ハワイ-サモアの三か所です。
これが最終的にはメキシコ沖のみになりそうです。
ですから、今が正念場です。多少無理をしてでも攻撃を続ければ、米海運力は徐々に弱体化していくことは間違いありません。
船は工業力で作れても、船員は一朝一夕には増員できませんから」
「見込みはどうなのだ。計画通り米輸送船団は潰せそうか」
「英独の頑張り次第の面もありますが、一年後には米国の船員は半数にまで減り、対外援助は元より国内輸送にも支障をきたすと考えられます。
その為に、軍縮条約で旧型駆逐艦を廃棄させ、戦前は米国海運の占有率を下げてきた訳ですから、なんとしても成功させます」
なんかよく分からないが、中尉はかなり以前からこの作戦のことを考えてきたらしい。
会議も終わり今日も長かったと思っていたら、見知らぬ人がつつっと近寄ってきて小声でささやいた。
「榊原様、こちらへ」
俺は、はっとした。
久しぶりなので心の準備をしてなかった。
あれか。陛下とのお話し会か。
慌てて中尉の姿を探すと、俺の視線に気づいたのか目が合った。
俺の傍に居る人を認めると軽くうなずいた。
それから小さな応接室へ通され、陛下とお付きの人と三人でのお話し会になった。
緊張度はマックス。
ひょっとして、俺はこのお話し会の為に呼ばれたのか?
今回は庶民の暮らしについて聞かれた。
「皆は生活に不自由しておらぬか」
「贅沢はできませんが、食べる物に不足はしておりません。慣れぬ仕事をしておる者も戦争が終わるまでと頑張っております」
「そうか。榊原は今度の戦争についてどう考えておる」
「なんとか回避できなかったのかと思います。しかし、始まった以上はいかにしか勝つか、いかにして負けないかが重要かと思います」
「そうだな、負けぬのが肝要だな」
陛下も元の世界がどうなったかはご存じなのだ。
負ければ戦争裁判で裁かれ、憲法が変わり、天皇制が変わってしまう。
話は国民が何を食べているのかから、子供の面倒は誰がみているのかまで、根掘り葉掘り聞かれた。
陛下が国民の生の声を聞く機会はないのだろうと、俺は一時間近くも説明することになった。
次章は8/2(土)19時に予約投稿しています。